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1.催眠声帯を持った鶏男
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彼について、私はいくばくの好感を持っているが、別にそれが特段大きいものというわけではない。嫌いではないし、どちらかといえば好きと言う程度の感触である。
ギョロッとした目つきに、細かい動き。
なんだか、あまりじっとしてられないような、なにとないそそっかしさ。しかしそこに牧歌的な落ち着きがある。
なんだろうこの人は、ニワトリっぽいな。私はこう感じる。
しかし、甲高い鳴き声で皆を眠りから離脱させる雄鶏とは真逆に、このニワトリはのほほんとした声で、皆人の眠りを誘う。その発する声全てに催眠効果があると言っても過言ではない。
本来、言葉による催眠効果というのは
その発する本人の話がべらぼうにつまらないことが主な原因のはずである。
しかし、彼の場合、話はわかりやすくて
なかなか興味深いはずなのに、何故か
眠気がいつも襲ってくる。
そう、彼はその言葉というよりかは、
声、音の方に催眠の効果が秘められている。 これこそ、まさに「催眠声帯」である。
彼の声はやや高い。ほとんど、裏返るか裏返らないかの狭間を行き来するような微妙に高い声である。
まさにその絶妙な不安定さが、懐中時計が周期的にゆらぐように、我々に落ち着きを与え、催眠するのだ。
そして、その声を持ってして、
緩急をつけ、大事な単語を少々四角い発音でカタコトと話す、どこかあざとい女性風の喋り方によって我々は決定的なダメージを受けざるを得なくなる。
あの声でその喋り方とはもはや反則の域である。
すなわち、我々は睡眠の途につく。
それも、自然に、すやすやと。
元来、ユニークな性格で、面白い話もしてくれるはずの彼だが、残念ながら彼の生来的な性質によってそれは秘匿されてしまっている。
いっそのこと彼は、皆の前で話す仕事よりも、一対一で相手と話す臨床心理士のような仕事の方が向いてるのではないか、などと考える。だがしかし、
彼の分かりやすく、面白い話には
いくら声質が悪魔的であっても換え難いがためにもう病みつきになってしまっている自分がここにいるのも事実である。
やむを得ない性質がその人の得意を邪魔するということは残念なことであるが、
それがむしろ病的な執着を生む。
ギョロッとした目つきに、細かい動き。
なんだか、あまりじっとしてられないような、なにとないそそっかしさ。しかしそこに牧歌的な落ち着きがある。
なんだろうこの人は、ニワトリっぽいな。私はこう感じる。
しかし、甲高い鳴き声で皆を眠りから離脱させる雄鶏とは真逆に、このニワトリはのほほんとした声で、皆人の眠りを誘う。その発する声全てに催眠効果があると言っても過言ではない。
本来、言葉による催眠効果というのは
その発する本人の話がべらぼうにつまらないことが主な原因のはずである。
しかし、彼の場合、話はわかりやすくて
なかなか興味深いはずなのに、何故か
眠気がいつも襲ってくる。
そう、彼はその言葉というよりかは、
声、音の方に催眠の効果が秘められている。 これこそ、まさに「催眠声帯」である。
彼の声はやや高い。ほとんど、裏返るか裏返らないかの狭間を行き来するような微妙に高い声である。
まさにその絶妙な不安定さが、懐中時計が周期的にゆらぐように、我々に落ち着きを与え、催眠するのだ。
そして、その声を持ってして、
緩急をつけ、大事な単語を少々四角い発音でカタコトと話す、どこかあざとい女性風の喋り方によって我々は決定的なダメージを受けざるを得なくなる。
あの声でその喋り方とはもはや反則の域である。
すなわち、我々は睡眠の途につく。
それも、自然に、すやすやと。
元来、ユニークな性格で、面白い話もしてくれるはずの彼だが、残念ながら彼の生来的な性質によってそれは秘匿されてしまっている。
いっそのこと彼は、皆の前で話す仕事よりも、一対一で相手と話す臨床心理士のような仕事の方が向いてるのではないか、などと考える。だがしかし、
彼の分かりやすく、面白い話には
いくら声質が悪魔的であっても換え難いがためにもう病みつきになってしまっている自分がここにいるのも事実である。
やむを得ない性質がその人の得意を邪魔するということは残念なことであるが、
それがむしろ病的な執着を生む。
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