39 / 186
第一章 都市伝説と呼ばれて
39 凱旋
しおりを挟む
砦の奪取には時間が掛かったものの、懸念のひとつを払拭することに成功したザオラルは、すぐにウンダルとの同盟関係を万全なものとするための準備に取り掛かった。
すなわちザオラルの長子トゥーレと、オリヤンの末娘であるリーディアとの婚約だ。
春に同盟が成立した時点ですでに二人の婚約は発表されているが、正式に調印を交わした訳ではない。同盟については即日施行されていたが、婚約についてはトゥーレが不在だったこともあり、約束を交わしたに過ぎなかったからだ。
エン砦の攻防戦からおよそ二ヶ月。
朝夕には早くも秋の気配が漂い始める中、トゥーレは竜騎隊二〇〇騎を率いてフォレスへと旅立った。
春を含めて過去に二度フォレスを訪れているトゥーレだったが、全てカレル・ベルカとしてのことだ。そのためトゥーレ・トルスターとしては今回が初の公式訪問となる。
「珍しく緊張しておられるようですね」
普段通りに見えていたトゥーレもフォレスの街が見えてくると口数が少なくなってきていた。
左舷デッキに立ち、対岸の景色を眺めるトゥーレにユーリが声を掛ける。
「緊張というよりも、街でどういう反応されるかが気にはなるな」
「そっちですか!?」
「私はてっきりリーディア姫様との顔合わせを前に緊張しているのかと。流石の若様もやはり人の子なのだと微笑ましく思っておりましたが、まさかそのようなことでお悩みになっておられるとは」
思いも寄らないトゥーレの返答に突っ込みを入れる者、呆れる者など様々な反応を見せる。特にシルベストルはまさかの答えに項垂れている。
前回訪問したときに彼らは街中を散策していた。その際街の人々に色々と話を聞いていたのだ。その中には当然リーディアについてのことも含まれている。
住民の話では、少々お転婆だがどんな身分の者にも気さくに声を掛け、良く笑う明るい姫様だという。彼らが聞いた限りではリーディアを悪く言う者はおらず、フォレスの住民たちにとっては、身近な自慢の姫様だということだった。サザンでの『けもの憑き』という噂は、お転婆部分に尾鰭がついてかなりの脚色が含まれていたのだ。
そのためトゥーレは、最悪の場合『我らの姫様を辺境の街から奪いにやって来た奴』と憎悪を向けられ、罵声を浴びるかも知れないと考えていた。だからといって住民が彼に悪感情を抱いたとしても、トゥーレにはリーディアを諦めるという選択肢はないのだが。
照れ臭いため口には出していないが、フォレスの住民全てを敵に回しても彼女と添い遂げる覚悟は決めていたのだ。
「まぁ『都市伝説』と『けもの憑き』の婚約なんて、ある意味お似合いじゃないですか?」
「ふふ、そうだろう?」
ユーリの皮肉を込めた言葉にも、意外にもまんざらでもない様子を見せ、流れていくウンダルの景色を飽きずに眺めるのだった。
『トゥーレ様ぁ!!!』
フォレスの港に入港したトゥーレは、唖然とした表情を浮かべ港を見下ろしていた。桟橋には大勢の人が押し寄せ、入港してきた彼を熱烈歓迎で迎えたのだ。
それは港を出てからも変わらなかった。
城への大通りの沿道には、トゥーレをひと目見ようと多くの住民が詰めかけていたのだ。
下船した彼等は、全員騎乗してシルベストルを先頭に隊列を組んでゆっくりと城へと向かっていた。鉄砲こそ持っていないものの、全員揃いの赤いサーコートに身を包んでいる。
「す、凄い人ですね・・・・。何ですか、この熱烈歓迎ぶりは!?」
「さあ、・・・・何かの間違いではないのか?」
ユーリが思わず疑問の声を上げるが、彼らの中に誰もその回答を持っている者はいない。
城が近付くに連れて沿道を埋める人はさらに多くなり、十重二十重に彼らを取り巻いた。熱烈な視線の全てがトゥーレに向けられたもので、そのどれもが彼を好意的に歓迎するものだった。
罵声を浴びる覚悟を決めていたトゥーレも、逆に熱烈に歓迎されるとは夢にも思わない。彼の轡を取るユーリの疑問にも、戸惑ったように頷くしかできなかった。トゥーレの前を進むシルベストルも原因が分からず、城に到着するまで彼らの戸惑った表情が晴れることはなかったのだ。
道中には城から多くの兵が派遣され、トゥーレが登城するのをサポートしていた。
「ささ、トゥーレ様。どうか声援にお応えくださいませ」
衛兵の隊長を務める人物が、笑顔で手を振るようにトゥーレに依頼する。
まるで凱旋したかのようなパレードは城まで続き、トゥーレは引き攣った笑顔を貼り付けながらギクシャクとした動きで歓声に応えていた。
城門に入りパレードからようやく解放された一行は、ほっと息を吐いた。
城門で出迎えたのは、オリヤンの次男で次期領主と目されているダニエルと、四男のヴィクトルだ。
ダニエルは父と違い黒髪だが、二メートル近い巨躯と顔立ちはよくオリヤンに似ている。ヴィクトルは赤い髪はそっくりで身長も高いが、体格はそれほど大きくなく頭髪も短く刈り込んでいる。母親が違うため、ダニエルと並んでいても兄弟には見えなかった。
トゥーレは馬を下りて二人と挨拶を交わすと、この熱烈歓迎の謎が明らかとなった。
「トゥーレ殿とリーディアの馴れ初めは、人々の語り草になってますのでね」
そう言ってヴィクトルが快活に笑い、ダニエルもオリヤンに似た豪快な笑い声を上げる。
かつてトゥーレがリーディアを助けたという話は、リーディア本人の口から街に広く伝わっているのだという。
幼かった彼女は城を抜け出す度に、しばらく嬉しそうに住民に自ら語って聞かせていたそうだ。さすがに成長してからは恥ずかしくて口にすることはなくなっていたが、街では『我らが姫様を救った小さな英雄』としてトゥーレの名が広く知れ渡っていたのだ。
「そう言えば、都市伝説の中にそんな話があったような気がするな」
そう言って従者のひとりが、都市伝説について口にしながら首を捻る。数多くあるトゥーレの都市伝説の中に、不自然なことにひとつだけフォレスでの話が語られていたのだ。
「あれだろ『フォレスの姫様を救った』ってやつだろ?」
「それだ!」
「あの話って実話だったんですか!?」
眉唾な話だと誰もが本気にしていなかったが、まさか本当の話だったとは、と皆が驚いて目を見開いた。
「流石トゥーレ様です。サザンでは謎の都市伝説として語られていた頃に、まさかフォレスでは英雄だったとは!」
「さすがに俺も驚いているよ」
衝撃の事実に呆れた様子でユーリが冷やかす。だが熱烈歓迎はトゥーレにとっても想定外だ。苦笑を浮かべるしかなかった。
以前よりサザンでは、都市伝説でトゥーレの名が囁かれてはいたが、はっきりと存在が噂されだしたのはギルドが解体されてからだ。
それまでは暗殺説や死亡説などのそれこそ真偽不明の噂話が殆どだった。その伝説の中にある頃から『フォレスの姫様を救った』という話が加わっていた。しかし誰もその話が本当のことだとは思いもしなかった。
サザンで存在すら不明とされている頃に、遠く離れたフォレスではリーディアとの馴れ初めが広く語られていたことになる。
トゥーレが初陣を迎えるまでは、フォレス以外では彼の存在が公になることはなかったが、これは彼の出生時の状況がそれを許さなかったからだ。
トゥーレ誕生のおよそ二年前、前領主タイトの死によりザオラルが領主となった。
彼が領主となると、ギルドの操り人形と揶揄されていたタイトから一転、ギルドをコントロール下に置くためにギルドに対して厳しい規制を掛けようとするザオラルとの間で激しい対立が起こった。
絶大な利権を守りたいギルド側は、様々な手段を講じてザオラルの失脚を狙い、遂には暗殺という手段に至る。
領主暗殺という強攻策は未遂に終わるが、テオドーラが懐妊したのは丁度そのようなタイミングだったのだ。
テオドーラやその子への危険が及ぶことを懸念したザオラルは、彼女の懐妊という情報は信頼できる者以外には徹底して伏せた。またトゥーレが誕生した際もそれが発表されることはなかったのだ。
幼少期のトゥーレは側勤めも付けられず、遊び相手はザオラルが信頼する大人達だけという中で過ごした。街に出ることもあったが、交流を避けて隠れるようにしながら賑やかな様子を眺めるだけだった。
そのように過ごした中でのフォレスへの旅だ。年の近いヴィクトルやリーディアと交流できたことは、当時のトゥーレにとって非常に大きな事だったのだ。
すなわちザオラルの長子トゥーレと、オリヤンの末娘であるリーディアとの婚約だ。
春に同盟が成立した時点ですでに二人の婚約は発表されているが、正式に調印を交わした訳ではない。同盟については即日施行されていたが、婚約についてはトゥーレが不在だったこともあり、約束を交わしたに過ぎなかったからだ。
エン砦の攻防戦からおよそ二ヶ月。
朝夕には早くも秋の気配が漂い始める中、トゥーレは竜騎隊二〇〇騎を率いてフォレスへと旅立った。
春を含めて過去に二度フォレスを訪れているトゥーレだったが、全てカレル・ベルカとしてのことだ。そのためトゥーレ・トルスターとしては今回が初の公式訪問となる。
「珍しく緊張しておられるようですね」
普段通りに見えていたトゥーレもフォレスの街が見えてくると口数が少なくなってきていた。
左舷デッキに立ち、対岸の景色を眺めるトゥーレにユーリが声を掛ける。
「緊張というよりも、街でどういう反応されるかが気にはなるな」
「そっちですか!?」
「私はてっきりリーディア姫様との顔合わせを前に緊張しているのかと。流石の若様もやはり人の子なのだと微笑ましく思っておりましたが、まさかそのようなことでお悩みになっておられるとは」
思いも寄らないトゥーレの返答に突っ込みを入れる者、呆れる者など様々な反応を見せる。特にシルベストルはまさかの答えに項垂れている。
前回訪問したときに彼らは街中を散策していた。その際街の人々に色々と話を聞いていたのだ。その中には当然リーディアについてのことも含まれている。
住民の話では、少々お転婆だがどんな身分の者にも気さくに声を掛け、良く笑う明るい姫様だという。彼らが聞いた限りではリーディアを悪く言う者はおらず、フォレスの住民たちにとっては、身近な自慢の姫様だということだった。サザンでの『けもの憑き』という噂は、お転婆部分に尾鰭がついてかなりの脚色が含まれていたのだ。
そのためトゥーレは、最悪の場合『我らの姫様を辺境の街から奪いにやって来た奴』と憎悪を向けられ、罵声を浴びるかも知れないと考えていた。だからといって住民が彼に悪感情を抱いたとしても、トゥーレにはリーディアを諦めるという選択肢はないのだが。
照れ臭いため口には出していないが、フォレスの住民全てを敵に回しても彼女と添い遂げる覚悟は決めていたのだ。
「まぁ『都市伝説』と『けもの憑き』の婚約なんて、ある意味お似合いじゃないですか?」
「ふふ、そうだろう?」
ユーリの皮肉を込めた言葉にも、意外にもまんざらでもない様子を見せ、流れていくウンダルの景色を飽きずに眺めるのだった。
『トゥーレ様ぁ!!!』
フォレスの港に入港したトゥーレは、唖然とした表情を浮かべ港を見下ろしていた。桟橋には大勢の人が押し寄せ、入港してきた彼を熱烈歓迎で迎えたのだ。
それは港を出てからも変わらなかった。
城への大通りの沿道には、トゥーレをひと目見ようと多くの住民が詰めかけていたのだ。
下船した彼等は、全員騎乗してシルベストルを先頭に隊列を組んでゆっくりと城へと向かっていた。鉄砲こそ持っていないものの、全員揃いの赤いサーコートに身を包んでいる。
「す、凄い人ですね・・・・。何ですか、この熱烈歓迎ぶりは!?」
「さあ、・・・・何かの間違いではないのか?」
ユーリが思わず疑問の声を上げるが、彼らの中に誰もその回答を持っている者はいない。
城が近付くに連れて沿道を埋める人はさらに多くなり、十重二十重に彼らを取り巻いた。熱烈な視線の全てがトゥーレに向けられたもので、そのどれもが彼を好意的に歓迎するものだった。
罵声を浴びる覚悟を決めていたトゥーレも、逆に熱烈に歓迎されるとは夢にも思わない。彼の轡を取るユーリの疑問にも、戸惑ったように頷くしかできなかった。トゥーレの前を進むシルベストルも原因が分からず、城に到着するまで彼らの戸惑った表情が晴れることはなかったのだ。
道中には城から多くの兵が派遣され、トゥーレが登城するのをサポートしていた。
「ささ、トゥーレ様。どうか声援にお応えくださいませ」
衛兵の隊長を務める人物が、笑顔で手を振るようにトゥーレに依頼する。
