都市伝説と呼ばれて

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第一章 都市伝説と呼ばれて

40 初対面

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 フォレス到着のその日、城の大広間で晩餐会が開催された。
 先に訪れた際の私的な晩餐とは違い、今回は双方とも重臣が出席する公式なものだ。
 ウンダル側の出席者はオリヤンを筆頭に、次男のダニエルと三男ヨウコそして四男ヴィクトルとそれぞれの妻たち、そして今回の主役であるリーディアの他、ウンダル軍四天王と呼ばれる内、ユッシ・ヨルゲンとラーシュ・マルツェルの二人を初めとする重臣が居並んでいた。
 対するカモフ側はザオラルとテオドーラの領主夫妻こそ欠席だが、領主の代理としてオイヴァ夫妻を始め、シルベストルやクラウスを中心にカモフの主要な人物が名を連ねていた。
 大広間は対外的に利用されるだけあって、細かく繊細な装飾の施された柱や、ウンダルの情景が描かれた絵画など贅が尽くされている。重装のプレートメイルを装備した騎士が、出入口や壁際に等間隔に並び広間に目を光らせていた。
 晩餐会場はコの字型にテーブルが配置され、左側にオリヤンを筆頭とするウンダル陣営、右側にはオイヴァを筆頭にカモフ陣営が着席。上座にふたつ用意された席はまだ空席だ。テーブルクロスが広げられたそれぞれの席の目の前には、趣向を凝らしたウンダルの料理が所狭しと並んでいた。

「カモフ領主、ザオラル・トルスター様が長男、トゥーレ・トルスター様入場!」

「ウンダル領主、オリヤン・ストランド様が次女、リーディア・ストランド様入場!」

 それぞれを呼び出す声とともに広間の左右の扉が開かれ、右手からはトゥーレが、そして左手からはリーディアが現れる。お互い緊張した硬い表情なのが遠目で見ても分かるほどだ。
 二人の姿に『ほおぅ・・・・』という声にならない声が両陣営から上がる。
 トゥーレは光沢のある深い臙脂色のチュニック姿だ。襟元には金糸の刺繍が優雅な雰囲気を醸し出すシュミーズの高襟が覗いている。足元は光を放つような純白のショースに長革靴。上着には丈の長い黒のローブだ。ローブの胸元には銀糸で刺繍されたトルスター家の紋章が輝き、胸元には先日エステルから贈られた金色のネックレスが揺れていた。
 光沢の美しい生地を使ってはいるが、普段着ているものと変わらない格好のため一見地味に感じるが、彼の華やかな金髪とすらり伸びた背筋により、会場にいる女性から溜息が漏れるほどだった。
 もう一人の主役リーディアは、瑞々しい若草色の左肩が開いたワンショルダーのドレス姿だ。ドレスの胸元にはストランド家の紋章にもなっている麦穂が金糸で刺繍され、ペチコートで丸く膨らんだスカートはドレープが美しく波打ち、彼女が歩を進めるごとに優雅に揺れている。大人びた印象を与えるドレスだが、ウエスト部分にはシルク地の同系色のサッシュが大きくリボン状に飾られ、下ろした赤髪の右側には花の髪飾りが挿されているため、年相応の可愛らしさを演出していた。

「初めてお目にかかります。カモフの騎士トゥーレ・トルスターと申します」

「オリヤン・ストランドの娘、リーディア・ストランドです。こうしてトゥーレ様にお逢いできる日が来たこと嬉しく存じます」

 挨拶を交わすとトゥーレはボウ・アンド・スクレープ、リーディアはカーテシーで優雅に頭を下げる。
 幼い頃には結婚の約束を交わしたことが広く知れ渡っている二人だったが、公式にはトゥーレはフォレス初訪問であり彼女とも初対面なのだ。
 お互いに緊張しているが、涼しい顔で茶番のような型通りの挨拶を交わす。

「ウンダル領主オリヤン様より乾杯のご挨拶を賜ります」

 二人が席に着くとオリヤンが杯を持って立ち上がり、全員の耳目を一身に浴びる。

「カモフと同盟を締結したのはこの春のことだ。そして明日、我が娘リーディアとトゥーレ殿との婚約式を執り行うことができて嬉しく思う。
 皆知っての通り、私とトゥーレ殿の父ザオラル殿とは三〇年来の友人だ。その友情をさらに深めることができ、こんなに嬉しいことはない。
 そしてウンダルとカモフとの友情も私とザオラル殿のように、そしてこれからを担うリーディアとトゥーレ殿とともに連綿と続いていくことを願う」

 オリヤンが杯を掲げ『乾杯』の挨拶が響いた。
 豊穣な土地柄だけあって、彩りが豊かな野の幸、新鮮さが瑞々しい水の幸、芳醇で旨味が濃厚な羊や牛の乳製品や肉など、フォレス自慢の料理人が腕によりを掛けた料理の数々が並ぶ。それぞれの側勤めたちが、給仕のため忙しなく動き始める。
 会場にはゆったりした音楽が奏でられ、列席者はウンダル料理の数々に舌鼓を打った。
 食事が一段落すると人々は杯を手に席を立ち、主役であるトゥーレとリーディアの元へ挨拶に向かう者や、旧交を温める者など活発な交流が始まった。
 同盟以前から交流の深い間柄だ。そこかしこで談笑する声が聞こえ始めた。両陣営とも主だった重臣が勢揃いする交流の場は久しぶりなため、会場内はさながら小規模なサミット会場と化していた。



 主役の二人はお互い会話する暇もないほど、引っ切りなしに訪れるお祝いの挨拶に卒なく対応していた。

「さて、と・・・・」

 トゥーレは人の流れが一段落したところを見計らって徐に立ち上がった。もちろんこっそりと抜け出す気が満々であった。
 しかし―――

「トゥーレ様、どちらに行かれますか?」

「!? そ、其方たち!?」

「どうぞこちらへおいでくださいませ。シルベストル様がお待ちです」

 何気なさを装ったものの、立ち上がった瞬間にはすでに両脇をシルベストルの側近が固めていたのだ。

「ちょっと待て! 雉撃きじうちくらい行かせろ!」

「有無を言わせず連れてくるようにとのことですので、申し訳ございませんが我慢していただきます」

 トイレを訴えるトゥーレだったが、側近に素っ気なく却下される。もちろん雉撃ちはトゥーレの逃げ出す口実であるが、感情を排除したような硬い表情を貼り付けた彼らも、トゥーレとの付き合いは長いため扱いは熟知していた。
 果たして半ば引き摺るようにして連れて行かれた先には、満面の笑みを浮かべたシルベストルが待っていた。

「シルベストル、貴様覚えてろよ!」

「さて、いったい何のことでしょうか?」

 今まで何度も出し抜かれているシルベストルは、今宵の晩餐会でもトゥーレが抜け出すに違いないと確信し、部下に対してトゥーレ捕獲の密命を与えていたのだった。
 まんまとトゥーレを出し抜くことに成功したシルベストルは、惚けながらも清々しい笑顔を浮かべていた。

「くっ・・・・」

 両脇を固められたトゥーレは力なくがっくりと項垂れる。
 トゥーレは紳士然と佇むシルベストルの背中に、蝙蝠のような黒い羽と細長く先の尖った尻尾を幻視するのだった。
 こうしてシルベストルに確保されたトゥーレは彼に連行され、あらためてオリヤンを初めとするウンダルの重臣へ、挨拶をきっちりとおこなったのであった。
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