都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

52 夜間の激戦(1)

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 平地では暗くなるにはまだ早い時間だったが、カモフの谷では既に薄暮はくぼといっても差し支えのない明るさとなっていた。
 ルーベルトの機転により水攻めして勢いを鈍らせることには成功したものの、完全に敵の勢いを削ぐまでには至ってはいなかった。
 彼の持ち込んだ十数発の魔水弾だけでは、精々膝下くらいまでしか水没させられなかったからだ。
 当初は面食らっていた敵兵も、それ以降魔水弾の攻撃が来ないことが分かると、すぐに体勢を立て直していた。
 それでも時間を稼ぐことには成功したようでしばらくすると敵の攻勢が止まり、敵の陣地に多くの篝火かがりびが焚かれるようになった。潮が引くように軍勢が引き上げていき、程なく敵の陣地から数多くの炊煙の煙が立ち上りはじめた。

「おそらく今夜が山だ! 各自補給と食事が終わったら少しでも休んでおけ!」

 ユーリはそう言って兵を休ませる。
 敵陣の様子はこの二日間と変わりない。夜襲を警戒して煌々と焚かれた篝火の数も昨日までと同じくらいだ。しかし昨日までと違って敵陣全体に漂う雰囲気がこれまでと違うように感じた。
 ここまでの戦いでイグナーツ隊は三割以上の兵力を失っていた。五〇〇名足らずの損耗のユーリ・ルーベルト隊と比べると圧倒的に多かった。
 しかし、もともと兵力差は四倍あったのだ。三割の兵力を削ったとしても兵力差はまだ三倍近くにも上る。
 それ以前にルーベルトの機転がなければ、日の暮れる前にかなりの確率でこの塹壕ざんごうを失っていたことだろう。

「やはり休ませてくれそうにないですね」

 先ほどの危機に大活躍だったルーベルトも、敵陣を眺めて渋い表情を浮かべている。
 彼もこの小休止の後には敵が再び攻勢に出てくると考えているようだ。

「ああ、この後再び動いてくるだろう。俺たちも覚悟を決めておいた方がよいかもな」

「やはり兵力差が厳しいですね。せめてあと五〇〇くらいいれば、ギリギリ耐えられそうな気がしますが」

「シルベストル様には予備兵力を回してくれるよう打診してある。遅くとも明日にはこちらに合流する筈だ。だが」

「間に合わないかも知れない、ですか・・・・」

 ルーベルトの言葉にユーリは渋い表情を浮かべて首肯しゅこうした。
 彼らの言う予備兵力とは、名目上ウンダル亡命政府軍として扱っている兵力だ。
 亡命政府軍と言う通り、ウンダルを脱出してきた兵を中心とした兵力で、指揮官は亡命政府の盟主であるリーディアが担っている。とはいえその兵力は千にも満たない寄せ集めで、亡命政府軍とはいえ名ばかりの兵力でしかなかった。

「ならば何としてでも今夜を乗り切らねばなりませんね」

 それでも兵力不足の彼らにとっては、喉から手が出るほど欲しい兵力であることに変わりはなく、ルーベルトも気持ちを奮い立たせるように笑顔を見せるのだった。

「ああ」

 ユーリも彼と同じように敵陣を眺めながめつつ頷きながら携帯食にかじり付いた。
 戦陣での携帯食は一般的なパンと干し肉だ。
 どちらも日持ちがするように一度火を入れて干してあった。そのため固くて、口に入れると口の中の水分が全て吸われてしまうように唾液が吸われていった。
 この携帯食は通常、お湯やミルクなどに浸して柔らかくしてから口に入れたり、水分と一緒に流し込むのが基本だ。そもそも非常時の腹の足しにするための食料なので、味や食べやすさは二の次となっていた。

「あちらは今頃旨そうなものを喰っているんでしょうね」

 干し肉をバリバリと噛み砕きながら、ルーベルトは炊煙の立ち上る敵陣を羨ましそうに眺めた。
 火を使える分、ひと手間加えるだけで同じ携帯食でも劇的に食べやすくなる。単純にお湯で煮込むだけでも、旨そうな香りが唾液の分泌を促し食欲を増進させるのだ。

「鉄砲が一段落ついたら、携帯食の改良に取り組んだらどうだ?」

「それは却下します。そのような無駄なことに時間を使いたくありません」

 冗談めかしたユーリの言葉に拒否の意向を示したルーベルトは、携帯食の改良を即座にと断じる。

「ま、お前の答えは分かってたさ・・・・」

 清々すがすがしいほどキッパリと言い切った彼に、ユーリは軽く首を振りながら苦笑を浮かべるしかなかった。



 ユーリらが予想したとおりそれから二時間後、再び敵の攻撃が始まった。
 完全に夜空となった中を攻め寄せてくる敵に対し、ユーリらは魔光弾を放って光源を確保し、迫り来る敵軍を迎撃する。
 それでも戦場全体で攻勢を強めた敵軍によって、光源が足りずに対応の遅れが目立ってきていた。
 敵の攻勢は両翼に対するものが特に強くなっていたため、右翼を守るユハニとヨニの二人も必死で声を枯らしながら応戦していた。

「篝火をもっと焚いてくれ!」

「敵が見えない、もう少し右奥に光弾を放て!」

 魔光弾の光は青色の非常に強い光を放つが、その光はおよそ三分程度しか持続せず、それ以降は時間の経過と共に急速に光を失ってしまう。そのため戦場を明るく照らすためには、定期的に魔光弾を放ち続ける必要があった。しかし敵の攻勢が激しくなるにつれて、それすらままならなくなってきていた。
 鉄砲は殺傷力が高く射程距離も長いが、視界が塞がれればさすがにその威力を維持することはできない。
 敵の姿が見えなければ迎撃が後手に回り、気付かないうちに敵の接近を許してしまい白兵戦に移行してしまう。そうなってしまえば火力の優位性が失われ、数の少ないユーリ・ルーベルト隊が圧倒的に不利となってしまう。

「ええい! とにかく撃ち続けろ!」

 ヨニはしわがれた声で必死に声を上げ続ける。
 一瞬でも気を抜けば、目の前まで敵兵が迫ってくる。彼らは先程から息つく暇も無く、雲霞うんかのごとく押し寄せてくる敵兵をひたすら作業のように葬り続けていた。

「こんなことなら、無理にでも五式銃を借りておくべきだったな」

 接近戦で凶悪な威力を発揮する散弾を発射する五式銃。
 ヨニたちは訓練を繰り返した結果、五式銃をある程度扱えるようにまでなってはいた。しかし、鉄砲や魔砲に比べると自信を持って扱えるとは言い難かったため、今回の戦いには使用しないことに決めた。しかし敵が肉薄するところまで迫ってくると、その判断を後悔することになったのだった。

「まあな、あの時は魔砲で代用できると考えていたからな」

 魔炎弾を放ちながらユハニが答える。
 魔砲も五式銃もどちらも鉄砲に比べると攻撃範囲が広い兵器だ。しかしその性格は異なる。
 数メートルの火球が開いてその範囲だけでなく周囲をも高温で焼き尽くすのが魔炎弾だ。対して五号弾は、弾丸に詰め込んだ鉄屑や小石を放射状に放つ。どちらもまともに食らえば、対象は原型を留めない程の威力を発揮するという共通点を持っていた。
 だが近距離特化型の五式銃に比べると、魔砲は鉄砲を上回る射程距離が示す通り遠距離兵器となる。近接した敵に魔砲を放てば、場合によっては撃った本人も火球に巻き込まれてしまう恐れがあった。そのため今回のような迎撃戦では、意外と使いどころが難しい兵器だったのだ。

「この戦いで生き残ったら、真面目に五式銃の訓練するしかあるまい」

「そうだな、せめてビビらずに撃てるようにならねぇとな」

「ルーベルト様が普通に撃っているんだ。俺たちができないという理由にならねえ」

 ヨニもユハニもそれほど体格に優れている訳ではない。
 そのため五式銃の反動にどうしても体勢が崩されてしまっていた。だが、似たような体格のルーベルトが問題なく衝撃を逃がすことができているため、それを言い訳にできなかった。
 二人ともルーベルトができているのだからと、五式銃習得の決意を新たにするのだった。
 その直後、闇夜を切り裂くように右翼の彼らの陣へ弓矢が降り注いだ。

――ぐっ!

 悲鳴とも叫び声ともつかない声が、ユハニの右隣から聞こえた。
 射撃の合間に隣を見ると、ヨニが右肩を押さえてうずくまっていた。

「ヨニ! 大丈夫か!?」

 ユハニは射撃を続けながらも横目でヨニの様子を窺う。
 左手で押さえる彼の右肩には矢が突き刺さり、指の間から血が滲み出ていた。
 周りを見れば何名かの兵がやられたようで同じように蹲っているのが見える。
 弓での射撃はどうやら一度きりだったようだが、今の攻撃でくしの歯が欠けるように迎撃体制に穴が空いてしまった。
 視界を確保するため多くの篝火を焚いていたことが、逆に敵弓兵からすれば格好の的となっていた。
 こちらの混乱を見て取ったのか足音が闇の中に響いてくる。敵の軍勢が黒い波のように迫ってくる様子が、魔光弾の光に一瞬浮かび上がって見えた。

「俺はへぃ気だ、くっ!」

「ヨニっ!」

 すぐに迎撃に復帰しようとしたヨニだったが、激痛が走ったのか顔をしかめ、再び蹲ってしまう。

「ちっ、すまねぇ。お前に偉そうなことを言っておきながら、まったくざまあねぇな」

 ヨニは強がって笑みを浮かべるが、痛みからか額には脂汗あぶらあせにじんでいた。

「もう喋るな! おい、負傷した者を後方に下がらせろ!」

 ユハニは負傷した兵をカントへと下がらせるよう指示を出すと前方を見据える。
 闇の中をこちらに迫ってくる足音が、地響きと共に響いてきていた。
 先ほどの弓での攻撃でこちらの射撃手のおよそ三分の一近くが、無力化されてしまった。このまま迎え撃ったとしても、数により押し切られるかも知れない。

「ここまでか・・・・」

 カントでの戦いも三日を終えようとしている。
 世に聞こえたイグナーツと戦い、防御に徹したとはいえ三日の時間を稼ぐことができるとは彼は思っていなかった。
 周りを見れば彼らが守っている右翼以外は、それほどダメージを受けている訳ではなさそうだ。しかし、ここを奪われれば連鎖的に塹壕全体を失うのも時間の問題だ。
 この塹壕を失えば、残るのはアーリンゲ川を挟んだカントの防壁のみとなってしまうが、どのみちこのままでは持ちこたえることは難しいだろう。
 ユハニは撤退の合図を出そうと、腰にぶら下げた信号弾用の短銃に手を伸ばした。

「ユハニ、待ってくれ!」

「ヨニ!?」

 右肩に矢を突き刺したままのヨニが、兵に支えられながらもユハニを制止する。
 彼の近くでは先ほどの攻撃で負傷した兵たちが、ある者は同僚に肩を貸されながら、またある者は苦痛に顔を歪めながら。誰もがヨニと同じような目でユハニを見ていた。

「俺たちはまだ戦える!」

 負傷に顔を歪めながらも爛々らんらんとした目の輝きは失われていない。
 ユハニは決意の籠もった彼らの目に気圧されて、信号弾を撃つのを躊躇ためらってしまうのだった。
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