妖賀

伊達マキ

文字の大きさ
3 / 4

初恋のヒト

しおりを挟む
家を発ってから一刻(2時間)がたった。
銕三郎は獣道を抜け、人が利用する道まで出る。

それから少し歩いて行き、堀で囲まれた屋敷に着くが、
忌々しい目でその屋敷を見る。


一見すると,武家造かと思われるが違う。
おそらく辺りに住んでいる者達は知っていると思うが。





ふと気づくと頭に蜘蛛がついていた。

しっしっ、と手で思い切り振り払う。

銕三郎は蜘蛛が嫌いなのだ。

そうなった理由は,この為事にある。





銕三郎の「為事」というのは,簡単に言うと,鬼退治のようなものだ。

鬼、と言ってもただの鬼ではない。
形状は個体それぞれが違う。

多くの個体が自我を持ち合わせておらず,本能のみで体を突き動かしている。

村の人間を平気で襲い,食い散らかし次の村を求めて群れで行動する。

だが数百年後,銃器の登場に彼らはこの世から姿を消すこととなる。

いつしかそれは「妖賀者」と呼ばれるようになっていた。

それらを牽制するために、結成された組織が誅伐隊だ。

元は,村自治の中で行われていた事がいつしか広がりを見せたのだった。

村の一部で発足した組織が今や室町殿の膝元だ。

その理由としては,応仁の乱が挙げられる。

次期将軍の跡目争い。
足利義視派の西軍と足利義尚派の東軍で二つに分かれた戦、
応仁の乱。

多くの武士がどちらかの肩を持ち,10年もの間争い続けた結果、京の都は焼け野原と成り果てた。

そんな中,誅伐隊は足利義尚派の西軍として戦に参加した。

もちろん武士としてではなく、足軽としての参戦だ。

妖賀者との戦いで培った身のこなしが非常に役に立ち,西軍に大きく貢献したことで、
誅伐隊は、御家人達よりも役に立ち,東軍と西軍の和睦に一役を買った。



略奪を繰り返し悪名高き者として恐れられていたが、誅伐隊はこうして名を上げていったのだ。



面白くないのは御家人達である。
10年もの長戦の中で,誅伐隊が活躍したのは、たったの一年ほどだ。

パッと出のよく分からない軍が名を上げれば面白くないだろう。

銕三郎も応仁の乱には参戦し、京へのぼった。


その際に,見つけた子供が仁なのであった。
この時代に子供一人を育てる事は、己の生活にも大きく関わってくる。

それでも,自分と同じような境遇の仁を見捨てられずに拾ったのだ。

今日も金を稼ぎ,仁を一人前にするという心意気で門へと歩み出す。





「おーい,開けてくれ
銕三郎です。浜さーん」

銕三郎は物見櫓(ものみやぐら)でくつろいでいる男にそう呼びかける。

人当たりの良さそうな爺さんで頭頂部はハゲている。

「おぅ、銕三郎か。
お松ちゃんならもうきてるよ」

「もうですか、相変わらずおはやい」

違いない,と言いながら浜さんこと浜口伊六は梯子を伝い下へ降り,門を開けた。


「さぁさ、いってらっしゃいな。
愛しのお松ちゃんが待っているよ、
別の意味での武運を祈る」

「な、別に俺はお松さんの事が好きだとは一言も言ったことはありませんが……」


「またまた、本当は、『恥ずかしいですから』

……へへ悪かったね」

銕三郎は頬を赤らめる。

「見てりゃぁ分かるよ、

あと、わしは一言もお前さんがお松ちゃんのことを好きだとは言っとらんぞ。

ケケケ、若人は言いたいこと言っちまった方が後で後悔はしないさ。
人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如きなり。」

銕三郎は、悔しそうな顔をし、

「この話は終いにしましょう、」

へへ、ウブだね、顔真っ赤にしちゃって、と浜口は銕三郎を揶揄する。

銕三郎は、母屋の戸を開ける。
帳付け役(事務、会計)の親父に挨拶をし、座敷へと向かう。

たどり着いたその場所には,一人の女が座っている。

居住まいからみても美しく、
銕三郎は、唾をごくりと飲み込む。




「お松さん、お待たせしました」
銕三郎は意を決して声をかける。

お松は、くるりとこちらを振り返り笑顔を見せる。
「銕三郎様、こんにちは。お久しぶりですね」

つり目がちの目に、柔らかそうで血色の良い頬。




化粧をしていなくても美しい顔立ち。
顔に傷があるもののそんなものは気にならない。
平然を装ってはいるが、心臓の高まりが止まらなかった。

あぁ,何と美しいのだろう。
一緒になりたい。


「待たせてしまいましたか?
その,少し足が赤くなっているので」



「大丈夫です、そんなやわな体ではありませんから」

「ならばよかった」


「はいはい、お二人ともそれでは今日の仕事の説明をしますよ」

ひょこっと,座敷へ現れた奉公人は二人を見てニヤニヤと笑っていた。





銕三郎は、周りからそのような目で見られても不思議と今だけは嫌な気持ちにはならなかった。








その頃,九郎と仁は何をしているのかというと。

「仁、腹が空いたろう
飯にせんか?」

九郎は出来るだけ仁に優しく問いかける。

銕三郎を育て上げたので子供の扱いには多少の自信があった。

のだが、うまくいかずもう3時間近くは同じ場所から動かない。

仕方ない,と思い一人で飯を食べる。



「美味いぞ、朝から何も食っとらんだろ、
 意地を張ってないでこっちに来たらどうだ、

うむ,やはり肉入りは美味いな、
イナゴなんかより」



しかし嫌だ、という目で九郎を見てくる仁に嫌気が刺した。

言葉は分かっているはずだ。
少しばかり九郎は苛立つが子供相手に何を、と立ち上がる。




仕方がないが,自分がしばらく外にでるしかない。
飯を置いておけば勝手に食うだろう。

「しばし,出てくる
嫌でも、戻ってくるからな」

九郎は、山菜でも探しに行くかと森へ入っていった。


仁は、九郎がいなくってから少ししてようやく動き出した。

温かい玄米と汁が用意されており、箸に手をつけ汁から飲んだ。

仁は箸の持ち方が下手なので、上手く肉が掴めなかった。
ようやく肉を掴み口に入れる。


咀嚼を繰り返すと口の中に,鴨肉の旨味が広がって美味かった。

ちなみにこの時代にここまでしっかりした飯を食べられる家庭はごくわずかだ。

玄米も食べようと思い、器を取ろうとする。

その時、
 
外から鳥のけたたましい鳴き声が一斉に聞こえる。
それと同時に地響きが仁の耳に届いた。

何事か,と動揺する。

その瞬間、体が大きく揺さぶられる。
よろけて部屋の壁に追いやられて、立つことも叶わない。

汁の入った鍋が,囲炉裏に落ち、砂の中に水分は吸い込まれる。

鍋の蓋やら物干し竿が落下し,激しい音をたてた。

地震が起きたのだ。

「ひっ」と小さな悲鳴をあげ、今のこの状況を畏怖した。

そう遠くない過去に似たような状況に出くわした事があった。

記憶は曖昧だが地震が起き、物はたくさん倒れた。

家は崩壊し,それによって下敷きになった人があまたいた。


その時の事を思い出し,仁は震え始める。
まだ揺れはおさまっていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...