都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

37 悪巧み(2)

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 現在のストール軍とトルスター軍の兵力比は、十五対一と言われるほどの圧倒的な差が存在していた。
 それほどの差がありながら、今までその軍門に降ることなく存在できているのは、ザオラルの名声を警戒しているのもあるが、多くはカモフの地の利によるところが大きかった。
 トノイのあるゼゼーからカモフへは、陸路でおよそ十五日の距離となり、軍勢の移動となれば一カ月程かかる。道中の三分の一は山間部となっていて、街道といっても多くは獣道けものみちと変わらぬほど道も狭かった。
 ドーグラスがカモフを手に入れようとすれば、まずはその道程を越えなければならない。そしてそれを越えた先にあるのが、これまで何度も攻防戦が繰り広げられたエンだ。そのエンは現在トルスター軍が取り戻し、オイヴァの部下であるビリエルが守りを固めていた。ただしドーグラスが本気でカモフを取りに来たならば、守り切ることはできないだろうという認識をザオラルは持っていた。
 それまでに相手の圧倒的な兵力に拮抗するまではできずとも、戦争になるくらいに軍備を整えておく必要があったのだ。
 戦略や戦術、作戦や装備、兵の練度に士気など、勝負を分ける要素は様々あるが、いくさとは所謂のゲームだ。要するにより多くの兵力を揃えた方が勝つのである。
 例え優秀な騎士が率いる軍勢であったとしても数の暴力には敵わない。その観点で考えれば十五対一という兵力差は、絶望しか見出すことができない差だった。
 その差を少しでも縮めるために、一番手っ取り早いのは傭兵を雇うことだ。しかし傭兵は報酬さえ払えば簡単に数を揃えることはできるが非常に使いづらかった。彼らは戦況の見極めが早く、不利とみれば降伏したり逃散してしまうため、基本的に不利ないくさを強いられるカモフにとっては、信用して背中を預けることはできず、文字通り数合わせにしか使うことができなかったからだ。
 兵力差を埋めるためには単純に数だけではなく、戦力になる兵力を増やすことが必要となる。
 兵士として徴兵されるのは基本的に農民だ。だがカモフは辺境の厳しい環境とあって、そもそも農地が少なく人口も他と比べると非常に少ない。そのため前提となる農夫が少なく兵力が集まらなかった。
 カモフの人口比率でいえば、塩抗夫とその家族が最も多く人口の約七割を占めていて、農夫は二割にも満たなかった。
 カモフで最も人口の多い坑夫だったが、ギルドが支配していた時は身分で言えば農奴という扱いだった。商業ギルドから奴隷のように扱われ、街に入ることは許されない代わりに兵役の義務もなかった。
 ザオラルによって彼等の身分が解放され、坑夫は農夫と同等の扱いに改善された。
 身分が農夫と同じになってもしばらくは兵役の義務がなかった坑夫だが、ちょうどトゥーレが公に出始めたくらいで、その慣例も変わり坑夫が兵役に駆り出されるようになっていた。
 それ以降兵力を集めることにさほど困ることがなくなったが、相対的に兵の練度が下がることになってしまった。これはそれまで兵役を免除されていた坑夫は、槍を持ったことはもちろんなく、鎖帷子の身に付け方さえ知らなかったからだ。
 幸いなことに軍勢が正面からぶつかるような戦いは起こっていないため、今の所練度の低さで困ったことはないが、彼らを戦える集団にすることが喫緊の課題だったのだ。

「まるで子供の遊戯あそびのようだ」

 目の前で繰り広げられる光景を差して、肩を落としたトゥーレが力なく呟いていた。
 訓練の様子を見るためにやって来たのだが、想像以上の結果に呆然としていた。
 項垂れるそのトゥーレの目の前で、見事にバラバラな動きを見せているのは、新兵として集められた坑夫たちだ。彼らは戦時限定で徴兵された兵ではなく、新たに雇い入れた常駐の新兵だった。
 ギルドの解体以降、坑道の現場を知るセノのような者が監督するようになった。そんな彼らが采配するようになると、採掘の効率が上がったため逆に坑道に人が余るようになってしまった。
 その分余分に岩塩を採掘することもできるが、そうすると岩塩の価格が下がり、結果的に彼らの首を絞めることになる。そのため余剰人員が溢れることとなってしまったのだ。セノより相談されたトゥーレは、その余剰の人員の内希望者約一〇〇〇名を救済措置で兵として雇い入れたのだった。
 彼らは通常の兵役と違って常駐の兵力だ。そのため平時であっても彼らには手当が支払われるため、当然財政への負担はもちろんある。それでも平素から訓練により練度を上げることができ、また戦力としてだけでなく土木工事など街のインフラ整備に投入するなど、自由に動かすことができるメリットがあった。

「やれやれですよ」

 傍に立つユーリがお手上げといった様子で肩を竦めた。
 騎士として一軍を率いることになったユーリは、新たに誂えた軍装姿だ。額当てには元坑夫らしく鶴嘴つるはしと剣が交差した図案が刻まれている。剣は彼の代名詞ともいえるツヴァイヘンダーだが、騎士に任ぜられて以降はその長大な剣を持ち歩くことはほとんどなかった。
 騎士として軍の指揮を執ることを求められるようになったことで、前線で振り回す長剣は必要ないのだ。本人も特にツヴァイヘンダーへのこだわりはない様子で、指摘したトゥーレに『あれは若気の至りみたいなものです』と照れたように笑っていた。
 新たに編成した兵は旗下の軍勢を持っていないユーリにその殆どが預けられることになった。しかし従軍の経験がそれほど多くないユーリが、いきなり軍勢を手足のように動かせと言われてもできる筈もなかった。率いる軍勢が従軍経験のない素人集団ならばなおさらだ。

