都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

6 夜襲

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「いよいよだぞ!」

 トゥーレからに『湖を任せる』と直々に命じられた彼は、執務室を出ると上気した顔で、付き従う二人の副官に声をかけている。
 余程興奮しているのか、ピエタリは小柄な身体で大股で歩きながら、部屋を出てからずっと同じ言葉を繰り返していた。副官たちも流石に苦笑を浮かべているが、彼の気持ちも分かるだけに黙って従っていた。
 ザオラルに招かれ、トゥーレの元で港を造るところから携わってきた。エメラルドグリーンの水を湛えたキンガ湖は塩分濃度が強すぎて生き物の姿はなく、銛と網の代わりに彼らはひたすら槌を振るい続けてきた。
 この春には建造していた旗艦がようやく完成し、ジャンヌ・ダルクという異国の女神の名が付けられた。現在は艤装作業を進めながら二隻目の同型艦の建造も始まっている。
 不幸な遭難事故のため再興不能だったとはいえ、生まれ故郷と誇りある勇魚取りという職を捨ててサトルトへと移って約二年。ようやく恩を返す機会が訪れたのだ。

「いよいよだ!」

 繰り返し呟かれるピエタリの言葉は、彼ら一族の気持ちを代弁していた。



 その日の夜、もやけぶる湖を、小舟ボートに分乗したピエタリたちは静かにサトルトを出発した。
 急遽かき集めた小舟は、十丁櫓から十六丁櫓と大きさがばらばらだ。三艘の小舟は、靄の中を音も無く湖上を滑るように進んでいく。

「ピエタリの旦那、こうやって舟に乗ると昔を思い出しませんか?」

 ピエタリと同乗している部下が感慨深げに振り向く。
 鯨を追っていた頃は、疑うことなく死ぬまでこの生活を続けるのだと思っていた。それが今は海のない内陸の辺境地で、水軍の指揮官などと冗談のような立場に立っている。
 感傷に浸る訳ではないが、やはり海での生活が懐かしいと思う事はある。しかし、戻れるならいつか戻りたいかと問われれば即答はできなかった。村を挙げて一頭の鯨を追う漁は獲物が捕れている時はいいが、不漁になった途端村全体が飢えるのだ。誇りを持って銛を握っていたが、自分の思いだけでなく村の生活を賭けて投げる銛は非常に重かった。

「そうだな。だが気を抜いて座礁させるなよ」

「こんな凪いだ湖で座礁させる馬鹿なんていませんよ! なぁみんな!」

 そう言うと他の水夫に同意を求める。水夫は櫂を動かしながら『そうだ』と口々に同意した。カモフに来てから新たに加えた者もいるが、彼が鍛えた頼もしい者たちだ。
 キンガ湖はこれまで何度も航海し、彼らにとってもはや庭と言える湖だ。夜の靄の中とはいえ、うねりの強い海で生きてきた彼らにとって、凪いだ湖などで座礁させるヘマなどしない。

「よいか! 故郷を失い、恥を忍んでこの地に身を寄せて生きてきた。それも今日までだ。今日、この時より我らはザオラル様とトゥーレ様の恩に報いるため、持てる力を尽くす! このいくさ、勝つも負けるも我らの働き次第だ。気合い入れろよ!」

『おう!』

 ピエタリの檄に一斉に舷側に櫂を打ち鳴らし、水夫たちは気合いの入った声を上げた。



 湖面を滑るように進んでいく彼らは、僅か二時間でネアンの灯りを遠く臨む位置にまで到達した。

「すげえな、まるで街が燃えているようだ」

 ネアンはトルスター軍の奪還を警戒してか篝火が煌々と焚かれ、そこだけがまるで昼のように靄の中に浮かび上がっていた。

「あれだけ明るいと『襲撃が怖い』と言ってるようなもんだな」

 ほとんど無血で手に入れたとはいえまだ二日目だ。
 ヒュダやジアンが率いる兵が入っているとはいえ、ネアンを守っていた兵も丸々残っている。表面上は掌握しているのだろうが、元々ネアンを守っていた兵をそこまで信用できないのだろう。
 幸いにも谷には靄が立ち籠め、彼らの姿を隠してくれている。赤々と燃える篝火を見たピエタリは、襲撃よりも反乱を警戒しているように感じていた。
 三艘の舟は水面を音も無くネアンへと近付いていった。
 やがて靄越しにでも炎に照らされた街の様子が分かる距離になると、船を静かに止める。

