都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

34 リーディアとの女子会(1)

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「・・・・やはり、そうなったか」

 トゥーレは呆れた様子で天を仰いでいた。

「うぅぅぅ・・・・。申し訳ございません。反省します」

 狩りの成果に大満足し、翌日意気揚々とフォレスに戻った彼らを待っていたのは、萎れたように小さくなったエステルと、疲れ切った表情で目の周りに濃い隈を浮かべたヨウコだった。
 トゥーレやユーリが危惧していた通り、暴走したエステルが案内役のヨウコを始め護衛を散々振り回したのだった。
 彼女はトゥーレが心配していた通り、側近の制止も聞かずに興味の赴くままに動き回った。
 その行動に慌てたのは、案内兼護衛を引き受けたヨウコだった。視察を計画し、各所に先回りして配置していた護衛が無駄となっただけでなく、暴走するエステルを見失わないよう必死で追いかけたのだ。
 彼は街を案内するつもりが、結局一日中エステルを追いかけていたのだという。
 流石にトゥーレの想像の斜め上をいくエステルの暴走具合に、取り急ぎ目の前で小さく萎れているエステルに拳骨を落とし、一晩経っても疲労の色が抜けていないヨウコに謝罪をおこなう。

「ヨウコ様、この度は妹が迷惑を掛けた。本当に申し訳なかった」

「いえいえ、私の方こそ胸を張って案内を請け負ったにも関わらず、勤めを果たせず申し訳ない」

 ヨウコは案内役の勤めを果たせなかった事に強いショックを受けている様子で、疲労と相まって今にも倒れそうな程顔色が悪かった。

「ヨウコ様が一緒なら、それほど暴走する事はないだろうと見誤ったのは俺だ。こんな事ならユーリを付けておくべきだったと思う」

 彼女の側勤めですら翻弄するエステルの暴走を止められるのは、家族を除けば今の所ユーリしかいないのだ。
 今回は初めての場所で馴染みのないヨウコが案内役だった。そのためエステルもそれほど羽目を外すことはないだろうと高をくくっていたのが裏目に出てしまった。トゥーレは改めて何処でも物怖じせず暴走できるエステルに戦慄を覚えるのだった。

「ヨウコ様、この度はご迷惑をおかけいたしました。わたくし、余りにも楽しかったもので、少々羽目を外しすぎました」

 エステルもそう反省の弁を述べて頭を下げる。
 エステルの『少々』という言葉にヨウコやリーディアの顔が若干引き攣っていたが、兄妹はそれには気付いていない様子だ。

「それにしてもエステル姫様はお元気ですね。私もリーディアで苦労させられたので慣れているつもりでしたが、まさかそれ以上だとは思いもしませんでした」

「まぁヨウコお兄様!」

 顔を真っ赤に染めて兄に抗議するリーディアの傍らで、今度はトゥーレとエステルが顔を引き攣らせる番だった。

 この日は、午後からダニエルとの会談やオリヤンとの謁見をこなした。
 しかし、エステルは翌日に控えたリーディアとのお茶会に思いを馳せ、そわそわと落ち着きのない態度を抑えられずに、再びトゥーレから拳骨を落とされる羽目になった。

「い、痛いですお兄様!」

 頭を抑えて涙目で訴えるエステルに対し、ギロリと無言で睨むトゥーレ。さらに不満に口を尖らすエステルに拳を振り上げるが、素早くユーリの陰に隠れてしまった。
 結局その日は、それ以降トゥーレには近付かずにユーリが終日エスコートする羽目になったのである。




 そして、翌日はエステルが待ちに待ったリーディアとのお茶会の日だ。

「いいか、自分の気持ちを抑えられないならば二度とサザンから出さないからな」

「はぁい。鋭意努力いたします」

 朝からトゥーレとユーリから念押しされたエステルは殊勝な表情を浮かべてそう返事をするが、今まで何度となくこの顔に騙されてきた彼には不安しかなかった。現にそう口に出しながらも既に心ここにあらずといった様子だ。

「それではお兄様、行って参ります」

 そう言ってウキウキと出掛けて行くエステルの後ろ姿に、嬉しそうにブンブンと振られる犬の尻尾を幻視する。サザンを離れて完全にたがが外れてしまったのか、普段以上に抑えが効かなくなっているエステルを見送りながら思わず二人で溜息を吐くのだった。

「不安しかないが、リーディアに任せるしかないだろう」

 本日のお茶会は女性だけでおこなうため男性の側近は参加出来ない。
 トゥーレは同じくお茶会に参加出来ないアレシュに誘われて、城の馬場で技を競うことになっていたのだ。二人は後ろ髪を引かれる思いを振り払う様にそれぞれ準備に取り掛かるのだった。

「本日はお招きいただき、ありがとう存じます」

「エステル様、ようこそいらっしゃいました。今日は楽しみましょうね」

 お互い名前こそ知っていたものの、顔を合わせたのは二日前の挨拶の時が最初だ。それほど言葉を交わしたわけではないため、探るような当たり障りのない挨拶からお茶会が始まった。
 女性ばかりとあって側勤めも含めて非常に華やかだった。
 リーディアは色付いた野山のような山吹色の落ち着いたデザインのドレス姿だ。ウエストには黒いレースのサッシュ、肩にも同色のショールを羽織り橙と黒のコントラストが美しく大人びた印象を与える。頭には深紅や淡いオレンジ色の花に、白い小花がちりばめられた花飾りが赤い髪に映え、首にはトゥーレから贈られたネックレスが揺れていた。
 対するエステルは可愛らしいドレープの薄紫色のドレスだ。派手な装飾はないが紫の濃淡で可愛らしくデザインされていた。肩にはドレスよりも濃い紫色のふんわりとしたショールが掛かっている。編み込まれたツインテールには、白と紫の大きめのリボンが結ばれ、胸元にはリーディアと同じくトゥーレから贈られたブローチが留められていた。
 二人が席に着くと、リーディアの側勤めが優雅な動作で彼女たちの前にお茶とお菓子を出していく。
 リーディアはお茶と菓子を一口ずつ口に含んで毒味をして見せるとエステルに勧め、お茶会が始まった。