まるで凱旋したかのようなパレードは城まで続き、トゥーレは引き攣った笑顔を貼り付けながらギクシャクとした動きで歓声に応えていた。
城門に入りパレードからようやく解放された一行は、ほっと息を吐いた。
城門で出迎えたのは、オリヤンの次男で次期領主と目されているダニエルと、四男のヴィクトルだ。
ダニエルは父と違い黒髪だが、二メートル近い巨躯と顔立ちはよくオリヤンに似ている。ヴィクトルは赤い髪はそっくりで身長も高いが、体格はそれほど大きくなく頭髪も短く刈り込んでいる。母親が違うため、ダニエルと並んでいても兄弟には見えなかった。
トゥーレは馬を下りて二人と挨拶を交わすと、この熱烈歓迎の謎が明らかとなった。
「トゥーレ殿とリーディアの馴れ初めは、人々の語り草になってますのでね」
そう言ってヴィクトルが快活に笑い、ダニエルもオリヤンに似た豪快な笑い声を上げる。
かつてトゥーレがリーディアを助けたという話は、リーディア本人の口から街に広く伝わっているのだという。
幼かった彼女は城を抜け出す度に、しばらく嬉しそうに住民に自ら語って聞かせていたそうだ。さすがに成長してからは恥ずかしくて口にすることはなくなっていたが、街では『我らが姫様を救った小さな英雄』としてトゥーレの名が広く知れ渡っていたのだ。
「そう言えば、都市伝説の中にそんな話があったような気がするな」
そう言って従者のひとりが、都市伝説について口にしながら首を捻る。数多くあるトゥーレの都市伝説の中に、不自然なことにひとつだけフォレスでの話が語られていたのだ。
「あれだろ『フォレスの姫様を救った』ってやつだろ?」
「それだ!」
「あの話って実話だったんですか!?」
眉唾な話だと誰もが本気にしていなかったが、まさか本当の話だったとは、と皆が驚いて目を見開いた。
「流石トゥーレ様です。サザンでは謎の都市伝説として語られていた頃に、まさかフォレスでは英雄だったとは!」
「さすがに俺も驚いているよ」
衝撃の事実に呆れた様子でユーリが冷やかす。だが熱烈歓迎はトゥーレにとっても想定外だ。苦笑を浮かべるしかなかった。
以前よりサザンでは、都市伝説でトゥーレの名が囁かれてはいたが、はっきりと存在が噂されだしたのはギルドが解体されてからだ。
それまでは暗殺説や死亡説などのそれこそ真偽不明の噂話が殆どだった。その伝説の中にある頃から『フォレスの姫様を救った』という話が加わっていた。しかし誰もその話が本当のことだとは思いもしなかった。
サザンで存在すら不明とされている頃に、遠く離れたフォレスではリーディアとの馴れ初めが広く語られていたことになる。
トゥーレが初陣を迎えるまでは、フォレス以外では彼の存在が公になることはなかったが、これは彼の出生時の状況がそれを許さなかったからだ。
トゥーレ誕生のおよそ二年前、前領主タイトの死によりザオラルが領主となった。
彼が領主となると、ギルドの操り人形と揶揄されていたタイトから一転、ギルドをコントロール下に置くためにギルドに対して厳しい規制を掛けようとするザオラルとの間で激しい対立が起こった。
絶大な利権を守りたいギルド側は、様々な手段を講じてザオラルの失脚を狙い、遂には暗殺という手段に至る。
領主暗殺という強攻策は未遂に終わるが、テオドーラが懐妊したのは丁度そのようなタイミングだったのだ。
テオドーラやその子への危険が及ぶことを懸念したザオラルは、彼女の懐妊という情報は信頼できる者以外には徹底して伏せた。またトゥーレが誕生した際もそれが発表されることはなかったのだ。
幼少期のトゥーレは側勤めも付けられず、遊び相手はザオラルが信頼する大人達だけという中で過ごした。街に出ることもあったが、交流を避けて隠れるようにしながら賑やかな様子を眺めるだけだった。
そのように過ごした中でのフォレスへの旅だ。年の近いヴィクトルやリーディアと交流できたことは、当時のトゥーレにとって非常に大きな事だったのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
63
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる