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(1)
「それではそこに掛けて下さい」
僕は椅子に座る。
目の前には父さんと何人かの面接官がいた。
父さんはにこにこしている。
僕と翼は今日、片桐税理士事務所に面接に来ていた。
そして僕の番が来る。
筆記試験は午前中に済ませた。
その結果と履歴書などを見ていた。
「それではまず当社を志望した理由を教えて下さい」
その後も趣味や大学で何をしていたかとか質問を受ける。
さすがにギャングと抗争をしていたとか言えるはずがない。
グループで遊んだりしていたと答えた。
「どんなグループですか?」
「特に何をするまでもなく、休みを合わせて皆で遊ぶグループです」
すると父さんの悪戯が始まる。
「何ていうグループですか?」
答えるのを躊躇ったけど答えるしかない。
「セイクリッドハートです」
答えると、面接官が何か相談している。
さすがに九州全土を爆撃したリしていたら否応なく名前が広まる。
だけど父さんは違うようだ。
「片桐君はそこで何をしていたのですか?」
父さんは僕を追い詰めるのが好きなようだ。
「リーダーをしてます」
この流れはまずい。
父さんは僕を雇う気が無いのだろうか?
「なるほどね……それにしても随分と資格を取ってるようですね」
大学4年生にして税理士の資格も取得する予定だった。
「片桐君はこの仕事で一番必要な事は何だと思いますか?」
え?
「知識ですか?」
だけど父さんは首を振る。
「コミュニケーション能力。いくら知識をもっていようと、客先と揉めるような人は会社にとって損失だ」
だけど、客の言いなりになってるだけじゃダメ。
うまい具合に客を納得させなければならない。
「片桐君がリーダーを務めていたという事は、君に人を集める人望があったのだと私は判断します」
資格をとりながらグループを先導する手腕は父さんは認めると言った。
「でも、僕一人の力ではありません」
翼や学、善明がいたから。
「ダメだよ。そういうネガティブな意見を面接でしてはいけない」
父さんはそう言って微笑む。
「片桐君はすでに税理士の資格を取ってるし、さらに在学中に取るつもりらしい。戦力としては申し分ないと私は考えますけどどうでしょう?」
「社長の仰る通りだと思います。やる気はあるようですし」
「社長は立派なご子息をお持ちの様ですね」
どうやら父さんの息子というのはバレてるらしい。
「それでは他に質問はありませんか?」
父さんが面接官に言うと特にないと言った。
「片桐君は何か質問はありませんか?」
「いえ、ありません」
「分かりました。本日はありがとうございました」
結果は後日通知されるらしい。
「ありがとうございました。失礼します」
そう言って礼をして部屋を出る。
面接が終ると家に帰って着替える。
「お疲れ様でした。面接どうだった?」
美希が聞くと面接の様子を美希に説明する。
「そんなに緊張しなくても、ダメなら母さんが税理士事務所くらい作るよ」
美希はそう言って笑う。
少し休憩して夕食を食べて母さん達に報告した。
(2)
「ただいま」
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
愛莉が出迎えてくれる。
「今日空と翼の面接だったのでしょ?」
どうだったか気になるらしい。
空と話した内容を伝えた。
それを聞いた愛莉はくすっと笑っていた。
「相変わらず意地悪な人ですね。冬夜さんの息子なんだからもう少し大目に見てあげても……」
「僕の子供だからそうしたんだよ」
愛莉に説明する。
空達のグループのセイクリッドハートの噂はテレビにもなるくらいだ。
隠し通せるものじゃない。
だったらそれを逆手に取った方がいい。
やってる事は無茶苦茶だけど、空のやってる事は間違ってはいない。
空の人望と行動力を評価する方がいい。
実際空はそんな抗争をしながら資格等、実力はつけているんだから。
「冬夜さんの時もそうでしたものね」
「あの時は石原君の会社だったから幾分か余裕あったけどね」
空は僕が質問すると慌ててたよ。
「とうとう来たんですね。空達が冬夜さんの後を継ぐ時が」
「その前に仕事をしっかり覚えさせないといけないけどね」
「頑張ってください」
「そうだね」
「じゃあ、私は夕食の支度が残ってるので」
「ああ、お疲れさん」
「ありがとうございます」
そう言って愛莉はキッチンに行った。
あの子達に残してやれるものは全部残してやろうと思う。
だけどまさか絶対に無理だと思ってた物まで残してやれるとは思わなかった。
(3)
5月24日
私の誕生日。
そのお祝いをパパ達がしてくれるという。
パパは私と一緒に酒を飲むのを楽しみにしていたんだそうだ。
私と大地は街のホテルに向かった。
折角だからと大地のお母さんがホールを借りてパーティをしようと準備してくれていた。
空達も来ている。
遠坂のお爺ちゃんたちも来たようだ。
「天音、誕生日おめでとう」
愛莉がそう言うと皆が拍手してくれた。
一昨年は大地が私にプロポーズしてくれた。
今年は何をくれるのだろう?
