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引退
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(1)
「じゃ、皆の今後の生活を祝して乾杯」
渡辺君が言うと皆が乾杯をして宴が始まった。
今日は渡辺班の初期の世代が定年を迎えてセカンドライフを送ることになる事の慰労会。
愛莉も「お疲れさまでした」とビールを注いでくれた。
子供達は今日は連れてきていない。
「まだお前たちには早いよ」
そう言って僕達だけで盛り上がることにした。
いい加減誰もが落ち着くと思ったけどそんなことは無い。
「ご苦労だったな瑛大!今日は朝まで付き合ってやるから安心しろ!」
「俺も渡辺君もそうだぜ!堅苦しい公務員というしがらみから解放されるんだ!徹底的に盛り上がろう」
誠も桐谷君も中島君も相変わらず凝りもせずに盛り上がっている。
この3人にがつるむとろくなことがない。
だから過去の経験を踏まえて距離を置いていた。
その事に気づいた中島君が木元先輩に絡んでいた。
「先輩だって支社長の椅子を光太に譲ったんだろ?もっと自由になりましょうよ」
「あ、ああ。その事で亀梨君とちょっと相談しててな」
「あいつもそれなりに経験積んできたから大丈夫ですよ」
「亀梨君がそう言ってるんだから問題ないでしょ?」
いつにもなく食い下がる中島君。
なんとなく理由が分かってしまったから木元先輩に声をかけた。
「僕も石原君も0時あたりには帰ろうと思うんでどっかで軽く飲みませんか?誠たちは多分朝まで騒ぐんだろうし」
「そ、そうだな。ゆっくり思い出話でもしようか」
「俺もそっちに混ざろうかな」
「正志!私は朝まで飲むぞ!」
渡辺君の妻の美嘉さんが言うとうっかり口を滑らせるのが桐谷君。
「い、いや。美嘉さん達はまた明日から家事で大変だからゆっくり休んだほうがいいよ」
「んなもん別に正志と二人だから問題ねーよ」
「あ……それもそうか」
桐谷君が説得に困っているのを見た愛莉が気づいたらしい。
ぽかっ
「冬夜さん、とぼけても無駄です。桐谷君達が私達と一緒に行動出来ない理由をご存じなんでしょ?今すぐ教えてください」
「トーヤ……どういうことだ?説明しろ」
「片桐君、黙秘権なんて生温い事言っても無駄だからね。どうせ望も気づいてるんでしょ?」
恵美さんが言うと石原君がミスを冒す。
「じょ、女性が言っても面白くないからだと思うよ」
「い、石原君!それは黙ってないとダメだ!」
本当にMVPプレイヤーだったとは思えないほど迂闊すぎる誠。
「望!あなたもそうなの!?」
恵美さんが怒鳴りつけると女性陣が怒り出す。
「僕は片桐君達と一緒にいるつもりだったよ。その方が恵美も一緒にいれるだろ?」
「石原!お前一人だけ難を逃れようとするのか!?ふざけるな!」
「ふざけてるのはお前だ瑛大!いい年してどこに行くつもりだったんだ!?」
「勘弁してくれ。これから妻と一緒にいる時間が長くなるんだ。トラブルに巻き込むのは勘弁してくれ」
「渡辺君。それは違う。きっと亜依さんや神奈は主婦同士でスーパーで井戸端会議するんだ」
「誠、買い物に一緒に行くこととお前らが今夜行く店と一緒にする理由をちゃんと説明してくれないか?」
カンナが言うと誠は頭を抱えている。
「でも誠君もだめだよ。まだ誠司や誠士郎いるんだから」
愛莉が言う。
「そういや誠は大変だよな。まだ孫たちがいるんだし」
「お前も一緒じゃないのか?」
「俺はもうあれだよ。琴音や朱鳥たちには完全に警戒されてるし」
「威張って言うなこのど変態!」
「……本当に変わらないんですね」
1人桜子が悩んでいた。
桜子はもう1年教師を続けられるはずだった。
だけど今年受け持っているクラスの児童が卒業する。
だからちょうど節目だと辞表を提出したらしい。
佐も「ご苦労だったな」とねぎらっていた。
「愛莉先輩。瞳子は大丈夫ですか?」
「ええ、上手くやれてるみたい」
「雪は他の片桐家の子とは全然違うみたいなんですよね」
「え?」
雪はあまり友達は作りたがらないけど、そこは誠司郎が補っている様だ。
雪にとっては誠司郎と二人になりたいそうだけど、誠司郎が色々友達を連れてくる。
「学校終わったら二人で話そう」
そう言って雪を宥めているらしい。
雪は運動能力は無いけどその分頭はいい。
にもかかわらず授業は真面目に受ける。
退屈だからと眠ることもないそうだ。
誠司郎も問題を起こしたという事はパオラも聞いたことがない。
リベリオンの存在を否定しているのだから、リベリオンが襲ってくるという事件も起きない。
そんな雪と誠司郎だから否応なく人が集まって来る。
雪の資質のせいももあるんだろうけど。
とにかく問題を起こさない模範生のような子供なんだそうだ。
一方純也の子供は素直に真っ直ぐ育っている。
純也の背中を見て「どうしたら父さんみたいな警察官になれる?」と聞いた事があったそうだ。
「純は遠坂の姓だけど片桐家の子だ。当然それなりの力を持っている」
だから大事な事を言う。
絶えず自分の正義を示せ。
それを歪めたらいけない。
常に己の主張に正当性がある事を証明しないといけない。
それが警察という仕事だ。
そんな風に純に言ったそうだ。
もっとも純も香澄も色気より食い気みたいだけど。
「……茉奈も変わったみたい」
そばで聞いていた愛莉が言った。
