304 / 535
愛の言葉
しおりを挟む
(1)
時間がやばい。
これ以上続いたら確実に遅れる。
今日だけは絶対に繭の機嫌を損ねるわけにはいかない。
どうせ僻地の開発の話だ。
採算取れるかどうかも分からない店舗なんてどうでもいいだろ。
「もう時間だ。この話は白紙!」
俺がそう言うと重役が慌てる。
「しかしこの話は市長自ら持ってきた話で……」
「あんな老人しかいないところに新店舗作ってもしょうがないだろ」
「だから若者の誘致にと舞い込んできた話ですよ」
他の企業に持っていかれたら大損失だ。と食い下がる重役。
そんな損失、繭の機嫌に比べたらどうでも良い。
「そんなにうまいと相手が思ってるならくれてやれ!」
天音が前に言ってた。
こんな棺桶に片足突っ込んでるような老人がいる場所なら、病院や老人介護施設作った方が余程金とれる。
崖崩れや水没が怖いなら墓苑でも作っとけ。
墓なら流れても誰も文句言わないだろ。
「しかし今後、市内で店舗を展開出来なくなるかもしれませんよ」
政治家よりも恐ろしいのは酒井家の人間だ。
繭を怒らせると、この会社自体がつぶれるぞ!
「これ以上話しても無駄!この話は終わり」
無理矢理交渉を断って会議室を出る。
時計を見た。
時間はまだ大丈夫だ。
社長室に入って荷物を取ると急いで社長室を出る。
「今日は早退するから」
「何かご予定が?」
秘書の飯島さんが聞いてきた。
「今日はクリスマスイブだろ?」
そう言ってバッグから荷物を見せた。
「なるほど、頑張ってください」
「ありがとう」
そういうと急いで家に帰る。
繭にも今日は外で食べると朝出る時に伝えておいた。
だから準備はしているはず。
家に帰ると出かける支度を済ませていた繭がいた。
「異様に早かったのですね」
「遅くなったらやばいと思ったから」
「市長から電話がありました」
一方的に断るなんてどういうつもりだ。今後如月グループに計画は渡さない。
繭にそう言ったそうだ。
「それで?」
「勝手にすれば?って答えておきました」
そんな事で政治家生命を短くしたいなら望み通りさせてやる。
判断は間違ってなかったようだ。
如月グループだけで済ませておけばいいものをわざわざ繭にまで喧嘩を打った。
もうそんなに長生きしないだろう。
「でも、どうして今日はそんなに慌てているの?」
「今日はクリスマスイブだろ?」
店取るのも大変だったんだ。
無理矢理系列のホテルの部屋を取ってレストランも確保したと説明する。
しかしそれが繭には不思議だったようだ。
「いつもならクリスマスライブだので私の事なんて忘れてるのに」
「だからだよ。今日くらいはちゃんとしたい」
だって今日は……
「私はもう出れるから天も準備しなさい」
「分かってる」
急いで着替えるとホテルに向かう。
「お待ちしておりました」
丁寧にスタッフが並んで待っていた。
一番いい部屋を頼む。
そう言っておいたので最上級の部屋を用意してくれたらしい。
それが逆に繭疑われる羽目になるとは思わなかったけど。
「天、何か隠してるでしょう?」
繭に隠し事をしてバレなかったことは一度もない。
だけど今回だけは絶対に言えない。
「悪い事じゃないから」
そう言うと繭は少し考えて笑みをこぼす。
「まあ、いいわ。素直に喜んで良さそうだし」
バレた?
「ありがとう。天がこんな素敵な聖夜を用意してくれるとは思いませんでした」
繭の機嫌は良さそうだ。
そして荷物を置くと早速レストランに向かった。
(2)
「メリークリスマス」
奏が「今日くらいちょっと奮発しないか?」というのでちょっとおしゃれなレストランに向かった。
「奏お酒飲んで大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちゃんとホテル予約してるから」
あ、そういう事か。
別に初めてお酒を飲むわけじゃないけど高そうなワインを飲むのは初めてだった。
飲んで2人で不思議に思った。
普通のワインより酸味がきつい。
私達の舌は高級なワインよりスーパーで売ってる安価なワインの方が似合ってるみたいだと笑っていた。
こういう料理に慣れてないわけじゃないけど奏はやけに緊張してる。
女の勘ってやつだろうか?
試してみたくなった。
「ねえ、クリスマスプレゼントは?」
「あ、後で渡すよ。ちゃんと用意してるから」
「私も用意してるんだ。奏も社会人だし時計にしておいた」
奏は何をくれるの?
「あ、後のお楽しみって事で」
異様に焦っている。
間違いなさそうだ。
でも、気づかないふりをしてあげよう。
必死になっている奏を見ていたいから。
最後のデザートが届くと奏にプレゼントを渡す。
「ありがとう」
「気にしないで」
私だってフリーライターの仕事でそれなりに稼いでる。
4大企業の口添えもあって順調に軌道に乗っていた。
すると突然奏が黙り込む。
プレゼントくれるんじゃないの?
きっとタイミングが分からないんだろうな。
「慌てなくていいよ。時間はまだあるし」
「うん……」
「本当に4年間ずっと待っていてくれるとは思わなかった」
私は関西の大学に通っていた。
奏は地元大学。
そんなに長い間待てるわけがないと思っていたけど、本当に待っていてくれた。
凄くうれしかった。
今は同棲している。
色んな奏を見て新鮮な毎日を過ごしている。
それだけでも私は幸せだよ。
奏とならきっとこれから先もずっとうまくやっていけるって私は思ってる。
奏はどうなの?
「本当にそう思ってくれてる?」
「ええ、今だってこんなに幸せな気分にさせてくれてる」
「もっと幸せになりたくないか?」
来た。
いけない、私も少し緊張してきた。
「させてくれるの?」
「誓うよ」
「ありがとう、でもこれから先はそうじゃない」
2人で幸せになれるように頑張る時だ。
「分かってる。俺も瑞穂を幸せに出来るように誓うよ……だから」
そう言って奏は用意していた指輪をテーブルに置いた。
「結婚して欲しい。苦労はさせないから」
私は答える事が出来なかった。
臆病で、気が小さくて、すぐに震える泣き虫な私。
今も気づいたら泣いている。
「瑞穂、どうした?」
「せっかくのサプライズなのにごめん」
「え?」
「嬉しくて涙が止まらないの」
これじゃ、返事にならない?
「本当にいいの?」
「ずっと待ってた……」
無理にでも笑顔を作って奏に応える。
「ありがとう」
奏は喜んでくれた。
時間になると店を出る。
「あ……」
ちらちらと明かりに照らされる雪。
ホワイトクリスマスか。
ホテルに向かうとシャワーを浴びる。
奏がシャワーを浴びてる間に皆に報告する。
天は気づいてないみたい。
繭がこっそり教えてくれた。
「どうやら私も今夜みたい」
そっか天も頑張ってるんだな。
「皆に知らせたのか?」
気づいたら奏がシャワー室から出ていた。
「ごめん、嬉しくてつい」
「いいよ、そんなに喜んでもらえて俺も嬉しい」
それから二人でテレビを観ていた。
クラシックコンサートをやっていた。
歓喜の歌という奴だ。
それを聞きながら今後の予定を立てていた。
年を越す前に私の家に挨拶に行くつもりらしい。
それから婚姻届を出して結婚式の準備をして……
「ねえ、奏」
「どうした?」
「すぐ子供欲しい?」
奏は驚いていた。
「あ、いや。瑞穂がしんどいならそんなに急がなくてもいいと思っていたけど」
「私のわがまま聞いてくれる?」
「いいけど」
「粋とか花を見てたらやっぱり赤ちゃん欲しいなって」
「じゃあ、式済ませてから頑張ろうか」
大きなお腹でドレスは着れないだろ?
「うん、それともう一つ」
「何?」
「今夜は記念日でしょ。子供はまだ作らなくていいけど思いっきり奏に甘えたい」
「……そのつもりでホテルを用意しておいたんだ」
そう言って奏は私をやさしく抱いてくれる。
今年の聖夜には正に奇跡が舞い降りて来てくれた。
(3)
レストランで夕食している天はどこか落ち着きがなかった。
天でも緊張するんだな。
気づいてないふりをしてあげた。
夜景の素敵なホテル。
普段はファミレスとかで済ませるような天がこんな場所を選ぶのだから気づくなという方が無理だ。
「天、何をそんなに緊張しているの?」
「べ、別にしてねーし」
凄い動揺してるじゃない。
「ご、ごめん。ちょっとトイレ」
そう言って席を立つ。
するとスマホが鳴る。
今ならいいかとスマホを見る。
瑞穂がプロポーズされたらしい。
私も今夜みたいと返す。
ちょうど天が戻ってきたのでスマホをバッグにしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんか食事が喉を通らなくてさ……」
そこまで緊張していたのか。
「何を考えているのかは分からないけど、力み過ぎても失敗しますよ」
「うん」
しかし彼は中々口にしそうにない。
こっちから揺さぶってみるか。
「さっきSHのグルチャ見たんだけど」
「何かあったの?」
「瑞穂がプロポーズされたみたい」
「え?」
彼が不安そうにしている。
「それで奏どうなったの?」
「瑞穂が喜んでいたそうです」
だからスマホで報せて来たのでしょ?
「そっか……」
それっきり黙ってしまう天。
あなたは聞かせてくれないの?
私の思い違いだった。
私の方が不安になって来た。
結局レストランでは言葉にしてくれなかった。
失望した。
そこまで情けない男だったのだろうか?
部屋に戻ると「先にシャワーを浴びていいよ」って言うのでシャワーを浴びた。
その後天がシャワーを浴びる。
ベッドに座って溜息をついていた。
天が戻って来た。
一緒にテレビを観ている。
なんでこんな日にやるのか理解の出来ない格闘技の番組を見ていた。
それを選んだ理由を天に聞きたいくらいだ。
もう少し急かさないと言ってくれないのだろうか?
「天、私の姉の梓もプロポーズされたみたいなの」
「そ、そうなんだ……」
「天は聞かせてくれないの?」
あなたの一言をずっと待っているのよ。
「そうだね……」
「天、お願いがある」
「どうしたんだ?」
「天の勇気を一度だけ見せて欲しい」
一度だけでいいから。
頑張って。
心配することはないから。
すると天は少し考えて上着のポケットから箱を取り出した。
それを私に渡すと床で突然土下座する。
「何でもするから、俺と結婚してください」
1企業の社長が土下座って何考えているんだろう。
一応考えていたらしい。
流石に社員の前で土下座はまずいからレストランでしようかどうか躊躇ったそうだ。
そこに私が「瑞穂がプロポーズ受けた」と伝えた。
流石に今夜言わないとまずいと天でも思ったそうだ。
中々言わない天に私がイラついてるんじゃないかと思った天は言えずにいた。
でもさすがに言わないとまずいと思ったらしい。
で、今の状況になった。
本当にしょうがない人だ。
「頭を上げて」
天は不安そうな顔を私に見せる。
「もっと堂々としてほしい。簡単に土下座するような情けない人と結婚なんてできない」
「……だめか?」
「そうじゃありません」
どうしてそんなに不安なの?
私はその一言をずっと待っていたのですよ。
「天がそこまで想っていてくれたのでしょ?」
それに自分で言ってたじゃない。
クリスマスまで待ってって。
私はその時に言ったはずですよ。
楽しみにしてるって。
「じゃあ……」
「至らない私でよければ、よろしくお願いします」
「やったぁ!」
やはり部屋で良かったかもしれない。
バカでかい声で喜んでいる天。
そんなに嬉しいんだ。
すると天の顔を見て気づいた。
泣いてる。
本当にしょうがない人だ。
「泣くのは天じゃない。私ですよ」
「ごめん、なんか嬉しくて」
そんなに嬉しいんだ。
そんなに喜んでくれて私も嬉しい。
その事を2人でSHのグルチャに報告する。
「墓場にようこそ」
「遊は何馬鹿な事言ってるの!」
遊達は相変わらずだ。
「なあ、どうしてそう思うんだろうな?」
「え?」
「だって好きな人と結婚出来るのに墓場のはずないだろ?」
ずっと不思議に思っていたらしい。
そう言えば天は言っていたな。
好きな人と一緒に入れるならどこにいたって楽しいんじゃないのか?
天は嘘をつかない。
嘘を吐くのが下手だ。
「天だけ幸せな気分になるなんてずるくありませんか?」
「繭は幸せじゃないのか?」
天がそう言うと私は天に抱きつく。
「今日は特別な日なのでしょ?もっと私を幸せな気分にして欲しい」
「ああ、そうだな」
そう言って一夜を明かす。
朝起きるととても社長のそれとは思えない寝相の悪い天がいる。
「そろそろ起きて準備しないと朝食に間に合いませんよ」
そう言いながら母様に連絡している。
「どうしたの?」
天が着替えながら聞いているので答えた。
「早い方がいいでしょ?母様たちに挨拶する気あるんでしょ?」
お願いだから土下座なんてやめて下さいね。
「あ、そうか……」
忘れていたらしい。
困った夫だ。
その後チェックアウトすると私の実家に向かった。
天はガチガチに緊張していた。
まあ、母様が相手じゃ仕方ないだろう。
母様は天の話を聞いて少し考えていた。
「心配しなくても天についていくから」
そういう意味を込めて天の手を握る。
そんな私達を見て母様が言う。
「そんなめでたい報告なのに、天はなんて顔してるの」
私がどれだけ天を想っているのかくらい見てたらわかる
父様も同じ気持ちだったようだ。
少し寂しそうだったけど。
また片桐さんと飲みに行くつもりだろう。
母様たちが反対したところで私は家を出るに決まってる。
そのくらいの覚悟が無いのなら結婚なんてやめなさい。
母様がそう言った。
「それじゃあ……」
「孫を早いところ見せてね」
そう言って母様はにこりと笑う。
今夜のパーティで発表しましょう。
如月家と酒井家が結ばれたらより強固になる。
本気で世界を崩壊させかねない強さになりそうだ。
私と天は家に帰る。
「よろしくな、繭」
「こちらこそ……ねえ、肝心な言葉を聞いてない」
「え?」
天が聞き返すと私はにこりと笑った。
「あなたの気持ちを聞かせて欲しい」
私がそう言うと天はありったけの想いを込めて愛の言葉を私に聞かせてくれた。
時間がやばい。
これ以上続いたら確実に遅れる。
今日だけは絶対に繭の機嫌を損ねるわけにはいかない。
どうせ僻地の開発の話だ。
採算取れるかどうかも分からない店舗なんてどうでもいいだろ。
「もう時間だ。この話は白紙!」
俺がそう言うと重役が慌てる。
「しかしこの話は市長自ら持ってきた話で……」
「あんな老人しかいないところに新店舗作ってもしょうがないだろ」
「だから若者の誘致にと舞い込んできた話ですよ」
他の企業に持っていかれたら大損失だ。と食い下がる重役。
そんな損失、繭の機嫌に比べたらどうでも良い。
「そんなにうまいと相手が思ってるならくれてやれ!」
天音が前に言ってた。
こんな棺桶に片足突っ込んでるような老人がいる場所なら、病院や老人介護施設作った方が余程金とれる。
崖崩れや水没が怖いなら墓苑でも作っとけ。
墓なら流れても誰も文句言わないだろ。
「しかし今後、市内で店舗を展開出来なくなるかもしれませんよ」
政治家よりも恐ろしいのは酒井家の人間だ。
繭を怒らせると、この会社自体がつぶれるぞ!
「これ以上話しても無駄!この話は終わり」
無理矢理交渉を断って会議室を出る。
時計を見た。
時間はまだ大丈夫だ。
社長室に入って荷物を取ると急いで社長室を出る。
「今日は早退するから」
「何かご予定が?」
秘書の飯島さんが聞いてきた。
「今日はクリスマスイブだろ?」
そう言ってバッグから荷物を見せた。
「なるほど、頑張ってください」
「ありがとう」
そういうと急いで家に帰る。
繭にも今日は外で食べると朝出る時に伝えておいた。
だから準備はしているはず。
家に帰ると出かける支度を済ませていた繭がいた。
「異様に早かったのですね」
「遅くなったらやばいと思ったから」
「市長から電話がありました」
一方的に断るなんてどういうつもりだ。今後如月グループに計画は渡さない。
繭にそう言ったそうだ。
「それで?」
「勝手にすれば?って答えておきました」
そんな事で政治家生命を短くしたいなら望み通りさせてやる。
判断は間違ってなかったようだ。
如月グループだけで済ませておけばいいものをわざわざ繭にまで喧嘩を打った。
もうそんなに長生きしないだろう。
「でも、どうして今日はそんなに慌てているの?」
「今日はクリスマスイブだろ?」
店取るのも大変だったんだ。
無理矢理系列のホテルの部屋を取ってレストランも確保したと説明する。
しかしそれが繭には不思議だったようだ。
「いつもならクリスマスライブだので私の事なんて忘れてるのに」
「だからだよ。今日くらいはちゃんとしたい」
だって今日は……
「私はもう出れるから天も準備しなさい」
「分かってる」
急いで着替えるとホテルに向かう。
「お待ちしておりました」
丁寧にスタッフが並んで待っていた。
一番いい部屋を頼む。
そう言っておいたので最上級の部屋を用意してくれたらしい。
それが逆に繭疑われる羽目になるとは思わなかったけど。
「天、何か隠してるでしょう?」
繭に隠し事をしてバレなかったことは一度もない。
だけど今回だけは絶対に言えない。
「悪い事じゃないから」
そう言うと繭は少し考えて笑みをこぼす。
「まあ、いいわ。素直に喜んで良さそうだし」
バレた?
「ありがとう。天がこんな素敵な聖夜を用意してくれるとは思いませんでした」
繭の機嫌は良さそうだ。
そして荷物を置くと早速レストランに向かった。
(2)
「メリークリスマス」
奏が「今日くらいちょっと奮発しないか?」というのでちょっとおしゃれなレストランに向かった。
「奏お酒飲んで大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちゃんとホテル予約してるから」
あ、そういう事か。
別に初めてお酒を飲むわけじゃないけど高そうなワインを飲むのは初めてだった。
飲んで2人で不思議に思った。
普通のワインより酸味がきつい。
私達の舌は高級なワインよりスーパーで売ってる安価なワインの方が似合ってるみたいだと笑っていた。
こういう料理に慣れてないわけじゃないけど奏はやけに緊張してる。
女の勘ってやつだろうか?
試してみたくなった。
「ねえ、クリスマスプレゼントは?」
「あ、後で渡すよ。ちゃんと用意してるから」
「私も用意してるんだ。奏も社会人だし時計にしておいた」
奏は何をくれるの?
「あ、後のお楽しみって事で」
異様に焦っている。
間違いなさそうだ。
でも、気づかないふりをしてあげよう。
必死になっている奏を見ていたいから。
最後のデザートが届くと奏にプレゼントを渡す。
「ありがとう」
「気にしないで」
私だってフリーライターの仕事でそれなりに稼いでる。
4大企業の口添えもあって順調に軌道に乗っていた。
すると突然奏が黙り込む。
プレゼントくれるんじゃないの?
きっとタイミングが分からないんだろうな。
「慌てなくていいよ。時間はまだあるし」
「うん……」
「本当に4年間ずっと待っていてくれるとは思わなかった」
私は関西の大学に通っていた。
奏は地元大学。
そんなに長い間待てるわけがないと思っていたけど、本当に待っていてくれた。
凄くうれしかった。
今は同棲している。
色んな奏を見て新鮮な毎日を過ごしている。
それだけでも私は幸せだよ。
奏とならきっとこれから先もずっとうまくやっていけるって私は思ってる。
奏はどうなの?
「本当にそう思ってくれてる?」
「ええ、今だってこんなに幸せな気分にさせてくれてる」
「もっと幸せになりたくないか?」
来た。
いけない、私も少し緊張してきた。
「させてくれるの?」
「誓うよ」
「ありがとう、でもこれから先はそうじゃない」
2人で幸せになれるように頑張る時だ。
「分かってる。俺も瑞穂を幸せに出来るように誓うよ……だから」
そう言って奏は用意していた指輪をテーブルに置いた。
「結婚して欲しい。苦労はさせないから」
私は答える事が出来なかった。
臆病で、気が小さくて、すぐに震える泣き虫な私。
今も気づいたら泣いている。
「瑞穂、どうした?」
「せっかくのサプライズなのにごめん」
「え?」
「嬉しくて涙が止まらないの」
これじゃ、返事にならない?
「本当にいいの?」
「ずっと待ってた……」
無理にでも笑顔を作って奏に応える。
「ありがとう」
奏は喜んでくれた。
時間になると店を出る。
「あ……」
ちらちらと明かりに照らされる雪。
ホワイトクリスマスか。
ホテルに向かうとシャワーを浴びる。
奏がシャワーを浴びてる間に皆に報告する。
天は気づいてないみたい。
繭がこっそり教えてくれた。
「どうやら私も今夜みたい」
そっか天も頑張ってるんだな。
「皆に知らせたのか?」
気づいたら奏がシャワー室から出ていた。
「ごめん、嬉しくてつい」
「いいよ、そんなに喜んでもらえて俺も嬉しい」
それから二人でテレビを観ていた。
クラシックコンサートをやっていた。
歓喜の歌という奴だ。
それを聞きながら今後の予定を立てていた。
年を越す前に私の家に挨拶に行くつもりらしい。
それから婚姻届を出して結婚式の準備をして……
「ねえ、奏」
「どうした?」
「すぐ子供欲しい?」
奏は驚いていた。
「あ、いや。瑞穂がしんどいならそんなに急がなくてもいいと思っていたけど」
「私のわがまま聞いてくれる?」
「いいけど」
「粋とか花を見てたらやっぱり赤ちゃん欲しいなって」
「じゃあ、式済ませてから頑張ろうか」
大きなお腹でドレスは着れないだろ?
「うん、それともう一つ」
「何?」
「今夜は記念日でしょ。子供はまだ作らなくていいけど思いっきり奏に甘えたい」
「……そのつもりでホテルを用意しておいたんだ」
そう言って奏は私をやさしく抱いてくれる。
今年の聖夜には正に奇跡が舞い降りて来てくれた。
(3)
レストランで夕食している天はどこか落ち着きがなかった。
天でも緊張するんだな。
気づいてないふりをしてあげた。
夜景の素敵なホテル。
普段はファミレスとかで済ませるような天がこんな場所を選ぶのだから気づくなという方が無理だ。
「天、何をそんなに緊張しているの?」
「べ、別にしてねーし」
凄い動揺してるじゃない。
「ご、ごめん。ちょっとトイレ」
そう言って席を立つ。
するとスマホが鳴る。
今ならいいかとスマホを見る。
瑞穂がプロポーズされたらしい。
私も今夜みたいと返す。
ちょうど天が戻ってきたのでスマホをバッグにしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんか食事が喉を通らなくてさ……」
そこまで緊張していたのか。
「何を考えているのかは分からないけど、力み過ぎても失敗しますよ」
「うん」
しかし彼は中々口にしそうにない。
こっちから揺さぶってみるか。
「さっきSHのグルチャ見たんだけど」
「何かあったの?」
「瑞穂がプロポーズされたみたい」
「え?」
彼が不安そうにしている。
「それで奏どうなったの?」
「瑞穂が喜んでいたそうです」
だからスマホで報せて来たのでしょ?
「そっか……」
それっきり黙ってしまう天。
あなたは聞かせてくれないの?
私の思い違いだった。
私の方が不安になって来た。
結局レストランでは言葉にしてくれなかった。
失望した。
そこまで情けない男だったのだろうか?
部屋に戻ると「先にシャワーを浴びていいよ」って言うのでシャワーを浴びた。
その後天がシャワーを浴びる。
ベッドに座って溜息をついていた。
天が戻って来た。
一緒にテレビを観ている。
なんでこんな日にやるのか理解の出来ない格闘技の番組を見ていた。
それを選んだ理由を天に聞きたいくらいだ。
もう少し急かさないと言ってくれないのだろうか?
「天、私の姉の梓もプロポーズされたみたいなの」
「そ、そうなんだ……」
「天は聞かせてくれないの?」
あなたの一言をずっと待っているのよ。
「そうだね……」
「天、お願いがある」
「どうしたんだ?」
「天の勇気を一度だけ見せて欲しい」
一度だけでいいから。
頑張って。
心配することはないから。
すると天は少し考えて上着のポケットから箱を取り出した。
それを私に渡すと床で突然土下座する。
「何でもするから、俺と結婚してください」
1企業の社長が土下座って何考えているんだろう。
一応考えていたらしい。
流石に社員の前で土下座はまずいからレストランでしようかどうか躊躇ったそうだ。
そこに私が「瑞穂がプロポーズ受けた」と伝えた。
流石に今夜言わないとまずいと天でも思ったそうだ。
中々言わない天に私がイラついてるんじゃないかと思った天は言えずにいた。
でもさすがに言わないとまずいと思ったらしい。
で、今の状況になった。
本当にしょうがない人だ。
「頭を上げて」
天は不安そうな顔を私に見せる。
「もっと堂々としてほしい。簡単に土下座するような情けない人と結婚なんてできない」
「……だめか?」
「そうじゃありません」
どうしてそんなに不安なの?
私はその一言をずっと待っていたのですよ。
「天がそこまで想っていてくれたのでしょ?」
それに自分で言ってたじゃない。
クリスマスまで待ってって。
私はその時に言ったはずですよ。
楽しみにしてるって。
「じゃあ……」
「至らない私でよければ、よろしくお願いします」
「やったぁ!」
やはり部屋で良かったかもしれない。
バカでかい声で喜んでいる天。
そんなに嬉しいんだ。
すると天の顔を見て気づいた。
泣いてる。
本当にしょうがない人だ。
「泣くのは天じゃない。私ですよ」
「ごめん、なんか嬉しくて」
そんなに嬉しいんだ。
そんなに喜んでくれて私も嬉しい。
その事を2人でSHのグルチャに報告する。
「墓場にようこそ」
「遊は何馬鹿な事言ってるの!」
遊達は相変わらずだ。
「なあ、どうしてそう思うんだろうな?」
「え?」
「だって好きな人と結婚出来るのに墓場のはずないだろ?」
ずっと不思議に思っていたらしい。
そう言えば天は言っていたな。
好きな人と一緒に入れるならどこにいたって楽しいんじゃないのか?
天は嘘をつかない。
嘘を吐くのが下手だ。
「天だけ幸せな気分になるなんてずるくありませんか?」
「繭は幸せじゃないのか?」
天がそう言うと私は天に抱きつく。
「今日は特別な日なのでしょ?もっと私を幸せな気分にして欲しい」
「ああ、そうだな」
そう言って一夜を明かす。
朝起きるととても社長のそれとは思えない寝相の悪い天がいる。
「そろそろ起きて準備しないと朝食に間に合いませんよ」
そう言いながら母様に連絡している。
「どうしたの?」
天が着替えながら聞いているので答えた。
「早い方がいいでしょ?母様たちに挨拶する気あるんでしょ?」
お願いだから土下座なんてやめて下さいね。
「あ、そうか……」
忘れていたらしい。
困った夫だ。
その後チェックアウトすると私の実家に向かった。
天はガチガチに緊張していた。
まあ、母様が相手じゃ仕方ないだろう。
母様は天の話を聞いて少し考えていた。
「心配しなくても天についていくから」
そういう意味を込めて天の手を握る。
そんな私達を見て母様が言う。
「そんなめでたい報告なのに、天はなんて顔してるの」
私がどれだけ天を想っているのかくらい見てたらわかる
父様も同じ気持ちだったようだ。
少し寂しそうだったけど。
また片桐さんと飲みに行くつもりだろう。
母様たちが反対したところで私は家を出るに決まってる。
そのくらいの覚悟が無いのなら結婚なんてやめなさい。
母様がそう言った。
「それじゃあ……」
「孫を早いところ見せてね」
そう言って母様はにこりと笑う。
今夜のパーティで発表しましょう。
如月家と酒井家が結ばれたらより強固になる。
本気で世界を崩壊させかねない強さになりそうだ。
私と天は家に帰る。
「よろしくな、繭」
「こちらこそ……ねえ、肝心な言葉を聞いてない」
「え?」
天が聞き返すと私はにこりと笑った。
「あなたの気持ちを聞かせて欲しい」
私がそう言うと天はありったけの想いを込めて愛の言葉を私に聞かせてくれた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる