149 / 205
第三章 カモフ攻防戦
52 夜間の激戦(1)
しおりを挟む
平地では暗くなるにはまだ早い時間だったが、カモフの谷では既に薄暮といっても差し支えのない明るさとなっていた。
ルーベルトの機転により水攻めして勢いを鈍らせることには成功したものの、完全に敵の勢いを削ぐまでには至ってはいなかった。
彼の持ち込んだ十数発の魔水弾だけでは、精々膝下くらいまでしか水没させられなかったからだ。
当初は面食らっていた敵兵も、それ以降魔水弾の攻撃が来ないことが分かると、すぐに体勢を立て直していた。
それでも時間を稼ぐことには成功したようでしばらくすると敵の攻勢が止まり、敵の陣地に多くの篝火が焚かれるようになった。潮が引くように軍勢が引き上げていき、程なく敵の陣地から数多くの炊煙の煙が立ち上りはじめた。
「おそらく今夜が山だ! 各自補給と食事が終わったら少しでも休んでおけ!」
ユーリはそう言って兵を休ませる。
敵陣の様子はこの二日間と変わりない。夜襲を警戒して煌々と焚かれた篝火の数も昨日までと同じくらいだ。しかし昨日までと違って敵陣全体に漂う雰囲気がこれまでと違うように感じた。
ここまでの戦いでイグナーツ隊は三割以上の兵力を失っていた。五〇〇名足らずの損耗のユーリ・ルーベルト隊と比べると圧倒的に多かった。
しかし、もともと兵力差は四倍あったのだ。三割の兵力を削ったとしても兵力差はまだ三倍近くにも上る。
それ以前にルーベルトの機転がなければ、日の暮れる前にかなりの確率でこの塹壕を失っていたことだろう。
「やはり休ませてくれそうにないですね」
先ほどの危機に大活躍だったルーベルトも、敵陣を眺めて渋い表情を浮かべている。
彼もこの小休止の後には敵が再び攻勢に出てくると考えているようだ。
「ああ、この後再び動いてくるだろう。俺たちも覚悟を決めておいた方がよいかもな」
「やはり兵力差が厳しいですね。せめてあと五〇〇くらいいれば、ギリギリ耐えられそうな気がしますが」
「シルベストル様には予備兵力を回してくれるよう打診してある。遅くとも明日にはこちらに合流する筈だ。だが」
「間に合わないかも知れない、ですか・・・・」
ルーベルトの言葉にユーリは渋い表情を浮かべて首肯した。
彼らの言う予備兵力とは、名目上ウンダル亡命政府軍として扱っている兵力だ。
亡命政府軍と言う通り、ウンダルを脱出してきた兵を中心とした兵力で、指揮官は亡命政府の盟主であるリーディアが担っている。とはいえその兵力は千にも満たない寄せ集めで、亡命政府軍とはいえ名ばかりの兵力でしかなかった。
「ならば何としてでも今夜を乗り切らねばなりませんね」
それでも兵力不足の彼らにとっては、喉から手が出るほど欲しい兵力であることに変わりはなく、ルーベルトも気持ちを奮い立たせるように笑顔を見せるのだった。
「ああ」
ユーリも彼と同じように敵陣を眺めながめつつ頷きながら携帯食に齧り付いた。
戦陣での携帯食は一般的なパンと干し肉だ。
どちらも日持ちがするように一度火を入れて干してあった。そのため固くて、口に入れると口の中の水分が全て吸われてしまうように唾液が吸われていった。
この携帯食は通常、お湯やミルクなどに浸して柔らかくしてから口に入れたり、水分と一緒に流し込むのが基本だ。そもそも非常時の腹の足しにするための食料なので、味や食べやすさは二の次となっていた。
「あちらは今頃旨そうなものを喰っているんでしょうね」
干し肉をバリバリと噛み砕きながら、ルーベルトは炊煙の立ち上る敵陣を羨ましそうに眺めた。
火を使える分、ひと手間加えるだけで同じ携帯食でも劇的に食べやすくなる。単純にお湯で煮込むだけでも、旨そうな香りが唾液の分泌を促し食欲を増進させるのだ。
「鉄砲が一段落ついたら、携帯食の改良に取り組んだらどうだ?」