茉奈と結は既に部屋を借りてそこに引っ越していた。
そして茉奈が愛莉に色々聞いてるそうだ。
料理の細かい味付けとか。
まあ結なら何でも食うと思うけど。
大学への合格も決まって色々準備中なんだそうだ。
もちろん茉莉や菫も相手と同棲するつもりらしい。
恵美さんと晶さんの違いは少しだけあった。
恵美さんは「どうせ子供出来たらまた新築するんだから適当に建てとけ」という主張。
晶さんは「あらかじめ子供の数を決めておかないと子作りすら面倒だと言い出しかねないから部屋を準備します」という言い分。
どっちが正しいのか僕にはさっぱり分からなかった。
「それなんだけど問題は優奈達なんだよな」
カンナが漏らしていた。
「どうしたの?」と愛莉が聞くとため息を吐いて話した。
「優奈達は料理できないんだ……」
「へ?」
愛莉や恵美さんには不思議だったそうだ。
まあ、茉莉も作る気がなさそうだったけど。
きっと冷蔵庫を開けたらビールしか入ってないんだろう。
愛莉は茉莉にも少しは料理を覚えさせろと天音に言っている。
だけど恵美さんは海翔に言っているらしい。
「今は女性が料理を作るなんて時代じゃないの」
コックだって大体男ばかりじゃないか。
料理くらい出来る男が一番いいんだ。
その証拠に石原君も作っていたと言っている。
酒井君も石原君も苦笑いをしていた。
「で、話は変わるけど……」
渡辺君が何か話があるらしい。
「どうしたの?」
「本当に空に任せていいのか?」
「ああ、そのつもりで鍛えてきたつもりだよ」
空もその代わりにSHのリーダーを結に譲るそうだ。
それで結が困っていたと天音から聞いていた。
「何を悩んでいるの?」
愛莉は多分重圧とかそう言うのを想定したんだろう。
しかしそんな難しい問題じゃなかった。
「結は普通に”炎の皇帝”でいいんじゃない?」
結莉が提案したらしい。
それを美希に相談して美希は空と大ゲンカ。
「待ってよ。勝手に僕を”空の王”にしたのは茜だろ!?」
「そういう問題じゃなくてどうしてそういう子供みたいな名前をつけたがるのかが問題なのです!」
「かっこいいから」
「全然そう思いません!子供が拗らせてるようにしか聞こえません!」
空も美希がどうして怒っているのか分からずよりにもよって愛莉に相談した。
そして僕も愛莉に説教を受けた。
「冬夜さんがそういう漫画やアニメを子供達に与えていたからでしょ!」
やっぱり愛莉が結婚した時に処分するべきだったと言い出す始末。
一つずつ解決していくしかなさそうだ。
「結もきっとそのうち変わるよ」
「そう思える根拠を教えてください!」
「空がその理由になると思わない?」
「え?」
愛莉が不思議そうにしていたからちゃんと説明した。
そもそも空は自分の事を”空の王”と呼ばれていることに対して困っていた。
それを天音や水奈や遊が面白がって揶揄っていただけ。
結は昔から変身ヒーローとかに興味があった。
外見はもう大人だけど男と言うのは女性より精神年齢は低い。
だからそういう物に憧れる。
クールぶってカッコいいと思うけど、女性に言わせたら”ただの愛想のない男”だ。
結だって学生時代はそれでいいかもしれない。
だけど就職したらそんな考えは消えるはず。
ひょっとしたら大学生活を送っている間に消えるかもしれない。
そしてそんな昔話を忘れてしまいたくなる。
「それを黒歴史って言うんだ」
ぽかっ!
「説明してる冬夜さんが未だにまだそんな事言ってるじゃないですか」
「愛莉だってそういうのあるんじゃないのか?」
「え?」
「中学生の時に一緒にお風呂入ったりしたこと結莉達に言える?」
「……うぅ」
「そうなるだろ?」
そう言って僕は悩んでいる愛莉の頭を撫でてやった。
しかし愛莉だけに構っているわけにはいかない。
愛莉とはこれからいくらでも話をする時間がある。
その事を誠達にも伝えておかなければならなかった。
「桐谷君もいい加減そういうの止めた方がいい」
「冬夜がそんな事言いだすなんて珍しいな?」
誠が反応すると皆が僕を見る。
「……誠はとっくに分かっていると思うんだけど。まさか気づいてないのか?」
「気づいてないからこの馬鹿達は何度も繰り返すんだよ」
カンナはあまり機嫌がよくないらしい。
「誠はもうとっくにそうなってると思うんだけど桐谷君達も同じだよ」
「だから何がだよ」
「少しは自分で考えた方がいいよ。自分は退職して家にいる。亜依さんも同じだ。そして子供達は自立している」
これでもまだ気づかないならはっきり言うよ。
これからの人生は何もかも解放された自分と妻と2人で生活するんだ。
今みたいに妻を怒らせて家に居場所がなくなっても頭を冷やす時間が無い。
どんなことがあっても帰る家には妻がいる。
「……それってまだ束縛がきつくなるって事か?」
勘弁してくれと桐谷君が悲鳴を上げる。
しかし渡辺君や木元先輩は気づいたようだ。
「冬夜は本当に回りくどい奴だな」
渡辺君がそう言って笑っている。
「どういう事だ。渡辺君」
誠が渡辺君に聞いていた。
「瑛大や誠と全く反対の事を冬夜は教えているんだよ」
もう退職金とかで生活するゆとりのある生活。
子供の世話ももうしなくていいい。
誠や桐谷君の孫ももう立派になったから心配する必要はない。
だとしたらこれからは自分の伴侶とゆっくり自由に過ごすことが出来る。
2人で買い物に行ったり旅行に行ったりする時間が与えられるんだ。
もう若い女性に囲まれたい歳でもないだろ?
