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第一章 ~ 祈りは魔法となりて
#11 ~ 幕開け
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事件が発生したのは、祐真たちがハイキングに出かけた、たった二か月後のことだった。
夕方。母親の家事を手伝っていた祐真たちの耳に、唐突にチャイムの音が響く。しかも一度ではなく、何度もだ。
一体何事だと祐真と顔を見合わせた母は「はーい」と玄関へ足早に駆けていく。
そして、ドアを開けた瞬間――
「すみません!! 娘を、琴羽はこちらに来てませんか!?」
「は?」
それは琴羽の母親、綾辻裕子の声だった。
「一体どうしたんです、裕子さん? とりあえず落ち着いて――」
琴羽が、と娘の名前を呼びながら錯乱する彼女に、祐真と雪も何事だと顔を出す。
尋常な様子ではない。
綾辻裕子を落ち着かせるため、木葉は彼女をリビングに通す。
その背を何度もさすり、お茶を出して飲ませ……ようやく落ち着いた彼女は、ゆっくりと、事情を語りだした。
――事の発端は、来週に控えた琴羽の誕生日についてだった。
もともと琴羽の両親は共働きで、しかもかなりの多忙だ。
母親は育休期間を取ってはいたが、琴羽が二歳になる頃に切れた。以降はベビーシッター、つまり家政婦に琴羽の世話を任せていたらしい。
だが、それでいいとは彼女たちも思っていなかった。
毎年琴羽の誕生日に限っては、両親そろって休みを取り、家族で一緒に過ごす。それが琴羽が生まれてからの綾辻家の約束だった。
……が、今年は違った。
琴羽の父、綾辻真也の職場で重大なミスが発生し、彼は休暇を返上せざるをえなくなってしまったのだ。
結果――琴羽はヒステリーを起こした。
「馬鹿! なんで! 約束したのに!」
泣き叫びながら父親をなじる琴羽に、二人は何も言えなかった。
日頃から寂しくさせているのは分かっている。どうにかしたいと思っても、どうにもできない歯痒い日々。
だから、彼女たちは娘に何も言えなかった。
「――お父さんなんて嫌い! 大嫌い!!」
そう言って、琴羽は家を飛び出した。
はじめて琴羽の口から出た「嫌い」という言葉に一瞬唖然とし、二人は動けなかった。ようやく動き出し、家を飛び出した時……もうどこにも琴羽はいなかったという。
そして琴羽は、スマホを家に置いていった。
当然、連絡はつかない。
「私が……私がいけないんです……私がもっと一緒にいれば……」
泣きはらした目で、枯れるようにこぼした声は、ただ後悔に満ちていた。
確かに、どうにかする方法はあった、かもしれない。
仕事をやめるか、減らすか、専業主婦になる道もあったろう。選ばなかったのは彼女だ。それはまったくの正論。すべての責任は親である彼女たちにあるのかもしれない。
だが……そのすべての責任を彼女に押し付けるのは、あまりに酷だろう。
娘にいい暮らしをさせたい。
いい学校に行かせてやりたい。
将来もし結婚したら、盛大に祝ってあげたい。
……子供を育てるのに、金はいくらあっても足りない。上を見れば限りなどないし、子供を愛する親であればあるほど、葛藤もあるだろう。
たとえ今は寂しい想いをさせても、将来娘に苦労させないためにと、ひたすら身を粉にして働いてきたのだ。ただ、娘の幸せのために。
でなければこんな風に、絶望と後悔に顔をゆがませて、泣きはらすことなどありはしない。
『フィノス』
『はっ』
念話をフィノスに飛ばす。
――まったく、手のかかる奴だ。
後で説教だと、祐真は軽くため息を吐いた。
この時点ではまだ、祐真は事件を軽く捉えていた。
家出といっても、フィノスならばすぐに見つける。
多少怪我していたって、フィノスならば何事もなかったかのように戻すことは容易なのだから、と。
◆ ◇ ◆
フィノスからの報告は、十分もしないうちにもたらされた。
まず、怪我はしていない。
そして彼女がいた場所に、祐真は思わずため息を吐いた。
「やっぱりか……」
「にいさま?」
顔を覗き込んでくる妹に「なんでもない」と祐真は首を振った。雪の顔もどこか不安そうだ。きっと琴羽のことを心配しているのだろう。
まったくあいつは、マイエンジェルにまで心配をかけおって。
多少の怒りを覚えつつも、祐真はすぐに母親たちの元に駆け寄った。
「母さん。思い出したんだけど、そういえば琴羽のやつ、山に走っていくのを見たよ」
「えっ!? それはいつ?」
「えっと、一時間ぐらい前かな……」
もちろん嘘だ。
ただ一時間前といえば、家族でコンビニに出かけた時だ。言い訳に使えると思って言葉にしたわけだが、山までの通り道からは若干外れている。
さすがに疑われるかと、祐真の胸中に一瞬不安がよぎったが――
「山……そうか!」
はっとしたように、琴葉の母親が立ち上がった。
慌てたように駆け出す。行き先は当然、一つしかない。
「待ってください!」
だがそれを引き留めたのは母だった。
「もうすぐ暗くなります! 今から行くのは危険です!」
「でも、でも――!」
「分かってます。ですからまず警察に連絡を。あと私も一緒に行きます。夫も呼びますから」
「あ、え、あ……」
「早くしましょう! 夜までに見つけ出さないと危険です。そうなったら、消防にも協力してもらう必要があります」
