都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

20 刺客

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「トゥーレ様・・・・」

 何気ない風を装いながら、オレクがそっとトゥーレに近付くと耳元で何事かを囁いた。
 サザンとネアンのおよそ中間に位置するカントの町が見えてきた頃だ。
 囁かれたトゥーレは、視線を前方に向けたまま特に反応を示した訳ではない。だがオレクが傍を離れる直前に、僅かばかり頷いたように見えた。
 その後は何事もなかったようにそれぞれ他の者と談笑を続けていた。
 彼らの近くには行商人が数組いたが、違和感のあるオレクの行動に気付いた者はいない。もっともユーリたちが連携して、トゥーレとオレクが接触している間、注意を逸らしていたからだ。
 オレクはユーリの仲間として行動していたが、ユーリによると気付けばいつの間にか仲間に加わっていた謎の多い少年だ。見た目はのっそりしているが元商人らしく目端が利き、各地の情報や噂にも詳しく、その情報収集能力を活かして活躍の場を広げつつあった。
 一行は町を素通りしてそのまま街道を北上していく。
 カントを過ぎると街道は湖に沿って左に湾曲を始め、右手には荒野から針葉樹の林が広がってくる。林の規模はそれほど広くはなく、およそ数百メートルの広さしかなく、そのほとんどは落葉性の針葉樹林だ。
 それからしばらく進むと、湖沿いに続く街道を外れ、彼らは林へ続く道へと逸れていった。
 街道が踏み固められ整備されているのに対し、林道は所々にまだ冬の名残があり、轍にたまった水たまりには氷が張っていた。道幅も荷車が一台通れる程度しかなく、三人並ぶのがやっとの道幅だ。
 とはいえそこまで歩きづらい訳でもないが、日が充分届かない割に下草や蔓などの植物が葉を伸ばしている。そのため道の奥までは見通すことができずトゥーレ等の姿も、街道からは直ぐに見えなくなった。



 トゥーレたちが林道に消えて程なく、その分かれ道付近に年老いた行商人が立ち止まった。木箱を背に積んだ驢馬を引き、濃灰色のマントを身に付けた老人だ。
 老人はフードを上げて額に浮かんだ汗を拭うと、驢馬を木に繋いで路傍の石に腰を掛けた。

「ふぅ・・・・」

 大きくひとつ息を吐くと、腰にぶら下げた革袋から煙管を取り出して火を点ける。ゆっくりと煙を吐き出し、背嚢から水筒と麻袋を取り出した。そうして喉を潤すと麻袋から干し芋を取り出してひとくち囓る。
 ちょっと見る限りでは何処にでもいる行商人が、ただ休憩するために立ち止まったようにしか見えなかった。

「・・・・」

 しかし気付けばいつの間にか一人、二人と老人の周りに同じ濃灰色のマントやローブを纏った男達が集まってきていた。彼等はフードを被っているため表情は窺えないが、無言のまま時折鋭い視線を辺りに飛ばしていた。
 街道を利用する農夫や行商人が、その異様な集団に『何事か?』という表情を浮かべるが、ただならぬ気配に気圧されて足早にその場を去って行く。
 その後も次々と男達が合流を果たし、僅か数分後に集団は三十名に膨れ上がっていた。
 全員が濃灰色のフードを頭からすっぽりと被った異様な集団だ。
 老人が驢馬から重そうな木箱を下ろして蓋を開ける。中には短剣が数十本隙間なく詰まっていた。

「よし、行け!」

 濃灰色の男達は無言のまま短剣を受け取り、老人の檄に従って続々と林道へと踏み入れていく。
 男達は林道に入ると音も無く風のように走り出した。
 下草に紛れた木の根や、泥濘んだ足場は彼らの前では障害となり得ず、平地を走るのと変わらなかった。手渡された短剣もいつの間にか抜き身となり逆手に握られている。
 彼らの目的が、トゥーレの暗殺にあるのは明らかだった。
 トゥーレが林道に消えてからまだ五分と経っていない。
 十名の少年に対して三十名というのは、過剰戦力だと思われるが刺客からは油断という気配は一切感じられなかった。
 彼らを追って林道に入り、五分が過ぎ、十分が過ぎていくが、トゥーレに追いつくどころか姿を捉えることも出来ずにいた。
 流石に彼らの顔にも焦りの色が滲んできていた。
 林道は真っ直ぐではないものの、ここまで分かれ道もなかった。下草が茂っているとはいえ、針葉樹の林の中はそれほど視界が悪い訳でもなく、隠れていたとしても獲物を見逃すとも思えなかった。林の規模からしても、このままだとすぐに抜けてしまうだろう。

『まさかバレていたのか!?』

 認めたくない事実が頭を擡げてくる。
 男達はその思いを振り払うかのように林道を駆け抜けていく。

「!?」

 しかし、突然刺客の一団は無言のまま動きを止めた。
 狭い林道の中で隊列は長く伸びていたが、すぐに密集して輪になりそれぞれ違う方向を向いて警戒態勢をとる。
 普段なら小動物の姿があるにも関わらず、いつの間にか生き物の気配が消えていた。
 と張り詰めた空気の中、冷たい汗が首筋を流れていく。
 気づけば質量を持ったかような、重苦しい殺気に彼等は捉えられていた。『動けば殺られる』という直感が四肢に警告を発し、身動ぎひとつできないでいた。
 なんとか視線を巡らせて辺りを窺うが、相手の姿は見えず殺気だけが肌を突き刺してくる。
 ほんの数分前までは簡単な仕事だと考えていた。
 今までの暗殺失敗の報告を蔑ろにした訳では決してない。むしろ情報を得ていたからこそ、過剰ともいえる人員を投入したのだ。おまけに全員が経験を積んだ手練れ揃いだ。
 これ以上望めないほど万全を期した態勢だったのだ。彼らにとって若い騎士ひとりを葬ることなど、赤子の手を捻るような簡単な仕事の筈だった。
 直前までは彼らが監視する中、無邪気に街道を歩いていただけだ。林道に入ったのも不自然な感じはしなかったのだ。
 しかし状況は全く違う。少年たちの手に自分たちの生殺与奪の権利を握られていた。
 暗殺は失敗したのだ。





 刺客を林道に向かわせ既に三十分過ぎていた。すでに日は谷の稜線に消え、辺りは薄暗くなってきている。何時までも休憩を装うのも不自然な時間帯だ。
 老人は焦れていた。
 見た目には休憩している行商人にしか見えなかったが、足元には無数の吸い殻が散乱し、今またひとつ吸い殻が追加された。
 それほど大きくない林の中だ。
 男たちは遅くとも十五分と掛けずに戻ってくる予定だったのだ。

「遅い・・・・」

 腰掛けた石に煙管を打ち付け、灰を落とすとチラリと林道へと目をやる。
 先程から何度となく繰り返している動作だ。しかし林道からは刺客が戻ってくる気配はない。
 刺客の一団が戻ってこないのはともかく、先に入ったトゥーレも戻ってきていないのだ。
 そのまま林を抜けていった可能性もなくはないが、連絡役すら戻ってこないため、襲撃が継続中なのかどうかの判断も付かなかった。
 老人はもう何度目とも知れない火を煙管に点けるのだった。

「ご老体! もう暗くなってきているが、どこか具合でも悪いのか?」

 老人は、突然声を掛けられたことに驚いた。気持ちを落ち着けるために、ゆっくり大きく煙を吐き出した所だ。
 林道に意識を集中していたとはいえ、声を掛けられるまで近付いてくる人物に気付かなかったからだ。

「いやぁ、ただの休憩じゃよ」

 辛うじて動揺を押さえ込んだ老人は笑みを浮かべ、返事を返すために相手の顔を見た瞬間、致命的な声を上げてしまった。

「ま、まさか!?」

 見開いた目で呆然と目の前の人物をまじまじと見つめる。冷たい汗が吹き出し、背中に衣服が貼り付いた。手にした煙管を落としたことにも気付く余裕もなかった。
 老人に声を掛けてきたのは、林道に入って行ったはずのトゥーレ本人だったのだ。

「どうした? 俺の顔に何か付いているのか?」

 トゥーレは惚けるように、いつもの調子で自分の顔を触って見せる。
 老人はゆっくりと立ち上がると、ぎこちない笑顔を浮かべ必死で続ける。

「い、いや、まさかトゥーレ様にこんな所で、声を掛けられるとは思っておらなんだものでな。吃驚して思わず声を上げてしまったのじゃ」

 不自然に思われない言い訳ができたと考え、ホッとした途端に煙管がないことに気付いた。懐や腰の革袋を手探りで探すが、そこで初めて足元に落としていたことに気が付く。

「俺を知っているのか? はて、どこかで会ったかな?」

「直接お話したことはありませんが、サザンで一度見かけたことがありますでな」

 そう言いつつ煙管を拾おうと腰を屈める。その瞬間、トゥーレが決定的なことを口にする。

「そうなのか? てっきり狙ってる獲物に声を掛けられたことに驚いたのだと思ったが、違ったか?」

「っ!」

 トゥーレのいつもの惚けるような口調に、老人は反射的に飛び退いてトゥーレから距離を取ろうとした。だが何もない空間の筈なのに、固い壁のような物に背中を打ち付け、距離を取ることができなかった。

「ひっ!」

 老人が恐る恐る振り返ると、そこには鋭い眼光で見下ろすユーリが立ちはだかっていた。
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