お互いの事を思い合いながらのんびり過ごせばいい。
「……トーヤはそうするつもりだったのか?」
「まあ、愛莉の父さんがそうだったから」
連休には必ず2人で旅行に行っていた。
でもそんな自由な時間も永遠じゃない。
いつか体がいう事を利かなく時が来る。
それまでにやりたい事を整理して一つずつやって行った方が楽しいんじゃないか?
「冬夜さんは旅行が目的じゃなくて食べ歩きが目的なんでしょ?」
困った旦那様ですねと言って愛莉が笑っていた。
(2)
「おっはよー。ゆーい君」
朝目が覚めると隣で寝ていた茉奈がにこりと笑っていた。
「とりあえず朝ごはん作ってくるね。結もお腹空いたでしょ?」
茉奈はベッドから出るとパジャマを着替えてキッチンに向かう。
たしか父さんやじいじが言っていた。
せっかくカウンターキッチンにしてるんだから話でも振ってあげたらいい。
ただし忙しそうなときは静かにしてなさい。
どっちにしろこのまま2度寝という選択肢はないみたいなので俺も着替えてキッチンに向かう。
どうせ引っ越すんだからとおそろいのパジャマを買った。
「結。出来たよー」
結莉が朝食を作ってしまったようだ。
まずい。
慌ててダイニングに向かう。
「ごめん、遅れた」
「どうして謝るの?」
茉奈が首を傾げて聞いてきたからさっきの事を説明した。
すると茉奈はにこりと笑った。
「結もじいじや空がお手本なんだね」
俺も?
「何かあったのか?」
「うーん。とりあえず朝ごはん食べよう?まだ春休みだし」
大学生活に必要な物は既に全部そろえてある。
だから特にすることが無いから毎日一緒にテレビ見たり買い物したりして過ごしている。
じいじ達は旅行に行ったらしいけど茉奈は「結と一緒に生活出来る事だけで幸せだから」と言うからのんびり過ごしていた。
朝食を終えると茉奈が片づけを始める。
俺も最初は手伝うと茉奈に言った。
だけど茉奈は天音や愛莉を見て育ったらしい。
どうせ学校に通うようになったら車を運転するのは僕。
バイトでもしようかと思ったけど父さんが言った。
「僕も父さんと同じ事を結にしようと思ってる」
それは生活費と最低限の交遊費は父さん達が負担する。
仕事をするようになったら茉奈と一緒にいられる時間は極端に減る。
だから今のうちに楽しんでおきなさい。
父さん達からもらったお金では足りないような生活を今からしていたらダメだ。
自分たちが稼いだ給料だと思ってしっかり管理しなさい。
そう言ってクレジットカードとキャッシュカードと通帳を受け取った。
俺も少し考えた末に茉奈に預ける事にした。
買い物を主にするのは茉奈だ。
だから茉奈に任せておくのが一番だろう。
茉莉とは違うから拳銃買ってくることは無いだろう。
そんな物日本のどこで仕入れてくるのが知らないけど。
「私はバイトしようと思っていたんだけど、結がそういうならお言葉に甘えようかな」
大事に預からせていただきますと受け取ってくれた。
「で、話って何?」
俺から茉奈に聞いてみた。
「うん。さっきもいったけど結の理想はじいじなんだよね?」
「うん」
あんな立派な男になってみたい。
「男の子はね、父親の背中を見て育つんだ」
父さんはそう説明してくれた。
「じゃあ、娘は母親を見て育つのか?」
「そんなの天音達が一番よく分かってるんじゃないの?」
母さんがそう言った。
しかし天音は反論する。
「翼の娘の陽葵達はどう説明するんだ!?」
確かに陽葵達はどっちかと言うと茉莉に近い。
「じゃ、私からも聞かせて欲しいんだけど?」
「なんだよ?」
「結莉はどう説明するつもりなの?」
母さんはそう言って勝ち誇っていた。
そもそも天音と愛莉の性格が全く一致していない。
「だったら翼のいう事が矛盾してるんじゃないか」
「そうじゃないと思うけど?」
「なんでだよ?」
「だって陽葵達だって成長したら大人しくなった」
愛莉は愛莉の母親に性格が似ているんだと母さんから聞いていた。
それでも結莉と愛莉の中に一つだけ共通点がある。
「愛莉はお婆さんに色々教えてもらってたんだって」
じいじの嫁になるのだからじいじの好みを色々聞いておく必要があると判断してじいじの家で大学生活を過ごしたそうだ。
そんなじいじの母親の影響も多少なりともあったらしい。
「つまりどういうわけだよ?」
「つまり茉莉は祈の影響も受けてるって事か?」
「まあ、翼の言う通りかもしれないな」
祈はそう言って笑っていた。
「祈、どういう事だ?」
「天音は家にいる茉莉しか見てないだろ?」
「まあ、そうだな……」
「茉莉は朔と一緒に家に来ると異様に緊張して気づかいしてるんだ」
片づけ手伝いますとか、お風呂ありがとうございますとか今更そんなに緊張しなくていいのに固くなってるらしい。
そうなると晶が黙ってるはずがない。
「そこをリラックスさせてやるのが朔の役目でしょ!」
そう言って朔を叱っていたらしい。
そしてもう一つ問題がある。
「翼の言う通りだとすると私は不安があるんだが……」
「どうしたの?水奈」
「優奈は天音の影響を受けるわけだよな……」
さすがに自分の娘が天音の影響を受けたらどうなるか怯えたらしい。
しかし天音は言う。
「お前自分は関係ないと思ってるだろうけどどう考えても基本はお前だろ!」
「それはねーよ。面倒は見てたけどそんなに二人のやることに干渉してないし」
それで夫と母親にこっぴどく叱られたそうだ。
おまけに天音が海翔の嫁に何かあったらまずいとアサルトライフルまで調達したそうだ。
「いいか?サプレッサーつけてるとはいえそんなもん学校に持って言ったら目立つからやめとけ」
天音は優奈達にそう注意したそうだ。
だから学校にはバレないように太もものあたりにサバイバルナイフを仕込んでると海翔から聞いていた。
海翔はそんなものなくても雑魚くらい簡単に始末するから持ってないらしいけど秋久や朔は携帯しているそうだ。
話が反れたから元に戻そう。
「茉奈の理想も愛莉って事?」
「うん、そうなんだけど問題があるんだよね」
「問題?」
俺が聞き返すと茉奈はこくりと頷いて言った。
些細な問題だった。
でも何が問題なんだろう?
「美希は空のこと”旦那様”って呼んでるでしょ?」
だから茉奈も俺の事をそう呼んだらいいのか?
でもそれだと空と俺の区別がつかなくなる。
僕が説明できそうな内容でよかった。
どうして説明できるのか?
それは同じような事を朔達と話していたから。
「茉奈は父さんにも”旦那様”って呼ぶつもりだったのか?」
「あっ!」
「それにそんなにかしこまらなくてもいいよ」
むしろ俺の方が大変だと説明した。
ただでさえ娘を連れ去っていく彼氏と父親が対面する。
当たり前の様に気まずい空気が最初はある。
それを和ませるのが彼女の役目。
美希はそれをしていたらしい。
恵美も望を説得していた。
もともと望も善幸もそんな性格ではなかったらしいけど、寂しいとは思ったらしい。
それでじいじとよく飲んでいた。
だったら彼氏だってそうあるべきじゃないのか?
朔は祈からそう聞かされたらしい。
自分がこの人の恋人としてどう見られているのか常に不安なんだそうだ。
それを上手く取り持ってやるのが彼氏の務めじゃないのか。
それいらい上手く朔は仲介をしているそうだ。
「……だからさ、茉奈だってそんなに変わろうとしなくていいよ」
今まで通り”結”でいいじゃないか。
「わかった。ありがとね」
「ただでさえ茉奈に負担をかけてるんだから」
少しでも不安を取り除いてやりたい。
じいじもそれできっと家事をやっている時に話し相手になったりしていたんだろう。
その日ものんびりテレビやDVDを見て過ごした。
「もうすぐ4月だね」
「うん。……あ」
「どうしたの?」
「いや、父さんが言ってたんだ」
片桐家の男の彼女は決まって履修科目を上限ぎりぎりまで詰めたがる。
そしてじいじはそれが原因で最初の期末考査で地獄を味わったらしい。
父さんも母さんが勝手に決めて苦戦していたと聞いた。
そんな話をすると茉奈は笑う。
「私は水奈の娘だよ」
そんなもの最低限だけ受けておけば単位落とすなんてありえないだろう。
だって俺も片桐家の血を継いでいるんだから。
それよりきっと色々遊びに行けるよ。
どうも父さんに似たのかSUV車を選んでしまう。
茉莉は思いっきりスポーツ車を買って茜達が改造して、そして愛莉に怒られていた。
「女の子が乗る車じゃないでしょ!」
「愛莉!それは違うぞ。今は女性の走り屋のVチューバーだっているんだ!」
それに多分その車を運転するのは茉奈じゃない。
俺だろう。
天音がじいじに勝てなかった様に。
遊が空の本気の走りを味わって車遊びをしなくなったように。
片桐家の男子は車と言う物に以上になれている。
それでも崇博や歩美には敵わないと空達は言っているけど。
ちなみに茉奈は普通に移動しやすいようにと軽自動車を買っていた。
「まずはみんなで飲みに行きたいね」
殺人が許されて未成年の飲酒が許されないなんて馬鹿げてる。
そもそも殺人が許されているという前提が間違っていると思うけど、天音が説明してくれた。
「あいつらはただの身元不明の死体だから気にしなくていい」
死体が誰なのかは絶対に分からない。
どうしてそうなるのかは敢えて聞かなかった。
僕達は新しい生活が待っている。
しかし今だに過去に縛られて復讐なんて馬鹿な事を考えている奴がいる事を忘れていた。
きっとその事を分かっているのは俺だけだろう。
この事件を片付けるのは多分俺の役目。
しかし問題はそれだけではない事までは結も気づいていなかった。
「じゃ、皆の今後の生活を祝して乾杯」
渡辺君が言うと皆が乾杯をして宴が始まった。
今日は渡辺班の初期の世代が定年を迎えてセカンドライフを送ることになる事の慰労会。
愛莉も「お疲れさまでした」とビールを注いでくれた。
子供達は今日は連れてきていない。
「まだお前たちには早いよ」
そう言って僕達だけで盛り上がることにした。
いい加減誰もが落ち着くと思ったけどそんなことは無い。
「ご苦労だったな瑛大!今日は朝まで付き合ってやるから安心しろ!」
「俺も渡辺君もそうだぜ!堅苦しい公務員というしがらみから解放されるんだ!徹底的に盛り上がろう」
誠も桐谷君も中島君も相変わらず凝りもせずに盛り上がっている。
この3人にがつるむとろくなことがない。
だから過去の経験を踏まえて距離を置いていた。
その事に気づいた中島君が木元先輩に絡んでいた。
「先輩だって支社長の椅子を光太に譲ったんだろ?もっと自由になりましょうよ」
「あ、ああ。その事で亀梨君とちょっと相談しててな」
「あいつもそれなりに経験積んできたから大丈夫ですよ」
「亀梨君がそう言ってるんだから問題ないでしょ?」
いつにもなく食い下がる中島君。
なんとなく理由が分かってしまったから木元先輩に声をかけた。
「僕も石原君も0時あたりには帰ろうと思うんでどっかで軽く飲みませんか?誠たちは多分朝まで騒ぐんだろうし」
「そ、そうだな。ゆっくり思い出話でもしようか」
「俺もそっちに混ざろうかな」
「正志!私は朝まで飲むぞ!」
渡辺君の妻の美嘉さんが言うとうっかり口を滑らせるのが桐谷君。
「い、いや。美嘉さん達はまた明日から家事で大変だからゆっくり休んだほうがいいよ」
「んなもん別に正志と二人だから問題ねーよ」
「あ……それもそうか」
桐谷君が説得に困っているのを見た愛莉が気づいたらしい。
ぽかっ
「冬夜さん、とぼけても無駄です。桐谷君達が私達と一緒に行動出来ない理由をご存じなんでしょ?今すぐ教えてください」
「トーヤ……どういうことだ?説明しろ」
「片桐君、黙秘権なんて生温い事言っても無駄だからね。どうせ望も気づいてるんでしょ?」
恵美さんが言うと石原君がミスを冒す。
「じょ、女性が言っても面白くないからだと思うよ」
「い、石原君!それは黙ってないとダメだ!」
本当にMVPプレイヤーだったとは思えないほど迂闊すぎる誠。
「望!あなたもそうなの!?」
恵美さんが怒鳴りつけると女性陣が怒り出す。
「僕は片桐君達と一緒にいるつもりだったよ。その方が恵美も一緒にいれるだろ?」
「石原!お前一人だけ難を逃れようとするのか!?ふざけるな!」
「ふざけてるのはお前だ瑛大!いい年してどこに行くつもりだったんだ!?」
「勘弁してくれ。これから妻と一緒にいる時間が長くなるんだ。トラブルに巻き込むのは勘弁してくれ」
「渡辺君。それは違う。きっと亜依さんや神奈は主婦同士でスーパーで井戸端会議するんだ」
「誠、買い物に一緒に行くこととお前らが今夜行く店と一緒にする理由をちゃんと説明してくれないか?」
カンナが言うと誠は頭を抱えている。
「でも誠君もだめだよ。まだ誠司や誠士郎いるんだから」
愛莉が言う。
「そういや誠は大変だよな。まだ孫たちがいるんだし」
「お前も一緒じゃないのか?」
「俺はもうあれだよ。琴音や朱鳥たちには完全に警戒されてるし」
「威張って言うなこのど変態!」
「……本当に変わらないんですね」
1人桜子が悩んでいた。
桜子はもう1年教師を続けられるはずだった。
だけど今年受け持っているクラスの児童が卒業する。
だからちょうど節目だと辞表を提出したらしい。
佐も「ご苦労だったな」とねぎらっていた。
「愛莉先輩。瞳子は大丈夫ですか?」
「ええ、上手くやれてるみたい」
「雪は他の片桐家の子とは全然違うみたいなんですよね」
「え?」
雪はあまり友達は作りたがらないけど、そこは誠司郎が補っている様だ。
雪にとっては誠司郎と二人になりたいそうだけど、誠司郎が色々友達を連れてくる。
「学校終わったら二人で話そう」
そう言って雪を宥めているらしい。
雪は運動能力は無いけどその分頭はいい。
にもかかわらず授業は真面目に受ける。
退屈だからと眠ることもないそうだ。
誠司郎も問題を起こしたという事はパオラも聞いたことがない。
リベリオンの存在を否定しているのだから、リベリオンが襲ってくるという事件も起きない。
そんな雪と誠司郎だから否応なく人が集まって来る。
雪の資質のせいももあるんだろうけど。
とにかく問題を起こさない模範生のような子供なんだそうだ。
一方純也の子供は素直に真っ直ぐ育っている。
純也の背中を見て「どうしたら父さんみたいな警察官になれる?」と聞いた事があったそうだ。
「純は遠坂の姓だけど片桐家の子だ。当然それなりの力を持っている」
だから大事な事を言う。
絶えず自分の正義を示せ。
それを歪めたらいけない。
常に己の主張に正当性がある事を証明しないといけない。
それが警察という仕事だ。
そんな風に純に言ったそうだ。
もっとも純も香澄も色気より食い気みたいだけど。
「……茉奈も変わったみたい」
そばで聞いていた愛莉が言った。
茉奈と結は既に部屋を借りてそこに引っ越していた。
そして茉奈が愛莉に色々聞いてるそうだ。
料理の細かい味付けとか。
まあ結なら何でも食うと思うけど。
大学への合格も決まって色々準備中なんだそうだ。
もちろん茉莉や菫も相手と同棲するつもりらしい。
恵美さんと晶さんの違いは少しだけあった。
恵美さんは「どうせ子供出来たらまた新築するんだから適当に建てとけ」という主張。
晶さんは「あらかじめ子供の数を決めておかないと子作りすら面倒だと言い出しかねないから部屋を準備します」という言い分。
どっちが正しいのか僕にはさっぱり分からなかった。
「それなんだけど問題は優奈達なんだよな」
カンナが漏らしていた。
「どうしたの?」と愛莉が聞くとため息を吐いて話した。
「優奈達は料理できないんだ……」
「へ?」
愛莉や恵美さんには不思議だったそうだ。
まあ、茉莉も作る気がなさそうだったけど。
きっと冷蔵庫を開けたらビールしか入ってないんだろう。
愛莉は茉莉にも少しは料理を覚えさせろと天音に言っている。
だけど恵美さんは海翔に言っているらしい。
「今は女性が料理を作るなんて時代じゃないの」
コックだって大体男ばかりじゃないか。
料理くらい出来る男が一番いいんだ。
その証拠に石原君も作っていたと言っている。
酒井君も石原君も苦笑いをしていた。
「で、話は変わるけど……」
渡辺君が何か話があるらしい。
「どうしたの?」
「本当に空に任せていいのか?」
「ああ、そのつもりで鍛えてきたつもりだよ」
空もその代わりにSHのリーダーを結に譲るそうだ。
それで結が困っていたと天音から聞いていた。
「何を悩んでいるの?」
愛莉は多分重圧とかそう言うのを想定したんだろう。
しかしそんな難しい問題じゃなかった。
「結は普通に”炎の皇帝”でいいんじゃない?」
結莉が提案したらしい。
それを美希に相談して美希は空と大ゲンカ。
「待ってよ。勝手に僕を”空の王”にしたのは茜だろ!?」
「そういう問題じゃなくてどうしてそういう子供みたいな名前をつけたがるのかが問題なのです!」
「かっこいいから」
「全然そう思いません!子供が拗らせてるようにしか聞こえません!」
空も美希がどうして怒っているのか分からずよりにもよって愛莉に相談した。
そして僕も愛莉に説教を受けた。
「冬夜さんがそういう漫画やアニメを子供達に与えていたからでしょ!」
やっぱり愛莉が結婚した時に処分するべきだったと言い出す始末。
一つずつ解決していくしかなさそうだ。
「結もきっとそのうち変わるよ」
「そう思える根拠を教えてください!」
「空がその理由になると思わない?」
「え?」
愛莉が不思議そうにしていたからちゃんと説明した。
そもそも空は自分の事を”空の王”と呼ばれていることに対して困っていた。
それを天音や水奈や遊が面白がって揶揄っていただけ。
結は昔から変身ヒーローとかに興味があった。
外見はもう大人だけど男と言うのは女性より精神年齢は低い。
だからそういう物に憧れる。
クールぶってカッコいいと思うけど、女性に言わせたら”ただの愛想のない男”だ。
結だって学生時代はそれでいいかもしれない。
だけど就職したらそんな考えは消えるはず。
ひょっとしたら大学生活を送っている間に消えるかもしれない。
そしてそんな昔話を忘れてしまいたくなる。
「それを黒歴史って言うんだ」
ぽかっ!
「説明してる冬夜さんが未だにまだそんな事言ってるじゃないですか」
「愛莉だってそういうのあるんじゃないのか?」
「え?」
「中学生の時に一緒にお風呂入ったりしたこと結莉達に言える?」
「……うぅ」
「そうなるだろ?」
そう言って僕は悩んでいる愛莉の頭を撫でてやった。
しかし愛莉だけに構っているわけにはいかない。
愛莉とはこれからいくらでも話をする時間がある。
その事を誠達にも伝えておかなければならなかった。
「桐谷君もいい加減そういうの止めた方がいい」
「冬夜がそんな事言いだすなんて珍しいな?」
誠が反応すると皆が僕を見る。
「……誠はとっくに分かっていると思うんだけど。まさか気づいてないのか?」
「気づいてないからこの馬鹿達は何度も繰り返すんだよ」
カンナはあまり機嫌がよくないらしい。
「誠はもうとっくにそうなってると思うんだけど桐谷君達も同じだよ」
「だから何がだよ」
「少しは自分で考えた方がいいよ。自分は退職して家にいる。亜依さんも同じだ。そして子供達は自立している」
これでもまだ気づかないならはっきり言うよ。
これからの人生は何もかも解放された自分と妻と2人で生活するんだ。
今みたいに妻を怒らせて家に居場所がなくなっても頭を冷やす時間が無い。
どんなことがあっても帰る家には妻がいる。
「……それってまだ束縛がきつくなるって事か?」
勘弁してくれと桐谷君が悲鳴を上げる。
しかし渡辺君や木元先輩は気づいたようだ。
「冬夜は本当に回りくどい奴だな」
渡辺君がそう言って笑っている。
「どういう事だ。渡辺君」
誠が渡辺君に聞いていた。
「瑛大や誠と全く反対の事を冬夜は教えているんだよ」
もう退職金とかで生活するゆとりのある生活。
子供の世話ももうしなくていいい。
誠や桐谷君の孫ももう立派になったから心配する必要はない。
だとしたらこれからは自分の伴侶とゆっくり自由に過ごすことが出来る。
2人で買い物に行ったり旅行に行ったりする時間が与えられるんだ。
もう若い女性に囲まれたい歳でもないだろ?
お互いの事を思い合いながらのんびり過ごせばいい。
「……トーヤはそうするつもりだったのか?」
「まあ、愛莉の父さんがそうだったから」
連休には必ず2人で旅行に行っていた。
でもそんな自由な時間も永遠じゃない。
いつか体がいう事を利かなく時が来る。
それまでにやりたい事を整理して一つずつやって行った方が楽しいんじゃないか?
「冬夜さんは旅行が目的じゃなくて食べ歩きが目的なんでしょ?」
困った旦那様ですねと言って愛莉が笑っていた。
(2)
「おっはよー。ゆーい君」
朝目が覚めると隣で寝ていた茉奈がにこりと笑っていた。
「とりあえず朝ごはん作ってくるね。結もお腹空いたでしょ?」
茉奈はベッドから出るとパジャマを着替えてキッチンに向かう。
たしか父さんやじいじが言っていた。
せっかくカウンターキッチンにしてるんだから話でも振ってあげたらいい。
ただし忙しそうなときは静かにしてなさい。
どっちにしろこのまま2度寝という選択肢はないみたいなので俺も着替えてキッチンに向かう。
どうせ引っ越すんだからとおそろいのパジャマを買った。
「結。出来たよー」
結莉が朝食を作ってしまったようだ。
まずい。
慌ててダイニングに向かう。
「ごめん、遅れた」
「どうして謝るの?」
茉奈が首を傾げて聞いてきたからさっきの事を説明した。
すると茉奈はにこりと笑った。
「結もじいじや空がお手本なんだね」
俺も?
「何かあったのか?」
「うーん。とりあえず朝ごはん食べよう?まだ春休みだし」
大学生活に必要な物は既に全部そろえてある。
だから特にすることが無いから毎日一緒にテレビ見たり買い物したりして過ごしている。
じいじ達は旅行に行ったらしいけど茉奈は「結と一緒に生活出来る事だけで幸せだから」と言うからのんびり過ごしていた。
朝食を終えると茉奈が片づけを始める。
俺も最初は手伝うと茉奈に言った。
だけど茉奈は天音や愛莉を見て育ったらしい。
どうせ学校に通うようになったら車を運転するのは僕。
バイトでもしようかと思ったけど父さんが言った。
「僕も父さんと同じ事を結にしようと思ってる」
それは生活費と最低限の交遊費は父さん達が負担する。
仕事をするようになったら茉奈と一緒にいられる時間は極端に減る。
だから今のうちに楽しんでおきなさい。
父さん達からもらったお金では足りないような生活を今からしていたらダメだ。
自分たちが稼いだ給料だと思ってしっかり管理しなさい。
そう言ってクレジットカードとキャッシュカードと通帳を受け取った。
俺も少し考えた末に茉奈に預ける事にした。
買い物を主にするのは茉奈だ。
だから茉奈に任せておくのが一番だろう。
茉莉とは違うから拳銃買ってくることは無いだろう。
そんな物日本のどこで仕入れてくるのが知らないけど。
「私はバイトしようと思っていたんだけど、結がそういうならお言葉に甘えようかな」
大事に預からせていただきますと受け取ってくれた。
「で、話って何?」
俺から茉奈に聞いてみた。
「うん。さっきもいったけど結の理想はじいじなんだよね?」
「うん」
あんな立派な男になってみたい。
「男の子はね、父親の背中を見て育つんだ」
父さんはそう説明してくれた。
「じゃあ、娘は母親を見て育つのか?」
「そんなの天音達が一番よく分かってるんじゃないの?」
母さんがそう言った。
しかし天音は反論する。
「翼の娘の陽葵達はどう説明するんだ!?」
確かに陽葵達はどっちかと言うと茉莉に近い。
「じゃ、私からも聞かせて欲しいんだけど?」
「なんだよ?」
「結莉はどう説明するつもりなの?」
母さんはそう言って勝ち誇っていた。
そもそも天音と愛莉の性格が全く一致していない。
「だったら翼のいう事が矛盾してるんじゃないか」
「そうじゃないと思うけど?」
「なんでだよ?」
「だって陽葵達だって成長したら大人しくなった」
愛莉は愛莉の母親に性格が似ているんだと母さんから聞いていた。
それでも結莉と愛莉の中に一つだけ共通点がある。
「愛莉はお婆さんに色々教えてもらってたんだって」
じいじの嫁になるのだからじいじの好みを色々聞いておく必要があると判断してじいじの家で大学生活を過ごしたそうだ。
そんなじいじの母親の影響も多少なりともあったらしい。
「つまりどういうわけだよ?」
「つまり茉莉は祈の影響も受けてるって事か?」
「まあ、翼の言う通りかもしれないな」
祈はそう言って笑っていた。
「祈、どういう事だ?」
「天音は家にいる茉莉しか見てないだろ?」
「まあ、そうだな……」
「茉莉は朔と一緒に家に来ると異様に緊張して気づかいしてるんだ」
片づけ手伝いますとか、お風呂ありがとうございますとか今更そんなに緊張しなくていいのに固くなってるらしい。
そうなると晶が黙ってるはずがない。
「そこをリラックスさせてやるのが朔の役目でしょ!」