「まぁ予想通りではあるが」

 疲れ切った表情のユーリに対して、トゥーレは人ごとのように涼しい顔をしている。
 軍装に身を包んだユーリに対し、彼は視察・・・・という名目でユーリを冷やかしに来ただけなので平服姿のままだ。
 ユーリには徒党を組んでいたときに大勢の仲間がいたが、彼がトゥーレの手を取った際に仲間の身の振り方はそれぞれの自由意思に任された。その結果多くの者がそのままトゥーレに仕える事になり、今ではオレクのようにそれぞれに見合った分野で活躍し始めている。それでも彼の下に残った者も十数名いた。その内何人かは側近としてユーリの手足となって働き、セノとの連絡役などを務めていた。
 それでもかつてのザオラルのように平民から取り立てられた彼には、自由に動かすことのできる兵がいなかった。そのため今回一〇〇〇名の殆どがユーリの下に組み込まれたのだった。
 トゥーレを前にして盛大に溜息を吐いているユーリだが、坑夫は農夫に比べても膂力りょりょくに優れているため、ザオラルやトゥーレからは大きな戦力となる事が期待されていた。また火薬の扱いに慣れている者も多く、エン砦で活躍を見せたように工兵としても期待できたのだ。
 しかし現状ではユーリが嘆くように上手くいっているとは言い難い状態だった。地面に引いたライン上を指示通りに動くことは問題なくできる。だが流動的な動きを指示すると途端にノッキングを起こしたように、ギクシャクとした動きになってしまうのだ。
 これはユーリが指揮官として経験の浅いことも影響しているが、兵が軍事行動に慣れていないことも大きかった。

「私もそうですが彼らは指示の下、黙々と鶴嘴つるはしを振るっていた連中です。刻々と状況が変わるような状況での指示や判断に慣れていません。指示を出したところで混乱するばかりです」

「珍しいな。貴様がそこまで言うとは」

「普段は黙ってトゥーレ様に従っているんです。たまには言わせてください」

 普段、文句は言いながらも黙々と指示をこなすユーリが、泣き言に近い事を言うのは珍しい。

「俺は無茶を言ってるつもりは無いんだがな」

「自覚がないとは恐ろしいですね。いつも無茶を言って周りを巻き込んでる本人が言う台詞ですか!?」

 鬱憤うっぷんが溜まっているためか普段よりも強い毒を吐くが、トゥーレも負けてはいない。

「俺はできない奴には言わないよ。無茶だと感じるって事はそいつが自分で上限を作ってるんだ」

「マジですか? 相手の資質を見誤ってる可能性もあるでしょう?」

「それは否定しないが、やって貰わないと困るからな」

「開き直ったよ・・・・」

 諦めた様に最後にはユーリが折れ、首を振って項垂れる。
 相変わらず二人の時は辛辣な言葉の応酬となる。これはユーリが騎士となっても変わらなかった。側近の時よりもさらに遠慮が無くなり、より辛辣になった印象さえある。知らない人間が聞けばユーリは不敬罪に問われかねないが、二人にとってはこれが通常の会話なのだ。

「あのぅ、お取り込みのところいいですか?」

 激しい言葉の応酬に傍で聞いていて冷や汗を流すのは、普段からトゥーレに仕えている側近であっても変わらないらしい。ユーリと一緒に訓練を指揮していたルーベルトが遠慮がちに声を掛けてきた。

「何だ!?」

 激しい言葉の遣り取りのまま振り向いた二人に一瞬気圧されたルーベルトだったが、そのまま意見を取り下げるようではトゥーレの側近失格だ。もちろんルーベルトもここまでトゥーレの側近として務めを果たしてきたのだ。二人の眼光に腰は引けているが口は閉じることはなかった。

「彼らは行軍こそ慣れてませんが、鉄砲には高い適性があると思います」

 坑道で日常的に火薬を使っていたからか、鉄砲の音に腰が引けるような者はなく、殆どの者が平気な顔で銃を放っていたという。

「鉄砲が扱えても、指示通り柔軟に動けなければ使えないぞ」

 これから鉄砲は強力な武器になっていくだろう。
 トゥーレを始めカモフ首脳は共通認識として理解していた。特にルーベルトに魔改造された鉄砲の威力を目の当たりにしていたトゥーレは尚更だ。
 しかし彼ら以外の反応としては、既存の武器である弓からの転換になるという認識がほとんどだ。多くの者はその場面を目の当たりにしない限り、その認識を改めることはないだろう。

「うぅん、まぁ、そこは何とかなるかも知れません」

 しばらく腕を組んで考えていたユーリが、顔を上げるとニヤッと口角を上げて笑う。
 常設の兵力ということで個人の練度は日々上がってはいる。今はまだ全員に行き渡っていないが、サトルトが本格稼働すれば鉄砲の装備率も上がっていくだろう。

「何だ!? 悪巧みでも思いついた顔だな?」

「素人考えなのでどうなるかは分かりませんが、上手くいけば面白いものをご覧に入れますよ」

 そこには泣き言を言っていた先程までの顔は無い。ユーリが含みのある言い方をする場合は何か思いついたのだろう。下手に口出ししない方が上手くいくのはトゥーレの経験上分かっていた。

「貴様、物言いが俺に似てきたと言われないか?」

「トゥーレ様に? まさか。私はそこまで天邪鬼ではありません」

「いえ、私からすればよく似た義兄弟きょうだいであらせられます」

 トゥーレの冗談にユーリが返すところまではいつもの掛け合いだが、今日は最後にルーベルトが加わり、辺りに三人の笑い声が響いくのだった。
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