都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

47 エリアス挙兵

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 小舟を見送ったダニエルたちが無言のまま城へと引き上げてきた時だ。血相を変えた使者が駆け込んできた。
 どれだけ急いできたのか、使者は息を切らし鎖帷子の一部は千切れ、顔は汗と泥が混ざったように真っ黒に汚れていた。ここまで必死で駆けつけてきた様子で、口から泡を吹きながら言葉にならない声で何事かを訴えていた。
 その唯ならぬ気配に、居合わせた者に緊張が走る。
 人々の注目を一身に集める中、使者は差し出された水で喉を潤すと驚きの情報を彼らにもたらした。

『エリアス様がフォレスに向けて侵攻中!』

 この一年の間、血眼になってエリアスの行方を追っていた中でのエリアス挙兵の報告だった。
 彼らにとっては想定する中で最悪の報告だった。しかしダニエルは苦々しげな表情を浮かべたものの、一瞬後には毅然とした表情に戻った。

「我らの捜索をかいくぐって兵を起こすとは流石兄上だ! それで、兄上の軍勢はどこか?」

「シ、シーブからグスタフの軍勢と共に侵入し、レボルトを攻めております!」

「レボルトだと!? 馬鹿な! シーブに動きは無かったはずだ!」

 その場の視線が一斉に集まる中、顔を真っ赤にして怒鳴ったのは、レボルトを任されていたヴィクトルだった。

「落ち着け! それだけ兄上が上手くやったということだ」

「しかし!」

 直前までレボルトにいたヴィクトルを落ち着くように慰めると、納得いかない様子のヴィクトルを尻目にダニエルは先を促す。

「問題はレボルトは元々兄上の城だということだ。兄上の軍勢はどれほどだ?」

「およそ八〇〇〇かと」

「思ったほど多くはないが・・・・ヴィクトル、レボルトはどれだけ耐えられる?」

「相手が八〇〇〇程度なら数年だって耐えられる。しかし、レボルトは元々エリアス兄上の部下がほとんどだ。もし守る兵が兄上に呼応すれば、戦わずに兄上の手に落ちているかも知れない」

 多少冷静になったヴィクトルは、今度は青ざめた顔で呟く。
 レボルトはグスタフの治めるシーブとの境界近くにある城だ。そのため常時五〇〇〇名近くの兵力を置いていた。八〇〇〇という大軍で押し寄せたとしても簡単に落とされる事は無いはずだった。
 しかしその五〇〇〇の兵力のうち半数以上はエリアスが城主だった時代から引き継いだ兵力だ。前城主を相手に城兵がどのような行動に出るか読めなかった。

「諦めるのはまだだ。直ぐにレボルトに斥候を送り様子を探らせよ。 残りは出陣の用意だ! 兄上の軍を迎え撃つ!」

 ダニエルは慰めるようにヴィクトルの肩に手を置くと、集まった重臣に向き直り大音声で全軍に陣触れの命令を下した。

「おう!!」

 呼応する声が城の中庭に木霊した。

「しかし、グスタフの軍勢を味方にし、あまつさえこのウンダルに引き入れるとは、堕ちたな兄上・・・・」

 ダニエルは口角を歪めて不敵に嗤うのだった。
 エリアス挙兵の情報が伝わるとフォレス住民は上を下への大騒ぎとなった。
 戦火を避けるため家財を運び出す者や、家族を避難させる者が街道に列を連ねていく。
 かつてフォレスにいた頃に乱暴の限りを尽くしたエリアスは、住民から『赤鬼』と呼ばれ忌み嫌われていた。街の住民にとってエリアスの名は、かつての心的外傷トラウマを呼び起こさせるものなのだ。
 出陣の下知を下してから三日、フォレスの街は避難する住民と集合してくる兵でごった返していた。
 戦上手と名高いエリアスに対し、いくさの実績では大きく劣るダニエルではあるが、オリヤンの後継という自負もある。今回の戦でそれを証明するつもりでいたダニエルは、それこそ寝る間も惜しんで戦準備に明け暮れていた。





「流石にオリヤン殿から直々に教わっただけのことはある。最早私が教えられるような事はなさそうだ」

「ありがとう存じます。ザオラル様にそう言っていただけて、父も喜ぶでしょう」

 リーディアは嬉しそうに答えた。
 トゥーレからホシアカリを贈られて以降も訓練を続け、今ではホシアカリ以外に二頭の乗騎を彼女は鍛え上げていた。それでもホシアカリほど彼女の意のままに操れる馬には出会えていない。実際にホシアカリ以外では、振り落とされることも一度や二度ではなかった。

「トゥーレも姫の前では格好を付けているが、あれもよく落馬して半べそをかいているぞ」

「まあ! トゥーレ様が!?」

 本人がいないのをいいことに、ザオラルが笑顔を浮かべてトゥーレもよく落馬しているとばらす。本人がいれば速攻で阻止に動いたことだろう。
 尤もトゥーレの場合は、かなり無茶な乗り方をしているのが問題だ。そのせいで人馬共に限界を超え、危うく転倒した馬の下敷きになりかけたこともあるほどだった。
 先日の馬場での遭遇以来、彼女は毎朝ザオラルと一緒に愛馬に鞭を入れるのが日課となっていた。
 父が亡くなった事はまだ完全に消化しきれておらず、ふとすると悲しみに沈んでしまいそうになるが、馬を駆っている時だけは全てを忘れることができた。
 一頻ひとしきり愛馬に鞭を当てた後、厩舎でザオラルと並んで愛馬にブラシを掛けていた。
 戻った斥候の情報では、懸念していた通りレボルトは殆ど戦闘に発展することなく開城し、エリアスの麾下へと下ったという。現在レボルトの兵力を吸収したエリアスは、ゆっくりとフォレスに向かって進軍していた。