そう言って朔を叱っていたらしい。
そしてもう一つ問題がある。
「翼の言う通りだとすると私は不安があるんだが……」
「どうしたの?水奈」
「優奈は天音の影響を受けるわけだよな……」
さすがに自分の娘が天音の影響を受けたらどうなるか怯えたらしい。
しかし天音は言う。
「お前自分は関係ないと思ってるだろうけどどう考えても基本はお前だろ!」
「それはねーよ。面倒は見てたけどそんなに二人のやることに干渉してないし」
それで夫と母親にこっぴどく叱られたそうだ。
おまけに天音が海翔の嫁に何かあったらまずいとアサルトライフルまで調達したそうだ。
「いいか?サプレッサーつけてるとはいえそんなもん学校に持って言ったら目立つからやめとけ」
天音は優奈達にそう注意したそうだ。
だから学校にはバレないように太もものあたりにサバイバルナイフを仕込んでると海翔から聞いていた。
海翔はそんなものなくても雑魚くらい簡単に始末するから持ってないらしいけど秋久や朔は携帯しているそうだ。
話が反れたから元に戻そう。
「茉奈の理想も愛莉って事?」
「うん、そうなんだけど問題があるんだよね」
「問題?」
俺が聞き返すと茉奈はこくりと頷いて言った。
些細な問題だった。
でも何が問題なんだろう?
「美希は空のこと”旦那様”って呼んでるでしょ?」
だから茉奈も俺の事をそう呼んだらいいのか?
でもそれだと空と俺の区別がつかなくなる。
僕が説明できそうな内容でよかった。
どうして説明できるのか?
それは同じような事を朔達と話していたから。
「茉奈は父さんにも”旦那様”って呼ぶつもりだったのか?」
「あっ!」
「それにそんなにかしこまらなくてもいいよ」
むしろ俺の方が大変だと説明した。
ただでさえ娘を連れ去っていく彼氏と父親が対面する。
当たり前の様に気まずい空気が最初はある。
それを和ませるのが彼女の役目。
美希はそれをしていたらしい。
恵美も望を説得していた。
もともと望も善幸もそんな性格ではなかったらしいけど、寂しいとは思ったらしい。
それでじいじとよく飲んでいた。
だったら彼氏だってそうあるべきじゃないのか?
朔は祈からそう聞かされたらしい。
自分がこの人の恋人としてどう見られているのか常に不安なんだそうだ。
それを上手く取り持ってやるのが彼氏の務めじゃないのか。
それいらい上手く朔は仲介をしているそうだ。
「……だからさ、茉奈だってそんなに変わろうとしなくていいよ」
今まで通り”結”でいいじゃないか。
「わかった。ありがとね」
「ただでさえ茉奈に負担をかけてるんだから」
少しでも不安を取り除いてやりたい。
じいじもそれできっと家事をやっている時に話し相手になったりしていたんだろう。
その日ものんびりテレビやDVDを見て過ごした。
「もうすぐ4月だね」
「うん。……あ」
「どうしたの?」
「いや、父さんが言ってたんだ」
片桐家の男の彼女は決まって履修科目を上限ぎりぎりまで詰めたがる。
そしてじいじはそれが原因で最初の期末考査で地獄を味わったらしい。
父さんも母さんが勝手に決めて苦戦していたと聞いた。
そんな話をすると茉奈は笑う。
「私は水奈の娘だよ」
そんなもの最低限だけ受けておけば単位落とすなんてありえないだろう。
だって俺も片桐家の血を継いでいるんだから。
それよりきっと色々遊びに行けるよ。
どうも父さんに似たのかSUV車を選んでしまう。
茉莉は思いっきりスポーツ車を買って茜達が改造して、そして愛莉に怒られていた。
「女の子が乗る車じゃないでしょ!」
「愛莉!それは違うぞ。今は女性の走り屋のVチューバーだっているんだ!」
それに多分その車を運転するのは茉奈じゃない。
俺だろう。
天音がじいじに勝てなかった様に。
遊が空の本気の走りを味わって車遊びをしなくなったように。
片桐家の男子は車と言う物に以上になれている。
それでも崇博や歩美には敵わないと空達は言っているけど。
ちなみに茉奈は普通に移動しやすいようにと軽自動車を買っていた。
「まずはみんなで飲みに行きたいね」
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そもそも殺人が許されているという前提が間違っていると思うけど、天音が説明してくれた。
「あいつらはただの身元不明の死体だから気にしなくていい」
死体が誰なのかは絶対に分からない。
どうしてそうなるのかは敢えて聞かなかった。
僕達は新しい生活が待っている。
しかし今だに過去に縛られて復讐なんて馬鹿な事を考えている奴がいる事を忘れていた。
きっとその事を分かっているのは俺だけだろう。
この事件を片付けるのは多分俺の役目。
しかし問題はそれだけではない事までは結も気づいていなかった。
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