「旦那! 景気づけの初撃たのんます!」

 そう言って部下が黒い光を放つ魔砲をピエタリに手渡した。

「ようし任せろ!」

 受け取ったピエタリは続けて赤い弾頭の魔炎弾も受け取り、薬室を開いて手早く装填する。銃身を閉じたピエタリは仰角をつけて魔砲を構える。

―――シュポァッ

 引き金を引くと口径の大きさに比べ拍子抜けするほどの軽い音を立てて魔法弾が発射された。
 弾丸は橙色だいだいいろの光の帯を引きながら、ネアンへと向かってゆっくりと飛んでいく。
 魔砲弾は鉄砲に比べると射程は長くなるが、欠点としては弾速が目で追えるほど遅いことだ。そのため動く標的の場合は単発では避けられてしまう。もっとも通常弾と違って着弾すると数メートルの火球となるため、それほど問題視されておらず現在サトルトで急ピッチで量産にかかっていた。
 程なくして港に建つ倉庫群の一棟に着弾し火球が開く。
 途端に警戒に当たっていたネアンの兵が、何事か叫びながら慌てた様子を見せ始める。

「よし、砲撃開始!」

 その様子を確認したピエタリは、満足したように頷くと部下に下知を飛ばした。
 虎の子の魔砲六挺から一斉に放たれた魔砲弾は、夜の闇を音も無く光の帯を引きながら飛翔する。靄に煙っていることもあって一種幻想的な光景を作り出した。
 しかしその見た目と違い着弾時の威力は凶悪だ。
 倉庫、桟橋、商船といった港の施設や城門やそれに併設されている兵舎に火球が次々に咲いた。
 火球は一秒も経たず消えるが、木造の建造物からは火が、石造りの城壁でさえも状態によっては一部が硝子状に溶けるほどだった。

「周囲を警戒しつつ、消火だ! 急げっ!」

「火を消せ! 延焼を防ぐんだ!」

「いや、敵だ! 敵を探せ!」

「船だ船を守れ!」

 港では怒号が飛び交っていた。
 兵舎や倉庫、さらには船などに同時多発的に炎が立ち上ったことで、指揮系統が混乱。消火作業に当たらせる命令と敵を探させようとする相反する命令が飛び交い混乱に拍車をかけていた。
 多くは見慣れない攻撃方法のせいか、攻撃とは考えられないようで索敵の命令に従うものは少なかった。このとき何名かがその命令に従って索敵していれば、靄の中とはいえ沖に佇む三艘の小舟に気付いていたことだろう。
 港口にはフォレス救援に向けて徴発していた多くの商船が係留されていたが、兵の必死の消火活動も虚しく例外なく炎とともに沈んでいく。

―――ドオォォォォォォ・・・・ン!

 弾薬を保管していたのだろう。一棟の倉庫の屋根が爆発とともに吹き飛んだ。
 隣接する倉庫が爆風により倒壊し、やがて火の粉によりそれらにも燃え移っていく。
 今やネアンの港は全体が猛火に包まれ、城壁を越えるような高い炎が立ち上っていた。幸いなのは炎は城壁を越えることはなく、街に延焼が及んでいないことだけだ。

「よし、引き上げだ!」

 ピエタリは戦果を確認すると意気揚々と靄の中に消えていった。
 その間、僅か五分ほど、ほんの三斉射を加えたのみだ。しかしその一方的な五分間で港口は大混乱に陥り、ネアンの港は完全に機能を停止したのだった。
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