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第一章 復讐編
12 - 陥穽
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ベリオスを殺さなければならない。
でなければ、自分は『メティスシステム』に、魂までもが喰われてしまう。
――かといって、突撃して殺して逃げだすなんてのは無理だ。
必要なものが、少なくとも二つある。ベリオスを殺す手段、そしてこの基地から逃げ出す手段だ。
啓人はこれまで何度となく計画を立て、プランを想定してきたが、一人では実行不可能だということは明らかだ。
まず、この基地から逃げる方法だ。
『アズール』を奪うとしても、『アズール』には自爆装置が仕組まれている。かといってそれ以外、ヘリや船で逃げることはまず無理だ。
ベリオスを殺すこと自体は、実のところこれに比べればマシな話だ。『アズール』さえ自由に使えるなら、確実にベリオスを殺せる自信が啓人にはあった。
『アズール』に搭載された自爆システムを解除する。――普通なら、自爆装置をなんの知識もなしに初見で解除するなど不可能だ。普通なら。
だが、啓人には心当たりがある。
『蒼のオーリオウル』だ。
ゲーム内に存在するミッションで、『アズール』の自爆システムを取り外すものがあった。結局その後、精神支配を受けていたノインは死ぬが――。
ともかく、自爆装置の外し方は覚えている。ただ気づかれずに格納庫に忍び込み、気づかれずに自爆システムを解除するのは不可能。もちろん、『アズール』の搭乗訓練中に自爆装置を取り外す隙など微塵もなかった。
「……つまり、ここを脱出するんですね?」
ごくりと唾を飲み込み、フィルが小さな声でそう言った。
震える自分を抑えるように、片手で肩を押さえている。
啓人とフィル、ドライの三人がいるのは、部屋から離れた場所にある上部デッキだった。
部屋で話さなかったのは言うまでもない、盗聴器が仕掛けられている可能性が高いからだ。
啓人はベリオスはバカだと思っていない。通路にも自分の部屋にも、盗聴器ぐらいは仕掛けてあるだろう。だが外なら、波の音が小声程度なら隠してくれる。
「ああ、そうだ。あの機体……『アズール』があれば、ベリオスを殺すこともできる」
二人は緊張した面持ちで啓人を見ていた。
だがしっかりと頷いた二人に、啓人は自分による『洗脳』がうまくいっていることを確信した。
「それで、どうするんですか?」
「まず、管制室からアズールの起動キーを盗み出して爆破する。その後格納に行って、アズールの遠隔制御装置を取り外し、脱出する。ただ、制御装置を取り外すのに時間がいる。その間、二人には見張りを頼みたい」
「爆破は、どうやって?」
「任務先からプラスチック爆弾を拝借した。コイツを使う」
任務で各地に派遣される啓人が、爆弾をくすねるなどチャンスはいくらでもあった。
啓人の身体チェックなどほとんどやらないし、おざなりだ。ベリオスは油断できない男だが、末端の兵士まではそうでない。
「安心しろ。起動に成功したら、お前たちを連れてすぐ逃げる。うまくいくさ」
――嘘だ。
啓人は最初から、二人を置いていくつもりだった。
アサルトモービルは一人乗りだ。乗せられないことはないが、パイロットでない人間を乗せたまま戦闘機動を行うのは無理だ。パイロットスーツも耐G装置もなしにアサルトモービル乗れば、最悪の場合、死ぬ。
当然、その足でベリオスを殺すつもりの啓人が、足手まといになる二人を乗せることはない。
ただの捨て駒だ。仕方がない。
――仕方がない? それではまるで――
「……兄様」
フィルの声に、はっと顔を上げた。
二人は、心配そうに俺を見ていた。
「安心してください。必ず……必ず成功しますから」
「うん。俺も、兄ちゃんのためなら命を懸けるよ」
ああ、と啓人はうなずいて、二人の頭を撫でた。
――心の中に刺さった『何か』を無視して。
◆ ◇ ◆
深夜の基地内部は、まるですべてが寝静まるように静かだ。
聞こえるのは波の音だけで、それ以外は何も聞こえない。地下のドッグでは今も作業が続いているが、その音まで地上に届かないのは当然のことだった。
だから、地上階の警備は退屈そのものだった。
こんな海上の要塞で、異変など起こるものではない。この数年一度も起こっていない。だから眠たさに目をしばたかせるのも、仕方がないといえた。
しかし今日に限っては――その『一度』が起こった。
眠たさに目をしばたかせ、「ふわぁ」とあくび交じりに上を向いた瞬間――その顎に打ち放たれた掌底が、一撃で警備兵の意識を刈り取った。
その刈り取った側の人間――啓人は、確かに警備兵が気絶しているのを確認し、手に持っていたアサルトライフルだけでなく、ダガーや拳銃、弾薬といったひととおりをはぎ取っていく。
さらには防弾チョッキまでもはぎ取ると、後ろからついてきた二人に差し出した。
拳銃はドライ、防弾チョッキとナイフ、手榴弾はフィルに手渡す。
――二人の技術訓練の成績はよく知っている。実は銃はドライ、格闘戦はフィルが得意としている。性別を考えると普通は逆だが、二人にそれは当てはまらないようだった。
弾薬と通信機、さらに閃光手榴弾をワークパンツにしまいこみ、アサルトライフルを手に啓人は二人へ視線を送った。
「……行くぞ」
ささやき声以下ともいえる小さな呟きに、二人は頷いた。
足音さえも立てない三人に、気づいたものは、今のところ誰もいない。
基地の地下はそれほど複雑な構造をしていない。
『アズール』の格納庫までの道のりを何度となく歩いている啓人はそれを知っているし、監視カメラの位置、そして死角までも完全に把握済みだ。
監視カメラは旧式だ。ゲーム知識によると三百六十度を監視範囲とする監視カメラはとっくに実用済みのはずだが、なぜか導入されていない。
これは『アズール』の開発に資金をつぎ込んだことによる、組織の資金不足が主な原因なのだが、三人にとっては知る由もないことだ。
監視システムは脆弱さは、啓人にとって幸運だった。これほど脆弱でなければ、今日決行するなどまず決断しなかっただろう。
ゲームの中で潜入ミッションをプレイしていた経験があっても、それは所詮ゲームであり「クリアできる前提」で構築されている。
だが現実はそうではない。相手は『絶対に侵入させないように』警戒網を構築しているのだ。要は潜入などというのは本来、ゲームで言うところの無理ゲーでしかない。
その無理を通すための訓練。潜入において最も重要なのは事前の情報収集だ。それを理解している啓人にとって、潜入路の情報収集に抜かりはない。
――この潜入技術も、ベリオスの『訓練』によって高めたものだ。
前に思った疑問が、ふと脳裏をよぎる。
ベリオスは自分をどうしたいのだ?
憎まれているはずの相手を、どうして強くする?
それは自分の首を絞める行為のはずだ。実際にこうして今、ベリオスは啓人によって足元をすくわれようとしている。
奴の目的は、狙いはなんだ?
それは背筋を寒くするような問いだった。
今この瞬間も、ヤツの掌で弄ばれているような……。
「……お兄様」
ふと背後からフィルのささやきが聞こえて、はっとする。
考えに没頭するあまり、足を止めていたらしい。
(間抜けか、俺は)
背後についてくる二人の技術も一流だ。
今のところ発見されてはいない。
――だが気づかれるのは時間の問題だ。監視員から奪い取った無線機には、まだ定時連絡の指示はないとはいえ、時間がないのは事実だ。
啓人たちは、音を立てず、しかし迅速に、管制室へとたどりついた。
ここからが本番だ。
ベリオスに呼ばれて管制室に入ったこともある。中の構造は分かっている。
中にはアサルトライフルで武装した兵士が、いつもは三人いる。閃光手榴弾(フラッシュバン)で無力化し、警報を鳴らされる前に全員殺す。
(できるか……? いや……)
やらなければならない。
閃光手榴弾を、見張りから手に入れられたのは幸運だった。爆弾が保存されていた物資保管庫からは拝借できなかったからだ。
ふっと息を吐いて、閃光手榴弾のピンを抜いた。
ほんの少し空いた扉の隙間から投げ込む。だが――爆発音がない。
(不発!?)
胸中で悲鳴を上げながら、それでももう飛び込むしかない。
扉をあけ放ち、一気に管制室に突入する。武装した兵士に狙いを定めようと視点を上げるが――
そこにいたのは、シールドの向こうで薄ら笑いを浮かべたベリオスと。
完全武装でこちらに向けられた、十を超える銃口だった。
「な――」
立ち尽くす。
シールドの向こうから突きつけられる、アサルトライフルの銃口。
目の前に突きつけられた現実に――ただ、立ち尽くすしかなく。
そして。
パァン! という銃声が、背後から聞こえた。
「は……?」
足に走る、強烈な痛み。熱。
足を、撃たれた。
分かっている。それは分かっている!
問題は――それが、後ろからのもので。
唖然と振り向いた先。
拳銃の銃口を突きつけていたドライと、目が合った。
頬を伝う涙をぬぐおうともしない、悲しい瞳が、俺を見ていた。
でなければ、自分は『メティスシステム』に、魂までもが喰われてしまう。
――かといって、突撃して殺して逃げだすなんてのは無理だ。
必要なものが、少なくとも二つある。ベリオスを殺す手段、そしてこの基地から逃げ出す手段だ。
啓人はこれまで何度となく計画を立て、プランを想定してきたが、一人では実行不可能だということは明らかだ。
まず、この基地から逃げる方法だ。
『アズール』を奪うとしても、『アズール』には自爆装置が仕組まれている。かといってそれ以外、ヘリや船で逃げることはまず無理だ。
ベリオスを殺すこと自体は、実のところこれに比べればマシな話だ。『アズール』さえ自由に使えるなら、確実にベリオスを殺せる自信が啓人にはあった。
『アズール』に搭載された自爆システムを解除する。――普通なら、自爆装置をなんの知識もなしに初見で解除するなど不可能だ。普通なら。
だが、啓人には心当たりがある。
『蒼のオーリオウル』だ。
ゲーム内に存在するミッションで、『アズール』の自爆システムを取り外すものがあった。結局その後、精神支配を受けていたノインは死ぬが――。
ともかく、自爆装置の外し方は覚えている。ただ気づかれずに格納庫に忍び込み、気づかれずに自爆システムを解除するのは不可能。もちろん、『アズール』の搭乗訓練中に自爆装置を取り外す隙など微塵もなかった。
「……つまり、ここを脱出するんですね?」
ごくりと唾を飲み込み、フィルが小さな声でそう言った。
震える自分を抑えるように、片手で肩を押さえている。
啓人とフィル、ドライの三人がいるのは、部屋から離れた場所にある上部デッキだった。
部屋で話さなかったのは言うまでもない、盗聴器が仕掛けられている可能性が高いからだ。
啓人はベリオスはバカだと思っていない。通路にも自分の部屋にも、盗聴器ぐらいは仕掛けてあるだろう。だが外なら、波の音が小声程度なら隠してくれる。
「ああ、そうだ。あの機体……『アズール』があれば、ベリオスを殺すこともできる」
二人は緊張した面持ちで啓人を見ていた。
だがしっかりと頷いた二人に、啓人は自分による『洗脳』がうまくいっていることを確信した。
「それで、どうするんですか?」
「まず、管制室からアズールの起動キーを盗み出して爆破する。その後格納に行って、アズールの遠隔制御装置を取り外し、脱出する。ただ、制御装置を取り外すのに時間がいる。その間、二人には見張りを頼みたい」
「爆破は、どうやって?」
「任務先からプラスチック爆弾を拝借した。コイツを使う」
任務で各地に派遣される啓人が、爆弾をくすねるなどチャンスはいくらでもあった。
啓人の身体チェックなどほとんどやらないし、おざなりだ。ベリオスは油断できない男だが、末端の兵士まではそうでない。
「安心しろ。起動に成功したら、お前たちを連れてすぐ逃げる。うまくいくさ」
――嘘だ。
啓人は最初から、二人を置いていくつもりだった。
アサルトモービルは一人乗りだ。乗せられないことはないが、パイロットでない人間を乗せたまま戦闘機動を行うのは無理だ。パイロットスーツも耐G装置もなしにアサルトモービル乗れば、最悪の場合、死ぬ。
当然、その足でベリオスを殺すつもりの啓人が、足手まといになる二人を乗せることはない。
ただの捨て駒だ。仕方がない。
――仕方がない? それではまるで――
「……兄様」
フィルの声に、はっと顔を上げた。
二人は、心配そうに俺を見ていた。
「安心してください。必ず……必ず成功しますから」
「うん。俺も、兄ちゃんのためなら命を懸けるよ」
ああ、と啓人はうなずいて、二人の頭を撫でた。
――心の中に刺さった『何か』を無視して。
◆ ◇ ◆
深夜の基地内部は、まるですべてが寝静まるように静かだ。
聞こえるのは波の音だけで、それ以外は何も聞こえない。地下のドッグでは今も作業が続いているが、その音まで地上に届かないのは当然のことだった。
だから、地上階の警備は退屈そのものだった。
こんな海上の要塞で、異変など起こるものではない。この数年一度も起こっていない。だから眠たさに目をしばたかせるのも、仕方がないといえた。
しかし今日に限っては――その『一度』が起こった。
眠たさに目をしばたかせ、「ふわぁ」とあくび交じりに上を向いた瞬間――その顎に打ち放たれた掌底が、一撃で警備兵の意識を刈り取った。
その刈り取った側の人間――啓人は、確かに警備兵が気絶しているのを確認し、手に持っていたアサルトライフルだけでなく、ダガーや拳銃、弾薬といったひととおりをはぎ取っていく。
さらには防弾チョッキまでもはぎ取ると、後ろからついてきた二人に差し出した。
拳銃はドライ、防弾チョッキとナイフ、手榴弾はフィルに手渡す。
――二人の技術訓練の成績はよく知っている。実は銃はドライ、格闘戦はフィルが得意としている。性別を考えると普通は逆だが、二人にそれは当てはまらないようだった。
弾薬と通信機、さらに閃光手榴弾をワークパンツにしまいこみ、アサルトライフルを手に啓人は二人へ視線を送った。
「……行くぞ」
ささやき声以下ともいえる小さな呟きに、二人は頷いた。
足音さえも立てない三人に、気づいたものは、今のところ誰もいない。
基地の地下はそれほど複雑な構造をしていない。
『アズール』の格納庫までの道のりを何度となく歩いている啓人はそれを知っているし、監視カメラの位置、そして死角までも完全に把握済みだ。
監視カメラは旧式だ。ゲーム知識によると三百六十度を監視範囲とする監視カメラはとっくに実用済みのはずだが、なぜか導入されていない。
これは『アズール』の開発に資金をつぎ込んだことによる、組織の資金不足が主な原因なのだが、三人にとっては知る由もないことだ。
監視システムは脆弱さは、啓人にとって幸運だった。これほど脆弱でなければ、今日決行するなどまず決断しなかっただろう。
ゲームの中で潜入ミッションをプレイしていた経験があっても、それは所詮ゲームであり「クリアできる前提」で構築されている。
だが現実はそうではない。相手は『絶対に侵入させないように』警戒網を構築しているのだ。要は潜入などというのは本来、ゲームで言うところの無理ゲーでしかない。
その無理を通すための訓練。潜入において最も重要なのは事前の情報収集だ。それを理解している啓人にとって、潜入路の情報収集に抜かりはない。
――この潜入技術も、ベリオスの『訓練』によって高めたものだ。
前に思った疑問が、ふと脳裏をよぎる。
ベリオスは自分をどうしたいのだ?
憎まれているはずの相手を、どうして強くする?
それは自分の首を絞める行為のはずだ。実際にこうして今、ベリオスは啓人によって足元をすくわれようとしている。
奴の目的は、狙いはなんだ?
それは背筋を寒くするような問いだった。
今この瞬間も、ヤツの掌で弄ばれているような……。
「……お兄様」
ふと背後からフィルのささやきが聞こえて、はっとする。
考えに没頭するあまり、足を止めていたらしい。
(間抜けか、俺は)
背後についてくる二人の技術も一流だ。
今のところ発見されてはいない。
――だが気づかれるのは時間の問題だ。監視員から奪い取った無線機には、まだ定時連絡の指示はないとはいえ、時間がないのは事実だ。
啓人たちは、音を立てず、しかし迅速に、管制室へとたどりついた。
ここからが本番だ。
ベリオスに呼ばれて管制室に入ったこともある。中の構造は分かっている。
中にはアサルトライフルで武装した兵士が、いつもは三人いる。閃光手榴弾(フラッシュバン)で無力化し、警報を鳴らされる前に全員殺す。
(できるか……? いや……)
やらなければならない。
閃光手榴弾を、見張りから手に入れられたのは幸運だった。爆弾が保存されていた物資保管庫からは拝借できなかったからだ。
ふっと息を吐いて、閃光手榴弾のピンを抜いた。
ほんの少し空いた扉の隙間から投げ込む。だが――爆発音がない。
(不発!?)
胸中で悲鳴を上げながら、それでももう飛び込むしかない。
扉をあけ放ち、一気に管制室に突入する。武装した兵士に狙いを定めようと視点を上げるが――
そこにいたのは、シールドの向こうで薄ら笑いを浮かべたベリオスと。
完全武装でこちらに向けられた、十を超える銃口だった。
「な――」
立ち尽くす。
シールドの向こうから突きつけられる、アサルトライフルの銃口。
目の前に突きつけられた現実に――ただ、立ち尽くすしかなく。
そして。
パァン! という銃声が、背後から聞こえた。
「は……?」
足に走る、強烈な痛み。熱。
足を、撃たれた。
分かっている。それは分かっている!
問題は――それが、後ろからのもので。
唖然と振り向いた先。
拳銃の銃口を突きつけていたドライと、目が合った。
頬を伝う涙をぬぐおうともしない、悲しい瞳が、俺を見ていた。
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