「それは却下します。そのような無駄なことに時間を使いたくありません」
冗談めかしたユーリの言葉に拒否の意向を示したルーベルトは、携帯食の改良を即座に無駄なことと断じる。
「ま、お前の答えは分かってたさ・・・・」
清々しいほどキッパリと言い切った彼に、ユーリは軽く首を振りながら苦笑を浮かべるしかなかった。
ユーリらが予想したとおりそれから二時間後、再び敵の攻撃が始まった。
完全に夜空となった中を攻め寄せてくる敵に対し、ユーリらは魔光弾を放って光源を確保し、迫り来る敵軍を迎撃する。
それでも戦場全体で攻勢を強めた敵軍によって、光源が足りずに対応の遅れが目立ってきていた。
敵の攻勢は両翼に対するものが特に強くなっていたため、右翼を守るユハニとヨニの二人も必死で声を枯らしながら応戦していた。
「篝火をもっと焚いてくれ!」
「敵が見えない、もう少し右奥に光弾を放て!」
魔光弾の光は青色の非常に強い光を放つが、その光はおよそ三分程度しか持続せず、それ以降は時間の経過と共に急速に光を失ってしまう。そのため戦場を明るく照らすためには、定期的に魔光弾を放ち続ける必要があった。しかし敵の攻勢が激しくなるにつれて、それすらままならなくなってきていた。
鉄砲は殺傷力が高く射程距離も長いが、視界が塞がれればさすがにその威力を維持することはできない。
敵の姿が見えなければ迎撃が後手に回り、気付かないうちに敵の接近を許してしまい白兵戦に移行してしまう。そうなってしまえば火力の優位性が失われ、数の少ないユーリ・ルーベルト隊が圧倒的に不利となってしまう。
「ええい! とにかく撃ち続けろ!」
ヨニはしわがれた声で必死に声を上げ続ける。
一瞬でも気を抜けば、目の前まで敵兵が迫ってくる。彼らは先程から息つく暇も無く、雲霞のごとく押し寄せてくる敵兵をひたすら作業のように葬り続けていた。
「こんなことなら、無理にでも五式銃を借りておくべきだったな」
接近戦で凶悪な威力を発揮する散弾を発射する五式銃。
ヨニたちは訓練を繰り返した結果、五式銃をある程度扱えるようにまでなってはいた。しかし、鉄砲や魔砲に比べると自信を持って扱えるとは言い難かったため、今回の戦いには使用しないことに決めた。しかし敵が肉薄するところまで迫ってくると、その判断を後悔することになったのだった。
「まあな、あの時は魔砲で代用できると考えていたからな」
魔炎弾を放ちながらユハニが答える。
魔砲も五式銃もどちらも鉄砲に比べると攻撃範囲が広い兵器だ。しかしその性格は異なる。
数メートルの火球が開いてその範囲だけでなく周囲をも高温で焼き尽くすのが魔炎弾だ。対して五号弾は、弾丸に詰め込んだ鉄屑や小石を放射状に放つ。どちらもまともに食らえば、対象は原型を留めない程の威力を発揮するという共通点を持っていた。
だが近距離特化型の五式銃に比べると、魔砲は鉄砲を上回る射程距離が示す通り遠距離兵器となる。近接した敵に魔砲を放てば、場合によっては撃った本人も火球に巻き込まれてしまう恐れがあった。そのため今回のような迎撃戦では、意外と使いどころが難しい兵器だったのだ。
「この戦いで生き残ったら、真面目に五式銃の訓練するしかあるまい」
「そうだな、せめてビビらずに撃てるようにならねぇとな」
「ルーベルト様が普通に撃っているんだ。俺たちができないという理由にならねえ」
ヨニもユハニもそれほど体格に優れている訳ではない。
そのため五式銃の反動にどうしても体勢が崩されてしまっていた。だが、似たような体格のルーベルトが問題なく衝撃を逃がすことができているため、それを言い訳にできなかった。
二人ともルーベルトができているのだからと、五式銃習得の決意を新たにするのだった。
その直後、闇夜を切り裂くように右翼の彼らの陣へ弓矢が降り注いだ。
――ぐっ!
悲鳴とも叫び声ともつかない声が、ユハニの右隣から聞こえた。
射撃の合間に隣を見ると、ヨニが右肩を押さえて蹲っていた。
「ヨニ! 大丈夫か!?」
ユハニは射撃を続けながらも横目でヨニの様子を窺う。
左手で押さえる彼の右肩には矢が突き刺さり、指の間から血が滲み出ていた。
周りを見れば何名かの兵がやられたようで同じように蹲っているのが見える。
弓での射撃はどうやら一度きりだったようだが、今の攻撃で櫛の歯が欠けるように迎撃体制に穴が空いてしまった。
視界を確保するため多くの篝火を焚いていたことが、逆に敵弓兵からすれば格好の的となっていた。
こちらの混乱を見て取ったのか足音が闇の中に響いてくる。敵の軍勢が黒い波のように迫ってくる様子が、魔光弾の光に一瞬浮かび上がって見えた。
「俺はへぃ気だ、くっ!」
「ヨニっ!」
すぐに迎撃に復帰しようとしたヨニだったが、激痛が走ったのか顔を顰め、再び蹲ってしまう。
「ちっ、すまねぇ。お前に偉そうなことを言っておきながら、まったくざまあねぇな」
ヨニは強がって笑みを浮かべるが、痛みからか額には脂汗が滲んでいた。
「もう喋るな! おい、負傷した者を後方に下がらせろ!」
ユハニは負傷した兵をカントへと下がらせるよう指示を出すと前方を見据える。
闇の中をこちらに迫ってくる足音が、地響きと共に響いてきていた。
先ほどの弓での攻撃でこちらの射撃手のおよそ三分の一近くが、無力化されてしまった。このまま迎え撃ったとしても、数により押し切られるかも知れない。
「ここまでか・・・・」
カントでの戦いも三日を終えようとしている。
世に聞こえたイグナーツと戦い、防御に徹したとはいえ三日の時間を稼ぐことができるとは彼は思っていなかった。
周りを見れば彼らが守っている右翼以外は、それほどダメージを受けている訳ではなさそうだ。しかし、ここを奪われれば連鎖的に塹壕全体を失うのも時間の問題だ。
この塹壕を失えば、残るのはアーリンゲ川を挟んだカントの防壁のみとなってしまうが、どのみちこのままでは持ちこたえることは難しいだろう。
ユハニは撤退の合図を出そうと、腰にぶら下げた信号弾用の短銃に手を伸ばした。
「ユハニ、待ってくれ!」
「ヨニ!?」
右肩に矢を突き刺したままのヨニが、兵に支えられながらもユハニを制止する。
彼の近くでは先ほどの攻撃で負傷した兵たちが、ある者は同僚に肩を貸されながら、またある者は苦痛に顔を歪めながら。誰もがヨニと同じような目でユハニを見ていた。
「俺たちはまだ戦える!」
負傷に顔を歪めながらも爛々とした目の輝きは失われていない。
ユハニは決意の籠もった彼らの目に気圧されて、信号弾を撃つのを躊躇ってしまうのだった。
ルーベルトの機転により水攻めして勢いを鈍らせることには成功したものの、完全に敵の勢いを削ぐまでには至ってはいなかった。
彼の持ち込んだ十数発の魔水弾だけでは、精々膝下くらいまでしか水没させられなかったからだ。
当初は面食らっていた敵兵も、それ以降魔水弾の攻撃が来ないことが分かると、すぐに体勢を立て直していた。
それでも時間を稼ぐことには成功したようでしばらくすると敵の攻勢が止まり、敵の陣地に多くの篝火が焚かれるようになった。潮が引くように軍勢が引き上げていき、程なく敵の陣地から数多くの炊煙の煙が立ち上りはじめた。
「おそらく今夜が山だ! 各自補給と食事が終わったら少しでも休んでおけ!」
ユーリはそう言って兵を休ませる。
敵陣の様子はこの二日間と変わりない。夜襲を警戒して煌々と焚かれた篝火の数も昨日までと同じくらいだ。しかし昨日までと違って敵陣全体に漂う雰囲気がこれまでと違うように感じた。
ここまでの戦いでイグナーツ隊は三割以上の兵力を失っていた。五〇〇名足らずの損耗のユーリ・ルーベルト隊と比べると圧倒的に多かった。
しかし、もともと兵力差は四倍あったのだ。三割の兵力を削ったとしても兵力差はまだ三倍近くにも上る。
それ以前にルーベルトの機転がなければ、日の暮れる前にかなりの確率でこの塹壕を失っていたことだろう。
「やはり休ませてくれそうにないですね」
先ほどの危機に大活躍だったルーベルトも、敵陣を眺めて渋い表情を浮かべている。
彼もこの小休止の後には敵が再び攻勢に出てくると考えているようだ。
「ああ、この後再び動いてくるだろう。俺たちも覚悟を決めておいた方がよいかもな」
「やはり兵力差が厳しいですね。せめてあと五〇〇くらいいれば、ギリギリ耐えられそうな気がしますが」
「シルベストル様には予備兵力を回してくれるよう打診してある。遅くとも明日にはこちらに合流する筈だ。だが」
「間に合わないかも知れない、ですか・・・・」
ルーベルトの言葉にユーリは渋い表情を浮かべて首肯した。
彼らの言う予備兵力とは、名目上ウンダル亡命政府軍として扱っている兵力だ。
亡命政府軍と言う通り、ウンダルを脱出してきた兵を中心とした兵力で、指揮官は亡命政府の盟主であるリーディアが担っている。とはいえその兵力は千にも満たない寄せ集めで、亡命政府軍とはいえ名ばかりの兵力でしかなかった。
「ならば何としてでも今夜を乗り切らねばなりませんね」
それでも兵力不足の彼らにとっては、喉から手が出るほど欲しい兵力であることに変わりはなく、ルーベルトも気持ちを奮い立たせるように笑顔を見せるのだった。
「ああ」
ユーリも彼と同じように敵陣を眺めながめつつ頷きながら携帯食に齧り付いた。
戦陣での携帯食は一般的なパンと干し肉だ。
どちらも日持ちがするように一度火を入れて干してあった。そのため固くて、口に入れると口の中の水分が全て吸われてしまうように唾液が吸われていった。
この携帯食は通常、お湯やミルクなどに浸して柔らかくしてから口に入れたり、水分と一緒に流し込むのが基本だ。そもそも非常時の腹の足しにするための食料なので、味や食べやすさは二の次となっていた。
「あちらは今頃旨そうなものを喰っているんでしょうね」
干し肉をバリバリと噛み砕きながら、ルーベルトは炊煙の立ち上る敵陣を羨ましそうに眺めた。
火を使える分、ひと手間加えるだけで同じ携帯食でも劇的に食べやすくなる。単純にお湯で煮込むだけでも、旨そうな香りが唾液の分泌を促し食欲を増進させるのだ。
「鉄砲が一段落ついたら、携帯食の改良に取り組んだらどうだ?」
「それは却下します。そのような無駄なことに時間を使いたくありません」
冗談めかしたユーリの言葉に拒否の意向を示したルーベルトは、携帯食の改良を即座に無駄なことと断じる。
「ま、お前の答えは分かってたさ・・・・」
清々しいほどキッパリと言い切った彼に、ユーリは軽く首を振りながら苦笑を浮かべるしかなかった。
ユーリらが予想したとおりそれから二時間後、再び敵の攻撃が始まった。
完全に夜空となった中を攻め寄せてくる敵に対し、ユーリらは魔光弾を放って光源を確保し、迫り来る敵軍を迎撃する。
それでも戦場全体で攻勢を強めた敵軍によって、光源が足りずに対応の遅れが目立ってきていた。
敵の攻勢は両翼に対するものが特に強くなっていたため、右翼を守るユハニとヨニの二人も必死で声を枯らしながら応戦していた。
「篝火をもっと焚いてくれ!」
「敵が見えない、もう少し右奥に光弾を放て!」
魔光弾の光は青色の非常に強い光を放つが、その光はおよそ三分程度しか持続せず、それ以降は時間の経過と共に急速に光を失ってしまう。そのため戦場を明るく照らすためには、定期的に魔光弾を放ち続ける必要があった。しかし敵の攻勢が激しくなるにつれて、それすらままならなくなってきていた。
鉄砲は殺傷力が高く射程距離も長いが、視界が塞がれればさすがにその威力を維持することはできない。
敵の姿が見えなければ迎撃が後手に回り、気付かないうちに敵の接近を許してしまい白兵戦に移行してしまう。そうなってしまえば火力の優位性が失われ、数の少ないユーリ・ルーベルト隊が圧倒的に不利となってしまう。
「ええい! とにかく撃ち続けろ!」
ヨニはしわがれた声で必死に声を上げ続ける。
一瞬でも気を抜けば、目の前まで敵兵が迫ってくる。彼らは先程から息つく暇も無く、雲霞のごとく押し寄せてくる敵兵をひたすら作業のように葬り続けていた。
「こんなことなら、無理にでも五式銃を借りておくべきだったな」
接近戦で凶悪な威力を発揮する散弾を発射する五式銃。
ヨニたちは訓練を繰り返した結果、五式銃をある程度扱えるようにまでなってはいた。しかし、鉄砲や魔砲に比べると自信を持って扱えるとは言い難かったため、今回の戦いには使用しないことに決めた。しかし敵が肉薄するところまで迫ってくると、その判断を後悔することになったのだった。
「まあな、あの時は魔砲で代用できると考えていたからな」
魔炎弾を放ちながらユハニが答える。
魔砲も五式銃もどちらも鉄砲に比べると攻撃範囲が広い兵器だ。しかしその性格は異なる。
数メートルの火球が開いてその範囲だけでなく周囲をも高温で焼き尽くすのが魔炎弾だ。対して五号弾は、弾丸に詰め込んだ鉄屑や小石を放射状に放つ。どちらもまともに食らえば、対象は原型を留めない程の威力を発揮するという共通点を持っていた。
だが近距離特化型の五式銃に比べると、魔砲は鉄砲を上回る射程距離が示す通り遠距離兵器となる。近接した敵に魔砲を放てば、場合によっては撃った本人も火球に巻き込まれてしまう恐れがあった。そのため今回のような迎撃戦では、意外と使いどころが難しい兵器だったのだ。
「この戦いで生き残ったら、真面目に五式銃の訓練するしかあるまい」
「そうだな、せめてビビらずに撃てるようにならねぇとな」
「ルーベルト様が普通に撃っているんだ。俺たちができないという理由にならねえ」
ヨニもユハニもそれほど体格に優れている訳ではない。
そのため五式銃の反動にどうしても体勢が崩されてしまっていた。だが、似たような体格のルーベルトが問題なく衝撃を逃がすことができているため、それを言い訳にできなかった。
二人ともルーベルトができているのだからと、五式銃習得の決意を新たにするのだった。
その直後、闇夜を切り裂くように右翼の彼らの陣へ弓矢が降り注いだ。
――ぐっ!
悲鳴とも叫び声ともつかない声が、ユハニの右隣から聞こえた。
射撃の合間に隣を見ると、ヨニが右肩を押さえて蹲っていた。
「ヨニ! 大丈夫か!?」
ユハニは射撃を続けながらも横目でヨニの様子を窺う。
左手で押さえる彼の右肩には矢が突き刺さり、指の間から血が滲み出ていた。
周りを見れば何名かの兵がやられたようで同じように蹲っているのが見える。
弓での射撃はどうやら一度きりだったようだが、今の攻撃で櫛の歯が欠けるように迎撃体制に穴が空いてしまった。
視界を確保するため多くの篝火を焚いていたことが、逆に敵弓兵からすれば格好の的となっていた。
こちらの混乱を見て取ったのか足音が闇の中に響いてくる。敵の軍勢が黒い波のように迫ってくる様子が、魔光弾の光に一瞬浮かび上がって見えた。
「俺はへぃ気だ、くっ!」
「ヨニっ!」
すぐに迎撃に復帰しようとしたヨニだったが、激痛が走ったのか顔を顰め、再び蹲ってしまう。
「ちっ、すまねぇ。お前に偉そうなことを言っておきながら、まったくざまあねぇな」
ヨニは強がって笑みを浮かべるが、痛みからか額には脂汗が滲んでいた。
「もう喋るな! おい、負傷した者を後方に下がらせろ!」
ユハニは負傷した兵をカントへと下がらせるよう指示を出すと前方を見据える。
闇の中をこちらに迫ってくる足音が、地響きと共に響いてきていた。
先ほどの弓での攻撃でこちらの射撃手のおよそ三分の一近くが、無力化されてしまった。このまま迎え撃ったとしても、数により押し切られるかも知れない。
「ここまでか・・・・」
カントでの戦いも三日を終えようとしている。
世に聞こえたイグナーツと戦い、防御に徹したとはいえ三日の時間を稼ぐことができるとは彼は思っていなかった。
周りを見れば彼らが守っている右翼以外は、それほどダメージを受けている訳ではなさそうだ。しかし、ここを奪われれば連鎖的に塹壕全体を失うのも時間の問題だ。
この塹壕を失えば、残るのはアーリンゲ川を挟んだカントの防壁のみとなってしまうが、どのみちこのままでは持ちこたえることは難しいだろう。
ユハニは撤退の合図を出そうと、腰にぶら下げた信号弾用の短銃に手を伸ばした。
「ユハニ、待ってくれ!」
「ヨニ!?」
右肩に矢を突き刺したままのヨニが、兵に支えられながらもユハニを制止する。
彼の近くでは先ほどの攻撃で負傷した兵たちが、ある者は同僚に肩を貸されながら、またある者は苦痛に顔を歪めながら。誰もがヨニと同じような目でユハニを見ていた。
「俺たちはまだ戦える!」
負傷に顔を歪めながらも爛々とした目の輝きは失われていない。
ユハニは決意の籠もった彼らの目に気圧されて、信号弾を撃つのを躊躇ってしまうのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる