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第一章 ~ 祈りは魔法となりて
#01 ~ プロローグ
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奇跡。
それは極めて端的に、魔法のもたらす結果を示した言葉である。
神秘。
それは極めて端的に、魔法のありようを示した言葉である。
だがそのいずれも。
魔法とは何なのか、という言葉の答えにはなりえなかった。
かつてそれを追い求め、幾千もの月日を魔法に捧げ続けた男が最後に見出したものは、本当の本当に、陳腐な答えだった。
魔法とは、願いであり、希望なのだ。
あらゆる魔術の深奥を極めつくし、その作動原理も、成り立ちも、そしてその理由さえも知った。
けれど結局、それが答えだった。
それは確かに一種の奇跡で、神秘であった。
――それを知って、ようやく、彼は愛を知った。
魔法が人の願いに根差すのならば、魔法を愛する彼が、人を愛することも当然の帰結であった。
彼はようやく、人という種を愛することができたのだ。
その形が、あまりに歪であっても。
そして今。その人生に、終わりが訪れようとしている。
「……ああ、これでいい」
何の変哲もない一軒家。ベッドの上に横たわる老人が、満足そうに呟いた。
窓から見える大樹から一片の花弁が舞い、しわがれた彼の手に触れる。
愛を知り、焦がれ、希求して、眼を閉じる。
それは彼にとって、満足のいく終わり方だった。
彼が生きた年月は、既に千を越える。
永遠を生きる彼にとって、時間という概念などさしたる意味もなく、死というものさえ彼には存在しないはずだった。
それでも彼が今、こうして終わり逝くのは――それが彼が最後に願った奇跡だったから。
命とはきっと。
散ってゆくからこそ、こんなにも美しいのだろう。
口からこぼれた言葉が、花と共に散って消える。
世界の頂上。
天上の花のその下で。
ひっそりと、誰に知られることもなく――
一人の魔法使いは死んだ。
……その、はずだった。
◆ ◇ ◆
「――?」
首を傾げようとして、しかし、満足に動かせもせずに失敗に終わった。自分がどういう状態なのか、まったく分からない。
視界に映るのは天井で、からからと、何か玩具のようなものが回っている。
彼に知識があったなら、それがベッドメリーという、乳幼児用の玩具であることに気づいただろう。だが、かつて彼が生きた世界にないそれを、一目で理解することなど不可能だった。
「あー」
声をあげようとして、舌がまるで回らないことに気づく。
手を伸ばそうとして……その手が、まるで赤子のように小さいことに気づいた。
「■■■■■■――」
何か、声が聞こえた。
それは女の声だった。何を言っているのかはまるで分からない。
視界に捉えた女は、巨人だった。巨人族といえば、かつての大戦でそのほとんどが滅んだと聞いた。グラヴァヴェルドの谷の奥底に、わずかな集落をつくって住んでいると聞いたが――。
彼女は俺を優しく抱きあげると、あやすように揺らした。
その言葉は、まるで理解できない言語だった。
ありとあらゆる言語を理解しているはずの自分でも、まるで聞いたことがない。
一体、ここはどこだ?
そして自分は――どうなった?
結論。
どうやら自分は、赤子になったらしい。
転生した、とでもいうのだろうか。事象としてはそれで正しいと思う。
巨人だと思った女は、そう考えると、普通の人間のサイズだった。
そしてもうひとつ。驚くべきことがある。
……どうやら、この世界は、俺のいた世界ではない。
まず言語が聞いたこともないものであるにも関わらず、しかし確かに言語として成立している。『ママ』という言葉を女性は教えたがっているようだが、どうやらそれは母親を指す言葉のようだった。
言語は、まあ追々覚えていけばいいだろう。
自分が生まれた家は、父と母がおり、しかもそこそこ裕福だ。兄姉はいないらしく、一人っ子だ。
見る限り、食事は普通では考えられないほどに豪華で、財政に難があるようには思えない。もしかしたら貴族かもしれない。
――さて、現状認識はこれでいいとして。
問題は……この世界、どうやら魔力がひどく薄い、ということだ。
当然、向こうにいた頃のように、簡単に魔法は使えない。
これは由々しき事態だ。魔法が使えないのは、自分にとって息ができないに等しい。しかもこの肉体、内在魔力もろくにない。
……これは鍛えるしかあるまい。
決意した。厳然と。
こうして赤子に転生したが、魔法をもう一度使いたい。
努力は才能に勝るとは言わない。だが才能のない人間が、努力まで怠れば、後に残るのは塵芥だ。
魔法とは、願いだ。何かを願うことに、才能はいらない。
ならば俺も願おう。
愛する魔法を、もう一度と。
……彼は、まだ知らない。
彼が転生した世界には、彼の言う「魔法」など存在しないことを。
その世界の名は、地球――彼の転生した国の名を『日本』と言った。
それは極めて端的に、魔法のもたらす結果を示した言葉である。
神秘。
それは極めて端的に、魔法のありようを示した言葉である。
だがそのいずれも。
魔法とは何なのか、という言葉の答えにはなりえなかった。
かつてそれを追い求め、幾千もの月日を魔法に捧げ続けた男が最後に見出したものは、本当の本当に、陳腐な答えだった。
魔法とは、願いであり、希望なのだ。
あらゆる魔術の深奥を極めつくし、その作動原理も、成り立ちも、そしてその理由さえも知った。
けれど結局、それが答えだった。
それは確かに一種の奇跡で、神秘であった。
――それを知って、ようやく、彼は愛を知った。
魔法が人の願いに根差すのならば、魔法を愛する彼が、人を愛することも当然の帰結であった。
彼はようやく、人という種を愛することができたのだ。
その形が、あまりに歪であっても。
そして今。その人生に、終わりが訪れようとしている。
「……ああ、これでいい」
何の変哲もない一軒家。ベッドの上に横たわる老人が、満足そうに呟いた。
窓から見える大樹から一片の花弁が舞い、しわがれた彼の手に触れる。
愛を知り、焦がれ、希求して、眼を閉じる。
それは彼にとって、満足のいく終わり方だった。
彼が生きた年月は、既に千を越える。
永遠を生きる彼にとって、時間という概念などさしたる意味もなく、死というものさえ彼には存在しないはずだった。
それでも彼が今、こうして終わり逝くのは――それが彼が最後に願った奇跡だったから。
命とはきっと。
散ってゆくからこそ、こんなにも美しいのだろう。
口からこぼれた言葉が、花と共に散って消える。
世界の頂上。
天上の花のその下で。
ひっそりと、誰に知られることもなく――
一人の魔法使いは死んだ。
……その、はずだった。
◆ ◇ ◆
「――?」
首を傾げようとして、しかし、満足に動かせもせずに失敗に終わった。自分がどういう状態なのか、まったく分からない。
視界に映るのは天井で、からからと、何か玩具のようなものが回っている。
彼に知識があったなら、それがベッドメリーという、乳幼児用の玩具であることに気づいただろう。だが、かつて彼が生きた世界にないそれを、一目で理解することなど不可能だった。
「あー」
声をあげようとして、舌がまるで回らないことに気づく。
手を伸ばそうとして……その手が、まるで赤子のように小さいことに気づいた。
「■■■■■■――」
何か、声が聞こえた。
それは女の声だった。何を言っているのかはまるで分からない。
視界に捉えた女は、巨人だった。巨人族といえば、かつての大戦でそのほとんどが滅んだと聞いた。グラヴァヴェルドの谷の奥底に、わずかな集落をつくって住んでいると聞いたが――。
彼女は俺を優しく抱きあげると、あやすように揺らした。
その言葉は、まるで理解できない言語だった。
ありとあらゆる言語を理解しているはずの自分でも、まるで聞いたことがない。
一体、ここはどこだ?
そして自分は――どうなった?
結論。
どうやら自分は、赤子になったらしい。
転生した、とでもいうのだろうか。事象としてはそれで正しいと思う。
巨人だと思った女は、そう考えると、普通の人間のサイズだった。
そしてもうひとつ。驚くべきことがある。
……どうやら、この世界は、俺のいた世界ではない。
まず言語が聞いたこともないものであるにも関わらず、しかし確かに言語として成立している。『ママ』という言葉を女性は教えたがっているようだが、どうやらそれは母親を指す言葉のようだった。
言語は、まあ追々覚えていけばいいだろう。
自分が生まれた家は、父と母がおり、しかもそこそこ裕福だ。兄姉はいないらしく、一人っ子だ。
見る限り、食事は普通では考えられないほどに豪華で、財政に難があるようには思えない。もしかしたら貴族かもしれない。
――さて、現状認識はこれでいいとして。
問題は……この世界、どうやら魔力がひどく薄い、ということだ。
当然、向こうにいた頃のように、簡単に魔法は使えない。
これは由々しき事態だ。魔法が使えないのは、自分にとって息ができないに等しい。しかもこの肉体、内在魔力もろくにない。
……これは鍛えるしかあるまい。
決意した。厳然と。
こうして赤子に転生したが、魔法をもう一度使いたい。
努力は才能に勝るとは言わない。だが才能のない人間が、努力まで怠れば、後に残るのは塵芥だ。
魔法とは、願いだ。何かを願うことに、才能はいらない。
ならば俺も願おう。
愛する魔法を、もう一度と。
……彼は、まだ知らない。
彼が転生した世界には、彼の言う「魔法」など存在しないことを。
その世界の名は、地球――彼の転生した国の名を『日本』と言った。
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