都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

46 涙雨

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 翌朝、悲しみに包まれる人々の想いに引き摺られたのか、曇天の空からいつの間にか雨が降り出していた。
 夜明けとともにフォレスの街にオリヤン薨去こうきょが布告され、一ヶ月後に葬儀が営まれることが合わせて発表された。
 城の正門脇に献花台が設置されると、悲しみに暮れる多くの住民達が途切れることなく列をなし、オリヤンとの別れを惜しんでいた。翌日からは訃報を知った者がウンダル各地のみならずアルテミラ各地から続々と集まってきていた。

 オリヤンの葬儀まであと三日と迫ったこの日、カモフよりシルベストルがやって来た。

「ザオラル様、テオドーラ様」

「シルベストル、よく来た」

 沈痛な表情を浮かべたシルベストルが、言葉少なにザオラルと挨拶を交わす。

「トゥーレ様が代理として行ってこいと・・・・」

「そうか」

「それで、ザオラル様はオリヤン様の最期には?」

「うむ・・・・静かに、眠るように逝かれた」

「そうですか・・・・」

 シルベストルはそう言うと静かに目を閉じた。
 ザオラルと同様、シルベストルもオリヤンとは三十年以上の付き合いだ。アルテミラにいた頃は官吏やザオラルの従者として。そしてカモフに移ってからはザオラルの代理としてオリヤンと顔を合わせてきた。
 当初は参列する予定がなかったシルベストルだったが、長い付き合いを知っていたからこそトゥーレは彼を自身の名代として派遣したのであった。

「それとトゥーレには申し訳ないのだが・・・・」

「リーディア姫様の件ですね」

「うむ、喪が明けるまで延期となった」

「そうなるだろうとトゥーレ様も仰られておりました」

 本来であればこの春にリーディアがカモフへの輿入れとなる筈だったが、オリヤン薨去に伴い一年延期にして欲しいとの申し入れがウンダル側から打診されたのだ。カモフ側としても断る理由もなく、訪問していたザオラルが受け入れたためリーディアのカモフへの輿入れが一年延期となった。
 ザオラルがシルベストルとオリヤンの思い出を語り合う中、エリアスに代わってレボルトを守る四男のヴィクトルが帰還してきた。
 トゥーレよりも一歳年長の彼は、幼い頃にトゥーレがフォレスを訪れた際には、人見知りが強かったリーディアよりも年の近いヴィクトルと初めは仲が良かったくらいだ。トゥーレとして訪問するようになってからは、それほど会う機会はなかったが、それでもリーディアの兄の中ではヨウコに次いで友誼を重ねていた。彼はトゥーレが今回は留守番だと聞くと一瞬残念そうな表情を浮かべた。

「ヴィクトル、お前が戻ってきて大丈夫なのか?」

「ええ、シーブに偵察を放ちましたがグスタフの動きはありませんでした。父上の葬儀が終われば直ぐに戻ります。ダニエル兄上に挨拶してから少し休みます」

 僅かな護衛と共に帰還したヴィクトルは、出迎えたヨウコにそう答えると、疲れた表情を隠すことなく城内へ向かった。
 その翌日には王都アルテからレオポルド第三王子が王の代理として下向してくるなど、葬儀が近付くに連れて各地から続々と弔問客が訪れ、城も街も悲しみを忘れるように慌ただしくなってきていた。



 オリヤンが亡くなってから寝付けぬ夜を過ごしていたリーディアは、頭を空っぽにするため朝も明けぬうちから馬場にてホシアカリに鞭を入れていた。
 馬場は朝霧に包まれ見通しが悪いが、馬を走らせる事ができないほど視界が悪くもなかった。早朝というのもあってリーディアの他にはちょうど馬場の反対側に一騎いるだけだった。
 一心不乱に馬に鞭を当て続け、どれほど時間が経っただろうか。気が付けば霧は晴れ、空には太陽が顔を出そうとしていた。

「ふぅ・・・・」

 水筒から直に水を飲んだリーディアは大きく息を吐いた。このところ部屋で塞ぎ込んでいた彼女は、久しぶりの心地よい疲れにすっきりした表情を浮かべた。塞ぎ込むリーディアを心配した彼女の側近によって、半ば強引に馬場へと連れてこられたのだ。
 ここ数日感じていた胸の奥にあったしこりのようなつかえも綺麗に消えてなくなっていた。

『雰囲気がトゥーレ様に似ている』

 そう思い、吹き出た汗を拭いながら並足なみあしで進む彼女の傍を、一騎の騎馬が風のように駆け抜けていく。

『雰囲気がトゥーレ様に似ている』

 リーディアはそう思い何気なくその騎士を見つめていた。
 やがてその騎士が速度を落として馬場を一周してくると、見覚えのある馬上の騎士に思わず声を掛けた。

「ザオラル様!」

「おおっ、珍しく他にも誰か馬場にいると思っていたが、リーディアだったか!?」

「わたくしもザオラル様とは思いませんでした」

 リーディアに気付いたザオラルが馬を彼女の傍に寄せ、二人は並んで馬場を引き上げていく。

「其方は部屋で塞ぎ込んでいると聞いていたがもう大丈夫そうだな」

「アレシュに無理やり馬場へと放り出されたのですが、おかげでスッキリすることができました。テオドーラ様にもご心配をおかけいたしました」

「そうか、それは良かった。余り塞いでいるとその分立ち上がるのに力が必要になるからな。テオドーラも安心することだろう。」

 ザオラルはほっとしたように笑みを浮かべる。
 彼女はオリヤンが亡くなってからというもの自室に引きこもり、食事もほとんど摂らずに周りの者を心配させていた。一度テオドーラが彼女の見舞いに訪れたが、会話らしい会話もなくテオドーラを心配させただけだったのだ。

