都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

閑話 勇魚取り(1)

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 王都アルテの近郊に小さな漁村がある。主に鯨取りを生業としている数百名が暮らす小さな村だ。
 村では鯨の事を勇魚いさなと呼び、鯨を捕る漁師達は勇魚取いさなとりと呼ばれていた。獲物として狙う鯨は、コククジラやセミクジラなどの小型のものから、ナガスクジラのような大型のものまで様々で特に種類は問わない。
 漁に使う舟は小型のものしかなく外洋までは出ていけないため、村の近くまで回遊してくるのを待つしかなかった。獲物は日を置かずに現れる日もあれば一ヶ月近く姿を見ない事もあり、生活は安定しているとはいえなかったが、一頭仕留めることができれば、数ヶ月食いつなぐことができるほどの潤いを村にもたらした。
 捕鯨には花形である銛撃ちが乗り込む足の速い竹の葉のような細長い小型の舟や、鯨の行く手に先回りして行動を封じる網を落とす中型の舟など、役割ごとに種類があり総勢三〇〇名で約三〇艘に分乗して鯨を追う。
 船乗り以外にも陸で見張りや解体に携わる者を合わせると、正に村を挙げて一頭の鯨を狙う誇りある一族だった。

 ザオラルがオリヤンと共に乱の鎮圧に奔走していた頃、ザオラルはこの村から男や舟を徴発して反乱軍の拠点に奇襲を仕掛け、見事に鎮圧したことがあった。
 その後、戦勝のお祝いに村の男たちから歓待を受け、ザオラルは村一番の銛撃ちだったヘカテの家に招かれた。
 ヘカテは酒の勢いに任せて捕鯨について語り、ザオラルは膝の上にヘカテの子ピエタリを座らせて、興味深く彼の話を聞いていた。
 たった一晩の邂逅であったが、ヘカテと意気投合したザオラルはその後幾度か共闘し友情を深めていった。それはザオラルがサザンへと戻っても変わることがなかった。


 それから三十年後、村は未曾有の危機に直面していた。
 付近を流れる海流の影響なのか春から夏にかけて鯨の姿が一頭も見えず、希に水平線付近に噴き上がる潮が見えても彼らの持つ船では届かない距離ばかりだ。彼らは悔しそうに指を加えて見送ることしかできなかった。
 そんな日が三ヶ月以上も続いた、茹だるような夏の日。
 崖の上の見張り台から数ヶ月ぶりに狼煙が上がった。
 それは鯨発見の合図。
 閑散とした村は俄に活気づき、子供たちは歓声を上げながら見張り台へと走っていく。港では沸き立った男達が出漁の準備を進めていた。
 しかしこの時、父ヘカテから一番銛を継いでいた、ピエタリを初めとする漁の主力を担う男たちは軍役のため村を離れていて不在だった。村に残るのはまだ経験の浅い若者と引退した老人や女子供のみだったのだ。
 それでも久しぶりの獲物発見の報に、男たちは準備が整うと先を争うように沖に漕ぎ出していく。

「どうだ?」

「近付いてきてるがまだ遠い!」

 祈るような気持ちで鯨を見守る見張り役の男たち。その祈りに応えるように少しずつ鯨は村に近付いてきていた。



―――焦れったい時間が過ぎていく。



 日差しを遮る屋根が付いている見張り台はともかく、その下で行方を見守る子供や老人には、容赦なく夏の太陽が照りつけていた。それでも彼らは汗を拭うことも忘れて沖を見守る。
 鯨は尚も近付いていて、彼らの漁の縄張りに既に入っていた。久しぶりの得物に期待が高まっていく中その思いも虚しく、しばらくすると見張り役から残酷な一言が告げられる。

「駄目だ、ありゃあマッコウだ!」

 その言葉に一斉に天を仰ぐ村人たち。

「見間違いじゃねぇのか?」

「間違いねぇ。進行方向に潮が上がってらぁ。それにあのでっかい頭は間違えようがねぇよ。大きさからいって雄のマッコウだ!」

 一縷の望みを託した彼らの願いも、見張りの目は誤魔化せない。男は淡々と事実を突き付け、見張り台の周りには重い空気が流れた。
 マッコウクジラは肥大化した頭が特徴で、その大きさは全長の三分の一を占めるほどだ。また噴気孔が頭部正面に位置しているため、前方へと潮を吹く特徴があり間違えようがなかった。
 大型の部類に入るこの鯨は、普段であれば一斉に活気づく獲物であったが、今は主力となる男たちがいない。居残りの者にとっては荷が勝ちすぎる獲物だったのだ。
 雄のマッコウクジラは、全長が十五メートルを超え重さも五十トンを誇る巨体になる。彼らが乗る舟よりも遙かに大きい体躯に恐怖を覚え、慣れない者には近付くこともできないのだ。

「どうする?」

 漁師を引退し村長となっていたヘカテは、見張り台で誰ともなく呟いていた。
 漁の可否は村長である彼の判断で決まる。
 沖で臨戦態勢で鯨を遠巻きで囲む男たちも見張り台からの指示待ちだ。
 仕留めることが叶えばこれまでの不漁を取り返せるほどの潤いを村にもたらすことができるが、今包囲している者たちに果たしてそれが可能なのか。
 大型のマッコウクジラは村総出で向かうほどの相手だ。
 士気高く沖に出て行った男たちは、雌のマッコウクジラどころか小型のセミクジラでさえ仕留めた経験が少ない者たちだ。
 漁が成功する確率は限りなく低かった。普段であれば迷うことなく漁の中止を決断するところだ。しかしこの機会を逃せば、次にいつ鯨が現れるか分からない。
 ヘカテは直ぐに判断を下せなかった。
 この場にピエタリたち主力がいない不運を彼は呪った。
 そこにヘカテの傍で望遠鏡を覗く見張りが叫ぶ。

「ちょっと待て! こりゃ・・・・寿命かも知んねぇ。随分弱ってるぞ!」

 マッコウクジラは五十年を超える寿命をもつ鯨だ。
 長年生きてきた鯨の頭には、白く変色した無数の傷が見受けられる。それが木の年輪のようにおよその年齢を計る目安になる。見張りが覗く望遠鏡の先の鯨は、白い無数の傷痕があり、体長の大きさもあって老成した個体だと推測できた。
 本来は長時間潜水できる種類で、一度潜れば一時間以上潜水できる能力を持っている。しかし発見した個体は長くても数十分しか潜水せず、休んでいるのか海面を漂う時間が長かったのだ。

「村長、どうする?」

「・・・・白旗を振れ!」

 長い間目を瞑って黙考していたヘカテは、目を開くと決断の合図を下す。
 白い旗は『開始』の合図だ。
 見張りの見立て通り、弱った寿命の近いマッコウクジラなら若者でも仕留められるとの判断だった。

―――だがそれが取り返しの付かない悲劇を生むことに繋がる。
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