本当は何でもいい。
大地が必死に悩んで考えてくれたものなら何でもいい。
だって私はもう、大地という最高のプレゼントを受け取ったのだから。
「天音、これプレゼント。大したものじゃないけど」
そう言って大地にワインをプレゼントしてくれた。
私の生まれた年に作られたワインらしい。
「それは2人の時に飲みなさい」
大地の母さんが言った。
大地のプレゼントを受け取ると乾杯をして宴が始まる。
パパや愛莉とも乾杯した。
「冬夜さん、どうですか?今のお気持ち」
「凄く安心したよ。2人とも仲良くやってるみたいだし」
「冬夜君。中々いい気分だろう。お疲れ様。今日はゆっくり楽しみなさい」
遠坂のお爺ちゃんがパパに酒を勧めている。
お爺ちゃんもパパと話をしていた。
「冬夜さんは娘の育児は本当苦手だったのよ」
愛莉が言う。
私のおむつを変えるのも躊躇ったそうだ。
「あら~?愛莉ちゃんはパパさんがおむつを替えたって言ったら怒ってたじゃない~」
「それは、冬夜さんに話す事じゃないでしょ」
愛莉が困っていた。
「大地、他人事じゃないのよ。大地も娘の世話くらいしっかりしなさい!美希の時、望は全く手伝ってくれなかったのだから」
大地の父さんはただ笑っていた。
「でもね愛莉。やっぱり赤ちゃんを抱えるのは慣れないんだ」
「自分の子供くらい抱いて下さい」
冬吾と冬莉の時も苦労してたな。
愛莉も大地の母さんもいるし聞いてみるか。
「あのさ、聞きたい事があるんだけど」
「どうしたの?」
「私が母親になったとして、私はどう振舞えば良いのか分からなくて」
それを聞いた大地の母さんの表情が険しくなる。
「大地!あなたまさか天音ちゃんを……」
「し、してないよ!僕だってまだあと2年大学あるんだから」
全く私に興味を示してくれないのもどうかと思うんだけどな。
そのくせしょうもないDVDとかは見る癖に。
それを聞いた大地の母さんの説教が始まる。
「あなた天音ちゃんに家事とバイトをさせた挙句、嫁を労わろうって気すらないわけ!」
「大地もバイトしてるんだししょうがないよ」
「望がそういう態度をとるから、大地まで似るんでしょ!」
大地の父さんは何も言い返さなかった。
「天音ちゃん。天音ちゃんも片桐君から預かった大事な石原家の娘です。困ったことがあれば何でも言ってちょうだい」
困った事か。
「主人は好き嫌いが激しくて献立考えるのも一苦労なんです」
大地の父さんが気まずそうな顔をしている。
「望!だから好き嫌いはやめなさいってあれほど言ったでしょ!大地もこの先どうするの!?」
そう言えば大地も大地のパパも肉が好きな割には小柄だな。
でも不思議な事がある。
「主人は魚が嫌いという割には刺身とかは食べるのが不思議で」
「酒のつまみにしてるだけだよ」
「じゃあ、フライドポテトはよくてポテトサラダはダメって言うのはどういう理屈だ」
ちなみにマカロニサラダも大地は苦手だ。
「嫁の手料理を台無しにするような夫なの!?大地は」
ちなみに美希からそう言う苦情を聞いたことがない。
「美希の手料理ならなんでもいいよ」
そう言って何でも食べるそうだ。
片桐家のグループチャットでも翼と相談したことがある。
善明はあまり好き嫌いを言わないらしい。
だから何を作ったら喜んでくれるのか分からないらしい。
「嫁の手料理を残したなんて知れたら、僕は実の親に埋められるよ」
と、善明は言っていたらしい。
その間も空達は黙々と食べている。
美希と翼も飲みながら食べながら楽しく会話してる。
翼はザルなんらしい。
どれだけ飲んでも泥酔しないし二日酔いもしない。
ちなみに私は無理だ。
「翼、ほどほどにしておくれ」
