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3rdSEASON
偵察
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(1)
「お疲れ様です」
僕はバイト先のお店に入った。
この時間はまだ客も少なく、控室ではオーナーが新聞を広げて読んでる。
「おお、酒井君。お疲れ様」
オーナーが僕に気づいたのか挨拶をしてくれた。
「しかしいいのかい?連休バイトで埋め尽くしちゃって」
「良いんです、気にしないでください」
連休なんてどこに行っても人ばかりで嫌になる。
それにあの人達に誘われても断る口実が出来る。
「まあ、そう言わず一日くらい休みなよ。少しくらい休めた方がいいよ」
「じゃあ、一日だけ」
「おい、真紀子、一日とは言わず木金の2連休とらせてやれよ。酒井君ずっと働き詰めなんだぞ」
そう言って入ってきたのはこの店のコックをやっているオーナーの旦那さん。桑田亮介。
大柄な熊さんみたいな体格だけど手先が意外と器用。
この店で出すパンもすべて亮介さんの手作り。
パンは美味しいと良く言われている。
「そら、酒井君。さっさと着替えてお出で。いつも通りやってあげるから。まったくそんなんだと彼女出来ないぞ」
そう言われ僕は、更衣室に足を運ぶ。
更衣室に入ると僕はすぐに着替えネクタイを締める。
さすがに飲食店でジャージというわけにはいかない。
清潔感が大事だ。
頭がぼさぼさだけどそれはこれからどうにかなる。
更衣室をでると、亮介さんが椅子に座るように言う。
椅子に座ると亮介さんが、僕の髪にワックスを塗ってセットを始める。
「そろそろ短くした方がいいかもしれんな」
「どのくらい切ればいいですかね?」
「酒井君はどんな髪形も似合うから好きにすればいいよ」
「そうよ、酒井君基本パーツは悪くないんだから」
オーナーが話題に入ってきた。
「おだてたって何も出ませんよ」
「お世辞じゃないわよ。ちゃんとした服着てちゃんとした格好したらモテるわよ。酒井君は」
いや、モテたいならそうしてるんですけどね。
別にモテたいと思ってるわけじゃないし。それに彼女が出来たところで僕に何のメリットもないわけで。
お金は使わせられる。時間を割かなくちゃいけない。休みの日だって付き合わなきゃいけない。
そんなのが面倒だから、一人でいた方が楽でいいから、一人なだけで。
一緒にいたら話題も作らないといけない、そんなにボキャブラリーも趣味ももってるわけじゃない。
趣味と言ったらコーヒーくらいで、他に出来る事もサッカーくらいだし、したい事もない。
平穏無事に生きたいわけですよ。
気になる娘がいないわけじゃないけどね。
「亮介さん、オーダー入りました~」
元気よく、控室に入ってきたのは同じバイトの一ノ瀬さん。
前に話した人だ。
ほら、「気になる人いるじゃない」って言われてた人。
凄く可愛くてスタイル良くて、性格も明るい子。
アピールするところは胸がでかい所かな。
言っとくけど僕は巨乳が好きとかそういうわけじゃないからね。
ただのアピールポイント。
いないでしょ?(半ば強制的に入れられた)うちのプチサークルの中に。
まあ、インカレサークルに入っておくのは悪い事じゃないので渋々入ったけど。
活動費とられるわけじゃないし、メッセージが五月蠅いくらいなので全然問題ない。
偶に招集かかるけど。
その為にバイトを入れてある。
「バイトがあるから~」って断ってるのは僕だけじゃないしね。
「お客さん増えてきてるから。酒井君も手伝ってよ」
一ノ瀬さんが言うし、亮介さんのセットも終わったみたいなので、店に出た。
(2)
カウンターに陣取ってる、男一人と女三人組。
男一人は知ってる。
僕の友達の、中島隆司。
同じ学部の同学年の子だ。
城科でサッカーやってた人。
今はサッカー部のサークルに入ってる。
「お客様ご注文はお決まりでしょうか?」
「僕はいつもの」
「私アイスティー」
「レモンスカッシュ」
「コーヒーフロート」
注文を受けると、厨房に伝票を張る。
「相変わらず善幸はバイトの時はイケメンなんだよなぁ」
イケメンってただ格好が良いだけじゃ言わないんだよ。
行動や内面もともまわないといけないんだよ。
僕そう言う要素0でしょ?
格好もここの店の制服がかっこいいだけだよ。
「君に言われても皮肉にしか聞こえないんだけど」
僕は中島にそう言う。
「でもお前サッカーやってた時はモテたんだろ?またサッカーやれよ」
「バイトする時間があるから無理」
サッカーを大学でやるなら素直に私立大に行ってる。
でも、それを言うとサッカーで推薦されてたとこがバレちゃうから黙っていた。
「中島君、こんな格好いい人うちの大学にいたっけ?」
女性の一人が中島にそう言ってた。
「知らないのか?酒井っていって、サッカーやってた時には有名だったんだぜ?」
「へぇ~、サッカー興味ないから。たまに中島君の隣に座ってる人?」
「そうだよ」
「うっそぉ、いつも部屋着で来てるような人がこの人!?」
「そうだよ、人間化けるものだろ?」
「信じられない……」
呆気にとられる女性三人組。
失礼な部屋着じゃないぞ。れっきとした外出着だぞ。
あれでも下と上セットで10000円超えるんだぞ。
何日分の食費になると思ってるんだ。
「ところで中島君は、今日はサッカーの部活はいいのかい?」
「先輩優先のところあるからさ、控えにもなってない俺が練習出たってしょうがないだろ?」
「ああ、なるほどね」
これで安心した。
サッカーで強制的に試合だされるという不安要素は0になったわけだ。
「サッカーと言えば、お前防府高出身のファンタジスタと仲いいらしいな?」
「ああ、最近内輪の仲間に強制的にさせられたよ」
「うそ!?あの人なんかカッコいいよね!今度紹介してよ!」
「その人なら、偶に店に来ますよ。彼女連れで」
そう言ってきたのは一ノ瀬さんだ。
「バイト中の私語はNGだよ。酒井君」
「ごめんごめん」
「誰?可愛いなこの人。」
だろうね知らないだろうね中島君は。
僕の中ではトップクラスの女性なんだけどね。
「一ノ瀬穂乃果と言います。看護学科に通ってます」
「へえ、僕中島隆司。酒井とは大学で知り合った友達です。君彼氏いるの?」
「いませんよ」
へ?
この前いるって言ってなかったっけ?
ああ、この手の軽い男が嫌いなのね?
いるって言っておけばそれ以上追及されることは無いもんね。
「そっか、それは残念」
「そんなに可愛らしい女性が三人も一緒にいる人に言われても嬉しくないです」
こういうことをズバズバ言う人なんだな。
そういうところ嫌いじゃないよ。
四人はそうして雑談を終えたところで、飲み物も飲み尽くし会計を済ませる。
「ありがとうな。ここのコーヒー美味いぜ」
「亮介さんにいっとくよ。毎度有難うございました」
願わくば女性を口説く場所につかわないで欲しいけどね。
すると出入り口でなにやら騒いでる。
「え!?うそ!?まじ!!」
「この人でしょテレビに出てたトランジスタ」
その歳でトランジスタ知ってることが脅威だよ。
誰が来たのか察しが着いた。
彼はたまに彼女と来てくれるから。
そして静かに会話して帰っていってくれる良顧客。
しかしこの日は違うらしい。
……口をあんぐりあけて、「いらっしゃいませ」の一言が出なかった。
代わりに一ノ瀬さんが言ってくれた。
「こちらの席にどうぞ」
一ノ瀬さんが大勢用の席に案内をする。
「嘘!?穂乃果じゃん!ここでバイトしてたの!?」
指原さんが一ノ瀬さんを指差して驚いている。
「亜依ちゃん。え!?どうしてここに?」
「酒井君が働いているって聞いたから、その働きぶりを見にね」
「え、えーと何名様かな?」
「6名かな」
来てるのは、片桐君、遠坂さん、江口さん、石原君、渡辺君に指原さん。
「じゃあ、奥の席で良いかな?」
「いいよ」
そう言って良質の顧客は招かざる客を連れ奥の席へと群がるのだった。
(3)
学生食堂。
「う~ん……」
お昼を食べながら酒井君の事でみんなで相談していると、愛莉が悩みだす。
「どうしたの愛莉?」
僕は愛莉の作ったお弁当を食べながら聞いていた。
「冬夜君は同じ男性としてどう思う?酒井君の事」
「普通だと思うけど?」
「そうなのよね、普通なのよね。普通にしてたら」
「?」
「むしろモテそうな感じなんだよね、酒井君」
「その話もっと詳しく聞かせてくれないか?遠坂さん」
渡辺君が話に乗ってきた。
「私も知りたいわ、どうしたらあの。根性がねじり折れたやつがモテそうに思えるのか」
江口さんも興味津々だ。
石原君は普通のお弁当を食べてる。
江口さんの手を見る。
指先が荒れていて絆創膏だらけだ。頑張って作ってもらっているんだろうな。
羨ましいよ、石原君。
「バイトしてる時はすごいイケメンなんだよ。本当に同一人物?二重人格なんじゃない?って思えるほどに」
「本当に?」
江口さんが愛莉の顔を訝し気に見る。
「多分オンオフがはっきりしてる人なんだと思う」
僕が愛莉のフォローをする。
「そのギャップが激しいのよね」
そう言って愛莉がまた悩みだす。
「どうして普段からあれが出来ないんだろう?」ってそんな悩みか。
すると渡辺君がある提案をする。
「とりあえず、その”オン”状態の酒井君を見に行ってみないか?話はそこからな気がするんだが……」
「いいけどあまり騒ぐような喫茶店じゃないよ?」
静かにしてようね?と一言釘をさす。
せっかくの愛莉とくつろげる場所を出禁にされたら敵わない。
「分かってるって」
そう言いながらメッセージを送る。
江口さんが合流するらしい。
「私達4限で終わりだから。17時ごろ集合でいいかな?」
愛莉が尋ねる。
「私は大丈夫よ。イッシーと時間潰してるから」
「遠坂さん店の名前は?」
「確か青い鳥」
「分かった、じゃあ17時に青い鳥集合な」
渡辺君がそう言った。
17時青い鳥駐車場。
4台の車が並んで止まっていた。
店に入ろうとすると出てきた女性3人に囲まれる僕。
そんな3人の前にたちはだかる小さな壁。
「冬夜君に話すときは私を通してからにしてね!」
そんな気迫のこもった愛莉に対して何も言えず立ち去っていく彼女たち。
そんな時店の中から声が聞こえた。
「嘘!?穂乃果じゃん!ここでバイトしてたの!?」
指原さんが知っている人がバイトしてるらしい。
僕と愛莉は店に入って酒井君に礼をする。
「いらっしゃいませ……」
なんかこれから公開処刑が待っているような沈んだ声が聞こえてきた。
「酒井!お客さんに挨拶するときは元気よく!」
「はい!」
大柄の男の人が酒井君の背中を叩く。
愛莉は指原さんに耳打ちする。
「その人だよ、酒井君と仲良さそうにしてた人……」
すると指原さんは「え?」と愛莉に振り返る。
取りあえず僕たちは席に案内され各々好きな注文を取る
「俺はアメリカン」
「私はレモンティー」
「レモンスカッシュ」
「アイスティーを」
「カフェオレで」
「コーヒーとサンドイッチとピザトーストとピラフ……」
ぽかっ
「コーヒーだけでいいよね?」
「い、いや。ここの食べ物美味いし……」
「今日は何しに来たのかな~?」
愛莉が笑っているうちに下がれ。
今日もしっかり愛莉のトリセツが効いてる。
「コーヒー、ブラックで」
「かしこまりました」
そう言って穂乃果さんは厨房に向かう。
「愛莉、本当に間違いないの?穂乃果で……」
「見てたら分かるよ」
指原さんは穂乃果さんを見る。
愛莉の言った通り確かに仲良さげだ。
「うーん……そう来たか」
何か困った事態でも発生したのか?
「指原さん、あの人誰だか知ってるのか?」
「知ってるも何も、あの人看護学科の人気ランキング上位の人だよ。一ノ瀬穂乃果」
いつも思うんだけどそういう情報ってどこから手に入るんだろう?
「それが何か問題あるのか?」
これから狙うのはうちのキャンパスのクイーンだぞ?
そう言いたげな渡辺君。
「穂乃果さ、家貧しくてさ。一人暮らししてるんだけどボロボロのアパートに住んでるんだよね。それであまり男性と付き合ったり、ましてや家に呼び出したりしないんだけど」
「うん、攻略が難しいってことだな。でも彼氏いるんだろ?」
渡辺君が質問する。
「違うのよ。彼氏はさっき言った通り作らないって主義だったの。そんな時にさ言ってたのよね『バイト先で素敵な人見つけた』って……」
「それって両想いかもしれないって事か?」
「うん、可能性は100に近いね」
「じゃあ、大分ハードルが下がったな。普段の恰好も知ってるんだろ?」
「普段はぼーっとしてるけど、バイト中はびしっとしてる素敵な人って言ってたから」
それって酒井君そのものじゃないか?
「お冷もっていました」
一ノ瀬さんがお水を持ってくる。
その時指原さんが、一ノ瀬さんを手招きする。
「なに?」
「前に言ってた彼って酒井君の事」
指原さんがひそひそと話す。
彼女の手が滑った。
お水の入ったグラスが床に落ちようとするのを僕が拾った。
「お客様大変申し訳ありません」
「いや、いいよ気にしないで……それより酒井君なの?」
「……彼には内緒でお願いします」
そう言って立ち去って行った。
「間違いなくシロだね」
指原さんが断定する。
「あとはどうやって酒井の背中を押すかだな」
「あとあの営業スマイルをどうやって維持するかね」
渡辺君と江口さんが話を進めていく。
「そんなの酒井君に言えばいいじゃない?『彼女いないよ。酒井君の事好きみたいだよ』……っていてっ」
ぽかっ
「冬夜君話聞いてた、酒井君には内緒だって言ってたでしょ」
「じゃあ、一ノ瀬さんに酒井君は気があるみたいだよって……」
ぽかっ
「それじゃ解決にならないでしょ。人に言われて、じゃあ付き合いましょうかじゃ長続きしないよ。第一酒井君の病気が治らない」
病気扱いされてるぞ。酒井君。
「やっぱりみっちり仕込むしかないわね」
江口さんは石原君を見て言う。
石原君は江口さんを見てびくっとする。
「あ、あれを……酒井君たちにするの?」
「イッシー冴えてるわね。その手があったじゃない」
「なんだその手って……」
渡辺君が石原君に聞いてた。
石原君は声が震えていた。
「実は前半の二日間江口さんの別荘に止まってたんだ……。その時にテーブルマナーから女性のエスコートの仕方までみっちり新條さんに仕込まれて」
なるほど監禁して調教か?
誠なら喜びそうなシチュエーションだな。
「二日目は湯布院の裏通りで実習だったよ。いかにして円滑にデートを進めるかって」
石原君にとっては恐怖体験だったんだろうな。
僕も経験したよ……最初のデートの時は……。
「大変だったね石原君……」
同情するよ。
「分かってくれて良かったよ片桐君」
ぽかっ。
「ちょっとどういう意味かな?冬夜君」
「女性とデートするのが怖いの?片桐君は」
「い、いや初めてってやっぱり緊張するからさ」
「私とイッシーは初めてじゃないわよ?」
いや、初めてじゃなくてもさ、強い女性って憧れるけど強すぎるってのもやっぱり怖いものがあると思うよ。
「冬夜君は私とのデート怖いんだ」
ああ、また愛莉の機嫌損ねてしまった。
「適度な緊張感って必要じゃない?」
「冬夜君緊張なんて全然してない!」
「それは僕達は……婚約者だしさ……」
「うぅ……そう言われるとそうだね……」
「なんだもう、プロポーズしたのか?」
渡辺君が食いついてくる。
「まあ、『自分の力で求婚したいからあと4年待って』って……」
「で、遠坂さんはなんて言ったんだ」
「『ずっと待ってる』って……」
「おまえ、それもう婚約したようなもんじゃないか!」
声でかいよ渡辺君。
愛莉の機嫌は直り、恥ずかしそうに舌を向いてる。
本当は喜んでるんだろ?
「羨ましいな愛莉は」
指原さんがそうぼやいてた。
「遠坂さん、いい式場を格安で提供するわよ」
江口さんの家って何やってるんだろう?
「式場はもう決めてあるんだ」
すっかりニコニコしてる愛莉。
僕たちの話より、酒井君の話じゃないのか?
(4)
「お疲れ様でしたあ」
「お疲れさまー」
そう言うと、一ノ瀬さんは自分の車に乗って帰って行った。
僕の家は大学の側のアパートだ。
とぼとぼと歩こうとすると、突然ヘッドライトが僕を照らす。
そしてクラクションの音が鳴る。
な、何事?
「酒井君!」
この声は聞き覚えがある。
片桐君だ。
「こんな時間にどうしたんだい?」
「ちょっと話があってさ。送って行くよ」
まあ、片桐君なら問題ないか?
僕は片桐君のクルマに乗った。
助手席には遠坂さんが乗っている。
後ろの席に座る。
「話って何だい?」
僕から話を切り出す。
「あのね、酒井君勘違いしてることがあるの」
「?」
「一ノ瀬さんて亜依ちゃんと同じ学科の人らしいんだけど」
ああ、それで二人共顔見知りだったんだね。
「一ノ瀬さん彼氏いないみたいだよ」
え?一ノ瀬さんが直接言ってたよ。
「でも、気になる人はいるみたいなの」
あ、そう言うオチね。
「その人は普段はぼーっとしてるんだけど、バイトの時はすごい素敵な彼。計算高いようで天然なところがある。妙に正義感高い所もあるらしいんだけど、目立ちたくない。目立ったってろくなことが無いって思いこんでる人なんだって」
……、それって遠回しに言ってるけど、ひょっとして。
「一ノ瀬さんの気になってる人は酒井君だよ」
遠坂さんはニコッと笑って言った。
気づくと車は反対方向に走っている。
最初からそのつもりだった?
「私の彼も普段はぼーっとしてるけど、いざとなったらやる人なの。それに意外と優しいし、鈍い所もあるけど、不器用だけど一生懸命な人」
のろけ話を聞かせにきたんですか?
「告白しろとかそういう話なら遠慮します。面倒事嫌いなんです。もし失敗したら僕あそこで働けなくなります。あの店好きだし」
「本当に冬夜君とそっくりだね。そうやって理由つけて逃げるところ。フォワードとキーパーの違いくらいかな」
「僕と試合した時の事覚えてる?」
片桐君が話を始めた。
「最初の1失点僕の大手柄みたいに取り上げられていたけど、後悔してないと言い切れる?」
え?いきなりサッカーの話ですか?
「そもそも論になるけどあの時飛び出して弾いてたらってのはありますね」
「今もそうだよ、飛び出すときなんだよ。後になって後悔しても遅いよ?消せない青春ってあるから」
「……」
「僕は飛び出すのが上手いって言われるけど、単に後で後悔したくないから飛び出してるだけ。愛莉に告白受けたときの話したよね。あの時もそうだった」
僕はそもそも恋愛しないって、選択を思い切ってとってるわけですが……。
「恋愛に興味が無い、女性に興味が無いなら、それでもいいと思った。でも、気になってるんだろ一ノ瀬さんの事。だったら僕は君を崖から突き落とすね。食べないうちから諦めたら駄目だ」
「一ノ瀬さんに彼女がいないのは本当だとしても、僕に興味あるのかは確信あるのかい?」
「それを聞いてどうするの?」
「教えてもいいけど、それを聞いたら酒井君はもう2度と後戻りできないよ?キーパーが飛び出してきてちょうどいい所にボールが舞い込んできて最後のシュートを決める瞬間まできてるんだからね」
そんなプレッシャーを与えてくれますか?
「どうする酒井君?」
僕は悩んだ。
キーパーがシュートできる位置まで来てる時点で後戻りはほとんど許されないと思うんだけど。
上手く嵌められたかな。
多分片桐君の言う飛び出すときがあるとすれば今なんだろうな。
「……確証があるのなら見せて欲しい」
「覚悟はできた?」
「うん」
僕が答えると片桐君は「愛莉」といい、遠坂さんはスマホを弄って僕に見せた。
それは指原さんと一ノ瀬さんのやり取りのログだった。
それをじっと見つめる僕。
最後に「酒井君には内緒だよ」って書いてあるけどいいの?これ。
「これで自信持てた?」
片桐君が聞いてきた?
「ウラをとってたわけだね、最初から」
「うん。でも最後決めるのは酒井君だから」
「……バイト辞める羽目になったら責任とっておくれよ」
「決まったようだね」
僕は頷いた。
「愛莉」
片桐君がそう言うと、遠坂さんはスマホを弄る。
「酒井君、メッセージグル見て?」
遠坂さんに言われスマホを開く。
操作すると画面に「穂乃果が入室しました」とメッセージが。
みんなが「よろしくー」と打ってる。
「最初の一歩だよ」と、片桐君が言う。
言いたい事は分かってる。
「こんばんは、よろしくお願いします」と打った。
「うそっ!酒井さんもいたの!?追加してもいいかな!?」と返事が返ってきた。
ここでダメって言える人がいたらある意味尊敬するね。
「どうぞ、よろしくです」
すると個人チャットに返信が来た。
「穂乃果です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「でも、亜依ちゃんと酒井君が繋がりあるなんて意外だね。流石インカレサークル( ´艸`)」
「もう大丈夫かな?」
片桐君が聞いてきた。
「うん、色々ありがとう。もうそろそろ帰らないと」
「もうさっきから着いてるよ」
止まった事すら気がつかなかった。
僕が夢中になってたのか、片桐君の運転が上手いのか。
「今夜はありがとう、今度コーヒー一杯でも奢るよ」
「喜ぶのはまだ早いよ。まだパスすらしてないからね。」
「どういう意味?」
「今は環境を作っただけ。本格的にパス出すのはこれからだよ」
「?」
「ま、とりあえずお疲れ様」
「また明日ね~」
そう言って僕を下ろすと車は去って行った。
とりあえず、一ノ瀬さんのメッセージに返信しないとな。
「お疲れ様です」
僕はバイト先のお店に入った。
この時間はまだ客も少なく、控室ではオーナーが新聞を広げて読んでる。
「おお、酒井君。お疲れ様」
オーナーが僕に気づいたのか挨拶をしてくれた。
「しかしいいのかい?連休バイトで埋め尽くしちゃって」
「良いんです、気にしないでください」
連休なんてどこに行っても人ばかりで嫌になる。
それにあの人達に誘われても断る口実が出来る。
「まあ、そう言わず一日くらい休みなよ。少しくらい休めた方がいいよ」
「じゃあ、一日だけ」
「おい、真紀子、一日とは言わず木金の2連休とらせてやれよ。酒井君ずっと働き詰めなんだぞ」
そう言って入ってきたのはこの店のコックをやっているオーナーの旦那さん。桑田亮介。
大柄な熊さんみたいな体格だけど手先が意外と器用。
この店で出すパンもすべて亮介さんの手作り。
パンは美味しいと良く言われている。
「そら、酒井君。さっさと着替えてお出で。いつも通りやってあげるから。まったくそんなんだと彼女出来ないぞ」
そう言われ僕は、更衣室に足を運ぶ。
更衣室に入ると僕はすぐに着替えネクタイを締める。
さすがに飲食店でジャージというわけにはいかない。
清潔感が大事だ。
頭がぼさぼさだけどそれはこれからどうにかなる。
更衣室をでると、亮介さんが椅子に座るように言う。
椅子に座ると亮介さんが、僕の髪にワックスを塗ってセットを始める。
「そろそろ短くした方がいいかもしれんな」
「どのくらい切ればいいですかね?」
「酒井君はどんな髪形も似合うから好きにすればいいよ」
「そうよ、酒井君基本パーツは悪くないんだから」
オーナーが話題に入ってきた。
「おだてたって何も出ませんよ」
「お世辞じゃないわよ。ちゃんとした服着てちゃんとした格好したらモテるわよ。酒井君は」
いや、モテたいならそうしてるんですけどね。
別にモテたいと思ってるわけじゃないし。それに彼女が出来たところで僕に何のメリットもないわけで。
お金は使わせられる。時間を割かなくちゃいけない。休みの日だって付き合わなきゃいけない。
そんなのが面倒だから、一人でいた方が楽でいいから、一人なだけで。
一緒にいたら話題も作らないといけない、そんなにボキャブラリーも趣味ももってるわけじゃない。
趣味と言ったらコーヒーくらいで、他に出来る事もサッカーくらいだし、したい事もない。
平穏無事に生きたいわけですよ。
気になる娘がいないわけじゃないけどね。
「亮介さん、オーダー入りました~」
元気よく、控室に入ってきたのは同じバイトの一ノ瀬さん。
前に話した人だ。
ほら、「気になる人いるじゃない」って言われてた人。
凄く可愛くてスタイル良くて、性格も明るい子。
アピールするところは胸がでかい所かな。
言っとくけど僕は巨乳が好きとかそういうわけじゃないからね。
ただのアピールポイント。
いないでしょ?(半ば強制的に入れられた)うちのプチサークルの中に。
まあ、インカレサークルに入っておくのは悪い事じゃないので渋々入ったけど。
活動費とられるわけじゃないし、メッセージが五月蠅いくらいなので全然問題ない。
偶に招集かかるけど。
その為にバイトを入れてある。
「バイトがあるから~」って断ってるのは僕だけじゃないしね。
「お客さん増えてきてるから。酒井君も手伝ってよ」
一ノ瀬さんが言うし、亮介さんのセットも終わったみたいなので、店に出た。
(2)
カウンターに陣取ってる、男一人と女三人組。
男一人は知ってる。
僕の友達の、中島隆司。
同じ学部の同学年の子だ。
城科でサッカーやってた人。
今はサッカー部のサークルに入ってる。
「お客様ご注文はお決まりでしょうか?」
「僕はいつもの」
「私アイスティー」
「レモンスカッシュ」
「コーヒーフロート」
注文を受けると、厨房に伝票を張る。
「相変わらず善幸はバイトの時はイケメンなんだよなぁ」
イケメンってただ格好が良いだけじゃ言わないんだよ。
行動や内面もともまわないといけないんだよ。
僕そう言う要素0でしょ?
格好もここの店の制服がかっこいいだけだよ。
「君に言われても皮肉にしか聞こえないんだけど」
僕は中島にそう言う。
「でもお前サッカーやってた時はモテたんだろ?またサッカーやれよ」
「バイトする時間があるから無理」
サッカーを大学でやるなら素直に私立大に行ってる。
でも、それを言うとサッカーで推薦されてたとこがバレちゃうから黙っていた。
「中島君、こんな格好いい人うちの大学にいたっけ?」
女性の一人が中島にそう言ってた。
「知らないのか?酒井っていって、サッカーやってた時には有名だったんだぜ?」
「へぇ~、サッカー興味ないから。たまに中島君の隣に座ってる人?」
「そうだよ」
「うっそぉ、いつも部屋着で来てるような人がこの人!?」
「そうだよ、人間化けるものだろ?」
「信じられない……」
呆気にとられる女性三人組。
失礼な部屋着じゃないぞ。れっきとした外出着だぞ。
あれでも下と上セットで10000円超えるんだぞ。
何日分の食費になると思ってるんだ。
「ところで中島君は、今日はサッカーの部活はいいのかい?」
「先輩優先のところあるからさ、控えにもなってない俺が練習出たってしょうがないだろ?」
「ああ、なるほどね」
これで安心した。
サッカーで強制的に試合だされるという不安要素は0になったわけだ。
「サッカーと言えば、お前防府高出身のファンタジスタと仲いいらしいな?」
「ああ、最近内輪の仲間に強制的にさせられたよ」
「うそ!?あの人なんかカッコいいよね!今度紹介してよ!」
「その人なら、偶に店に来ますよ。彼女連れで」
そう言ってきたのは一ノ瀬さんだ。
「バイト中の私語はNGだよ。酒井君」
「ごめんごめん」
「誰?可愛いなこの人。」
だろうね知らないだろうね中島君は。
僕の中ではトップクラスの女性なんだけどね。
「一ノ瀬穂乃果と言います。看護学科に通ってます」
「へえ、僕中島隆司。酒井とは大学で知り合った友達です。君彼氏いるの?」
「いませんよ」
へ?
この前いるって言ってなかったっけ?
ああ、この手の軽い男が嫌いなのね?
いるって言っておけばそれ以上追及されることは無いもんね。
「そっか、それは残念」
「そんなに可愛らしい女性が三人も一緒にいる人に言われても嬉しくないです」
こういうことをズバズバ言う人なんだな。
そういうところ嫌いじゃないよ。
四人はそうして雑談を終えたところで、飲み物も飲み尽くし会計を済ませる。
「ありがとうな。ここのコーヒー美味いぜ」
「亮介さんにいっとくよ。毎度有難うございました」
願わくば女性を口説く場所につかわないで欲しいけどね。
すると出入り口でなにやら騒いでる。
「え!?うそ!?まじ!!」
「この人でしょテレビに出てたトランジスタ」
その歳でトランジスタ知ってることが脅威だよ。
誰が来たのか察しが着いた。
彼はたまに彼女と来てくれるから。
そして静かに会話して帰っていってくれる良顧客。
しかしこの日は違うらしい。
……口をあんぐりあけて、「いらっしゃいませ」の一言が出なかった。
代わりに一ノ瀬さんが言ってくれた。
「こちらの席にどうぞ」
一ノ瀬さんが大勢用の席に案内をする。
「嘘!?穂乃果じゃん!ここでバイトしてたの!?」
指原さんが一ノ瀬さんを指差して驚いている。
「亜依ちゃん。え!?どうしてここに?」
「酒井君が働いているって聞いたから、その働きぶりを見にね」
「え、えーと何名様かな?」
「6名かな」
来てるのは、片桐君、遠坂さん、江口さん、石原君、渡辺君に指原さん。
「じゃあ、奥の席で良いかな?」
「いいよ」
そう言って良質の顧客は招かざる客を連れ奥の席へと群がるのだった。
(3)
学生食堂。
「う~ん……」
お昼を食べながら酒井君の事でみんなで相談していると、愛莉が悩みだす。
「どうしたの愛莉?」
僕は愛莉の作ったお弁当を食べながら聞いていた。
「冬夜君は同じ男性としてどう思う?酒井君の事」
「普通だと思うけど?」
「そうなのよね、普通なのよね。普通にしてたら」
「?」
「むしろモテそうな感じなんだよね、酒井君」
「その話もっと詳しく聞かせてくれないか?遠坂さん」
渡辺君が話に乗ってきた。
「私も知りたいわ、どうしたらあの。根性がねじり折れたやつがモテそうに思えるのか」
江口さんも興味津々だ。
石原君は普通のお弁当を食べてる。
江口さんの手を見る。
指先が荒れていて絆創膏だらけだ。頑張って作ってもらっているんだろうな。
羨ましいよ、石原君。
「バイトしてる時はすごいイケメンなんだよ。本当に同一人物?二重人格なんじゃない?って思えるほどに」
「本当に?」
江口さんが愛莉の顔を訝し気に見る。
「多分オンオフがはっきりしてる人なんだと思う」
僕が愛莉のフォローをする。
「そのギャップが激しいのよね」
そう言って愛莉がまた悩みだす。
「どうして普段からあれが出来ないんだろう?」ってそんな悩みか。
すると渡辺君がある提案をする。
「とりあえず、その”オン”状態の酒井君を見に行ってみないか?話はそこからな気がするんだが……」
「いいけどあまり騒ぐような喫茶店じゃないよ?」
静かにしてようね?と一言釘をさす。
せっかくの愛莉とくつろげる場所を出禁にされたら敵わない。
「分かってるって」
そう言いながらメッセージを送る。
江口さんが合流するらしい。
「私達4限で終わりだから。17時ごろ集合でいいかな?」
愛莉が尋ねる。
「私は大丈夫よ。イッシーと時間潰してるから」
「遠坂さん店の名前は?」
「確か青い鳥」
「分かった、じゃあ17時に青い鳥集合な」
渡辺君がそう言った。
17時青い鳥駐車場。
4台の車が並んで止まっていた。
店に入ろうとすると出てきた女性3人に囲まれる僕。
そんな3人の前にたちはだかる小さな壁。
「冬夜君に話すときは私を通してからにしてね!」
そんな気迫のこもった愛莉に対して何も言えず立ち去っていく彼女たち。
そんな時店の中から声が聞こえた。
「嘘!?穂乃果じゃん!ここでバイトしてたの!?」
指原さんが知っている人がバイトしてるらしい。
僕と愛莉は店に入って酒井君に礼をする。
「いらっしゃいませ……」
なんかこれから公開処刑が待っているような沈んだ声が聞こえてきた。
「酒井!お客さんに挨拶するときは元気よく!」
「はい!」
大柄の男の人が酒井君の背中を叩く。
愛莉は指原さんに耳打ちする。
「その人だよ、酒井君と仲良さそうにしてた人……」
すると指原さんは「え?」と愛莉に振り返る。
取りあえず僕たちは席に案内され各々好きな注文を取る
「俺はアメリカン」
「私はレモンティー」
「レモンスカッシュ」
「アイスティーを」
「カフェオレで」
「コーヒーとサンドイッチとピザトーストとピラフ……」
ぽかっ
「コーヒーだけでいいよね?」
「い、いや。ここの食べ物美味いし……」
「今日は何しに来たのかな~?」
愛莉が笑っているうちに下がれ。
今日もしっかり愛莉のトリセツが効いてる。
「コーヒー、ブラックで」
「かしこまりました」
そう言って穂乃果さんは厨房に向かう。
「愛莉、本当に間違いないの?穂乃果で……」
「見てたら分かるよ」
指原さんは穂乃果さんを見る。
愛莉の言った通り確かに仲良さげだ。
「うーん……そう来たか」
何か困った事態でも発生したのか?
「指原さん、あの人誰だか知ってるのか?」
「知ってるも何も、あの人看護学科の人気ランキング上位の人だよ。一ノ瀬穂乃果」
いつも思うんだけどそういう情報ってどこから手に入るんだろう?
「それが何か問題あるのか?」
これから狙うのはうちのキャンパスのクイーンだぞ?
そう言いたげな渡辺君。
「穂乃果さ、家貧しくてさ。一人暮らししてるんだけどボロボロのアパートに住んでるんだよね。それであまり男性と付き合ったり、ましてや家に呼び出したりしないんだけど」
「うん、攻略が難しいってことだな。でも彼氏いるんだろ?」
渡辺君が質問する。
「違うのよ。彼氏はさっき言った通り作らないって主義だったの。そんな時にさ言ってたのよね『バイト先で素敵な人見つけた』って……」
「それって両想いかもしれないって事か?」
「うん、可能性は100に近いね」
「じゃあ、大分ハードルが下がったな。普段の恰好も知ってるんだろ?」
「普段はぼーっとしてるけど、バイト中はびしっとしてる素敵な人って言ってたから」
それって酒井君そのものじゃないか?
「お冷もっていました」
一ノ瀬さんがお水を持ってくる。
その時指原さんが、一ノ瀬さんを手招きする。
「なに?」
「前に言ってた彼って酒井君の事」
指原さんがひそひそと話す。
彼女の手が滑った。
お水の入ったグラスが床に落ちようとするのを僕が拾った。
「お客様大変申し訳ありません」
「いや、いいよ気にしないで……それより酒井君なの?」
「……彼には内緒でお願いします」
そう言って立ち去って行った。
「間違いなくシロだね」
指原さんが断定する。
「あとはどうやって酒井の背中を押すかだな」
「あとあの営業スマイルをどうやって維持するかね」
渡辺君と江口さんが話を進めていく。
「そんなの酒井君に言えばいいじゃない?『彼女いないよ。酒井君の事好きみたいだよ』……っていてっ」
ぽかっ
「冬夜君話聞いてた、酒井君には内緒だって言ってたでしょ」
「じゃあ、一ノ瀬さんに酒井君は気があるみたいだよって……」
ぽかっ
「それじゃ解決にならないでしょ。人に言われて、じゃあ付き合いましょうかじゃ長続きしないよ。第一酒井君の病気が治らない」
病気扱いされてるぞ。酒井君。
「やっぱりみっちり仕込むしかないわね」
江口さんは石原君を見て言う。
石原君は江口さんを見てびくっとする。
「あ、あれを……酒井君たちにするの?」
「イッシー冴えてるわね。その手があったじゃない」
「なんだその手って……」
渡辺君が石原君に聞いてた。
石原君は声が震えていた。
「実は前半の二日間江口さんの別荘に止まってたんだ……。その時にテーブルマナーから女性のエスコートの仕方までみっちり新條さんに仕込まれて」
なるほど監禁して調教か?
誠なら喜びそうなシチュエーションだな。
「二日目は湯布院の裏通りで実習だったよ。いかにして円滑にデートを進めるかって」
石原君にとっては恐怖体験だったんだろうな。
僕も経験したよ……最初のデートの時は……。
「大変だったね石原君……」
同情するよ。
「分かってくれて良かったよ片桐君」
ぽかっ。
「ちょっとどういう意味かな?冬夜君」
「女性とデートするのが怖いの?片桐君は」
「い、いや初めてってやっぱり緊張するからさ」
「私とイッシーは初めてじゃないわよ?」
いや、初めてじゃなくてもさ、強い女性って憧れるけど強すぎるってのもやっぱり怖いものがあると思うよ。
「冬夜君は私とのデート怖いんだ」
ああ、また愛莉の機嫌損ねてしまった。
「適度な緊張感って必要じゃない?」
「冬夜君緊張なんて全然してない!」
「それは僕達は……婚約者だしさ……」
「うぅ……そう言われるとそうだね……」
「なんだもう、プロポーズしたのか?」
渡辺君が食いついてくる。
「まあ、『自分の力で求婚したいからあと4年待って』って……」
「で、遠坂さんはなんて言ったんだ」
「『ずっと待ってる』って……」
「おまえ、それもう婚約したようなもんじゃないか!」
声でかいよ渡辺君。
愛莉の機嫌は直り、恥ずかしそうに舌を向いてる。
本当は喜んでるんだろ?
「羨ましいな愛莉は」
指原さんがそうぼやいてた。
「遠坂さん、いい式場を格安で提供するわよ」
江口さんの家って何やってるんだろう?
「式場はもう決めてあるんだ」
すっかりニコニコしてる愛莉。
僕たちの話より、酒井君の話じゃないのか?
(4)
「お疲れ様でしたあ」
「お疲れさまー」
そう言うと、一ノ瀬さんは自分の車に乗って帰って行った。
僕の家は大学の側のアパートだ。
とぼとぼと歩こうとすると、突然ヘッドライトが僕を照らす。
そしてクラクションの音が鳴る。
な、何事?
「酒井君!」
この声は聞き覚えがある。
片桐君だ。
「こんな時間にどうしたんだい?」
「ちょっと話があってさ。送って行くよ」
まあ、片桐君なら問題ないか?
僕は片桐君のクルマに乗った。
助手席には遠坂さんが乗っている。
後ろの席に座る。
「話って何だい?」
僕から話を切り出す。
「あのね、酒井君勘違いしてることがあるの」
「?」
「一ノ瀬さんて亜依ちゃんと同じ学科の人らしいんだけど」
ああ、それで二人共顔見知りだったんだね。
「一ノ瀬さん彼氏いないみたいだよ」
え?一ノ瀬さんが直接言ってたよ。
「でも、気になる人はいるみたいなの」
あ、そう言うオチね。
「その人は普段はぼーっとしてるんだけど、バイトの時はすごい素敵な彼。計算高いようで天然なところがある。妙に正義感高い所もあるらしいんだけど、目立ちたくない。目立ったってろくなことが無いって思いこんでる人なんだって」
……、それって遠回しに言ってるけど、ひょっとして。
「一ノ瀬さんの気になってる人は酒井君だよ」
遠坂さんはニコッと笑って言った。
気づくと車は反対方向に走っている。
最初からそのつもりだった?
「私の彼も普段はぼーっとしてるけど、いざとなったらやる人なの。それに意外と優しいし、鈍い所もあるけど、不器用だけど一生懸命な人」
のろけ話を聞かせにきたんですか?
「告白しろとかそういう話なら遠慮します。面倒事嫌いなんです。もし失敗したら僕あそこで働けなくなります。あの店好きだし」
「本当に冬夜君とそっくりだね。そうやって理由つけて逃げるところ。フォワードとキーパーの違いくらいかな」
「僕と試合した時の事覚えてる?」
片桐君が話を始めた。
「最初の1失点僕の大手柄みたいに取り上げられていたけど、後悔してないと言い切れる?」
え?いきなりサッカーの話ですか?
「そもそも論になるけどあの時飛び出して弾いてたらってのはありますね」
「今もそうだよ、飛び出すときなんだよ。後になって後悔しても遅いよ?消せない青春ってあるから」
「……」
「僕は飛び出すのが上手いって言われるけど、単に後で後悔したくないから飛び出してるだけ。愛莉に告白受けたときの話したよね。あの時もそうだった」
僕はそもそも恋愛しないって、選択を思い切ってとってるわけですが……。
「恋愛に興味が無い、女性に興味が無いなら、それでもいいと思った。でも、気になってるんだろ一ノ瀬さんの事。だったら僕は君を崖から突き落とすね。食べないうちから諦めたら駄目だ」
「一ノ瀬さんに彼女がいないのは本当だとしても、僕に興味あるのかは確信あるのかい?」
「それを聞いてどうするの?」
「教えてもいいけど、それを聞いたら酒井君はもう2度と後戻りできないよ?キーパーが飛び出してきてちょうどいい所にボールが舞い込んできて最後のシュートを決める瞬間まできてるんだからね」
そんなプレッシャーを与えてくれますか?
「どうする酒井君?」
僕は悩んだ。
キーパーがシュートできる位置まで来てる時点で後戻りはほとんど許されないと思うんだけど。
上手く嵌められたかな。
多分片桐君の言う飛び出すときがあるとすれば今なんだろうな。
「……確証があるのなら見せて欲しい」
「覚悟はできた?」
「うん」
僕が答えると片桐君は「愛莉」といい、遠坂さんはスマホを弄って僕に見せた。
それは指原さんと一ノ瀬さんのやり取りのログだった。
それをじっと見つめる僕。
最後に「酒井君には内緒だよ」って書いてあるけどいいの?これ。
「これで自信持てた?」
片桐君が聞いてきた?
「ウラをとってたわけだね、最初から」
「うん。でも最後決めるのは酒井君だから」
「……バイト辞める羽目になったら責任とっておくれよ」
「決まったようだね」
僕は頷いた。
「愛莉」
片桐君がそう言うと、遠坂さんはスマホを弄る。
「酒井君、メッセージグル見て?」
遠坂さんに言われスマホを開く。
操作すると画面に「穂乃果が入室しました」とメッセージが。
みんなが「よろしくー」と打ってる。
「最初の一歩だよ」と、片桐君が言う。
言いたい事は分かってる。
「こんばんは、よろしくお願いします」と打った。
「うそっ!酒井さんもいたの!?追加してもいいかな!?」と返事が返ってきた。
ここでダメって言える人がいたらある意味尊敬するね。
「どうぞ、よろしくです」
すると個人チャットに返信が来た。
「穂乃果です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「でも、亜依ちゃんと酒井君が繋がりあるなんて意外だね。流石インカレサークル( ´艸`)」
「もう大丈夫かな?」
片桐君が聞いてきた。
「うん、色々ありがとう。もうそろそろ帰らないと」
「もうさっきから着いてるよ」
止まった事すら気がつかなかった。
僕が夢中になってたのか、片桐君の運転が上手いのか。
「今夜はありがとう、今度コーヒー一杯でも奢るよ」
「喜ぶのはまだ早いよ。まだパスすらしてないからね。」
「どういう意味?」
「今は環境を作っただけ。本格的にパス出すのはこれからだよ」
「?」
「ま、とりあえずお疲れ様」
「また明日ね~」
そう言って僕を下ろすと車は去って行った。
とりあえず、一ノ瀬さんのメッセージに返信しないとな。
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