姉妹チート

和希

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初めての友達

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(1)

「さ、いつもお疲れだろ?パオラもぐいっといっとけ」

 神奈が進めるから私もビールを飲んでいた。
 好天の中、小学生が懸命に競技に頑張っている。
 周りにいる子供達の親は懸命に応援している。
 しかしそんな中で宴会をしているのが渡辺班と言う神奈達の所属するグループ。
 でも、片桐家はそんな事は無かった。
 懸命に走っている子供達を見守っていた。
 天音は石原家の嫁だからきっとそうなんだろう。
 水奈と一緒に飲んで盛り上がっていた。
 私の子供達はまだ小学校には当分入学できない。
 だけど水奈が誘って来た。

「んなこと、どうでもいいんだよ。皆で騒ごうぜって事なんだから」

 私も毎日育児や誠司の世話で大変だからこんな時くらい遊んでおけ。
 それをわざわざ子供の運動会の時にする理由が全く分からないのだけど、それが日本の文化なのだろうか?
 まあ、誠司郎も比呂達と遊んでいた。
 なるべく誠司郎から目を離さないようにしながら、水奈達に付き合っていた。

「で、あの後誠司郎はどうなんだ?」

 天音が聞いていた。
 あのキャンプの日、雪は自分の気持ちを親に伝えた。
 とても切なくて温かい物。
 応援してあげたい。
 上手く行くと良い。
 だけどまだ2歳の子供だ。
 この先気持ちが変わるかもしれない。
 理由は簡単だ。
 小さい頃は足が速いとか、ちょっと顔がカッコいいとか単純な理由で人を好きになる。
 だけど成長すると何が理由で好きになるのか自分でも分からないくらいだ。
 私だって気がついたら誠司を好きになっていた。
 それが初恋。
 雪が誠司郎の中にある何かに惹かれたのは間違いない。
 だけどそれがずっと続くなんて考えられない。
 だから様子を見守る。
 それが片桐冬夜の出した結論だった。

「でもなんかそう言う話聞くと応援してやりたくなるよね」

 亜依さんがそう言って誠司郎を見ていた。

「私はそれより今の水奈の教育が不安だよ」

 神奈が言っていた。
 水奈の娘の優奈と愛菜は性格や行動は希美や茉莉と同じ。
 問題はその先だった。
 運動能力はともかく学力は水奈と同レベル……ひょっとしたら水奈の方が低いかもしれない。
 さすがに「問題の意味がわからない」とか「ググれカス」なんて解答をテストでしていたら学は不安を覚えているらしい。
 それを見てやるべき母親の水奈ですら「確かにそうだな」と言っている。
 だから神奈が見てやろうとしたら思いがけない事態になる。

「愛莉。これなんだっけ?」

 大卒でも小学校4年生くらいのちょっと頭を使う問題は忘れてしまう事がある。
 詰め込み型の日本の授業ならそれが普通なんだ。
 もっと高度な事を学ぶことを代償に基礎を忘れてしまう。
 それでもまだいい。
 そういうのがあったなって知識があるから。
 あとはネットで調べるなり計算ソフトで計算すればいい。
 円周率の計算なんて中学生以上になったらπと言うのを知っていれば計算機でしてもいいくらいだ。
 問題はπと言う意味を知らない事。
 そして最大に問題になったのは昔「ゆとり」と言う授業内容になったそうだ。
 具体的には円周率なんて3でいいじゃないか。
 台形の面積の公式なんて知る必要なるのか?
 そんな感じで小学校の授業を簡単にして塾なんかに行かなくても間に合うようにしたらしい。
 塾に行けるくらいの年収の家庭とそうでない家庭との差をなくすため。
 しかし誤算があった。
 それでも名門大学に行きたい子は塾で高度な知識を学ぶ。
 一方土曜が休みになって遊ぶ時間が増えた子供は勉強を全くしない。
 高水準だった日本人の学力は大幅に下がった。
 今ではちょっとした理系の作業はインド人を雇った方が正確に仕事をするくらい。
 それではいけないと再び授業の内容を戻した。
 小学校からプログラムや英語を教えるようになった。
 きっとそれが正解だと気づいたんだろう。
 追いつけない、追いつく気がない子は勝手に脱落していけ。
 本来の自由主義と言うのはそういう事だ。
 やらないのも自由だけどそのツケが後で来るぞ。
 それでもやらない子はやらないけど。
 で、優奈と愛菜はやらない子だった。
 今はなずなが二人に指導しているらしい。
 なずなの子供の進と朱鳥は琴音がいるから大丈夫。
 琴音は父親を困らせる趣味はあるけど学力は普通だ。 
 弟や妹に教えるくらいは普通にする。
 しかし優奈と愛菜の素行の悪さまでは指導できなかった。
 だから桜子が4人を連れてやってくる。