善明が注意する。
「今日はホテルの部屋借りてるらしいし、善明に甘えるから平気」
酔ってなくても甘える気だろう。
「しかし片桐家と石原家、それに酒井家の絆が出来たら怖い物はないわね」
大地の母さんが上機嫌で言う。
しかも酒井家と石原家の関係もある。
その気になったら地元を崩壊させるくらいの事はやるかもしれない。
そんな期待を背負って私は子供を作る。
だからどんな親になればいいのか分からないんだ。
私自身我儘放題だったから、上手く育児が出来る自信はない。
すると愛莉が言った。
「天音は今のままでいいのよ」
「どうして?」
「冬夜さんが言ってました”大人になって親の苦労を知る事じゃなく、親の苦労を知った上で子供の気持ちを忘れない事”だって」
パパはそんな事を言ってたのか。
その結果私や空や翼は立派に成人した。
やっぱりパパは凄いんだな。
「天音ちゃん。一人で悩む必要は無いの。私達にいつでも相談してちょうだい」
大地が浮気とかふざけた真似をしたら、ただじゃ置かない。
やっぱり私は大地の母さんのようになるのだろうか?
「それはそうと天音。あなた就職しないの?」
愛莉が聞いてきた。
それなんだよなあ。
大地が大学卒業するまで働くのも考えたんだけど……
「料亭くらいなら準備してあげるわよ?」
と、大地の母さんが言う。
ただ、問題はその後なんだ。
大地が卒業したら、水奈とどっちが先に子供を作るか勝負になる。
「せ、せめて大地の仕事に慣れるまで待ってやれないかな?」
「それはいいんだけど、せっかくお店を用意してくれても私は育児でそれどころじゃなくなるから」
店を開く意味がないんじゃないか?
「確かにそうね……、でもそういう話なら大地が卒業するのを待つ理由があるの?」
まあ、大地の母さんなら絶対言うと思った。
「そうね、天音の手伝いくらいなら私達でも出来るし」
愛莉も賛成してくれた。
だけど父さん達は違う。
「それじゃ、大地君の立場がないよ。卒業まで待ってあげてもいいんじゃないか?」
「僕もそう思う。天音ちゃんも育児に仕事じゃきついよ」
大地の父さんのその一言が大地の母さんに火をつける。
「望。あなた天音ちゃんに育児させながら働かせるつもりだったの!?」
「当然大地だってバイトくらいするだろうけど、それだけじゃ養育費だって足りないよ」
「大地の子供なのよ!石原家の跡取りになるのに少しは協力してやろうって思わないの!?」
仕送りを増やしてくれるらしい。
これ以上増やされても使い道がないんだけど。
「大地も自分は関係ないみたいな態度とってるけど、育児は天音ちゃん任せなんてふざけた真似許しませんからね!」
そんな事をしたら間違いなくハロワに行列が出来るだろうな。
「か、片桐君たちはどう思ってるの?」
大地の父さんがパパ達に話を振った。
「ぼ、僕も待った方がいいと思うんだけど。やっぱり2人で育てたいだろうし」
「あら?片桐君。大地は学生だから育児の協力くらい出来るわよ」
「大地君もしっかり勉強したいだろうし」
「そんなに必死に勉強する必要ないわよ」
どうせ将来は社長なんだ。
とりあえず大卒の肩書さえあれば問題ない。と、大地の母さんが言う。
こうなると最後の難関は愛莉なんだろうけど。
「そうですね。ただ一つだけ条件があります」
「条件?」
私は愛莉に聞いていた。
「家は引っ越しなさい。その方が私や恵美が天音の育児の手伝いできるし」
愛莉は賛成派らしい。
「冬夜、娘の名前くらい考えておいた方がいいぞ」
お爺ちゃんが言う。
「ま、まだ娘って決まったわけじゃないし」
そもそも名前は私達で決めたらいいんじゃないか?
パパはそう言った。
「天音ちゃんは子供の事まで考えているのね。これで私達も安心ね。愛莉ちゃん」
「天音の教育がちょっと気になるけど、そこは私達が手伝ってあげたらいいよね。恵美」
愛莉と大地の母さんはもう子供を作る事で決まっている様だ。
パパ達は笑っていた。
「孫はいいぞ!」
お爺ちゃんが言っている。
大地は頭を抱えている。
パーティが終ると大地の両親は家に帰るらしい。
お爺ちゃんと愛莉達も帰るそうだ。
翼と空は善明と美希と飲みに行くらしい。
私達はホテルのバーで飲むことにした。
「天音、そんなに子供欲しいの?」
大地が聞いてくる。
「まあ、水奈には負けてられないな」
「その水奈も、水奈が大学卒業するまでダメって学が言ってたろ?」
それなら水奈と私は同じスタートラインじゃないか。
大地はそういう。
「大地は子供欲しくないのか?」
「欲しいよ」
「じゃあ、作ればいいじゃん」
「作っても親任せで育児していたら意味が無いよ」
2人で頭を寄せ合って育てていきたい。
2人で育てるから意味があるんじゃないか?
大地の言う事も一理あるな。
「分かったよ。でもその前に条件がある」
「な、何?」
少しは私に構ってくれ。
大地は私が誘わないと何もしてくれないじゃないか?
私はそんなに魅力が無いのか?
大地は少し笑っていた。
「妻に対する配慮が欠けてたね。ごめんね」
私は大地の家政婦じゃない。
愛しあう2人なんだ。
大地は分かってくれたらしい。
「天音は男の子と女の子どっちが欲しいの?」
大地が聞いてきた。
「両方」
「じゃあ、僕も頑張る必要があるね」
「ただし六つ子なんていらないからな。しんどそうだ」
双子でも大変だったって愛莉から聞いたしな。
「分かった」
「大地は娘の名前は決めてあったりするのか?」
お爺ちゃんは私と翼の名前は遠い昔に決めてあったらしいけど。
「まだ、考えてないよ。てか、僕が決めて良いの」
「大地は出産に関しては、何も出来ないんだ。名前くらい大地が決めてやれよ」
「分かった」
あと2年後か……。
きっと大地の母さんの事だから家をプレゼントしてくれるんだろうな。
楽しみにしていた。
だけど、それは思わぬ事態になる。
人生何が起こるか分からない。
誰がそんな未来を想像していただろうか?
「それではそこに掛けて下さい」
僕は椅子に座る。
目の前には父さんと何人かの面接官がいた。
父さんはにこにこしている。
僕と翼は今日、片桐税理士事務所に面接に来ていた。
そして僕の番が来る。
筆記試験は午前中に済ませた。
その結果と履歴書などを見ていた。
「それではまず当社を志望した理由を教えて下さい」
その後も趣味や大学で何をしていたかとか質問を受ける。
さすがにギャングと抗争をしていたとか言えるはずがない。
グループで遊んだりしていたと答えた。
「どんなグループですか?」
「特に何をするまでもなく、休みを合わせて皆で遊ぶグループです」
すると父さんの悪戯が始まる。
「何ていうグループですか?」
答えるのを躊躇ったけど答えるしかない。
「セイクリッドハートです」
答えると、面接官が何か相談している。
さすがに九州全土を爆撃したリしていたら否応なく名前が広まる。
だけど父さんは違うようだ。
「片桐君はそこで何をしていたのですか?」
父さんは僕を追い詰めるのが好きなようだ。
「リーダーをしてます」
この流れはまずい。
父さんは僕を雇う気が無いのだろうか?
「なるほどね……それにしても随分と資格を取ってるようですね」
大学4年生にして税理士の資格も取得する予定だった。
「片桐君はこの仕事で一番必要な事は何だと思いますか?」
え?
「知識ですか?」
だけど父さんは首を振る。
「コミュニケーション能力。いくら知識をもっていようと、客先と揉めるような人は会社にとって損失だ」
だけど、客の言いなりになってるだけじゃダメ。
うまい具合に客を納得させなければならない。
「片桐君がリーダーを務めていたという事は、君に人を集める人望があったのだと私は判断します」
資格をとりながらグループを先導する手腕は父さんは認めると言った。
「でも、僕一人の力ではありません」
翼や学、善明がいたから。
「ダメだよ。そういうネガティブな意見を面接でしてはいけない」
父さんはそう言って微笑む。
「片桐君はすでに税理士の資格を取ってるし、さらに在学中に取るつもりらしい。戦力としては申し分ないと私は考えますけどどうでしょう?」
「社長の仰る通りだと思います。やる気はあるようですし」
「社長は立派なご子息をお持ちの様ですね」
どうやら父さんの息子というのはバレてるらしい。
「それでは他に質問はありませんか?」
父さんが面接官に言うと特にないと言った。
「片桐君は何か質問はありませんか?」
「いえ、ありません」
「分かりました。本日はありがとうございました」
結果は後日通知されるらしい。
「ありがとうございました。失礼します」
そう言って礼をして部屋を出る。
面接が終ると家に帰って着替える。
「お疲れ様でした。面接どうだった?」
美希が聞くと面接の様子を美希に説明する。
「そんなに緊張しなくても、ダメなら母さんが税理士事務所くらい作るよ」
美希はそう言って笑う。
少し休憩して夕食を食べて母さん達に報告した。
(2)
「ただいま」
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
愛莉が出迎えてくれる。
「今日空と翼の面接だったのでしょ?」
どうだったか気になるらしい。
空と話した内容を伝えた。
それを聞いた愛莉はくすっと笑っていた。
「相変わらず意地悪な人ですね。冬夜さんの息子なんだからもう少し大目に見てあげても……」
「僕の子供だからそうしたんだよ」
愛莉に説明する。
空達のグループのセイクリッドハートの噂はテレビにもなるくらいだ。
隠し通せるものじゃない。
だったらそれを逆手に取った方がいい。
やってる事は無茶苦茶だけど、空のやってる事は間違ってはいない。
空の人望と行動力を評価する方がいい。
実際空はそんな抗争をしながら資格等、実力はつけているんだから。
「冬夜さんの時もそうでしたものね」
「あの時は石原君の会社だったから幾分か余裕あったけどね」
空は僕が質問すると慌ててたよ。
「とうとう来たんですね。空達が冬夜さんの後を継ぐ時が」
「その前に仕事をしっかり覚えさせないといけないけどね」
「頑張ってください」
「そうだね」
「じゃあ、私は夕食の支度が残ってるので」
「ああ、お疲れさん」
「ありがとうございます」
そう言って愛莉はキッチンに行った。
あの子達に残してやれるものは全部残してやろうと思う。
だけどまさか絶対に無理だと思ってた物まで残してやれるとは思わなかった。
(3)
5月24日
私の誕生日。
そのお祝いをパパ達がしてくれるという。
パパは私と一緒に酒を飲むのを楽しみにしていたんだそうだ。
私と大地は街のホテルに向かった。
折角だからと大地のお母さんがホールを借りてパーティをしようと準備してくれていた。
空達も来ている。
遠坂のお爺ちゃんたちも来たようだ。
「天音、誕生日おめでとう」
愛莉がそう言うと皆が拍手してくれた。
一昨年は大地が私にプロポーズしてくれた。
今年は何をくれるのだろう?
本当は何でもいい。
大地が必死に悩んで考えてくれたものなら何でもいい。
だって私はもう、大地という最高のプレゼントを受け取ったのだから。
「天音、これプレゼント。大したものじゃないけど」
そう言って大地にワインをプレゼントしてくれた。
私の生まれた年に作られたワインらしい。
「それは2人の時に飲みなさい」
大地の母さんが言った。
大地のプレゼントを受け取ると乾杯をして宴が始まる。
パパや愛莉とも乾杯した。
「冬夜さん、どうですか?今のお気持ち」
「凄く安心したよ。2人とも仲良くやってるみたいだし」
「冬夜君。中々いい気分だろう。お疲れ様。今日はゆっくり楽しみなさい」
遠坂のお爺ちゃんがパパに酒を勧めている。
お爺ちゃんもパパと話をしていた。
「冬夜さんは娘の育児は本当苦手だったのよ」
愛莉が言う。
私のおむつを変えるのも躊躇ったそうだ。
「あら~?愛莉ちゃんはパパさんがおむつを替えたって言ったら怒ってたじゃない~」
「それは、冬夜さんに話す事じゃないでしょ」
愛莉が困っていた。
「大地、他人事じゃないのよ。大地も娘の世話くらいしっかりしなさい!美希の時、望は全く手伝ってくれなかったのだから」
大地の父さんはただ笑っていた。
「でもね愛莉。やっぱり赤ちゃんを抱えるのは慣れないんだ」
「自分の子供くらい抱いて下さい」
冬吾と冬莉の時も苦労してたな。
愛莉も大地の母さんもいるし聞いてみるか。
「あのさ、聞きたい事があるんだけど」
「どうしたの?」
「私が母親になったとして、私はどう振舞えば良いのか分からなくて」
それを聞いた大地の母さんの表情が険しくなる。
「大地!あなたまさか天音ちゃんを……」
「し、してないよ!僕だってまだあと2年大学あるんだから」
全く私に興味を示してくれないのもどうかと思うんだけどな。
そのくせしょうもないDVDとかは見る癖に。
それを聞いた大地の母さんの説教が始まる。
「あなた天音ちゃんに家事とバイトをさせた挙句、嫁を労わろうって気すらないわけ!」
「大地もバイトしてるんだししょうがないよ」
「望がそういう態度をとるから、大地まで似るんでしょ!」
大地の父さんは何も言い返さなかった。
「天音ちゃん。天音ちゃんも片桐君から預かった大事な石原家の娘です。困ったことがあれば何でも言ってちょうだい」
困った事か。
「主人は好き嫌いが激しくて献立考えるのも一苦労なんです」
大地の父さんが気まずそうな顔をしている。
「望!だから好き嫌いはやめなさいってあれほど言ったでしょ!大地もこの先どうするの!?」
そう言えば大地も大地のパパも肉が好きな割には小柄だな。
でも不思議な事がある。
「主人は魚が嫌いという割には刺身とかは食べるのが不思議で」
「酒のつまみにしてるだけだよ」
「じゃあ、フライドポテトはよくてポテトサラダはダメって言うのはどういう理屈だ」
ちなみにマカロニサラダも大地は苦手だ。
「嫁の手料理を台無しにするような夫なの!?大地は」
ちなみに美希からそう言う苦情を聞いたことがない。
「美希の手料理ならなんでもいいよ」
そう言って何でも食べるそうだ。
片桐家のグループチャットでも翼と相談したことがある。
善明はあまり好き嫌いを言わないらしい。
だから何を作ったら喜んでくれるのか分からないらしい。
「嫁の手料理を残したなんて知れたら、僕は実の親に埋められるよ」
と、善明は言っていたらしい。
その間も空達は黙々と食べている。
美希と翼も飲みながら食べながら楽しく会話してる。
翼はザルなんらしい。
どれだけ飲んでも泥酔しないし二日酔いもしない。
ちなみに私は無理だ。
「翼、ほどほどにしておくれ」
善明が注意する。
「今日はホテルの部屋借りてるらしいし、善明に甘えるから平気」
酔ってなくても甘える気だろう。
「しかし片桐家と石原家、それに酒井家の絆が出来たら怖い物はないわね」
大地の母さんが上機嫌で言う。
しかも酒井家と石原家の関係もある。
その気になったら地元を崩壊させるくらいの事はやるかもしれない。
そんな期待を背負って私は子供を作る。
だからどんな親になればいいのか分からないんだ。
私自身我儘放題だったから、上手く育児が出来る自信はない。
すると愛莉が言った。
「天音は今のままでいいのよ」
「どうして?」
「冬夜さんが言ってました”大人になって親の苦労を知る事じゃなく、親の苦労を知った上で子供の気持ちを忘れない事”だって」
パパはそんな事を言ってたのか。
その結果私や空や翼は立派に成人した。
やっぱりパパは凄いんだな。
「天音ちゃん。一人で悩む必要は無いの。私達にいつでも相談してちょうだい」
大地が浮気とかふざけた真似をしたら、ただじゃ置かない。
やっぱり私は大地の母さんのようになるのだろうか?
「それはそうと天音。あなた就職しないの?」
愛莉が聞いてきた。
それなんだよなあ。
大地が大学卒業するまで働くのも考えたんだけど……
「料亭くらいなら準備してあげるわよ?」
と、大地の母さんが言う。
ただ、問題はその後なんだ。
大地が卒業したら、水奈とどっちが先に子供を作るか勝負になる。
「せ、せめて大地の仕事に慣れるまで待ってやれないかな?」
「それはいいんだけど、せっかくお店を用意してくれても私は育児でそれどころじゃなくなるから」
店を開く意味がないんじゃないか?
「確かにそうね……、でもそういう話なら大地が卒業するのを待つ理由があるの?」
まあ、大地の母さんなら絶対言うと思った。
「そうね、天音の手伝いくらいなら私達でも出来るし」
愛莉も賛成してくれた。
だけど父さん達は違う。
「それじゃ、大地君の立場がないよ。卒業まで待ってあげてもいいんじゃないか?」
「僕もそう思う。天音ちゃんも育児に仕事じゃきついよ」
大地の父さんのその一言が大地の母さんに火をつける。
「望。あなた天音ちゃんに育児させながら働かせるつもりだったの!?」
「当然大地だってバイトくらいするだろうけど、それだけじゃ養育費だって足りないよ」
「大地の子供なのよ!石原家の跡取りになるのに少しは協力してやろうって思わないの!?」
仕送りを増やしてくれるらしい。
これ以上増やされても使い道がないんだけど。
「大地も自分は関係ないみたいな態度とってるけど、育児は天音ちゃん任せなんてふざけた真似許しませんからね!」
そんな事をしたら間違いなくハロワに行列が出来るだろうな。
「か、片桐君たちはどう思ってるの?」
大地の父さんがパパ達に話を振った。
「ぼ、僕も待った方がいいと思うんだけど。やっぱり2人で育てたいだろうし」
「あら?片桐君。大地は学生だから育児の協力くらい出来るわよ」
「大地君もしっかり勉強したいだろうし」
「そんなに必死に勉強する必要ないわよ」
どうせ将来は社長なんだ。
とりあえず大卒の肩書さえあれば問題ない。と、大地の母さんが言う。
こうなると最後の難関は愛莉なんだろうけど。
「そうですね。ただ一つだけ条件があります」
「条件?」
私は愛莉に聞いていた。
「家は引っ越しなさい。その方が私や恵美が天音の育児の手伝いできるし」
愛莉は賛成派らしい。
「冬夜、娘の名前くらい考えておいた方がいいぞ」
お爺ちゃんが言う。
「ま、まだ娘って決まったわけじゃないし」
そもそも名前は私達で決めたらいいんじゃないか?
パパはそう言った。
「天音ちゃんは子供の事まで考えているのね。これで私達も安心ね。愛莉ちゃん」
「天音の教育がちょっと気になるけど、そこは私達が手伝ってあげたらいいよね。恵美」
愛莉と大地の母さんはもう子供を作る事で決まっている様だ。
パパ達は笑っていた。
「孫はいいぞ!」
お爺ちゃんが言っている。
大地は頭を抱えている。
パーティが終ると大地の両親は家に帰るらしい。
お爺ちゃんと愛莉達も帰るそうだ。
翼と空は善明と美希と飲みに行くらしい。
私達はホテルのバーで飲むことにした。
「天音、そんなに子供欲しいの?」
大地が聞いてくる。
「まあ、水奈には負けてられないな」
「その水奈も、水奈が大学卒業するまでダメって学が言ってたろ?」
それなら水奈と私は同じスタートラインじゃないか。
大地はそういう。
「大地は子供欲しくないのか?」
「欲しいよ」
「じゃあ、作ればいいじゃん」
「作っても親任せで育児していたら意味が無いよ」
2人で頭を寄せ合って育てていきたい。
2人で育てるから意味があるんじゃないか?
大地の言う事も一理あるな。
「分かったよ。でもその前に条件がある」
「な、何?」
少しは私に構ってくれ。
大地は私が誘わないと何もしてくれないじゃないか?
私はそんなに魅力が無いのか?
大地は少し笑っていた。
「妻に対する配慮が欠けてたね。ごめんね」
私は大地の家政婦じゃない。
愛しあう2人なんだ。
大地は分かってくれたらしい。
「天音は男の子と女の子どっちが欲しいの?」
大地が聞いてきた。
「両方」
「じゃあ、僕も頑張る必要があるね」
「ただし六つ子なんていらないからな。しんどそうだ」
双子でも大変だったって愛莉から聞いたしな。
「分かった」
「大地は娘の名前は決めてあったりするのか?」
お爺ちゃんは私と翼の名前は遠い昔に決めてあったらしいけど。
「まだ、考えてないよ。てか、僕が決めて良いの」
「大地は出産に関しては、何も出来ないんだ。名前くらい大地が決めてやれよ」
「分かった」
あと2年後か……。
きっと大地の母さんの事だから家をプレゼントしてくれるんだろうな。
楽しみにしていた。
だけど、それは思わぬ事態になる。
人生何が起こるか分からない。
誰がそんな未来を想像していただろうか?
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「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
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