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第8話 一炊之夢-1
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「すみません、ちょっと急いでて……」
「急いでたら人にぶつかってええんかい。え? どうなんや?」
くそっ。早く美幸の後を追いかけたいのに。俺が周りを見ていなかったせいで、厄介な人にぶつかってしまった。体格のいい強面の男性たちは、ずいずいと俺の方に近寄ってくる。
俺は残念ながら喧嘩というものを体験したことがない。そして恐らく弱い。逃げようにも、この人数に囲まれてしまっては……。
「…………おう、樋山。こんなところで何しとんねや」
「あ、中宮の兄貴……! お久しぶりでございます」
その時、さらに声をかけてくる男性がもう1人いた。俺がぶつかった男性が、急に低姿勢になったところを見ると、この人が親玉らしい。
と、思っていたが、俺はその中宮と呼ばれた男に見覚えがあった。……そうだ、あの時店に来ていた美幸の上司だ。前に見たときとは、雰囲気がまるで違うから気づくのに遅れたが、あの人で間違いない。
「なーに若い兄ちゃん捕まえてイキッテんだよ樋山。お前体はでけえのに、やることがちっちぇんだよな」
「あはは……いやあ面目ない。久しぶりにお会いできたと思ったら、中宮の兄貴にとんだ恥さらしを」
「これに懲りたら、少しはでけえ男になるこった。んなことしてねえで、どうだ。これから飲みに行かねえか?」
「い、いいんですかい? 俺らもちょうど暇してたんで、是非!」
「おう。じゃあいい店案内してくれや」
中宮、という男によって、どうやら俺は助かったみたいだ。よし、この隙に美幸の後を追いかけよう。今なら行ける!
……いや、待てよ。これはチャンスだ。
「あの。中宮さん、でしたっけ?」
「おう? どした兄ちゃん、礼なら別に……」
途中で俺のことを思い出したのだろうか。ハッと我に帰ったような顔になる中宮。取り巻きたちに、「お前ら先行ってろ」と指示を出す。取り巻きたちの姿が見えなくなったあたりで、改めて俺の方を向き、咳払いをする。
「あー。君は確か、こないだのお店にいた子だね? イケメン君だったから、よく覚えてるよ」
俺はイケメンではない。だが、この男が俺のことを覚えていたのは好都合だ。正直、覚えられているとは思っていなかったが、説明する手間が少し省ける。
「自分は、高坂美幸さんの高校時代の友人です」
「おお、そうなのか。彼女の友人だったのか」
「はい。それで、単刀直入にお伺いしたいことがあります」
本当は、助けもらったお礼を先に言うべきだろう。でも、そんな余裕も時間もない。このことだけは、ハッキリとさせておきたい。
「……中宮さんは、高坂美幸さんとお付き合いされてるんですか?」
もしかしたら、美幸が言っていた職場の上司というのは、この人かもしれないというのが俺の読みだ。そうでなくとも、少なからず美幸の交流関係について話が聞けると踏んでいる。
「…………これは驚いたな。どうして、そんなことを聞くんだい?」
「どうしてって……彼女が、そう言っていたので。余計なお節介かもしれませんが、あいつの選んだ人がどんな人か知りたくて」
「君は、嘘が下手だねえ」
「え?」
中宮さんは、俺の目を真っ直ぐと見つめながら言った。その瞳は真剣で、さながら万引きした少年に尋問する警察官といったところだ。
「君はまだ若い。そんな風に自分に嘘をついて生きていくのは、勿体ないことだよ」
「嘘、ですか」
「君がなんで嘘をついているのかは分からない。まあ知ろうとも思わないけどね。ただ、いまの君を見る限りでは、さっきの質問に答える気はない」
「え? どうしてですか?」
「ええいもう! 最近の若い男はこれだからいかんと言われるんだ!」
中宮さんはそう言うと、ガシッと俺の肩を掴んだ。そして物凄い険相で俺のことを見てくる。なんなんだこの人は。松岡修○みたいな熱さを感じるぞ。
「いいか兄ちゃん! これだけは言っておく!」
すぅっと息をためる中宮さん。俺はその先を察し、すぐに耳を塞ごうと試みたが、それは失敗に終わった。中宮さんの渾身の叫びが、俺の耳に届く。
「______だっ!」
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「すみません、ちょっと急いでて……」
「急いでたら人にぶつかってええんかい。え? どうなんや?」
くそっ。早く美幸の後を追いかけたいのに。俺が周りを見ていなかったせいで、厄介な人にぶつかってしまった。体格のいい強面の男性たちは、ずいずいと俺の方に近寄ってくる。
俺は残念ながら喧嘩というものを体験したことがない。そして恐らく弱い。逃げようにも、この人数に囲まれてしまっては……。
「…………おう、樋山。こんなところで何しとんねや」
「あ、中宮の兄貴……! お久しぶりでございます」
その時、さらに声をかけてくる男性がもう1人いた。俺がぶつかった男性が、急に低姿勢になったところを見ると、この人が親玉らしい。
と、思っていたが、俺はその中宮と呼ばれた男に見覚えがあった。……そうだ、あの時店に来ていた美幸の上司だ。前に見たときとは、雰囲気がまるで違うから気づくのに遅れたが、あの人で間違いない。
「なーに若い兄ちゃん捕まえてイキッテんだよ樋山。お前体はでけえのに、やることがちっちぇんだよな」
「あはは……いやあ面目ない。久しぶりにお会いできたと思ったら、中宮の兄貴にとんだ恥さらしを」
「これに懲りたら、少しはでけえ男になるこった。んなことしてねえで、どうだ。これから飲みに行かねえか?」
「い、いいんですかい? 俺らもちょうど暇してたんで、是非!」
「おう。じゃあいい店案内してくれや」
中宮、という男によって、どうやら俺は助かったみたいだ。よし、この隙に美幸の後を追いかけよう。今なら行ける!
……いや、待てよ。これはチャンスだ。
「あの。中宮さん、でしたっけ?」
「おう? どした兄ちゃん、礼なら別に……」
途中で俺のことを思い出したのだろうか。ハッと我に帰ったような顔になる中宮。取り巻きたちに、「お前ら先行ってろ」と指示を出す。取り巻きたちの姿が見えなくなったあたりで、改めて俺の方を向き、咳払いをする。
「あー。君は確か、こないだのお店にいた子だね? イケメン君だったから、よく覚えてるよ」
俺はイケメンではない。だが、この男が俺のことを覚えていたのは好都合だ。正直、覚えられているとは思っていなかったが、説明する手間が少し省ける。
「自分は、高坂美幸さんの高校時代の友人です」
「おお、そうなのか。彼女の友人だったのか」
「はい。それで、単刀直入にお伺いしたいことがあります」
本当は、助けもらったお礼を先に言うべきだろう。でも、そんな余裕も時間もない。このことだけは、ハッキリとさせておきたい。
「……中宮さんは、高坂美幸さんとお付き合いされてるんですか?」
もしかしたら、美幸が言っていた職場の上司というのは、この人かもしれないというのが俺の読みだ。そうでなくとも、少なからず美幸の交流関係について話が聞けると踏んでいる。
「…………これは驚いたな。どうして、そんなことを聞くんだい?」
「どうしてって……彼女が、そう言っていたので。余計なお節介かもしれませんが、あいつの選んだ人がどんな人か知りたくて」
「君は、嘘が下手だねえ」
「え?」
中宮さんは、俺の目を真っ直ぐと見つめながら言った。その瞳は真剣で、さながら万引きした少年に尋問する警察官といったところだ。
「君はまだ若い。そんな風に自分に嘘をついて生きていくのは、勿体ないことだよ」
「嘘、ですか」
「君がなんで嘘をついているのかは分からない。まあ知ろうとも思わないけどね。ただ、いまの君を見る限りでは、さっきの質問に答える気はない」
「え? どうしてですか?」
「ええいもう! 最近の若い男はこれだからいかんと言われるんだ!」
中宮さんはそう言うと、ガシッと俺の肩を掴んだ。そして物凄い険相で俺のことを見てくる。なんなんだこの人は。松岡修○みたいな熱さを感じるぞ。
「いいか兄ちゃん! これだけは言っておく!」
すぅっと息をためる中宮さん。俺はその先を察し、すぐに耳を塞ごうと試みたが、それは失敗に終わった。中宮さんの渾身の叫びが、俺の耳に届く。
「______だっ!」
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