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第一章 復讐編
25 - 強者
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空の上で、兵器が舞う。
人を殺すために生まれた赤と青の巨人が、互いにぶつかりあい、砲火を浴びせあう。
他のすべては、何もできず、ただその殺し合いを見ていた。
状況は圧倒的に、『青』が不利であった。
機体差は明白。決定打がない。遠距離からのアサルトライフル程度の火力では、『赤』の備える追加装甲を簡単に抜くことはできない。
対して『赤』の電磁砲は、一撃必殺。一発でも当たればそこで終わりだ。
まさしく、ベリオスの駆る『カレドヴルフ』は、『アズール』を殺すために生まれた兵器なのだ。
「ベリオス、お前の目的は何だ?」
戦場全体に届けられるオープンチャンネルの通信波が、ベリオスの目的を問うた。
「お前は俺に武器を与え、隙を作った。この状況を望んだのはお前自身だ。だが何故、自分を危険に晒すような真似をする?」
『飽きたんだ』
愉快そうに、ベリオスは答えた。
『醜く腐った連中が支配するこの世界に。そして思ったんだ。自分もまた、そんな醜く弱い連中と同じなのではないかと』
ベリオスは言う。『人は縋るために生きている』と。
『世界は嘘に塗り固められている。平和などという虚構に縋りついたゆえに、数多の国が滅び、多くの人間が死んだ。人は自分の信じたいものだけに縋りつき、現実から目を背け、その代償を支払った』
第三次世界大戦は、人の弱さと醜さを顕在化させた。
平和も、理想も、結局は仮初の言葉遊びに過ぎなかったことが証明されてしまった。
結局のところ、第二次世界大戦から第三次世界大戦までの百年間でも、世界から戦争がなくなることは一度もなかったように。
『だがそれでも、人は何も変わらなかった。未だ理想に縋り続け、自分の弱さから目を背け続けている。――それはあまりにも醜い』
憎悪と共に放たれた弾丸が、『アズール』の足をかすめた。
それだけで足パーツの装甲がはぎとられ、紫電を散らす。
『だからね、こう思った。僕の手で最強の戦士を作り上げ、僕の手で殺すことが出来たなら――僕はこの醜い世界から抜け出すことが出来ると!』
ベリオスの絶叫が、ダガーとブレードの切り結ぶ轟音の中でも、なおうるさく響く。
啓人が顔を歪めませたのは、その絶叫か、あるいは追い詰められていく自分自身に対してか。
『強くなければ自由にはなれない! それ以外の自由など、すべて嘘で固められた虚構だ! ノイン、君が僕を殺したところで、君自身が強者にならなければ、本当の自由など来ないんだ!』
その言葉に宿るのは紛れもない狂気。
己の行動と信念に、微塵の疑いも持たない狂気。
『だが君は、あの二人に縋った! それは弱さなんだ、ノイン! それでは君は、本当の意味で自由にはなれない!』
「くだらない」
追い詰められながら、啓人は切り捨てた。
「強さだの弱さだの、くだらないことばかりに拘る貴様が、誰よりもお前の言う『弱い人間』だろうが」
『――ああその通りだ。そしてそれも今日で終わる――!』
轟音を立てて、ベリオスの駆る『カレドヴルフ』が加速した。
その機動性は『アズール』を上回る。
舞い踊るように放たれる電磁砲は、かすめるだけで確実に『アズール』の装甲を破壊し、衝撃波が機動力を奪っていく。
機動力。攻撃力。防御力。
それは『アズール』を確実に殺すために、緻密な計算の上で作られた機体だった。
それを覆しうる一手があるとすれば『メティスシステム』だけ。
だが――あのシステムは、パイロットの手で機動させることはできない。
完全に詰んでいた。
――計算上は、だが。
『啓人くん』
ようやく、無線越しから聞こえた声に、啓人はにやりと笑みを作った。
『アズール』が飛翔し、アサルトライフルを撃ち放つ。『無駄だ』というベリオスの言葉通り、その弾丸はシールドで弾かれて有効打となりえない。
だが――シールドで視界が遮られた一瞬。
『――フルマニュアルモード。フルスラスタオープン、機体管制コントロール、移譲します』
これまでにない加速を見せた『アズール』が、一瞬で『カレドヴルフ』の背後に回り込んだ。
「遊びは終わりだ、ベリオス」
振り下ろされたダガーの一撃が、『カレドヴルフ』の腕をもぎとった。
電磁砲を握ったまま落下していく腕部パーツ。
もう一方の腕でブレードを抜き放つが、そこにはすでに『アズール』はいない。
残像すらも残さない機動力。一瞬の判断力。
『アズール』の動きが、目に見えて変わる。
『メティスシステムか! だがあれは、外部からでなければ起動しないはず――』
「違う。最初から、そんなものは必要ない」
フルマニュアルモード。
それは、戦術管制システムにエラーを起こした場合のために、アサルトモービルに備えられた緊急起動モードだ。
機体制御、スラスタと姿勢制御の大半は、戦術管制システムによる補助で行われる。
この戦術管制システムがあって初めて、パイロットは直感的に機体を操ることが可能になるのだ。
しかし、いかに高度な戦術管制システムにも限界がある。
全身に備えられた無数のスラスタと姿勢制御、さらに火器管制まで、同時に演算して処理することは、処理能力を圧迫する。
第二世代の戦術管制システムにおいて、制御可能なスラスタ数の限界は最大でも十基。しかし『アズール』には、十四ものスラスタが備えられている。
それは、『メティスシステム』による制御を前提とした数だ。
つまり、普通の状態では使っていないスラスタがある――機動能力が制限されている。
ではフルマニュアルでは――当然、すべてのスラスタは啓人のコントロール下に置かれることになる。
無論。それを操る処理能力など机上の空論――ありえるはずがない。
人を超えた操縦センスが、その空論を現実のものとしている。
「強さ? 弱さ? くだらない。
殺し合いに、心の強さなんて関係ない。
意思も思想も、正義も悪も、関係ない」
上方から急降下する『アズール』。
その機動力は、もはや『カレドヴルフ』の処理限界を超えていた。
一瞬で懐に入り込み、まるで人間のごとくしなやかに放たれた蹴りが、『カレドヴルフ』のマニピュレーターを蹴り砕く。
支えを失ったシールドが、空を舞った。
「俺がお前を殺す。お前は死ね」
『アズール』の握ったダガーが、『カレドヴルフ』の胸部へと振り下ろされた。
二機はもつれあうようにして、基地の甲板に落下する。
衝撃と轟音に、メガフロートが大きく揺れて傾いた。
◆ ◇ ◆
「……手加減を、していたのか……?」
メガフロートに落下した『カレドヴルフ』は、無残な有様だった。
装甲は無茶苦茶に破壊され、足はちぎれ、頭もどこかに吹き飛んでいる。
コックピットはむき出しで、頭から血を流すベリオスの顔が見えた。
対するアズールは――無傷とは言えないが、五体満足だ。
その手にはダガーもアサルトライフルもない。着地の衝撃で手放してしまっていた。
『お前を殺せば、フィルの爆弾は爆発するんだろう?』
啓人の言葉に、ベリオスは驚いたように目を見開いた。
『お前は、そういう男だ』
たとえ死んでも、あの世で高笑いする類の男だ。
『フィルの爆弾は国防軍が摘出済みだ。残念だったな』
――各務弦也からの無線は、爆弾摘出を告げるものだった。
この短時間で成功させるとは、日本の国防軍はやはり優秀らしい。
全身解析済みで、二つ目の爆弾が隠されていたというオチもなさそうだ。
「は……はは」
ベリオスはただ、嗤った。いつもの笑みで。
「ああ……なるほど。だから、時間稼ぎか……」
そう。全ては時間稼ぎだ。フィルの爆弾を摘出するまでの。
啓人はゲーム知識で、『カレドヴルフ』の機体性能を全て知っていた。
その上、途中でベリオスの癖や呼吸も見抜いていた。殺そうと思えば、いつでも殺せた。
「強いな……ノイン、君は……君にずっと、僕は憧れていた……君の強さがあれば――エリー……僕は」
言い切るよりも前に。
甲板に突き刺さっていた『カレドヴルフ』のブレードを、コックピットに突き立てた。
何度も。執拗に。
その肉塊が、絶対に、二度と意思を宿すことのないように。
何度も、何度も何度も何度も。
血が流れていく。
コックピットはぐちゃぐちゃに潰れ、ブレードは血と肉塊によって真っ赤に染まっていく。
――執拗なまでの惨殺が終わり。
『アズール』が動きを止める。
「――――」
最後に呟いた少年の言葉は、誰に拾われることもなく。
ただ、波と風の音に消えた。
後に残ったものは、ただ静寂だけだった。
人を殺すために生まれた赤と青の巨人が、互いにぶつかりあい、砲火を浴びせあう。
他のすべては、何もできず、ただその殺し合いを見ていた。
状況は圧倒的に、『青』が不利であった。
機体差は明白。決定打がない。遠距離からのアサルトライフル程度の火力では、『赤』の備える追加装甲を簡単に抜くことはできない。
対して『赤』の電磁砲は、一撃必殺。一発でも当たればそこで終わりだ。
まさしく、ベリオスの駆る『カレドヴルフ』は、『アズール』を殺すために生まれた兵器なのだ。
「ベリオス、お前の目的は何だ?」
戦場全体に届けられるオープンチャンネルの通信波が、ベリオスの目的を問うた。
「お前は俺に武器を与え、隙を作った。この状況を望んだのはお前自身だ。だが何故、自分を危険に晒すような真似をする?」
『飽きたんだ』
愉快そうに、ベリオスは答えた。
『醜く腐った連中が支配するこの世界に。そして思ったんだ。自分もまた、そんな醜く弱い連中と同じなのではないかと』
ベリオスは言う。『人は縋るために生きている』と。
『世界は嘘に塗り固められている。平和などという虚構に縋りついたゆえに、数多の国が滅び、多くの人間が死んだ。人は自分の信じたいものだけに縋りつき、現実から目を背け、その代償を支払った』
第三次世界大戦は、人の弱さと醜さを顕在化させた。
平和も、理想も、結局は仮初の言葉遊びに過ぎなかったことが証明されてしまった。
結局のところ、第二次世界大戦から第三次世界大戦までの百年間でも、世界から戦争がなくなることは一度もなかったように。
『だがそれでも、人は何も変わらなかった。未だ理想に縋り続け、自分の弱さから目を背け続けている。――それはあまりにも醜い』
憎悪と共に放たれた弾丸が、『アズール』の足をかすめた。
それだけで足パーツの装甲がはぎとられ、紫電を散らす。
『だからね、こう思った。僕の手で最強の戦士を作り上げ、僕の手で殺すことが出来たなら――僕はこの醜い世界から抜け出すことが出来ると!』
ベリオスの絶叫が、ダガーとブレードの切り結ぶ轟音の中でも、なおうるさく響く。
啓人が顔を歪めませたのは、その絶叫か、あるいは追い詰められていく自分自身に対してか。
『強くなければ自由にはなれない! それ以外の自由など、すべて嘘で固められた虚構だ! ノイン、君が僕を殺したところで、君自身が強者にならなければ、本当の自由など来ないんだ!』
その言葉に宿るのは紛れもない狂気。
己の行動と信念に、微塵の疑いも持たない狂気。
『だが君は、あの二人に縋った! それは弱さなんだ、ノイン! それでは君は、本当の意味で自由にはなれない!』
「くだらない」
追い詰められながら、啓人は切り捨てた。
「強さだの弱さだの、くだらないことばかりに拘る貴様が、誰よりもお前の言う『弱い人間』だろうが」
『――ああその通りだ。そしてそれも今日で終わる――!』
轟音を立てて、ベリオスの駆る『カレドヴルフ』が加速した。
その機動性は『アズール』を上回る。
舞い踊るように放たれる電磁砲は、かすめるだけで確実に『アズール』の装甲を破壊し、衝撃波が機動力を奪っていく。
機動力。攻撃力。防御力。
それは『アズール』を確実に殺すために、緻密な計算の上で作られた機体だった。
それを覆しうる一手があるとすれば『メティスシステム』だけ。
だが――あのシステムは、パイロットの手で機動させることはできない。
完全に詰んでいた。
――計算上は、だが。
『啓人くん』
ようやく、無線越しから聞こえた声に、啓人はにやりと笑みを作った。
『アズール』が飛翔し、アサルトライフルを撃ち放つ。『無駄だ』というベリオスの言葉通り、その弾丸はシールドで弾かれて有効打となりえない。
だが――シールドで視界が遮られた一瞬。
『――フルマニュアルモード。フルスラスタオープン、機体管制コントロール、移譲します』
これまでにない加速を見せた『アズール』が、一瞬で『カレドヴルフ』の背後に回り込んだ。
「遊びは終わりだ、ベリオス」
振り下ろされたダガーの一撃が、『カレドヴルフ』の腕をもぎとった。
電磁砲を握ったまま落下していく腕部パーツ。
もう一方の腕でブレードを抜き放つが、そこにはすでに『アズール』はいない。
残像すらも残さない機動力。一瞬の判断力。
『アズール』の動きが、目に見えて変わる。
『メティスシステムか! だがあれは、外部からでなければ起動しないはず――』
「違う。最初から、そんなものは必要ない」
フルマニュアルモード。
それは、戦術管制システムにエラーを起こした場合のために、アサルトモービルに備えられた緊急起動モードだ。
機体制御、スラスタと姿勢制御の大半は、戦術管制システムによる補助で行われる。
この戦術管制システムがあって初めて、パイロットは直感的に機体を操ることが可能になるのだ。
しかし、いかに高度な戦術管制システムにも限界がある。
全身に備えられた無数のスラスタと姿勢制御、さらに火器管制まで、同時に演算して処理することは、処理能力を圧迫する。
第二世代の戦術管制システムにおいて、制御可能なスラスタ数の限界は最大でも十基。しかし『アズール』には、十四ものスラスタが備えられている。
それは、『メティスシステム』による制御を前提とした数だ。
つまり、普通の状態では使っていないスラスタがある――機動能力が制限されている。
ではフルマニュアルでは――当然、すべてのスラスタは啓人のコントロール下に置かれることになる。
無論。それを操る処理能力など机上の空論――ありえるはずがない。
人を超えた操縦センスが、その空論を現実のものとしている。
「強さ? 弱さ? くだらない。
殺し合いに、心の強さなんて関係ない。
意思も思想も、正義も悪も、関係ない」
上方から急降下する『アズール』。
その機動力は、もはや『カレドヴルフ』の処理限界を超えていた。
一瞬で懐に入り込み、まるで人間のごとくしなやかに放たれた蹴りが、『カレドヴルフ』のマニピュレーターを蹴り砕く。
支えを失ったシールドが、空を舞った。
「俺がお前を殺す。お前は死ね」
『アズール』の握ったダガーが、『カレドヴルフ』の胸部へと振り下ろされた。
二機はもつれあうようにして、基地の甲板に落下する。
衝撃と轟音に、メガフロートが大きく揺れて傾いた。
◆ ◇ ◆
「……手加減を、していたのか……?」
メガフロートに落下した『カレドヴルフ』は、無残な有様だった。
装甲は無茶苦茶に破壊され、足はちぎれ、頭もどこかに吹き飛んでいる。
コックピットはむき出しで、頭から血を流すベリオスの顔が見えた。
対するアズールは――無傷とは言えないが、五体満足だ。
その手にはダガーもアサルトライフルもない。着地の衝撃で手放してしまっていた。
『お前を殺せば、フィルの爆弾は爆発するんだろう?』
啓人の言葉に、ベリオスは驚いたように目を見開いた。
『お前は、そういう男だ』
たとえ死んでも、あの世で高笑いする類の男だ。
『フィルの爆弾は国防軍が摘出済みだ。残念だったな』
――各務弦也からの無線は、爆弾摘出を告げるものだった。
この短時間で成功させるとは、日本の国防軍はやはり優秀らしい。
全身解析済みで、二つ目の爆弾が隠されていたというオチもなさそうだ。
「は……はは」
ベリオスはただ、嗤った。いつもの笑みで。
「ああ……なるほど。だから、時間稼ぎか……」
そう。全ては時間稼ぎだ。フィルの爆弾を摘出するまでの。
啓人はゲーム知識で、『カレドヴルフ』の機体性能を全て知っていた。
その上、途中でベリオスの癖や呼吸も見抜いていた。殺そうと思えば、いつでも殺せた。
「強いな……ノイン、君は……君にずっと、僕は憧れていた……君の強さがあれば――エリー……僕は」
言い切るよりも前に。
甲板に突き刺さっていた『カレドヴルフ』のブレードを、コックピットに突き立てた。
何度も。執拗に。
その肉塊が、絶対に、二度と意思を宿すことのないように。
何度も、何度も何度も何度も。
血が流れていく。
コックピットはぐちゃぐちゃに潰れ、ブレードは血と肉塊によって真っ赤に染まっていく。
――執拗なまでの惨殺が終わり。
『アズール』が動きを止める。
「――――」
最後に呟いた少年の言葉は、誰に拾われることもなく。
ただ、波と風の音に消えた。
後に残ったものは、ただ静寂だけだった。
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