「お願いですから、大人しくしてるという事も指導してくれませんか?」

 桜子が訴える。

「こ、子供は元気な方が良いって言うだろ?なあ、水奈?」
「そうだぞ。家の中でゲームばっかりしてるより健康的だろ?」

 天音と水奈がそう答える。
 しかし桜子も譲らない。

「その元気があるなら運動会の競技で発揮してもらえないのはどうしてなの?」
「それはおかしいんじゃないか!?」

 茉莉は結と茉奈を見て言う。
 言いたい事がなんとなく分かった。

「結には全力を禁じて私達だけ必死にやれって差別だろ!」

 さすがに桜子も何も言えなかった。
 結が全力を出したら大変な事になるのは、結が1年生の時に発覚したらしい。
 どう返せばいいか悩んでいる桜子を救ったのは美希だった。

「結は全力は禁じられているけど競技にはちゃんと参加してる」

 競技は徒競走だけじゃない。
 6年生なら組体操やら騎馬戦だってある。
 結は真面目に練習していると美希が言っていた。
 全力で走る事は禁じられても他の事は全力でやっている。
 茉莉達みたいにサボったりはしない。
 それはどう言い訳するのか聞かせて欲しい。
 天音が悩んでいた。
 悩む人が違う気がするんだけど。

「結は男子だろ?女子じゃない」
「それが理由になるの?」

 結莉だって真面目にやってるのに。
 なるようだった。
 椿から教えてもらったらしい。

「女子だから髪を伸ばしている」

 だから汗をかくと手入れが面倒だ。
 風呂にも入らないといけない。
 だから椿は丸坊主にしようとしたのを壱郎が必死に止めたらしい。

「別に女子だから丸坊主はダメって法律は無いでしょ?」

 母親の茜がそうだからどうしようもない。
 悩んだ末に愛莉さんに相談する。
 すぐに愛莉さんが駆けつけて二人をしかりつける。

「でも茜が言ってたよ?」
「何を聞いたの?」
「汗臭いと思ったら香水でごまかせるって」

 それを聞いた愛莉さんは悩んだらしい。
 愛莉さんでも解決策を見出せなくて冬夜さんに聞いたそうだ。
 すると茜達を呼び出した。

「茜。こんな話を聞いたことないか?」
「どんな話?」
「香水の話」

 冬夜さんはそう言って説明した。
 地元の電車では車両がそんなにないから無いけど日本の都市部には痴漢対策に女性専用車両と言うのがあるらしい。
 当然そんな物を作ったら「じゃあ、そうじゃない車両に乗ってる女性は触っていいんだな」と馬鹿な発想をするのが日本人らしい。
 しかし女性専用車両を嫌がる女性もいるそうだ。
 理由は簡単。
 そういう車両に乗る自意識過剰な女性は大体が香水がきつい。
 香水の匂いと化粧の匂いが混ざって気持ち悪くなって耐えられない女性だっている。
 茜や椿は香水で汗臭いのを隠すために香水を使う。
 そうなれば当然ほんのちょっとなわけがない。
 周りに不快感をまき散らすだけだ。

「それに茜はそうなる前から壱郎がいた。でも椿にはまだそういう男子がいないんだろ?」
「確かに椿からは聞いてない。興味もなさそうだし」
「だって、昴ですら私に興味もたないんだよ?」
「それは妹だからだよ」

 自分の親や兄妹にそんな興味を示す人間は基本的にいない。
 それは「種の存続」という人間の本能があるから。
 そんな動画で見るような近親相姦なんてまずしようと思わない。
 誠たちが特殊なんだ。
 それに……

「昴は椿のありのままを知ってるからそういう興味があったとしてもまず思わないよ」
「私に魅力ないの?」
「今の椿には無いね。僕でも無理だ」
「どうして?」
「お風呂に入らない不潔な女子だって知ってるから」

 ファーストイップレッションと言う言葉がある。
 人を見た目だけで判断するのは愚かだけど、それでも第一印象で大体決まってしまう。
 だらしのない男を椿が好きにならないように、汗臭い椿が気になる女子なんていないよ。
 椿はその時点ですでに他の女子に後れを取っているんだ。
 茜はそうなる前に壱郎と出会った。
 だから壱郎は茜の色々な面を見ている。
 それでも一緒にいたいと思ったから結婚したんだ。
 だけど第一印象が最悪な相手にそんな興味をどうやって持たせるつもり?
 菫達が気にしているけどどんなに胸のでかい女性でも初めて会った時に「ニンニクくさい」という印象を持ったがために全く興味を持たない男性もいるんだ。
 そのくらいファーストインプレッションが大切なんだ。
 椿がそんな人といつ出会うのかは分からない。
 だから椿もいつでもいいように最低限の身だしなみはしておかないと一生一人になっちゃうよ。
 
