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第一章 都市伝説と呼ばれて
23 ギルド派
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ここはサザンにあるとある屋敷だ。
屋敷や身なりに似合わぬ小さな部屋の中で、二人の男が向かい合って座っていた。
部屋に合わせたようなこぢんまりとしたテーブルには、アルコールの瓶とグラス、ちょっとした肴が並んでいるが、もうそれだけでテーブルは一杯だった。
明かり取りの小さな窓からは、サザンの領主邸を囲む防風林が見えている。木々の隙間から覗く領主邸の灯りが、夜遅くにも関わらずまだ執務中だと知らせていた。
まるで物置のような部屋には、人払いされているため男二人しかおらず、部屋の外に二人の護衛がいるだけだった。
『ドン!』と外の護衛に聞こえるほどの、何かを叩く音が部屋の中から響いた。
護衛が何事かと声を掛けるが、中から『問題ない』と返事が返ってくる。護衛はしばらく注意して耳をそばだてていたものの、その言葉通りその後は再び音が響くことはなかった。
「ニグス、そう興奮されては外の者が集まってきますぞ」
白髪の老騎士が相対する壮年の騎士を窘めながらグラスを傾ける。
ニグスと呼ばれた騎士は、顔を真っ赤にしながら拳をテーブルに叩きつけていた。
「そうはいうがテオドル様、まさかあれほどの者たちを・・・・。くそっ! 金髪の小僧めっ、思い返すだけで腸が煮えくりかえるわ!」
落ち着いた様子のテオドルに窘められても納得いかない様子で、ニグスは悪態を吐きグラスを煽る。そして老騎士から引ったくるようにボトルを掴むと手酌でグラスに注いだ。
この二人、先代のタイトの代からトルスター家に仕える騎士だった。
かつては共にギルド派に属し、代替わりの際にはオイヴァに付きザオラルと争った。結局テオドルはザオラルの元へと下ったが、ニグスは最後までオイヴァを領主にしようと画策し続けた。
六十代を迎えたテオドルは、白髪で頭頂部は禿げているが見た目とは裏腹に矍鑠とした人物で、戦場ではクラウスと並んでザオラルに頼りにされている人物だ。
ニグスはザオラルと同年代の五十路を迎えた騎士だ。ギルドとの繋がりを断つことができず、現在もネアンのギルドと密かに繋がりを持ち、裏ではギルドのスパイとしてザオラルやトゥーレの動向を、ギルドに知らせていたのだった。
「しかし、トゥーレ様は、三〇名もの刺客からどうやって逃れたのか」
「ただの悪運が強かったに決まっております。でなければドー・・・・!」
「ニグス! 儂の屋敷とはいえそれ以上は控えよ」
「し、失礼いたしましたテオドル様」
静かだが強い口調で老騎士テオドルが窘めると、ハッとした表情を浮かべたニグスは素直に詫びた。
人払いしているとはいえここはサザンの街、しかも領主邸とは目と鼻の先だ。どこから情報が漏れるか分からない。
今回のトゥーレ襲撃はネアンのギルドが主導となり、ドーグラス子飼いの刺客を密かに招き入れておこなったものだ。三〇名もの刺客を投入したものの、文字通り全滅という結果に終わってしまった。しかもその成否については、会議の場でターゲットのトゥーレより発表を聞かされるという屈辱を味わっていた。
その席では、また刺客に襲われたが無事に撃退したと簡素に報告されただけだ。刺客がどうなったかを何とか確認することができたが、脱出した者は一人としていないとのことだった。
「無事に逃れられたのも驚きだが、それどころかまさか全滅させるとは」
「ぜ、全滅!? 脱出した者はいないと言っていただけでしょう」
ニグスは報告を聞いた後でも襲撃失敗を認めたくないのか、テオドルの言葉に食いつくように吠えた。
「ニグス、そう感情的になっても事態は変わらぬ。それとも何か、生存者の可能性に賭けて捜索にでも行くつもりか?」
それまで感情の読めない表情を浮かべていたテオドルだったが、最後はニグスが思わず息を飲むほどの威圧感を発した。
「貴殿が『金髪の小僧』と侮るトゥーレ様は、普段は掴み所がないが、ああ見えてなかなか強かなお方だ。のこのこ捜索に向かおうものなら、そのまま出奔することも覚悟することだ」
「なっ!? まさかあの小僧がそれほどの人物だと言うのか!?」
「もちろん推測に過ぎぬ。だが公子飼いの刺客三〇名を返り討ちにするほどなのだ。考え方を改めたほうが良いと儂は考えるがね」
テオドルはそう言うとグラスに口を付ける。
トゥーレの報告を真に受けて救出および捜索の兵を出そうとすれば、たちまち彼に補足されることだろう。万が一捕らえられれば、最早この地に居場所はなくなるだろうとテオドルは考える。
トゥーレが公の場に現れてまだ一年も経っていない。
それまで一部の者にしか存在は知らされておらず、その中にはもちろんテオドルやニグスは入っていなかった。わずかに都市伝説レベルで様々な噂が流布していたが、彼らがそれを鵜呑みにすることもなかった。
彼らでさえトゥーレの実在を知ったのは、先の出陣の直前だった。しかもユーリを始め街のごろつきとして衛兵が手を焼いていた者を多数従えて彼らの前に現れたのだ。
それからわずか一年。接点が少なく、いまだトゥーレの人物像を把握している段階だ。人物像を読み誤ることもあるだろう。
金髪の小僧と侮っているのは、何もニグス一人だけではなく、テオドルを含めたかつてのギルド派に所属していた騎士達のほとんどが、彼と同じような考えを持っていた。
そんなテオドルが下したトゥーレの思わぬ高い評価に、ニグスは呆然としたまま思わず呟く。
「テオドル様・・・・其方裏切るのか?」
「馬鹿な事を。儂はただ平坦にトゥーレ様を評価しようとしているだけだ。今のまま先入観に囚われて間違った評価を下したくはないからの。どのみち老い先短い命だ。それで結果的に裏切る形になっても儂は構わぬよ。それにいつまでもザオラル様派だとかオイヴァ様派だとかで争っていれば、それこそドーグラス公の思う壺だとは思わんか?」
ドーグラスの侵攻が噂される中、内輪での争いは止めるべきだと彼は考えていた。ギルドが解体されたとはいえ、いまだに彼らにはサザンの商人から少なくない資金が流れている。このままザオラルやトゥーレに接近していけば、その援助が途絶えることになるだろう。
サザンのギルドが解体されて既に三年以上の月日が流れていた。
今後この街にギルドが復活したとして、かつてのように旨い汁が吸えるとも限らない。ドーグラスに敗れればギルドは確実に復活することだろう。しかしその恩恵を受けるのは決して彼らではないのだ。
トゥーレに下した評価が正しいかどうかは現時点では分からない。
しかし刺客から逃れるどころか逆に返り討ちにし、街で手を付けられないほどのチンピラとして鳴らしたユーリたちを配下に加える手腕といい、これまで考えていたほど愚鈍な若者ではないかも知れないとテオドルは考え始めていたのだった。
「それを確認するために残りの命を使うのも悪くない。貴殿もよくよく考えることだ。一方的な見方をしていればいずれ身を滅ぼすことになるぞ」
屋敷や身なりに似合わぬ小さな部屋の中で、二人の男が向かい合って座っていた。
部屋に合わせたようなこぢんまりとしたテーブルには、アルコールの瓶とグラス、ちょっとした肴が並んでいるが、もうそれだけでテーブルは一杯だった。
明かり取りの小さな窓からは、サザンの領主邸を囲む防風林が見えている。木々の隙間から覗く領主邸の灯りが、夜遅くにも関わらずまだ執務中だと知らせていた。
まるで物置のような部屋には、人払いされているため男二人しかおらず、部屋の外に二人の護衛がいるだけだった。
『ドン!』と外の護衛に聞こえるほどの、何かを叩く音が部屋の中から響いた。
護衛が何事かと声を掛けるが、中から『問題ない』と返事が返ってくる。護衛はしばらく注意して耳をそばだてていたものの、その言葉通りその後は再び音が響くことはなかった。
「ニグス、そう興奮されては外の者が集まってきますぞ」
白髪の老騎士が相対する壮年の騎士を窘めながらグラスを傾ける。
ニグスと呼ばれた騎士は、顔を真っ赤にしながら拳をテーブルに叩きつけていた。
「そうはいうがテオドル様、まさかあれほどの者たちを・・・・。くそっ! 金髪の小僧めっ、思い返すだけで腸が煮えくりかえるわ!」
落ち着いた様子のテオドルに窘められても納得いかない様子で、ニグスは悪態を吐きグラスを煽る。そして老騎士から引ったくるようにボトルを掴むと手酌でグラスに注いだ。
この二人、先代のタイトの代からトルスター家に仕える騎士だった。
かつては共にギルド派に属し、代替わりの際にはオイヴァに付きザオラルと争った。結局テオドルはザオラルの元へと下ったが、ニグスは最後までオイヴァを領主にしようと画策し続けた。
六十代を迎えたテオドルは、白髪で頭頂部は禿げているが見た目とは裏腹に矍鑠とした人物で、戦場ではクラウスと並んでザオラルに頼りにされている人物だ。
ニグスはザオラルと同年代の五十路を迎えた騎士だ。ギルドとの繋がりを断つことができず、現在もネアンのギルドと密かに繋がりを持ち、裏ではギルドのスパイとしてザオラルやトゥーレの動向を、ギルドに知らせていたのだった。
「しかし、トゥーレ様は、三〇名もの刺客からどうやって逃れたのか」
「ただの悪運が強かったに決まっております。でなければドー・・・・!」
「ニグス! 儂の屋敷とはいえそれ以上は控えよ」
「し、失礼いたしましたテオドル様」
静かだが強い口調で老騎士テオドルが窘めると、ハッとした表情を浮かべたニグスは素直に詫びた。
人払いしているとはいえここはサザンの街、しかも領主邸とは目と鼻の先だ。どこから情報が漏れるか分からない。
今回のトゥーレ襲撃はネアンのギルドが主導となり、ドーグラス子飼いの刺客を密かに招き入れておこなったものだ。三〇名もの刺客を投入したものの、文字通り全滅という結果に終わってしまった。しかもその成否については、会議の場でターゲットのトゥーレより発表を聞かされるという屈辱を味わっていた。
その席では、また刺客に襲われたが無事に撃退したと簡素に報告されただけだ。刺客がどうなったかを何とか確認することができたが、脱出した者は一人としていないとのことだった。
「無事に逃れられたのも驚きだが、それどころかまさか全滅させるとは」
「ぜ、全滅!? 脱出した者はいないと言っていただけでしょう」
ニグスは報告を聞いた後でも襲撃失敗を認めたくないのか、テオドルの言葉に食いつくように吠えた。
「ニグス、そう感情的になっても事態は変わらぬ。それとも何か、生存者の可能性に賭けて捜索にでも行くつもりか?」
それまで感情の読めない表情を浮かべていたテオドルだったが、最後はニグスが思わず息を飲むほどの威圧感を発した。
「貴殿が『金髪の小僧』と侮るトゥーレ様は、普段は掴み所がないが、ああ見えてなかなか強かなお方だ。のこのこ捜索に向かおうものなら、そのまま出奔することも覚悟することだ」
「なっ!? まさかあの小僧がそれほどの人物だと言うのか!?」
「もちろん推測に過ぎぬ。だが公子飼いの刺客三〇名を返り討ちにするほどなのだ。考え方を改めたほうが良いと儂は考えるがね」
テオドルはそう言うとグラスに口を付ける。
トゥーレの報告を真に受けて救出および捜索の兵を出そうとすれば、たちまち彼に補足されることだろう。万が一捕らえられれば、最早この地に居場所はなくなるだろうとテオドルは考える。
トゥーレが公の場に現れてまだ一年も経っていない。
それまで一部の者にしか存在は知らされておらず、その中にはもちろんテオドルやニグスは入っていなかった。わずかに都市伝説レベルで様々な噂が流布していたが、彼らがそれを鵜呑みにすることもなかった。
彼らでさえトゥーレの実在を知ったのは、先の出陣の直前だった。しかもユーリを始め街のごろつきとして衛兵が手を焼いていた者を多数従えて彼らの前に現れたのだ。
それからわずか一年。接点が少なく、いまだトゥーレの人物像を把握している段階だ。人物像を読み誤ることもあるだろう。
金髪の小僧と侮っているのは、何もニグス一人だけではなく、テオドルを含めたかつてのギルド派に所属していた騎士達のほとんどが、彼と同じような考えを持っていた。
そんなテオドルが下したトゥーレの思わぬ高い評価に、ニグスは呆然としたまま思わず呟く。
「テオドル様・・・・其方裏切るのか?」
「馬鹿な事を。儂はただ平坦にトゥーレ様を評価しようとしているだけだ。今のまま先入観に囚われて間違った評価を下したくはないからの。どのみち老い先短い命だ。それで結果的に裏切る形になっても儂は構わぬよ。それにいつまでもザオラル様派だとかオイヴァ様派だとかで争っていれば、それこそドーグラス公の思う壺だとは思わんか?」
ドーグラスの侵攻が噂される中、内輪での争いは止めるべきだと彼は考えていた。ギルドが解体されたとはいえ、いまだに彼らにはサザンの商人から少なくない資金が流れている。このままザオラルやトゥーレに接近していけば、その援助が途絶えることになるだろう。
サザンのギルドが解体されて既に三年以上の月日が流れていた。
今後この街にギルドが復活したとして、かつてのように旨い汁が吸えるとも限らない。ドーグラスに敗れればギルドは確実に復活することだろう。しかしその恩恵を受けるのは決して彼らではないのだ。
トゥーレに下した評価が正しいかどうかは現時点では分からない。
しかし刺客から逃れるどころか逆に返り討ちにし、街で手を付けられないほどのチンピラとして鳴らしたユーリたちを配下に加える手腕といい、これまで考えていたほど愚鈍な若者ではないかも知れないとテオドルは考え始めていたのだった。
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