都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
126 / 205
第三章 カモフ攻防戦

29 失われた光

しおりを挟む
 翌朝、トゥーレの姿はサザン港にあった。

「昨夜は楽しいひとときであった。くだんの事だが、動くつもりなら後押しするぞ」

「明日をも知れぬ我らに、そのような先を考えている余裕はございません」

 トゥーレとレオポルド、二人の表情は対照的だ。
 和やかな雰囲気を纏い笑顔を浮かべているレオポルドが右手を差し出し、うんざりしたようなやや固い表情で握手を返すトゥーレ。
 レオポルドは悪戯っぽく愉快そうに言葉を掛けているが、昨夜と違って周りの目がある。まずはドーグラスとの決着が先だと、トゥーレは言質げんちを与えぬよう慎重に言葉を濁すのだった。

「ふっ、よく考えればいい。機会があればまた逢おう」

 レオポルドはそう言うと、疲れた表情を浮かべるトゥーレを尻目に機嫌良く船上の人となる。
 トゥーレをあおるだけ煽ったレオポルドだが、トゥーレは最後まで彼の本心がどこにあるのかを掴むことができなかった。
 言葉通りならレオポルドという強力な後ろ盾を手に入れることができるが、彼はトゥーレの野心を見抜いていた。それが分かっていながら、トゥーレに国を獲れという彼の考えが分からなかったのだ。

『出航!』

 船頭の掛け声に錨が巻き上げられ、船はゆっくりと桟橋から離れて行く。
 やがて帆を上げたキャラック船は、前後左右を護衛の船に囲まれながら静かに湖を下っていった。

「やっと帰られたか」

 船団を見送ったトゥーレは、船が回頭して舳先をネアン方面に向けるとほっと息を吐きながら、心底安堵したように呟いた。

「お疲れ様でした」

「レオポルド殿下の相手は、父上の葬儀よりも疲れたぞ」

「昨夜は遅くまで殿下と会談されていたご様子。何か難しい提案でもされましたか?」

 ぐったりと疲れた様子を見せるトゥーレに、シルベストルが心配した様子で声を掛けた。
 ザオラルやトゥーレが不在の中、カモフの行政を一手に引き受けていた彼には、その内容によっては他人事ではないのだ。

「殿下は俺にウンダルを獲れと言いやがった」

「なんと!? それでトゥーレ様は何と?」

 さすがにその言葉は想定外だったようで、シルベストルは細い目を大きく見開いた。
 この国の王族が辺境の地とはいえ、他の騎士の支配する地を奪えと煽るなどとても信じられない。

「答えられると思うか?」

 不機嫌そうな顔を隠そうともせず、ジトッとした視線で彼を睨む。

「なるほど、それでトゥーレ様は朝から機嫌が悪かったのですね」

「いくら本音を聞きたいと言われても、さすがに殿下相手にそれを鵜呑みにはできん」

「確かにそうですね」

 そう言いながらトゥーレはまた溜息を吐いた。シルベストルはそれに同意を示す。
 船団は順調に帆走しているようで、もう随分と小さくなっていた。

「殿下は我らに何をさせたいのでしょうか?」

「さあな、殿下には殿下のお考えがあるのだろう。とりあえず今は目の前に集中するだけだ」

 王国内では臣下同士の争いは禁じられている。そのためレオポルドの言葉を、そのまま信じる訳にはいかない。
 かつては絶対だった王命も今では形骸化しているとはいえ、その王家の血を引いたドーグラスが、この地を狙う急先鋒というのは皮肉としか言いようがない。そのドーグラスとの戦いに生き残る事ができれば、レオポルドが言うようにその先の景色もおのずと開けるのかも知れない。
 レオポルドの真意はともかく、今は目の前の問題を片付けなければ、その真意をうかがうこともできないのだ。

「トゥーレ様!」

 館に戻る途中、慌てた様子の兵が息せき切って駆け寄ってきた。それを見た護衛が槍を交差するように突き出し、兵の接近を阻止しつつ誰何すいかする。

「止まれ! 何用だ!?」

「セ、セネイ様より伝言を預かっております」

 兵はひざまずくと手に持った手紙を差し出した。

「セネイ殿から!?」

 兵から受け取った手紙をひったくる様に奪うと、トゥーレはもどかしげに手紙を開いた。
 セネイより急ぎ伝言ということは、リーディアの件に違いない。
 まず思い浮かんだのは、リーディアの容態が急変したことだ。
 命に別状がないと分かってはいるが、十日以上目を覚ましていない彼女は、衰弱しているため容態が急変したとしても不思議ではなかった。
 トゥーレは早鐘を打つような心音を感じながら震える手で読み進めた。
 彼の表情は視線が動くにつれて、ころころと猫の目のように変わっていく。
 読み初めではホッとした表情を浮かべていたが、途中驚いた表情に変わったと思えば顔色をなくし、読み終えると手紙を握りつぶし天を仰いだ。