「……分かった」
 
 椿だって女の子だ。
 彼氏くらい欲しい。
 それが当たり前の世界なのだから。

「それを結莉は知ってる。茉奈だって茉奈には結がいるから、結にみっともない格好を見せたくないからいつも手入れしている」

 そのくらい同じ女性の先輩の美希ならすぐに気づく。

「茉莉も今の話聞いたでしょ。どんなにスタイルが良くても醜態曝していたら幻滅されるよ」

 そうなったら茉莉の裸を見せる以前の問題だ。
 朔に茉莉を抱きたいと思わせる事すら出来なくなってしまう。
 朔がそんな真似するとは思わない。
 だけど、茉莉だって朔が好きなんでしょ?
 だったら朔にそんな風に思われて平気なわけないよね?

「だったら汗かかないようにしてりゃいいんじゃないのか?」
「授業は受けずに大いびき描いて寝てて、体育には面倒だと出ないだらしない女子に思われていいなら好きにすればいい」

 それは莉子だって冬眞と同じ部屋だったのだから気を使っていたはずだと翼が言った。

「私は茜と一緒だから適当だったな」
「それが普通なんだって」

 翼が答える。
 その例が女子高や共学制の女子更衣室。
 男子がそれをみたらドン引きするような事態が起きている。
 女子だけで集まると男子が見てないからやりたい放題する。
 だって男子の目を気にする必要が無いから。
 その代わり男子のいる場所ではちゃんと身だしなみを整える。
 男子が見てるから。
 大勢の女子の中で自分をアピールしないといけないから。
 恵美さんや晶さん、咲さんはそれが成功して大勢の男子を従えていたらしい。
 
「これだけ言えば何が言いたいか分かるよね?」

 翼が言うと茉莉達は反論しなかった。
 朔は命がかかっているから間違いはないだろう。
 しかし正行はそうじゃない。
 いくら名家のお嬢様でも関係ない。
 もっと素敵な女性が現れたらどうなるかなんて保証しない。
 逆をいえば体形で茉莉に負けていてもちゃんとしていれば茉莉に勝てる。
 勝ち負けの問題じゃないけど。

「でも、私この後の鼓笛隊の練習なんてしてないぞ?」
「菫、そんなのいくらでも誤魔化せる。とりあえず笛を咥えて指動かしてりゃいい」

 茉莉が菫を励ます。

「やっぱり翼が言うと説得力が違うね」
「まあ、私だって必死だったからね」

 善明と同棲していた時も不安だったらしい。
 だって普通の男子がイメージする女子の生活とはかけ離れたものだったから。
 日本と言う国はそういう物らしい。

「さすがトーヤだな。ついでに一つ頼まれてくれないか?」
「あ、私も同じ事考えてた。片桐君、お願いしたいんだけど」

 神奈と亜依さんが言う。
 なんとなく察した。
 通常起こりえない「孫娘に性的興味を持つ」馬鹿二人を説得してくれないか。

「それはもう手遅れだろ」
「冬夜さんでも無理ですか?」
「それもあるし僕がその理由を理解できない」

 茜や冬莉の誘惑にも気づかない冬夜さんだから無理。
 すると話を聞いていたのだろうか?
 誠司郎が冬夜さんに聞いていた。

「俺も雪にとって最悪の印象だったの?」

 今日来ていない雪の事みたいだ。
 冬夜さんは少し考えて答えた。

「ある意味まずいかもね」
「てめぇ!俺の孫に不満があると言いたいのか!?」
「誠は黙ってろ!」

 神奈がそう言って冬夜さんに続けるように言う。

「あの子は今悩んでるんだ。少しだけ待ってやってくれないかな」
「何を悩んでるの?」

 誠司郎がが言うと冬夜さんが説明した。

「それもそのうち分かるよ。あの子次第なんだ」

 雪は自分が劣っていると思い込んでしまっている。
 だから自分を好きになってくれる人なんていないと思い込んでいる。
 ならいっそそんな感情捨ててしまおう。
 それが雪が今思っている事。
 だけど今雪はあの日を引き金に悩んでいる。
 それでも捨てきれない想い。
 その正体に気がつく時が必ず来る。

「で、なんて今日雪は来てないんだ?」

 誠が聞いていた。

「ふつう来ないだろ?」

 今日あの子にとってここに来る理由が無いんだから。
 今は家で冬吾と過ごしているはずだ。
 敢えてそういう風にしてみた。
 両親と雪の3人にしたら雪が本音を出すかもしれない。
 そんな目論見があった。

(2)

 父さん達は小学校の運動会に行った。
 いつも宴会をするそうだ。
 雪はそうやって騒いでるのを嫌うみたいなので僕とお留守番。
 雪はいつも何をしているのだろうと聞いてみたら「テレビ見たい」と言うのでテレビを見ていた。
 あまりお笑いは好きじゃないらしい。
 人の頭をべしべし叩いて何が面白いのか理解できないそうだ。
 だからちょうど借りておいた洋画のアニメを見ていた。
 アニメとはいってもCGの映画。
 愛というものの正体を調べるという物。
 まだ雪には早いんじゃないかと思ったけど、意外と興味を持ったらしくてぼーっと釘付けになっていた。
 父さんが言っていたから気になって少し調べてみた。
 父さんの言う通りだった。
 雪くらいの年齢では通常は他の子と遊ぶという事はまずないそうだ。
 自分が使っているおもちゃを他人に貸す事すら嫌がるらしい。
 だから父さんは「まだ大丈夫」と言っていたんだな。
 2人で映画を見ていると突然結が聞いていた。

「パパ、愛って何?」

 単に不思議に思ったのだろう。
 多分聞かれる気がしたので答えていた。

「それは雪の中にある心だよ」
「私の中にもあるの?」

 雪は興味を持ったらしい。
 僕は話を続けた。

「そう、雪にも父さんにも母さんにだってある感情」

 ただそれを誰が受け止めてくれるのかいつも探し続けている。
 誰が自分にそれを向けているのか探している。
 それが相手と一致した時に小さな感情が生まれる。

 好きだよ。

 そう言える男の子が必ず現れる。
 だからどんな些細な事でも見逃したらいけない。
 かといってずっと気を張ってる必要もない。
 だってそれは気がついたらすぐそばにあるから。
 雪は好きだという事を躊躇わず言えるみたいだ。

「じゃあ、私はパパとママかな」
「ママの事好きなの?」
「好きだよ」
「それは無理だね」
「どうして?」
「ママはパパの物だ。誰にも譲れないよ」
「そっかぁ」

 雪は落ち込んでいた。
 恐ろしいくらいに父さんの読み通りだ。
 ここからは父さんと一緒に考えた賭け。
 失敗したら余計に雪を追い詰める。

「落ち込むことは無いよ」
「どうして?」
「大きくなるとね、その感情は変わるんだ」

 父親よりも大切な男の子に出会う。
 そういう仕組みになっている。
 その時に素直に気持ちを伝えられるか。
 決してそれが誠司郎とは言わなかった。

「そうなんだ。でもやっぱり無理だよ」
「どうして?」
「だって私なんかが好きになっても相手が可哀そうだよ」

 私なんかじゃきっとつり合いが取れない。
 雪の本音を初めて垣間見た。
 やっぱり父さんの言う通りだった。
 この子は最初からあきらめてる。

「父さんの話をちゃんと聞いてた?」
「違うの?」
「雪が好きになった子は雪が好きかもしれない」

 そうやって男女は結ばれていくんだよ。
 少しでも自分を好きになってほしくて必死になって生きていくんだ。

「私を好きになってくれる人なんているのかな?」

 雪はやっぱり自分が落ちこぼれだと思い込んでる。
 普通に考えたら雪が劣っているはずが無いと思うんだけど。
 僕もそうだったのかな?
 自分の事には全く疎い子。
 何かの漫画に描いてた。
 背中に埋め込まれた具に気づけないおにぎり。
 自分には何もないと思い込んで落ち込んでいる。
 そんな雪にアドバイスしてやれることを考えた。

「雪、こういう話を知ってる?」
「どんな話?」
「優劣を決めるのは自分じゃないって話」

 自分で自分が優れているんだと自信を持って生まれている子もいる。
 でも本当に優れているのかを決めるのは自分じゃない。
 自分以外の誰かだ。
 自分で優れていると虚勢を張っても虚しいだけ。
 誰かに認めてもらえて初めて立ち上がれるんだ。

「私を認めてくれる人がいるの?」

 雪がそう言って僕の顔を見るとにこりと笑った。

「パパとママは認めているよ」

 僕達の自慢の娘だ。
 優劣なんてない。
 どんなに雪が一人で雨に濡れていても、僕達がちゃんと傘をさしてあげるから。
 だから胸を張って生きていくと良い。
 きっとその向こう側に結を待ってる人がいる。
 だから大丈夫。

「……私にも愛って言うのが分かる時が来るのかな?」

 少しずつ心を開いていく雪。
 自分だけの宝物があればそれでいいだろ。
 雪にはすでに雪だけの宝物があるよ。
 僕達だけじゃなくて神様にも愛されている。
 自信をもっと持ちなさい。
 すると雪は少し考えてから僕に何かを言おうとした。

「あのね……私……」

 すると玄関の扉が開く音が聞こえる。
 雪は再び静かにテレビを見ていた。
 テレビを見ていた雪に「少し休んだ方がいいんじゃない?」と言うと雪は自分の部屋に戻って行った。
 父さん達も揃うと父さんが「どうだった?」と聞いてきた。

「父さんの読み通りだった。あの子は自信がないみたいだ」
「どういうことですか?」

 母さんが言うと雪と話したことを説明した。

「じゃあ、やっぱりあの子……」

 瞳子が言うと父さんがそれを止める。

「焦ったらいけない。今あの子の中にやっと恋愛感情を理解しようとし始めたのだから」

 ここで焦ったらまた誠司郎を否定しようとする。
 でもここからどうすればいいのだろう?
 すると「夕食の時に仕掛けてみるよ。僕に任せてくれない?」と父さんが言う。
 父さんが何か思いついたみたいだ。
 父さんに任せてみた。
 夕食の時間になると2人は席に着く。
 ご飯を食べながら父さんが雪に聞いていた。

「雪、一つ聞いてもいいかな?」
「どうしたの?」
「昼間の話は冬吾から聞いたんだ」
「……それがどうかしたの?」

 雪の表情が険しくなる。
 それは危険だって父さんが言ったのに?
 だけど父さんは違う手段を使っていた。

「うん、話を聞いていてね、雪に一つ教えてない事があるんじゃないかと思ったんだ」
「それは何?」
「雪の中には親と僕達だけ。そうだよね?」

 どういう意味だろ?
 どんな真意があるのか分からないけど父さんの話を聞いていた。
 雪は頷いている。

「これから先、雪が生活するうえで重要な要素が欠けてると思うんだ」
「それは何?」

 父さんはにこりと笑った。

「友達と仲間」

 人は一人で生きていけない。
 自分の側にいるのが愛する人だけじゃ寂しすぎる。
 父さんも交友関係が極端に狭いのが欠点だと高校時代渡辺さんに言われたらしい。
 本当は雪には必要ないかもしれない。
 でもそれがあれば雪はもっと楽しい人生が待っているはずだ。

「そんな人どこにいるの?」
「ずっと一緒にいたじゃないか」

 それが誠司郎。
 誠司郎ならきっと雪を受け入れてくれる。
 大丈夫、そんなに怖い人じゃない。
 いきなり二人きりになれなんて言わない。
 だけどもう少し自分の気持ちを伝えてあげてもいいんじゃないか?

「……わかった」

 そう言って雪は食事を始める。
 瞳子が片づけをしてる間に雪を風呂に入れてそして自分で部屋に戻って眠りにつく。

「まさかそういう手があったとは思わなかった」

 父さんと飲みながら言った。

「まあ、冬吾の話を聞きながら思いついたんだけどね」

 結は愛と言う物や好きという感情に興味を示した。
 その対象は間違いなく誠司郎だろう。
 だけどそれをいきなり見せても怯えるだけ。
 だったらどうすればいい?
 答えは簡単だった。
 友達や、仲間という「建前」と言う名の緩衝材を用意してやればいい。
 そうしたらあの子もまず誠司郎達の輪の中に入ろうとするだろう。
 それが出来るようになったら最初の関門は突破だ。
 その後どうするかはまたしばらく様子を見ればいい。
 
「今日の出来事はすべて冬夜さんの計画通りだったって事ですか?」

 母さんが父さんに聞いていた。

「冬吾と瞳子と三人ならひょっとしたら何か手ごたえがあるんじゃないか?とは思ったけどね」

 父さんの想像以上の反応を示した。
 それはチャンスだと父さんは判断したから夕食の時仕掛けた。

「相変わらず冬夜さんは人を仕向けるのが上手ですね」

 自分の事は全くダメなのに。と母さんが笑う。
 翌日から母さんが神奈さんと相談して誠司郎を家に招いたりしていた。
 あいかわらず不器用な雪だけど少しずつ溶け込んでいく。
 始めての友達なんだからしょうがない。
 そうやってあの子は初めて友達と言う仲間を作った。
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