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儚き運命
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(1)
参ったな……
乳癌ステージ4。しかも進行はほぼ全身に転移している。
私でもこれは流石に自信が無い。
しかも患者は……
「深雪先生。どうしましょうか?」
看護師の桐谷亜依が聞いてきた。
説明するのも医師の務め。
しかしいきなり本人に説明するのも酷な話だ。
先に家族の同意が必要だろう。
「愛莉さんを中に入れて」
「……わかりました」
亜依はそう言うと外に出て待機してる愛莉さんを呼ぶ。
愛莉さんが中に入ってくる。
「先生、麻耶さんはどうですか?」
「愛莉さん、よく聞いて欲しい」
私は病状を愛莉さんに説明する。
それは死の宣告に近いものがあった。
「放射線治療や抗がん剤の投与をすれば、余命は呼ばせる」
今回ばかりは助かるとは安易に言えない。
治療をしても延命処置にすぎないかもしれない。
助かる見込みは0ではない。
だけど肉体的、精神的苦痛をともなう。
それなら痛みを和らげる緩和ケアという選択肢もある。
緩和ケア。
末期患者から痛みなどを取り除き患者の不安を取り除く治療。
もちろん治療はするけど、患者の死への不安を取り除き、自然な死を尊重する。
それを選ぶのは本人。
家族でよく話し合ってほしいと私は愛莉さんに告げる。
話を聞くにつれて愛莉さんの顔色が青ざめていく。
しかし強い意思はあるようだ。
「その話、麻耶さんにも聞いてもらってもいいですか?」
「……わかった。桐谷さん、愛莉さんの親御さんも入れてあげて」
「……いいんですか?」
「ご家族の意思を尊重します」
何も知らずよりはましだろう。
患者の片桐麻耶さんが入ってきた。
私は同じ説明をする。
麻耶さんは静かに聞いていた。
そして最後に言った。
「私はあとどれだけ生きられますか?」
「……長くて半年」
医者を続けてきてこんなお手上げなケースは初めてだった。
よりにもよって片桐さんの家族が……
「深雪先生、本当に助かる方法はないんですか?」
愛莉さんが聞いてきたが私は首を振った。
「残念だけど癌が転移している。患者の体力を考えると楽観視できない」
「でも深雪先生なら……」
「医者も万能ではないの。悔しいけど」
ごめんね、愛莉さん。
肩を落とす愛莉さん。
だけど麻耶さんはしっかりと事実を受け止めていたようだ。
「先生、一つお願いがあるのですが……」
「はい、私に出来る事なら」
在宅緩和ケア。
それが麻耶さんの選んだ選択肢だった。
緩和ケアを自宅で受ける治療。
当然助かる見込みはほとんどない。
それでもどうせ半年の命なら家族と主に過ごしたい。
それが麻耶さんの選んだ選択肢だった。
「まあ、それを希望するなら最大限の支援はします」
「よろしくお願いします」
2人が退室すると次の患者を診なければならない。
だけどその間も私はあの2人の事を考えていた。
医者になった初めての絶望という壁にぶち当たっていた。
(2)
「本当にいいの?麻耶さん」
私は麻耶さんの説得を試みていた。
助からる可能性は0じゃない。
だったらちゃんと治療しよう。
そうお願いしていた。
それでも麻耶さんは意見を変えなかった。
最後は安らかに過ごしたい。
それが麻耶さんの希望だった。
冬夜さんが説得してくれるかもしれない。
その晩皆が風呂に入ると家族会議だった。
「本当なのか?麻耶……」
冬夜さんのパパさんは現実を受け止め難いようだ。
冬夜さんも戸惑っている。
皆が治療を受けてと言っている。
でも癌の治療は苦痛を伴う。
それにステージⅣではもうほとんど助からない。
だからこそ麻耶さんは覚悟を決めたのだろう。
最後は皆と過ごしたい。
冬夜さんも何も言わない。
結局在宅緩和ケアで治療することになった。
私は後悔していた。
もっと早く診察を受けさせるべきだった。
どうしてもっと早く病院に連れて行かなかった?
自分を責めていた。
麻耶さんたちの世話をするのは冬夜さんの妻の私の務め。
私はそれすらできなかった。
そんなわたしを冬夜さんが優しく包んでくる。
「愛莉が悪いわけじゃないよ……。そんなに自分を責めないで」
そんな優しい言葉が私に突き刺さる。
「私は妻として失格です」
「そんな事は無い、冬吾の言葉に耳を傾けなかった僕にも落ち度はある」
冬吾は気づいていた。
「それよりこれからの事を考えないと」
「……どうすればいいのでしょうか?」
「母さんの望み通り今まで通りの生活をしてやって欲しい」
安らかな死……
そんな物があるのだろうか?
それはきっと本人しか分からないのだろう。
最後の時が来るまで温かく見守ってやって欲しい。
それが冬夜さんの願いだった。
「悪いけど父さんの事も頼む。一番ショックなのは父さんだろうから」
「はい、ちゃんと見てます」
「ありがとう」
冬夜さんだって辛いんだ。
それを必死に隠して私に不安を与えないようにしてくれてる。
次の日から私たちの生活は変わった。
見た目は変わらないけど、皆の気持ちが替わった。
麻耶さんが安心して最後を迎えられるように。
皆の願いはそれだけだった。
天音や翼達も頻繁に家に訪れるようになった。
麻耶さんの顔を見に来ていた。
それはきっと最後の時が来るまで続くのだろう。
儚き運命と知りながらも……
どうしてこんなに切なくて悲しいのだろう。
それでも涙が出るくらいに愛おしい。
日常の隙間に忘れられた追憶のメロディー。
雨に打たれて、ずぶ濡れの私の心に傘をさしてくれるのは冬夜さんのその温もりだった。
参ったな……
乳癌ステージ4。しかも進行はほぼ全身に転移している。
私でもこれは流石に自信が無い。
しかも患者は……
「深雪先生。どうしましょうか?」
看護師の桐谷亜依が聞いてきた。
説明するのも医師の務め。
しかしいきなり本人に説明するのも酷な話だ。
先に家族の同意が必要だろう。
「愛莉さんを中に入れて」
「……わかりました」
亜依はそう言うと外に出て待機してる愛莉さんを呼ぶ。
愛莉さんが中に入ってくる。
「先生、麻耶さんはどうですか?」
「愛莉さん、よく聞いて欲しい」
私は病状を愛莉さんに説明する。
それは死の宣告に近いものがあった。
「放射線治療や抗がん剤の投与をすれば、余命は呼ばせる」
今回ばかりは助かるとは安易に言えない。
治療をしても延命処置にすぎないかもしれない。
助かる見込みは0ではない。
だけど肉体的、精神的苦痛をともなう。
それなら痛みを和らげる緩和ケアという選択肢もある。
緩和ケア。
末期患者から痛みなどを取り除き患者の不安を取り除く治療。
もちろん治療はするけど、患者の死への不安を取り除き、自然な死を尊重する。
それを選ぶのは本人。
家族でよく話し合ってほしいと私は愛莉さんに告げる。
話を聞くにつれて愛莉さんの顔色が青ざめていく。
しかし強い意思はあるようだ。
「その話、麻耶さんにも聞いてもらってもいいですか?」
「……わかった。桐谷さん、愛莉さんの親御さんも入れてあげて」
「……いいんですか?」
「ご家族の意思を尊重します」
何も知らずよりはましだろう。
患者の片桐麻耶さんが入ってきた。
私は同じ説明をする。
麻耶さんは静かに聞いていた。
そして最後に言った。
「私はあとどれだけ生きられますか?」
「……長くて半年」
医者を続けてきてこんなお手上げなケースは初めてだった。
よりにもよって片桐さんの家族が……
「深雪先生、本当に助かる方法はないんですか?」
愛莉さんが聞いてきたが私は首を振った。
「残念だけど癌が転移している。患者の体力を考えると楽観視できない」
「でも深雪先生なら……」
「医者も万能ではないの。悔しいけど」
ごめんね、愛莉さん。
肩を落とす愛莉さん。
だけど麻耶さんはしっかりと事実を受け止めていたようだ。
「先生、一つお願いがあるのですが……」
「はい、私に出来る事なら」
在宅緩和ケア。
それが麻耶さんの選んだ選択肢だった。
緩和ケアを自宅で受ける治療。
当然助かる見込みはほとんどない。
それでもどうせ半年の命なら家族と主に過ごしたい。
それが麻耶さんの選んだ選択肢だった。
「まあ、それを希望するなら最大限の支援はします」
「よろしくお願いします」
2人が退室すると次の患者を診なければならない。
だけどその間も私はあの2人の事を考えていた。
医者になった初めての絶望という壁にぶち当たっていた。
(2)
「本当にいいの?麻耶さん」
私は麻耶さんの説得を試みていた。
助からる可能性は0じゃない。
だったらちゃんと治療しよう。
そうお願いしていた。
それでも麻耶さんは意見を変えなかった。
最後は安らかに過ごしたい。
それが麻耶さんの希望だった。
冬夜さんが説得してくれるかもしれない。
その晩皆が風呂に入ると家族会議だった。
「本当なのか?麻耶……」
冬夜さんのパパさんは現実を受け止め難いようだ。
冬夜さんも戸惑っている。
皆が治療を受けてと言っている。
でも癌の治療は苦痛を伴う。
それにステージⅣではもうほとんど助からない。
だからこそ麻耶さんは覚悟を決めたのだろう。
最後は皆と過ごしたい。
冬夜さんも何も言わない。
結局在宅緩和ケアで治療することになった。
私は後悔していた。
もっと早く診察を受けさせるべきだった。
どうしてもっと早く病院に連れて行かなかった?
自分を責めていた。
麻耶さんたちの世話をするのは冬夜さんの妻の私の務め。
私はそれすらできなかった。
そんなわたしを冬夜さんが優しく包んでくる。
「愛莉が悪いわけじゃないよ……。そんなに自分を責めないで」
そんな優しい言葉が私に突き刺さる。
「私は妻として失格です」
「そんな事は無い、冬吾の言葉に耳を傾けなかった僕にも落ち度はある」
冬吾は気づいていた。
「それよりこれからの事を考えないと」
「……どうすればいいのでしょうか?」
「母さんの望み通り今まで通りの生活をしてやって欲しい」
安らかな死……
そんな物があるのだろうか?
それはきっと本人しか分からないのだろう。
最後の時が来るまで温かく見守ってやって欲しい。
それが冬夜さんの願いだった。
「悪いけど父さんの事も頼む。一番ショックなのは父さんだろうから」
「はい、ちゃんと見てます」
「ありがとう」
冬夜さんだって辛いんだ。
それを必死に隠して私に不安を与えないようにしてくれてる。
次の日から私たちの生活は変わった。
見た目は変わらないけど、皆の気持ちが替わった。
麻耶さんが安心して最後を迎えられるように。
皆の願いはそれだけだった。
天音や翼達も頻繁に家に訪れるようになった。
麻耶さんの顔を見に来ていた。
それはきっと最後の時が来るまで続くのだろう。
儚き運命と知りながらも……
どうしてこんなに切なくて悲しいのだろう。
それでも涙が出るくらいに愛おしい。
日常の隙間に忘れられた追憶のメロディー。
雨に打たれて、ずぶ濡れの私の心に傘をさしてくれるのは冬夜さんのその温もりだった。
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