木葉の言葉に、彼女はようやく落ち着きを取り戻したのか、頷いてスマホを取り出した。
夕方。母親の家事を手伝っていた祐真たちの耳に、唐突にチャイムの音が響く。しかも一度ではなく、何度もだ。
一体何事だと祐真と顔を見合わせた母は「はーい」と玄関へ足早に駆けていく。
そして、ドアを開けた瞬間――
「すみません!! 娘を、琴羽はこちらに来てませんか!?」
「は?」
それは琴羽の母親、綾辻裕子の声だった。
「一体どうしたんです、裕子さん? とりあえず落ち着いて――」
琴羽が、と娘の名前を呼びながら錯乱する彼女に、祐真と雪も何事だと顔を出す。
尋常な様子ではない。
綾辻裕子を落ち着かせるため、木葉は彼女をリビングに通す。
その背を何度もさすり、お茶を出して飲ませ……ようやく落ち着いた彼女は、ゆっくりと、事情を語りだした。
――事の発端は、来週に控えた琴羽の誕生日についてだった。
もともと琴羽の両親は共働きで、しかもかなりの多忙だ。
母親は育休期間を取ってはいたが、琴羽が二歳になる頃に切れた。以降はベビーシッター、つまり家政婦に琴羽の世話を任せていたらしい。
だが、それでいいとは彼女たちも思っていなかった。
毎年琴羽の誕生日に限っては、両親そろって休みを取り、家族で一緒に過ごす。それが琴羽が生まれてからの綾辻家の約束だった。
……が、今年は違った。
琴羽の父、綾辻真也の職場で重大なミスが発生し、彼は休暇を返上せざるをえなくなってしまったのだ。
結果――琴羽はヒステリーを起こした。
「馬鹿! なんで! 約束したのに!」
泣き叫びながら父親をなじる琴羽に、二人は何も言えなかった。
日頃から寂しくさせているのは分かっている。どうにかしたいと思っても、どうにもできない歯痒い日々。
だから、彼女たちは娘に何も言えなかった。
「――お父さんなんて嫌い! 大嫌い!!」
そう言って、琴羽は家を飛び出した。
はじめて琴羽の口から出た「嫌い」という言葉に一瞬唖然とし、二人は動けなかった。ようやく動き出し、家を飛び出した時……もうどこにも琴羽はいなかったという。
そして琴羽は、スマホを家に置いていった。
当然、連絡はつかない。
「私が……私がいけないんです……私がもっと一緒にいれば……」
泣きはらした目で、枯れるようにこぼした声は、ただ後悔に満ちていた。
確かに、どうにかする方法はあった、かもしれない。
仕事をやめるか、減らすか、専業主婦になる道もあったろう。選ばなかったのは彼女だ。それはまったくの正論。すべての責任は親である彼女たちにあるのかもしれない。
だが……そのすべての責任を彼女に押し付けるのは、あまりに酷だろう。
娘にいい暮らしをさせたい。
いい学校に行かせてやりたい。
将来もし結婚したら、盛大に祝ってあげたい。
……子供を育てるのに、金はいくらあっても足りない。上を見れば限りなどないし、子供を愛する親であればあるほど、葛藤もあるだろう。
たとえ今は寂しい想いをさせても、将来娘に苦労させないためにと、ひたすら身を粉にして働いてきたのだ。ただ、娘の幸せのために。
でなければこんな風に、絶望と後悔に顔をゆがませて、泣きはらすことなどありはしない。
『フィノス』
『はっ』
念話をフィノスに飛ばす。
――まったく、手のかかる奴だ。
後で説教だと、祐真は軽くため息を吐いた。
この時点ではまだ、祐真は事件を軽く捉えていた。
家出といっても、フィノスならばすぐに見つける。
多少怪我していたって、フィノスならば何事もなかったかのように戻すことは容易なのだから、と。
◆ ◇ ◆
フィノスからの報告は、十分もしないうちにもたらされた。
まず、怪我はしていない。
そして彼女がいた場所に、祐真は思わずため息を吐いた。
「やっぱりか……」
「にいさま?」
顔を覗き込んでくる妹に「なんでもない」と祐真は首を振った。雪の顔もどこか不安そうだ。きっと琴羽のことを心配しているのだろう。
まったくあいつは、マイエンジェルにまで心配をかけおって。
多少の怒りを覚えつつも、祐真はすぐに母親たちの元に駆け寄った。
「母さん。思い出したんだけど、そういえば琴羽のやつ、山に走っていくのを見たよ」
「えっ!? それはいつ?」
「えっと、一時間ぐらい前かな……」
もちろん嘘だ。
ただ一時間前といえば、家族でコンビニに出かけた時だ。言い訳に使えると思って言葉にしたわけだが、山までの通り道からは若干外れている。
さすがに疑われるかと、祐真の胸中に一瞬不安がよぎったが――
「山……そうか!」
はっとしたように、琴葉の母親が立ち上がった。
慌てたように駆け出す。行き先は当然、一つしかない。
「待ってください!」
だがそれを引き留めたのは母だった。
「もうすぐ暗くなります! 今から行くのは危険です!」
「でも、でも――!」
「分かってます。ですからまず警察に連絡を。あと私も一緒に行きます。夫も呼びますから」
「あ、え、あ……」
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木葉の言葉に、彼女はようやく落ち着きを取り戻したのか、頷いてスマホを取り出した。
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