「ザオラル様は毎朝馬場に出られているのですか?」

「そうだな、長く続けているせいか毎日この時間に馬場に出ないと落ち着かないのだ」

「明日からわたくしもご一緒してよろしいでしょうか?」

 厩舎での別れ際、遠慮がちにリーディアが少し上目遣いで問いかける。

「わたくし父と毎朝馬場に出ていたんですけれど、病床に伏せてからはほとんどひとりで走っていたんです。今日馬場でザオラル様をお見掛けして、その、後ろ姿がトゥーレ様に見えて・・・・」

「ああ、トゥーレの代わりでも構わんよ。それと延期になったのは残念だったな」

「父が倒れてから延期となるのは覚悟はできておりましたので、残念ですが仕方ありません。ですが、やっぱり父が亡くなったことは寂しくて・・・・。すごくトゥーレ様に逢いたくなってしまいました」

 泣き笑いのような顔でリーディアはそう告げると、泣き顔を隠すように『明日からよろしくおねがいします』と告げ、足早に自分の厩舎へとホシアカリを連れて行った。
 その後ザオラルが滞在中、二人は毎朝馬に鞭を当てるのが日課となるのだった。



 この日、数日間続いていた快晴から一転して、オリヤンが亡くなった日のように朝から重い雲が空を覆っていた。春とはいえまだまだ肌寒く、空模様と相まって人々に陰鬱いんうつな影を落としていた。
 葬儀には国王の名代であるレオポルド王子を始め、王国各地から多くの騎士が参列し、アルテミラ史上最強と謳われた偉大な騎士の名に恥じないものであった。
 葬儀に参列できない市民も早朝から城門へと続く大通りに、最期の別れを告げるため雲霞うんかの如く押し寄せていた。
 やがて城内での葬儀が滞りなく終わり正門が開かれると、濃紺地に黄金の麦穂があしらわれたストランド家の紋章を刺繍した巨大な軍旗を掲げたダニエルを先頭としてゆっくりと葬列が進み出てくる。彼は背面に銀糸で麦穂が刺繍された黒地のフード付きローブを頭からすっぽりと被っていた。
 その後にはオリヤンの妻であるファリスとアデリナが粛々と続く。ファリスはヨウコとヴィクトルの母、アデリナはリーディアの母だ。二人は香炉を手にダニエルと同じように頭からフードを被っている。ローブから覗く衣装も黒いシンプルなドレスで装飾や刺繍も施されてはいない。彼女らの後ろにはまだ幼いダニエルやヨウコの子が神妙な顔で続いた。
 その後ろから輦台れんだいに乗せられた真っ黒な棺が続いてきた。
 輦台を担ぐのは、ヨウコ、ヴィクトルなど成人しているオリヤンの息子達を始め重臣達十名だ。その最後尾にはザオラルの姿も見ることができた。それが通り過ぎると四列に整列した黒い騎士の列が続いていった。
 葬列は港へと続く大通りをゆっくりと下っていく。沿道で見送る市民の中には生前の姿を思い出しむせび泣く者の姿が多く見られた。
 余談だが、この棺にはオリヤンの遺体は納められていない。
 遺体は清められた後、亡くなった翌日には近親者のみで仮葬儀がおこなわれ、ひっそりと埋葬されていた。そのため棺の中には遺体は無くオリヤンに見立てた藁人形が入っているだけだ。
 この葬儀の時点で死後一ヶ月が経っている。
 真冬でも遺体を五日も安置していれば、香をめていたとしても腐乱臭ふらんしゅうを誤魔化すことは難しい。まだ肌寒いとはいえ現在は春である。
 また戦乱期にあっては遺体の回収も満足にできないことも多い。戦に出る者は予め形見となる品を家族や恋人に預けて出征していく。万が一帰ることが叶わなかった際には、その形見の品を人形に入れて本人の代わりとするのだ。棺の中の人形にはオリヤンの頭髪が入れられていた。

 静々しずしずと進む葬列の中に雨が落ちてきていた。
 まるで葬儀に合わせたかのような静かな霧のような雨だった。
 雨は葬列や見送る市民達に分け隔て無く降り注ぎ、悲しみに沈む心を癒やすかのようにゆっくりと染み渡っていく。
 港へと到着した棺は、輦台から降ろされ白木で誂えた小舟へと乗せられた。そこで参列者が最後の別れを告げるように細い枝を小舟に積んでいく。参列者全員が終わると黒い棺が見えなくなるほど小枝に覆われていた。
 準備が調うと小舟は漕ぎ出していき、湾の出口付近で漕ぎ手は随伴の船に乗り移り、棺が乗せられた小舟に火が放たれた。小糠雨こぬかあめの中でも火勢は衰えず、やがて立ち上るような火柱を上げながら、小舟はゆっくりとフェイル河を下っていくのだった。
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