「トゥーレ様!?」

 シルベストルが心配そうな表情を浮かべて声を掛ける。
 トゥーレが顔を下ろして周りを見ると、その場にいる全員の目が彼に集まっていた。
 皆一様に心配そうに固唾を飲むような表情を浮かべている。
 彼は大きく息を吐くと、悲痛な表情を浮かべながら皆が待望していたであろう言葉を口にするのだった。

「ああ、リーディアが目を覚ましたようだ」





 トゥーレは扉の前で躊躇ちゅうちょして立ち尽くしていた。
 扉の脇に立つベルナルトとアレシュの護衛二人も、沈痛な表情を浮かべている。
 どれほどそうしていただろうか。
 やがてトゥーレは小さく息を吐くと、意を決したように扉を静かに開いて部屋の中へと足を踏み入れた。

「トゥーレ様・・・・」

 出迎えたセネイが目を伏せる。

「リーディアは?」

「ようやく落ち着いたところでございます」

 その言葉に彼は言葉短く『そうか』と頷くと、セネイに続いてリーディアの寝室へと足を踏み入れる。
 寝室は大きな掃き出しの窓があるにも関わらず、今はカーテンが閉じられていて、部屋の中は薄暗く弱々しいランプがひとつ点るだけだった。
 トゥーレは静かにリーディアの眠るベッドサイドに立つ。
 リーディアはベッドの上で変わらず眠ったままのように見えた。

「姫様、トゥーレ様がいらっしゃいました」

 ベッドサイドで立ち尽くすトゥーレに代わって、セネイが静かに声を掛けるとリーディアは目を開いた。しかし彼女の視線はトゥーレを探すように彷徨さまよったままで、一箇所に定まらなかった。

「本当にトゥーレ様!? どちらにいらっしゃるの?」

 リーディアは震える声でそう言うと、声と同様に震える腕を伸ばした。
 伸ばされた手を取ると、トゥーレは務めて明るい口調で何とか言葉を絞り出す。

「リーディアが目覚めてよかった」

 トゥーレの言葉で視線がようやく彼に合うが、トゥーレに固定されることはなく、彼を探すように小刻みに視線が揺れていた。

「すみません、せっかく助けていただいたのに。・・・・わたくし、視力を失ってしまいました」

「ああ、聞いた。でも、時間が経てば視えるようになるそうじゃないか」

 落馬時に頭から落下したリーディアは、そのショックで目覚めた時には視力を失っていた。
 医者の見立てによれば、時間が経てば視力が戻る可能性があるとのことだったが、それが何時になるかまでは分からなかった。
 今は落ち着きを取り戻しているが、目覚めた際は急に視力が失われたことでかなり取り乱した様子だったという。
 だが眠り続けて消耗していたこともあり、しばらくすればぐったりとして再び眠ってしまったのだった。

「今はしっかり休んで体力を回復しないとな」

「ですが、このまま目が見えないままでは・・・・」

「そのときは俺がリーディアの目になるさ!」

 両手で包み込むようにリーディアの手を取り、トゥーレは優しく語りかける。

「俺が代わりに目になるから、リーディアは何も心配しなくていい。だから今は身体を回復させるんだ。いいね?」

「ぐすっ、あ、ありがとう存じます」

 リーディアは涙ぐみながら感謝の言葉を綴り、光を失った瞳から涙がこぼれ落ちた。

『ぐきゅるるるるる』

 そのとき、見つめ合う二人の間に盛大な腹の虫が鳴り響いた。
 もちろん音の主は、十日以上食事を摂っていなかったリーディアの腹の虫だ。
 彼女は顔を真っ赤にしながら、慌ててベッドに横になり布団を頭から被った。

「こ、これわっ、ちが、違います!」

「はははっ、ようやくいつもの姫に戻ったようだ」

「姫様、トゥーレ様も仰った通り、まずは体力を回復させましょう」

 慌てていい訳をするリーディアをトゥーレが茶化すように笑うと、ようやく側勤めたちにも笑顔が浮かびセネイたちがテキパキと動き始め、彼女の食事の用意に取り掛かるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...