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プロローグ

第3話 始まりの出会い③

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「……ただいま」

今日も学校が終わり、俺は帰宅した。
時刻は16時を少し回った頃。普段ならこの時間は家に誰もいない。

はずなのだが。

「お帰りなさい、準くん」

リビングに続く扉が開き、叔母さんが出迎えてくれた。昨日も帰ってくるの早かったな。確か、体調が悪いとか言ってたっけ。

「今日もちょっと早めに退勤させてもらったの。風邪でもこじらせちゃったのかな?」
「……そうなんだ」

チラッと叔母さんの方を見ると、風邪をうつさないようにするためかマスクをしていた。

「でも心配しないで。今日もご飯はちゃんと作るから」
「あ……」
「ん? 何か食べたいものでもあるの?」
「あ、いや……その……」

また、自分の意思とは関係なく言葉が喉を突いて出た。

「何か、手伝おうか?」
「……え?」

叔母さんは目を丸くして、ピタッと動きを止めた。

「……何もないなら、いいけど」
「あ、ううん! ありがとう、準くん。とっても助かる! じゃあ、スーパーに買い出しお願いしてもいい? そろそろお米買い足さなきゃと思ってて」
「わかった」
「あ、じゃあこれお金。重いと思うんだけど、10キロのお米買ってきてくれる? 自転車使ってくれていいから。あ、自転車の鍵は……」
「いいよ。歩いていくから」
「あ、そう? じゃあ、お願いね」

俺は叔母さんからお金だけ受け取り、玄関の扉のドアノブに手をかけた。

「準くん!」
「……?」

振り返ると、叔母さんは今にも泣き出しそうな、でもどこか嬉しそうな。不思議な表情をしていた。

「……ありがとう、準くん。行ってらっしゃい」
「……うん。行ってきます」

あ、そうか。
俺、あの事故以来、初めて自分から叔母さんに話し掛けたのか。

なんで、手伝いしようかなんて。そんなことより、先に言うべきことがあるのにな。

……帰ってきたら、言うか。
俺は幸せになる権利はないけど、叔母さん達は違うもんな。こんな俺を育ててくれたんだ。感謝の気持ちくらいは、伝えないとな。


それにしても、なぜだろうか。
昨日の赤髪の青年と小学生に会ってから、人に対する興味みたいなものが沸いてきてる気がする。今さら、なんでだろうな。

今度見かけたら、声をかけてみようか。
俺はそんなことを思いながら、歩き出した。


ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー


「あ」
「ん?」

偶然、というか運命というか。俺は早くも目的の再開を果たした。あの正義感の強い女子小学生だ。スーパーに入ったところで、野菜コーナを彷徨いている彼女を見つけた。

買い物かごを手に持ち、その中にはジャガイモや玉ねぎなどの野菜が入っていた。彼女もこちらに気付き、笑顔で歩み寄ってきた。

「昨日のお兄ちゃん! 大丈夫だった? ちゃんとお家までかえれた?」
「……それはこっちの台詞だよ。大丈夫だった?」
「わたし? わたしは全然大丈夫だったよ!」
「そっか。それは良かった」

正直、少女の姿を見てホッとしている自分がいた。子どもが暮らすには、この街は不自由過ぎるな。

「今日は一人でお使い?」
「ううん。お兄ちゃんと来てるの!」
「お兄ちゃん?」
「うん! わたしのお兄ちゃん、とってもカッコいいんだよ!」
「そうなんだ。自慢のお兄ちゃんなんだね」
「そうなの! あ、あそこにいるのがわたしのお兄ちゃんだよ!」

と、少女が指を指した方に目を向けると、これまた見覚えのある人物が立っていた。
昨日の赤髪の青年だ。

「お兄ちゃーん! こっちこっち!」

少女の呼び掛けに気付き、青年はこちらに近づいてきた。


「愛花。あんまり一人でウロウロするなって言ってるだろ」
「お兄ちゃんが迷子になるのがわるいんだよ」
「俺は迷子になってない。いつもお前が……って、そいつは?」

青年は、怪訝そうな表情でこちらを見ている。完全に俺を警戒しているな。青年の放つ殺気に、少し身震いした。

「この人はね、昨日わたしをたすけてくれた人なの!」
「昨日? ……ああ、昨日のね」

少女の言葉を聞いた青年の瞳から、殺気が消えた。先ほどとは別人のように、優しい目になった気がする。

「妹から聞いてるよ。妹を守ってくれたんだってな。ありがとう」
「いや、俺は別に何も……。君の方こそ、人助けをしてたように見えたけど」
「俺が? 人助け?」
「ほら、不良に絡まれてた学生を助けてたじゃないか」

俺の言葉を聞いた青年は、ポリポリと頭をかき、視線を宙に向けた。もしかして、照れているのか?

「俺はただ、気に食わねえ奴がいたから……」
「お兄ちゃんも、だれかを助けたの?! えらいね!」
「……お、おう! もちろんだ!」
「えへへ。やっぱり、じまんのお兄ちゃんだね!」
「へへっ……」

コイツ……べろべろじゃないか。妹に。妹のことをとても大事に想っているんだ。それはいいことだと思う。うん。大事してやれ。

「……っと、アンタには何かお礼をしないとな」
「いや、いいよ。そんな大層な……」
「何を言ってるんだ。大層なことだろ。妹の命の恩人なんだ。礼ぐらいさせてくれ」
「命の恩人なんて、そんな……」

俺はただ、余計なおせっかいを焼いただけだ。むしろ、少女が俺を助けてくれたんだ。結果、少女が怪我をしそうになったから体が動いただけで、俺が助けてもらった側なんだ。

「そうだ! わたしたちと一緒にごはん食べましょうよ!」
「ご飯?」
「そう! わたし、お料理はじょうずなの! ね、いいでしょ? お兄ちゃん?」

「ん? ああ、アンタがそれでいいなら構わないが」
「えっと……」

どうしよう。他人にご飯に誘われるなんて久しぶりで、どう答えたらいいか分からない。それに、今日は叔母さんがもうご飯の用意をしてくれてるし……。


「今日はちょっと……」
「そうか。なら、また日を改めて誘うよ。連絡先、交換してくれるか?」
「ああ、それなら」

青年とLIMEの連絡先を交換した。
八崎 海斗(やざき かいと)というのが彼の名前らしい。妹の名前は、愛花(まなか)だと教えてくれた。

「それじゃあ、成瀬。またな」

「あ、うん」

「なるせお兄ちゃん、またね!」

「愛花ちゃんも、元気でね」

意外な形での再会を果たした俺は、二人に別れを告げ、本来の用を済ませることにした。
早く帰らないと、叔母さんが困るだろうしな。手早く買い物を終え、俺はスーパーを後にした。
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