「大丈夫でしょうか?」

 漠然とした不安を抱えたリーディアが思わず誰にともなく呟いた。

「何か気になることでも?」

「あ、いえ、何だかもやもやした不安が全然消えなくて。気にしすぎかも知れませんが」

 ザオラルに聞こえていたことに少し赤面しながらも、彼女は素直に心情を吐露していた。
 彼女やザオラルはダニエルが連日開いている軍議には参加してはいなかった。しかし漏れ伝わるところによると軍議は楽観論が支配しているという。エリアスの兵力は多く見積もっても一五〇〇〇弱と予想されていた。対してダニエル率いる正規軍は現在すでに兵力二五〇〇〇を越え、さらに続々と増える予定だった。
 兵数がそのまま勝敗に直結するならばこの楽観論は頷ける。
 しかし亡き父が認めた戦上手なエリアスに、始める前から勝ったかのような雰囲気で果たして大丈夫なのか。
 リーディアは集まってくる兵のみならず、ダニエルやヨウコなどの兄ですら弛緩している様子に漠然とした不安を覚えていた。

「今回の戦いは言ってしまえば後継者争いの兄弟喧嘩だ。小さい頃より比べられて育った二人ゆえにお互いの事をよく知った者同士の戦いとなる。いくら戦上手と言われるエリアス殿でも二倍以上の兵力差を覆すことは難しい。勝った気になり気が緩むのは仕方ないだろう」

 ザオラルはリーディアが不安を覚えることに理解を示しながらも、ダニエル陣営に広がっている楽観論について説明した。そしてリーディアと同様にそれに対する懸念も口にする。

「本来であればそんな気分を引き締めねばならぬ立場のダニエル殿だが、他の者と同じように気が緩んでいるように見えるのは気にはなる」

「それをお兄様にお伝えすることはできますか?」

 縋り付くような目でザオラルに訴えるリーディアだったが、ザオラルは静かに首を横に振る。

「意見を求められれば答えられることもあるが、残念ながら私は軍議に呼ばれていない。軍議の出席者を見てみると、ダニエル殿に近しい者ばかりだ。これでは一度傾いた楽観論を覆すことは難しい」

 一番の問題はダニエルへ讒言ざんげんできる側近がいないことだ。軍議には初めこそヨウコやヴィクトルといった兄弟が呼ばれていたが、回数を重ねるにつれて呼ばれなくなり、今はほとんどダニエルの側近で固められていた。
 このような状態ではいくらザオラルが意見をしようとも、話を聞いてくれるとは思えなかった。

「もう、止めることはできないのですね」

 寂しそうに伏し目がちに呟く。
 リーディアとて二人の衝突は避けられないものと理解している。しかし兄弟の争いに関係のない街の人々が巻き込まれてしまうことは残念でならなかった。

「気休めになるような事を言うべきだとは思うが、十中八九避けられない戦いになる」

 今まで抑止力として存在していたオリヤンというたがが外れたのだ。
 周りがどう動こうとも二人は決着を求めているのだ。誰だろうと止める事は叶わないだろう。

「この街は戦場になるのですね」

 小さい頃から一緒に遊んでいた友達も、何人かは今回初陣を迎えると聞いた。
 姉のように慕っていた馴染みの雑貨屋のアルマは、幼い二人の子を連れて疎開するようだ。他にも父のように身近だった人たちの中にも恐らく戦場に立つ人がいるだろう。そのうちの何人かは二度と会うことが出来なくなるかも知れない。

 覚悟はしていたつもりだった。

 騎士を目指していたのは、父やトゥーレの力になりたいという想いと、大好きなこの街を守りたいと考えたからだ。
 実際には根本的な体力や膂力りょりょくでは到底男性に敵わず、早々に剣や槍では役に立たない事を思い知らされた。しかし、馬や鉄砲の扱いならばオリヤンやトゥーレが一目置くほどの腕前となった。
 ただしこれには『訓練ならば』という枕詞が付いた。
 どれだけ優れた実力を持っていたとしても、実際に人を殺めたことがあるかどうかで戦働きが違ってくる。戦場はそれこそ死に物狂いで立ち向かってくる相手を目の前にして、迷いや怯えに囚われてしまえば実力が劣る相手にも簡単にたおされてしまう場所だ。
 今のように迷いのある状態では、リーディアには甘いトゥーレであっても、彼女に背中を預けることはできないだろう。
 人の生死の中を潜り抜けてきた者には、曖昧な表現になるが、自分とは違うを纏っているようにリーディアは感じる。一度でも死線を潜り抜けた者は、例え名も無き兵卒といえどその身に纏っているもの。戦場に立ったことさえない彼女では、絶対に纏うことができないもの。
 タカマで一度襲撃されたが、淡々と行動したトゥーレたちに対して彼女は何もできなかった。あのときにそれさえ持っていれば、トゥーレを怪我させることも無かったのかも知れず、今もこんなに怯えることは無かっただろう。
 ホシアカリに丁寧にブラシを掛けながらそう考え続けるリーディアだった。
 彼女の愛馬は彼女の気持ちを知ってか知らずか、いつもと変わらぬ優しい眼差しを主人に向けていた。
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