不思議な彼女

和希

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告白

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「尾崎、今日暇か?」

 学校が終わって帰る際にクラスメートに声をかけられた。
 多分帰りにゲーセンにでも寄って行こうぜって意味だろう。

「別にいいよ」
「じゃ、いつものとこ行こうか?」
「あ、俺も行く。あの曲の譜面必死に覚えたから試したくてさ」

 別の友達も一緒に行くと言い出した。
 最近の音ゲーは音ゲーと言うより暗記ゲームになっている。
 だから授業中必死にその譜面をイメージトレーニングしている奴もいる。
 マークシートの試験で譜面を作った猛者もいるらしい。
 まあ、最近は格ゲーか音ゲーくらいしかやらない。
 カードを集めるゲームもあるけど高校生の小遣いでは無理な話だ。
 それでもやってる奴はやってるけど。
 俺自身も含めて部活やバイトをやっている友達はいなかった。
 なんとなく学校の帰りに買い食いやらゲーセン、カラオケに寄っていく生活を中学の時から夢見ていた。
 もう一つだけ夢があったけど。
 ゲーセンに行くたびにいつも見る楽しそうなカップル。
 そう、俺だって健全な男子だ。
 彼女というものに憧れがあった。
 だけど男子同士で、女子同士で自然と集まっている。
 なんとなく異性という存在と接触するのが怖い。
 彼女がいる男子はどんな風に付き合い始めたんだろう。
 クラスの女子には話しかけづらいのに他校の女子と合コンをするのは平気な友達。
 その理由を聞いてみたかったけど今まで聞かずにいた。
 どうせ何のとりえもない俺に彼女なんて無理。
 就職して職場での出会いに期待するのだろうか?
 そんな人間は片っ端からパワハラで訴えられる時代だった。
 と、なるとやっぱり大学生の時なのかな?
 でもあれは付き合っているというより遊んでるだけの気がする。
 遊んでるだけの関係で肉体関係を持てるのならそれもありか?
 そういう動画は見てるけど自分のそれを見て落ち込んでしまう。
 お前を抜刀する日は一生ないぞ。
 そんな風に悲観していた。

「何ぼーっとしてるんだよ。早く行こうぜ」
「あ、ああ。悪い」

 そう言って荷物を持って教室を出ようとした時だった。

「悪いけど尾崎君に少し用があるから借りてもいいかな?」

 少し冷たい感じの声が友達に向かっていた。
 声を聞いただけでそれが誰なのかすぐにわかるだろう。
 この学校で彼女の事を知らない物なんていないだろう。
 肩まで伸ばした少しくせ毛の水色の髪の毛。
 そしてなぜか瞳は赤い。
 彼女の名前は片桐結奈。
 その髪の毛が原因で入学式に参加するのを拒否されているのを両親達が猛抗議していた。
 そう、両親だけじゃない。
 親戚が駆けつけて校長たちを脅していた。

「髪の毛の色で何でも決めつけるな!髪が黒けりゃ人を殺さないって証拠はあるのか!?」
「それは問題をはき違えてますよ」
「同じだろうが!結奈は怒らせなかったらいい子だ」

 だが逆に怒らせたら両親でも止められない。
 この学校を廃校にしたくなかったらつべこべ言わずにそこをどけ!と脅していた。
 片桐と言う名前はこの地元じゃ割と有名だ。
 逆らうものは本人が意図しなくても抹消される。
 本人の逆鱗に触れたら安全は保障しない。
 目の前にいるぼーっとしている片桐さんがそんな真似をするとは思えなかったけど。

「尾崎に何の用があるの?」
「それって他人に一々断らないといけないの?」

 つまりそう言う話か。
 
「ごめん先行ってて」
「大丈夫か?尾崎」

 多分俺が片桐さんの気に障ることをしたと思ったのだろう。
 しかしその容姿が示すようにとても物静かで大人しい子だった。
 噂であるような事をするような女子とは思えなかった。

「じゃ、俺達だけで行こうぜ」

 そう言って友人は昇降口に向かった。
 その後俺は片桐さんを見て言う。

「で、話って何?」
「……ここで話さないとダメ?」

 やっぱり体育館裏に連れて行かれるのだろうか?
 
「心配しないで。ただあそこに伝説の木があるわけでもないでしょ?」

 せいぜい死体が埋まっているくらいだろうと片桐さんは少し笑みを浮かべた。
 笑みをこぼすような話じゃないと思うんだけど。

「どうしてここじゃだめなの?」
「うーん……、あんまり友達とかに聞かれたくないし」
「そんなにやばい話なの?」
「私にとっては一か八かの話かな」

 ここじゃ話せないみたいだししょうがない。
 どこならいいの?と聞いてみた。

「いつも帰りに寄ってる店があるの。そこならあまり友達とかいないし」

 そこで話をしたいと片桐さんは言った。
 
「わかった。片桐さんも自転車通学だったよね?」
「ええ、校門で待ってる」

 そう言って彼女は顔色一つ変えずに反転して自転車置き場に向かった。
 ……まさかな。
 少しだけ淡い期待を持って自転車置き場に向かい籠にバッグを入れて校門に向かう。
 この辺で女子が行きそうなところなら多分あのファストフード店だろう。
 そっちの方へ進んでいると片桐さんが「そっちじゃない」と俺を呼び止めた。
 彼女は道路を渡ってこってり味のラーメンが有名な店に入る。
 確かにここなら女子高生が帰りに来るような店じゃないな。
 ていうかこんなの食べて夕食とか大丈夫なのだろうか?
 体形とか気にしているような体形をしていたけど。
 不思議そうに片桐さんが自転車を止めているのを見てると気付いたようだ。

「ああ、私あまり身につかないの」

 少しは胸についてくれてもいいのにと余計な情報をくれた。
 今夜は片桐さんを想像して寝るのだろうか。
 店に入ると隅っこのテーブルを探してそこに腰かけると注文する。
 その注文の量に俺は唖然としていた。

「尾崎君小食だった?」
「そんな事無いけど」
「あ、ランチタイムじゃないから大盛無料じゃないからかな?」

 そういう問題じゃないと俺は思ったんだけど。

「心配しないでいいよ。私が誘ったんだから私がご馳走するから遠慮しないで」
「え、でも……」
「尾崎君は女子に奢られるのが嫌なタイプ?」

 奢られたいと思う人はそんなにいないと思うんだけどどうなんだろう?
 かなり図太い神経をしていなかったら多少の抵抗はあるだろう。
 だけど片桐さんはそうは思わなかった。

「それは多分女子だって同じだよ」

 厳密にいえば少し違うけどと片桐さんが説明してくれた。
 奢ったんだから何をしてもいいよな。
 そんな高飛車な態度をとる男子もいる。
 それに彼女の親戚が言っていたらしい。

「好きな男性と少しでも一緒にいたい。その時間の対価を支払うだけ。女子だってそういう風に気遣うんだよ」

 ……へ?
 不思議そうに見ている僕に気づいて彼女はうつむいてしまった。
 ……ちゃんと聞くまで返事はしない方がいいだろうな。
 しかし彼女は話題を変えようとした。

「あ、ラーメン来たよ。さっさと食べよう」

 その話題の変え方はどうなんだと思ったけどのびるとお店に失礼だと言われると従うしかない。
 ラーメンを食べながら話題を振ってみた。

「で、用件は何?」

 聞いてみたけど彼女は食べる事に夢中になっている。
 俺も食べながら食べ終わるのを待って用件をもう一度聞こうとした時だった。

「すいません。替え玉大盛。バリカタでお願いします」

 彼女はいったい何をしにこの店を選んだのだろうか?
 ラーメンを見たと同時に目的を忘れてしまったか。
 まあ、いいや。
 帰りに女子高生と一緒と言うのも悪くないだろう。
 ラーメン屋だけど。
 それだけを楽しんでいた。

「さ、食べ終わったし行こか」

 そう言って席を立とうとする彼女。
 おいおい、本当に目的忘れてるじゃないか。

「片桐さんは俺に何か用があったんじゃないの?」

 そう聞いてみると思いだしたようだ。
 もう一度席に着いた。
 ただいるだけじゃ悪いからともう一杯ラーメンを注文していたけど。
 どうして替え玉じゃないかって?
 スープが冷えてドロドロになってるから。
 普通この店に来た人はその前に食べて帰る。
 しかし彼女は違った。
 スープは冷える前に全部飲んでしまっていた。
 俺の想像していた女子高生とはかなりかけ離れていた。
 そしてまたラーメンが届くと彼女は食べ始める。
 しかし少し悩んでいるようだった。
 多分食べすぎとかそういう問題じゃないだろう。
 するとラーメンをすすりながら聞いてきた。

「尾崎君って今付き合ってる人いる?」
「いや、いないけど……」

 生まれてきてからそういう関係を持った女子とは一人もいないと答えた。
 すると彼女は少し笑っていた。
 馬鹿にされているわけじゃないことはすぐにわかった。

「……よかった」

 あんまり自慢することじゃないけどね。
 彼女の話はそれだけじゃなかった。
 なんとなく何を言おうとしているのかは察してしまったけど。
 彼女が少しずつ緊張しているのは分かった。
 ラーメンを食べながら誤魔化していたけど。
 
「尾崎君は好きな人とかいるの?」
「いや、俺なんかが好きになっても無理でしょ」
「……ってことはいないのね?」
「まあね」
「じゃあ、女子に興味ある?」

 俺の歳頃で女子に興味がない男子なんてそんなにいないだろ?
 二次元か三次元の違いはあるかもしれないけど。
 ちなみに俺はいたって健全な男子だ。

「片桐さんには俺がホモに見えたわけ?」
「ごめん。少しでも不安要素取り除きたかっただけ」

 ホモって言ったらどうするつもりだったんだろう。
 前にレズなんかより男の方がいいから分からせるとかいうありえないシチュエーションのを見たなぁ。

「あのさ……真面目に聞いてほしいんだけど」
「うん、そのつもりだよ」

 まさかラーメン屋でそんな話になるとは思わなかったんだけど。
 まあ、知ってる女子のうちの誰かが俺の事を好きになったとかそういう話だろう。
 だけどそうじゃなかった。

「私でもよかったら付き合って欲しいんだけど」
「……へ?」

 前にも言ったけど片桐さんは学年でトップクラスの学力と美貌と運動神経プラスアルファを持っている。
 そんな片桐さんがどうして俺を?

「なんで俺なの?そんなに取り柄があるわけじゃないよ?」
「そんなことない!」

 大声で否定する片桐さん。
 なんでそんなにムキになるんだろう?

「わ、分かったから落ち着いて」
「……うん。ごめん」

 そういって落ち着きを取り戻していた。

「私は片桐の娘だから色々と特技があるの」
「それが何か関係あるの?」
「その中でも娘はある能力を必ず持って生まれるって茉菜が言ってた」
「茉菜?」
「私のお母さん」
「……で、どういう能力」
「そんなに大したことじゃない。能力者ならパパが最後にして最強と言われてるから」

 なんか違う世界に迷い込んだ気になってきた。
 そんな俺の気持ちまで読み取ったのか片桐さんは少し笑みをこぼして言った。

「見抜きって知ってる?」

 ネトゲである用語だ。

「まさか片桐さん……」
「そういう趣味は無いよ。そうじゃなくて相手のステータスを見抜くの」

 どういう人間かある程度分かるらしい。
 そして片桐さんは俺を見て感じたそうだ。
 俺には何か特別な才能がある。
 そう思ったのは片桐家の親戚以外では初めてらしい。

「……って言えば納得してくれる?」
「というと?」
「……笑わないで聞いてね。私尾崎君の事が好きみたい」

 最初は能力の事かと片桐さんも勘違いしていた。
 しかしその正体を見破れずに母親に相談したらしい。
 すると母親が笑ったそうだ。

「私真面目に相談してるんだけど」
「結も同じだったよ。まさか娘の結奈にその性格が出るとは思わなかった」

 そしてそれは単に俺の事を意識してしまっている。
 ぶっちゃけると好きなんだろ?と母親に言われたらしい。
 だから俺と付き合おうと思ったわけじゃない。
 そう言われてなおさら俺の事を意識するようになった。
 胸が苦しくなる。
 ずっと俺の事ばかり考えている。
 そんな説明をラーメン屋で聞いていた。

「もちろん尾崎君の意思も尊重する」

 俺が片桐さんにそういう感情を持てないのなら諦めると言った。
 その時なんとなく片桐さんの不安げな気持ちを分かってしまった。
 その気持ちに気づいたと同時に俺の中に片桐さんが存在していた。
 
「……返事聞かせてもらえないかな?」

 片桐さんがそう言うと俺は「出よう」と言って席を立つ。
 片桐さんは今にも泣き出しそうな感じだった。
 会計を済ませようとした時に片桐さんが財布を出そうとすると俺が言った。

「ここは大丈夫。一回やって見たかったんだ。”彼女に奢る”ってやつ」
「え?」

 こんなに驚いている片桐さんを見たのは初めてだった。
 会計を済ませて店を出ると片桐さんが当然聞いてくる。

「今さっき私の事”彼女”って……」
「うん。片桐さんは俺を好きになる時間があった。だけど俺には突然すぎて頭が混乱している」

 だから片桐さんの事を考えられるようになるまでその言葉はとっておきたい。
 ”実は俺も片桐さんの事が好きだった”なんて言っても薄っぺらいだろ?
 でも片桐さんの事は嫌いじゃないから付き合ってくださいと言うなら付き合うよ。
 
「なんでお店の中で返事くれなかったの?」

 そう言って片桐さんは俺に抱き着いていた。
 それが理由だと言った。
 そんな姿ラーメン屋に似合わないだろ。

「さて、用が済んだし帰ろうか」
「もう帰るの?」
「当然片桐さんの家まで送るよ。恋人だし」
「うん。それだけでいいの?」

 キスをしたりしないでいいのかと聞いてきた。

「それは次の機会にするよ。あれだけ餃子食べてたのにファーストキスがニンニクの味なんて嫌だから」
「意外と意地悪なんだね。じゃあ、次はハンバーガーにしとくよ」

 食べる事が好きらしい。
 それでこの体形を保っているのは凄いと思った。
 家はそんなに離れていない事は知っていた。
 だって小学校の時から彼女の噂を聞くくらいの近所だから。
 スマホの連絡先の交換をしたりしながら彼女を家に送ると「じゃあね」と言って帰ろうとした。

「待ってよ」
「どうしたの?片桐さん」
「結奈でいいよ。私も……そうね、とも君って呼ぶね」
「分かった。じゃあ、また明日ね」

 そう言って家に帰る。
 部屋でも今まで貯めてた思いを吐き出すように電話をしてくる結奈。
 俺の高校生活の始まりは思わぬ春を呼び込んだようだった。
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