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第一章 復讐編
19 - 銃声
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――フロートリゾート『スピカ』第三へリポート。
「お嬢様から手を離せ!」
三枝天音が両手に拳銃を構え、吼えた。
彼女が照準しているのは、カーキ色の防弾チョッキをつけたテロリストたちだ。人数は六人。いずれもアサルトライフルで武装している。
彼らに銃口を突きつけているのは、三枝天音だけではない。
彼女の背後で、いずれも完全武装した二十二名――各務家の保有するセキュリティサービス、いや私設武装組織が男たちを包囲していた。
――しかし、彼らは互いに銃口を突きつけあいながら、どちらも動くことはできなかった。
テロリストたちが、一人の少女――各務怜奈を人質を取っていたからだ。
しかも拘束している男のほかに、彼女の真後ろ、狙撃されない位置にもう二人だ。たとえ彼女を掴んでいる男を狙撃しても、確実に射殺できる態勢を取っている。
「ヘリを寄越せ。そうすれば彼女は解放する」
ギリ、と三枝天音は唇を噛んだ。
――ホテルで怜奈を人質に取られた後、それを盾にされながらも、天音たちはテロリストをヘリポートにまで追い込んだ。
というよりも、テロリストたちは現実的に、ヘリポートに向かうほかになかった。それを天音たちは理解していた。
「……投降しろ。お前たちの原潜はもう海軍が沈めた。エネルギープラントへの襲撃者も全滅している。お前たちのやっていることは無駄な足掻きだ」
「お前のそれも、無駄な足掻きだな。いいからヘリを用意しろ」
挑発じみた降伏勧告にも、男は冷静に言葉を返した。
男の言う通り、お互いに無駄な足掻きだった。だが連中は足掻くことを決めている。天音のそれは、まさしく無駄な足掻きでしかない。
その差が、彼女の口を噤ませた。
かといって――
「撃ちなさい、三枝天音! 各務の名を背負うものとして、テロリストを見逃すことなどありえません!」
彼女の主の一喝もまた、事実であった。
各務怜奈は、もはや自分の命を捨てる覚悟はできている。あれは強がりではなく、本気の目だ。
第一にしてヘリを呼んだところで、彼らは自身の安全が確保されるまで、怜奈を解放することはないだろう。
だがそれは、彼らにとっての安全圏――すなわち敵地まで怜奈を連れ去られることを意味する。最低最悪の選択だ。
天音の指先が震える。
撃つのが最善だと分かっていた。
分かっているのに、それ以外の最善を求めて心が葛藤する。
「……天音、分かって。これは私の招いたことなの。あなたが自分を責めることは――」
「黙れ」
怜奈を拘束していた腕が強まる。頸部をギリギリと圧迫され、怜奈が苦し気にうめく。
「やめろ!」
天音は叫ぶ。
彼女にとっての主君は各務家でも、当主各務絃也でもない。契約はともかくとして、彼女は各務怜奈に己の忠誠を捧げている。
そしてそれ以上に、この状況は三枝天音自身のミスだった。
護衛として怜奈から目を離すべきではなかった。その後悔が、今なお彼女の銃口を鈍らせている。
――だが幸いにして、彼女が何かを選ぶまでもなく、『それ』は訪れた。
それは突然に、空から舞い降りた。
彼女は一瞬、援軍を期待した。
だがすぐに、それが援軍のものでないことを理解した。
蒼いアサルトモービルが、空を舞っている。
クク、と男が笑った。
無表情だったテロリストの顔に、喜悦の笑みが浮かんでいる。
「ようやく来たか。……茶番は終わりだ。『蒼の悪魔』が来た時点で、お前らはもう詰んでいる」
「蒼の悪魔?」
その言葉に反応したのは、天音ではない。天音はその言葉を知らない。だがそれが、頭上のアサルトモービルを指す言葉だということは気づいた。
そしてその『蒼い悪魔』がよほど不吉なものであることを、声を上げた味方の表情から悟った。
蒼いアサルトモービルが、静かにヘリポートに着地する。
何の音もなく、十トン近い重量が降り立った。
――もしも彼女がアサルトモービルに詳しければ、それがどれほどの技量を要することか、驚嘆に目を見開いていただろう。
「おいノイン! さっさとこの雑魚どもを掃除しろ! ……おい!?」
だが男の言葉に反して、アサルトモービルは銃口を天音たちに向けることもなく、静かに膝を追った。
コックピットハッチが開き、パイロットが姿を見せる。
(……若い?)
それは直感でしかなかった。
パイロットの顔は、黒色のフルフェイスヘルメットに覆われていて伺い知ることはできない。ただ厚手のタイツスーツのシルエットは、まだ若いもののように思えた。
「おいお前、なんで降りてくる! この状況が見えてないのか!?」
パイロットが器用に、ロープも使わずにアーマードアサルトから降りると、テロリストの男が泡を食って言葉を吐き出した。
言葉から察するに、あの少年と男は仲間だ。仲間割れ(?)をしているようだが、はっと天音は彼――男性なのはおそらく間違いない――に銃口を向けた。
だがその銃口は、少年の影ですら捕えることはできなかった。
一瞬で加速した少年は、怜奈を人質に取っていた男に肉薄すると、その腕を折り、喉をナイフで切り裂いた。
飛び散る鮮血。解放された怜奈を、まるでかばうように背中に押しやると、殺した男のベルトから拳銃を抜き放った。
「貴様ッ――」
連射。炸裂音が連続する。
ただその一瞬で――五人のテロリスト全員から鮮血が舞った。
一瞬の早撃ち――死体を盾に取って反撃を封じ、その上でテロリスト全員の頭を一瞬で撃ち抜いたのだ。
天音はそれを、呆然と見ていた。
天音も幼少の頃から訓練を積んでいる。だが同年齢の少年が見せた技量は、自分をはるかに超えていた。
――いったいどんな人生を送れば、こんな技量が身に着くのだろう?
少年は、まとわりつく男の死体を放り投げ、その上でもう一度死体の頭を撃ち抜いた。
念入りに殺したかったのかは分からない。ただその撃ち方は、どこか苛立たし気なものが浮かんでいるように思えた。
(味方なのか? 敵なのか?)
判断がつかないまま見守っていると、少年は拳銃を下ろし、そして怜奈を見た。
怜奈もまた、少年を見ていた。
二人の視線が交錯する。
「お嬢様――」
一瞬、天音はためらった。何をためらったのかは自分でも分からない。
だがそれは、今日犯した、二度目の致命的なミスだった。
「え――」
彼の持つ拳銃の銃口が、怜奈へと向けられた。
「お嬢様!」
銃声と、天音の声が重なった。
「お嬢様から手を離せ!」
三枝天音が両手に拳銃を構え、吼えた。
彼女が照準しているのは、カーキ色の防弾チョッキをつけたテロリストたちだ。人数は六人。いずれもアサルトライフルで武装している。
彼らに銃口を突きつけているのは、三枝天音だけではない。
彼女の背後で、いずれも完全武装した二十二名――各務家の保有するセキュリティサービス、いや私設武装組織が男たちを包囲していた。
――しかし、彼らは互いに銃口を突きつけあいながら、どちらも動くことはできなかった。
テロリストたちが、一人の少女――各務怜奈を人質を取っていたからだ。
しかも拘束している男のほかに、彼女の真後ろ、狙撃されない位置にもう二人だ。たとえ彼女を掴んでいる男を狙撃しても、確実に射殺できる態勢を取っている。
「ヘリを寄越せ。そうすれば彼女は解放する」
ギリ、と三枝天音は唇を噛んだ。
――ホテルで怜奈を人質に取られた後、それを盾にされながらも、天音たちはテロリストをヘリポートにまで追い込んだ。
というよりも、テロリストたちは現実的に、ヘリポートに向かうほかになかった。それを天音たちは理解していた。
「……投降しろ。お前たちの原潜はもう海軍が沈めた。エネルギープラントへの襲撃者も全滅している。お前たちのやっていることは無駄な足掻きだ」
「お前のそれも、無駄な足掻きだな。いいからヘリを用意しろ」
挑発じみた降伏勧告にも、男は冷静に言葉を返した。
男の言う通り、お互いに無駄な足掻きだった。だが連中は足掻くことを決めている。天音のそれは、まさしく無駄な足掻きでしかない。
その差が、彼女の口を噤ませた。
かといって――
「撃ちなさい、三枝天音! 各務の名を背負うものとして、テロリストを見逃すことなどありえません!」
彼女の主の一喝もまた、事実であった。
各務怜奈は、もはや自分の命を捨てる覚悟はできている。あれは強がりではなく、本気の目だ。
第一にしてヘリを呼んだところで、彼らは自身の安全が確保されるまで、怜奈を解放することはないだろう。
だがそれは、彼らにとっての安全圏――すなわち敵地まで怜奈を連れ去られることを意味する。最低最悪の選択だ。
天音の指先が震える。
撃つのが最善だと分かっていた。
分かっているのに、それ以外の最善を求めて心が葛藤する。
「……天音、分かって。これは私の招いたことなの。あなたが自分を責めることは――」
「黙れ」
怜奈を拘束していた腕が強まる。頸部をギリギリと圧迫され、怜奈が苦し気にうめく。
「やめろ!」
天音は叫ぶ。
彼女にとっての主君は各務家でも、当主各務絃也でもない。契約はともかくとして、彼女は各務怜奈に己の忠誠を捧げている。
そしてそれ以上に、この状況は三枝天音自身のミスだった。
護衛として怜奈から目を離すべきではなかった。その後悔が、今なお彼女の銃口を鈍らせている。
――だが幸いにして、彼女が何かを選ぶまでもなく、『それ』は訪れた。
それは突然に、空から舞い降りた。
彼女は一瞬、援軍を期待した。
だがすぐに、それが援軍のものでないことを理解した。
蒼いアサルトモービルが、空を舞っている。
クク、と男が笑った。
無表情だったテロリストの顔に、喜悦の笑みが浮かんでいる。
「ようやく来たか。……茶番は終わりだ。『蒼の悪魔』が来た時点で、お前らはもう詰んでいる」
「蒼の悪魔?」
その言葉に反応したのは、天音ではない。天音はその言葉を知らない。だがそれが、頭上のアサルトモービルを指す言葉だということは気づいた。
そしてその『蒼い悪魔』がよほど不吉なものであることを、声を上げた味方の表情から悟った。
蒼いアサルトモービルが、静かにヘリポートに着地する。
何の音もなく、十トン近い重量が降り立った。
――もしも彼女がアサルトモービルに詳しければ、それがどれほどの技量を要することか、驚嘆に目を見開いていただろう。
「おいノイン! さっさとこの雑魚どもを掃除しろ! ……おい!?」
だが男の言葉に反して、アサルトモービルは銃口を天音たちに向けることもなく、静かに膝を追った。
コックピットハッチが開き、パイロットが姿を見せる。
(……若い?)
それは直感でしかなかった。
パイロットの顔は、黒色のフルフェイスヘルメットに覆われていて伺い知ることはできない。ただ厚手のタイツスーツのシルエットは、まだ若いもののように思えた。
「おいお前、なんで降りてくる! この状況が見えてないのか!?」
パイロットが器用に、ロープも使わずにアーマードアサルトから降りると、テロリストの男が泡を食って言葉を吐き出した。
言葉から察するに、あの少年と男は仲間だ。仲間割れ(?)をしているようだが、はっと天音は彼――男性なのはおそらく間違いない――に銃口を向けた。
だがその銃口は、少年の影ですら捕えることはできなかった。
一瞬で加速した少年は、怜奈を人質に取っていた男に肉薄すると、その腕を折り、喉をナイフで切り裂いた。
飛び散る鮮血。解放された怜奈を、まるでかばうように背中に押しやると、殺した男のベルトから拳銃を抜き放った。
「貴様ッ――」
連射。炸裂音が連続する。
ただその一瞬で――五人のテロリスト全員から鮮血が舞った。
一瞬の早撃ち――死体を盾に取って反撃を封じ、その上でテロリスト全員の頭を一瞬で撃ち抜いたのだ。
天音はそれを、呆然と見ていた。
天音も幼少の頃から訓練を積んでいる。だが同年齢の少年が見せた技量は、自分をはるかに超えていた。
――いったいどんな人生を送れば、こんな技量が身に着くのだろう?
少年は、まとわりつく男の死体を放り投げ、その上でもう一度死体の頭を撃ち抜いた。
念入りに殺したかったのかは分からない。ただその撃ち方は、どこか苛立たし気なものが浮かんでいるように思えた。
(味方なのか? 敵なのか?)
判断がつかないまま見守っていると、少年は拳銃を下ろし、そして怜奈を見た。
怜奈もまた、少年を見ていた。
二人の視線が交錯する。
「お嬢様――」
一瞬、天音はためらった。何をためらったのかは自分でも分からない。
だがそれは、今日犯した、二度目の致命的なミスだった。
「え――」
彼の持つ拳銃の銃口が、怜奈へと向けられた。
「お嬢様!」
銃声と、天音の声が重なった。
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