約束のオーリオウル ~ 拷問中に目覚めた俺は人型兵器を駆る

山形くじら2号

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第一章 復讐編

01 - 君にあげる

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 ――西暦二〇四三年。
 極東における局地的な戦争は、大国を巻き込み、第三次世界大戦にまで発展した。

 その発端となったのは、一般的には、朝鮮半島に存在した独裁国家での軍事クーデターだったと言われている。
 だがその以前、大国――アメリカと中国における相互確証破壊MADが成立したことが、そもそもの発端であったことは明白だ。

 かくして極東を巡る大国同士の大戦は火花を切った。それでも核の炎が世界を焼かなかった理由は――単純だ。大陸間弾道ミサイルが、両国の対ミサイル防衛網によってすべて撃ち落とされたからである。
 かくして大陸をまたぐほどの兵器は無力となり、二十世紀以前のような戦争に逆戻りすることとなった。

 だからこそなのかもしれない。『ソレ』が産声をあげたのは。
 人型兵器。空戦の覇者。

 世界は未だ混迷の中にある。
 人は戦うことを選択した。戦わねば守れないことを知ったからだ。
 『ソレ』は戦うために生み出された。
 人を殺すために生まれた。
 平和は、力がなければ脆く崩れ去ることを知ったからだ。

 ――人が争うのはなぜか。戦争が終わらないのはなぜか。
 大戦から百年が経った今も、その答えを、人類は出せずにいる。


 ◆ ◇ ◆


 深い水の底で、目を覚ます。

 これが夢だということは、誰に説明されるまでもなく理解ができた。
 水の底に立っているというのに、息苦しくもない。差し込む光が水底に複雑な模様を作り、きらきらとその姿を変えていく。
 しかし、水の底はただ暗かった。砂でもなく、石でもなく、ただの黒だった。

 その幻想的な光景に、声を失う。夢に出てくる光景としては、あまりにも、現実離れしすぎているように思えた。

「――やあ」

 不意に声が響いて、思わず視線を正面に向けた。
 正確に言えば、正面と、少し下。

「ようやく、会えたね」

 それは少年だった。
 色素の薄い髪。日本人離れした風貌。水底の景色も相まって、幻想的な、まるでファンタジーの中から飛び出してきたかのような、美少年。
 だがそんな風貌よりも気になったのは……目だった。

 海のような藍色の瞳は、しかし、今まで見てきたどんな目よりも暗く見えた。例えるならば、深海の闇のように。
 見つめられるだけで身震いするような、深く暗い闇が藍色の奥底に見え隠れしている。

「……君は、だれだ?」

「わからない」

 少年は、当たり前のようにそう言った。

「僕が誰だったのか……もう、僕にはわからない……」

 その声音は泣き出す寸前の子供のようでも、触れれば爆発する風船のようでもあり、どことなく焦燥感を覚えさせる声だった。

「君は、君が誰なのか、覚えてる?」

「俺は……新谷啓人だよ」

 新谷啓人。一般的な日本人で――だったはずだが、それ以上がまるで霧にかかったように思い出せない……。
 
「そっか……」

「なあ、これは夢なんだろ? なんで俺はこんな夢を見てるんだ……いや、君に聞いたってどうしようもないだろうけど……」

 疲れてるんだろうか。明晰夢ってやつなのか、意識はクリアで、まるで現実みたいな……変な夢を見たって友人に自慢できそうな。
 いや、友人なんてろくにいないけど……。

「夢といえば、夢かな。ううん、そうじゃないのかもしれない……」

 少年は、よく分からないことを言う。
 少年らしくない少年だと、首を傾げる以外になくて。

「やっぱり覚えてないんだね。君が死んだこと」

「……え? 死んだ……?」

「そう」

 死んだ? 嘘だろ? 痛みも苦しみもないのに? どころか何も覚えていない、思い出せない。

「人って、死ぬときは案外、ドラマチックでも何でもなくて……まるでそれが当たり前みたいに死ぬんだ」

 少年は悟ったようなことを言うけれど、確かに現実感なんてまるでなかった。どうやって死んだのかも、まるで思い出せない。
 だが本当に死んだとすれば……。

「君も……?」

「ううん、僕は死んでない……いや、死ねてないんだ……まだ……」

 顔を伏せ、ひねり出すように言った言葉に、思わず、わずかな怒りがわいた。
 死ねてないとは何だ。死にたくないのに死んだ相手に向かって。そんなに死にたいなら俺と代わって――。

「うん」

 不意に、手が引かれた。
 いつの間にそこにいたのか。
 いつの間にか目の前にいた少年に。

「僕はいらないんだ」

 手が引かれる。
 引きずり込まれる。
 深く、暗く、どこまでも続く闇の底へ。

「だから、君にあげる。僕の身体も、命も、記憶も、すべて」

 今までは感じなかった水が急に口に入り込む。
 溺れる。溺れる。溺れる――。
 息もできず、身動きも取れず……溺れながら混ざる。
 自分のすべてが溶けて、かき混ぜられてゆく。

「君に、あげる」

 少年の姿は、もうない。
 ただ深く暗い、深淵が見えた。
 ――その深淵も、俺を見ていた。
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