「エステル様、フォレスの街はいかがでしたか?」

「ええ、とっても美しい街でした。お城を出た所から見える眺めが特に美しく、わたくしはとっても気に入りました。遠くに黄金色こがねいろに染まる草原や色付いた木々が見え、余りにも美しい景色に思わず時間を忘れて見とれていました」

「あそこからの眺めはわたくしもお気に入りなんです。春、夏、秋、冬と季節ごとにそれぞれ見応えある景色を見ることが出来るんですよ」

 自身が大好きな景色を褒められ、リーディアは嬉しそうに微笑む。

「季節ごとに景色を楽しめるなんて素敵ですね。わたくし街の規模も人の多さもサザンとは比べられないほどでびっくりいたしました」

「わたくしはフォレスしか知りませんが、カモフの谷も美しいと聞いています」

「美しいとは思いますが、わたくしにはどちらかと言うと寂しく感じます。ウンダルのように色とりどりではないからかも知れないですけど」

 トゥーレから聞いたカモフの谷に思いを馳せるリーディアだが、エステルから思いがけない評価を聞かされ、少々ムッとした表情を浮かべる。

「わたくしは、早く谷の景色を見てみたいのです。エステル様はどちらの景色も見れてずるいですわ」

「ずるくないです。わたくしはカモフどころかサザンを出るのも初めてなのです。お兄様と色々な場所に行ってデートできるリーディア様の方が、わたくしはずるいと思います」

 悪戯っぽく言ったリーディアに対し、エステルも口を尖らせてリーディアの方がずるいと応酬する。お互い笑顔を浮かべているが目は笑っていない。双方の側勤めたちが動きを止め、はらはらと二人を見守っていた。

「それよりもリーディア様。狩りの話をお聞かせくださいませ。とても大きな猪を仕留められたのでしょう?」

 思いがけず緊張感の増した空気を弛緩させるように、リーディアがお菓子を摘んでお茶を口にする。エステルも軽く息を吐くと、気分を変えるように笑顔を浮かべ狩りの話を催促した。

「とにかくあの時は夢中でしたので、わたくし実はあまり覚えてないのです」

「まあ、そうなのですか?」

「気が付いたら直ぐ目の前に猪が倒れていて。仕留めた手応えがあったことは分かっていたのですが、猪が今にも起き上がってこちらに向かって来そうな気がしてすごく怖かったのです」

 当時を思い出してか両肩を抱くようにしながら目を伏せる。

「わたくし、お兄様から『初めての狩りとは思えないくらいリーディアは凄かった』と聞いていたので、勝手に大活躍だったのだろうと思っておりました」

 俯いてしまったリーディアを元気づけるように、兄の口真似を入れてエステルが戯ける。

「トゥーレ様にそこまで褒められると恥ずかしいのですが、猪を仕留めた後は最後に小さな兎を仕留めただけです。わたくしよりもトゥーレ様やユーリ様の方が余程凄かったですわ」

 狩りの成果で言えばトゥーレとルーベルトの成果はそれこそ圧巻のひと言だったが、ユーリもそれほど負けてはいなかった。彼女からユーリの名が出て褒められると、エステルの顔が嬉しそうに崩れる。

「わたくし、鉄砲は撃ったことありませんけれど、もの凄い音がするでしょう? 怖くありませんか?」

「そうですね。最初は音と反動の凄さに涙が出ましたけれど、今はもう慣れましたから怖くはありません」

 そう言って自嘲気味に柔らかい笑みを浮かべる。

「リーディア様は、鉄砲の他にも剣術や馬術もされますでしょう? わたくしにも出来ますでしょうか?」

「エステル様は、やめておいた方がいいと思います」

 自分にも出来ないかとエステルが何気なく聞いてみると、思いの外強い口調でリーディアから拒絶されたことに目を白黒させる。

「な、何故ですか?」

 動揺を隠せず、少し腰を浮かして前のめりにリーディアに迫る。

「エステル様は折角お綺麗な指や白い肌をしておりますもの。わたくしの様にゴツゴツした手になりたくはないでしょう?」

 テーブルについたエステルの手を見ながらリーディアがはにかんだ。
 リーディアが自嘲気味に笑ったように、彼女の手の平は何度も豆を潰したせいでゴツゴツと固くなり、TPOによっては手袋で誤魔化すこともあるほどだ。肌も日に焼けて浅黒いため、お茶会などでは入念な化粧が欠かせないのだ。

「リーディア様が言うほどゴツゴツした手には見えません。わたくし、リーディア様の手は好きですよ」

 そう言ってリーディアの手を取る。
 手の平は確かに彼女が言うように固く、兄やユーリの手のようだが、甲や指はほっそりしていてしなやかだった。

「ありがとう存じます。エステル様にそう言っていただけて嬉しく存じます」

 そう言うと二人で笑い合うのだった。
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