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第三章 カモフ攻防戦
75 ネアン解放(2)
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トゥーレらが突入を果たした南門と違い、東門前ではユーリ・ルーベルト隊二〇〇〇名が陣を展開していた。南門よりも兵力が多いものの門の回廊にはびっしりとストール軍が防御を構えているため、双方睨み合いが続いている。
「これは駄目だな。近付くだけでハリネズミにされそうだ」
「流石にネアンを攻めるにはこの人数では足りませんね。こんなことならジャンヌ・ダルクに乗っておくべきでした」
ネアンの防御態勢を一目見ただけでユーリは肩を竦め、早々に攻める選択肢を排除するのだった。ルーベルトもまた、新兵器が搭載された旗艦への搭乗を願う始末だった。
二人の戦意が低いのもその筈、総数約三〇〇〇〇名が籠もるネアンに対してトルスター軍は全部合わせてもおよそ十分の一の三〇〇〇名しかいないからだ。
拠点攻撃の法則としては、攻める方は三倍の兵が必要だと言われている。
その法則に素直に当てはめると、トルスター軍にとってネアンは難攻不落ということになってしまう。
実際の戦いでは三倍の兵力差がなくても、攻撃側が勝利する事例もあって必ずしも必要という訳ではない。だが数がものを言う戦場においては、相手よりも多くの兵力を集めることは基本でもあった。
そういう観点からネアン奪還は絶望的と言ってよい状況だが、ユーリからもルーベルトからも悲壮感は感じられない。南門を既に攻略したとの連絡を受けていた事もあるだろう。
「ところで昨夜は眠れたか?」
「あんまり眠れませんでしたね。ユーリは逆に爆睡してたじゃないですか? でかいイビキが聞こえてましたよ」
そう言って隈のできた顔でユーリを軽く睨む。
戦いの間ではあれほど休みたいと口にしていたルーベルトだったが、いざ休もうとすると高揚感から中々休めず、朝方まで悶々と寝返りを繰り返したのだ。
反対にユーリはイグナーツとの戦いで精も根も尽き果て、兵に担がれてカントに戻る途中から既に寝落ちしていた。そのまま大きなイビキを立てながら今朝までぐっすりと眠っていたのだ。
実際に早朝から軍勢を率いて移動してきたルーベルトと違って、ユーリは何をしても起きなかったため途中まで担架のまま運ばれていたくらいだ。
「眠れるときに眠っておかないと最後まで保たないぞ」
スッキリとした表情で少年のような笑顔を浮かべたユーリのその言葉に、『努力します』とうんざりした様子でルーベルトが応えるのだった。
「何だお前たちは!?」
広場で住民が蜂起してストール軍と衝突してからそれほど時間を経ずに、東門でも鋤や鍬などの農具や棒を手にした住民たちが殺到してきた。
「門を開けろ!」
誰何する兵に血走った目を向ける住民たちは、口々に叫ぶと守備兵と一触即発の睨み合いとなった。
住民たちの剣幕に気圧されて守備兵はじりじりと後退りする。
門の外側にはトルスター軍、門の内側では住民たちの蜂起と前後を挟まれた恰好だ。しかもこの場を任された指揮官は、ジアンやヒュダの命令がなくてどうしていいか分からず、まともな指示を出せなかった。また兵たちも恐怖から、手っ取り早く恫喝して黙らせようとしてしまった。
「うるさい黙れ!」
「何だと、もう一度言ってみろ!」
「黙れと言った! 戒厳令が出ている筈だ。今すぐ解散して家で大人しくしていろ! さもなくば引っ捕らえて広場に晒すぞ!」
「やれるもんならやってみろ!」
そう言って住民は一斉に石を投げ始めた。
「おのれ! ゆるさんぞ!」
兵たちも槍を前面に押し立てて住民へと突撃していく。
売り言葉に買い言葉で頭に血が上った者同士、会話で解決できずここでも衝突が始まってしまった。
住民を守る筈の兵が住民に刃を向け、住民たちも思い思いの得物を手に兵に襲いかかる。今やネアン市街で地獄絵図が展開されていた。
親とはぐれた幼子が泣き叫び、暴徒と化した民衆は兵や商人を見るなり問答無用に襲いかかり、貧民たちは略奪行為をおこないさらに火災を広げていく。
ギルドの施設が中心だった火災も、今や市街全域の至る処で炎が上がり黒煙が立ち上っていた。
そのような状況で守備兵はトルスター軍と戦える訳もない。
「馬鹿な!? 住民と戦ってどうする。我らの敵は街の外のトルスター軍だぞ!」
城壁を守る兵たちは市街で繰り広げられる戦いを呆然と見下ろしていた。
その兵らの足下でも門扉を巡って激しい争いが繰り広げられていた。
「門を守れぇ!」
「門を開けろ!」
相反する叫び声が木霊する。
門を固く閉ざす巨大な扉に五人、六人と住民が群がってはすぐに兵に排除され、排除されても再び住民が襲いかかり、そして扉に取り付いて閂を抜こうとする。
門の前には多くの兵や住民の死体が折り重なり、流れた血が血溜まりとなって広間を赤く染めていた。
やがて兵を押しのけた住民が門扉に群がり、鉈や斧で閂を打ち壊し始めた。
「止めろ!」
残った兵が必死の形相で阻止しようとするが住民の勢いを止めることができず、逆に群がる人々に殴り倒されてしまった。
「押すぞ! せぇのっ!」
兵を排除することに成功した住民たちは、タイミングを合わせて扉を一斉に押し始めた。
「ちっ、ここはもう駄目だ!」
回廊から一部始終を見ていた守備兵は、門扉が開き始めると東門の守備を放棄して我先にと公館へと逃げて行った。
この結果、ユーリたちは労せずして東門からネアンへの入城を果たすのだった。
街中が騒然とする中、城壁で守られたネアン公館は閑散としていた。
実質ストール軍の首領となったクスターがいるはずだが、歩哨の数も少なく人の動きも殆どなかった。
そのような状況の中で、辺りを警戒しながら公館の中を進む一団がいた。
先頭を行くのは痩せた初老の男ボリスだ。
彼はカントで負った怪我を押してこの作戦に参加していた。
もちろんトゥーレからは療養を勧められていたが、療養が必要なほど重傷ではないこと、またカントで死んでいった部下たちの弔いのためにも、老骨に鞭打ってこの作戦への参加を志願していた。
今回彼らにはある重要な任務が課せられていた。
「こちらです」
案内役の若い男が先導していく公館内を、ボリスたちは黙って従ってついていく。
一行は馬場へと出ると人目を避けるため、馬場の縁に沿って大きく迂回するようにして、馬場の傍に建てられている小さな屋敷へと辿り着いた。
屋敷を確認すると一度城壁際まで移動して、身を隠しながら辺りの様子を伺う。
「あそこか?」
「はい、離れの地下におられます」
屋敷は人気もなく特に見張りもいなかった。
暫く待ったものの屋内から人の気配らしきものはなく、食事以外はほぼ放置されているという情報は偽りないようだった。
人目につかない裏手に回った彼らは窓のひとつを破壊して建物内への進入を果たした。
「確かにこの離れには見張りはおらんようだ」
無造作にガラスを割って侵入したが、その音を聞きつけて駆け付ける者もいない。暫く耳を澄ますが人の動く気配がない事を確認すると、ボリスは漸く緊張を緩めた。
「やはり報告通り使われてはいないようだな」
案内役の男についていく中、ボリスはうっすらと埃の積もった邸内を見回しながら呟いた。
この屋敷は元々オイヴァの住まいとして使われていた建物で、男によると当初はドーグラス遠征の際に仮座所とする予定だったらしい。しかし彼らが想定していたよりも建物が小さかったため、ドーグラスの格に合わないという理由で放置されたままとなっていた。
「この下です」
男が地下へと続く階段を示し、逸る気持ちを抑えきれないといった様子で、暗い階段を下りていった。顔を見合わせたボリスたちも、戸惑いながらもランプを手に後に続いていく。
カビ臭い澱んだ空気の中、通路の奥まった先にある扉の前に辿り着いた。
意外にも鍵は掛かってなく扉を静かに押し開ける。すると途端に糞尿と食物の腐った饐えた臭いが入り交じったような悪臭が漂ってきた。
「オイヴァ様!」
余りの臭いにボリスらが思わず顔を顰める中、案内の男は暗い部屋の中にその姿を見つけると一気に扉を開いて飛び込んで行った。
「・・・・ハンヌか?」
「助けに来ました。遅くなって申し訳ありません」
かすれた弱々しい声で来訪者の名を呼んだのは、頬がこけ髪も髭も伸び放題となったオイヴァその人だった。
彼は壁に打ち付けられた鎖に両手を縛られて宙吊りとなっていた。両足は床に届いていたが、足下の糞尿の中で力なく膝をついている。
オイヴァは拘束された当初こそ丁重に扱われていたが、再三に渡るストール軍への協力を拒み続けたため、離れにある暗い地下倉庫の一室に監禁されていたのだった。
ハンヌと呼ばれた男は、子供の頃よりオイヴァに見出されて側勤めを勤めていた男だ。
オイヴァが拘束された後も主人の身を案じて、公館に下働きとして勤務し続けて救出する機会をずっと伺っていたのだ。
ストール軍が占領する中では救出するのは難しかったが、ドーグラスが倒れた事で漸くその機会が訪れた。
彼は密かにオイヴァの生存をトゥーレに報告し彼の救出を願った。トゥーレはその願いを受け入れてボリスを派遣し、ハンヌは彼らの潜入を手引きしたのだった。
「うぅぅ・・・・」
衰弱していることもあって、鎖が外されるとその場に力なく崩れ落ちる。
長く吊られていた影響か、両肩が脱臼して腕は力なくだらりと下がり、全く動かすことすらできないようだった。
ハンヌが糞尿まみれのオイヴァを素早く毛布で包み、水差しを差し出した。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「オイヴァ様!」
身体は乾いた砂のように水分を欲していたが、すぐには受け付けずに激しく咳き込む。何度も咽せながらゆっくりと水を飲み干していった。
「其方らは?」
「初めてお目に掛かります。我らはトゥーレ様直属の梟隊の者です。ハンヌ様に協力し、オイヴァ様を救出するよう命を受けております」
オイヴァの前に跪きボリスが応えた。
梟隊という名は、ドーグラス発見の功を称えてトゥーレ自ら名付けた諜報部隊の名であった。
「そうか、ストール公を討ったか」
オイヴァは長い監禁生活によって、足腰が萎えて自力で歩くことができず、隊員に担がれながら一階へと移動した。そこで現在の戦況を聞くと感慨深そうに髭面の顔に皺を刻んだ。
その後彼らは離れに火を放つと、混乱する街中を縫うようにしてネアンからの脱出を果たすのだった。
「これは駄目だな。近付くだけでハリネズミにされそうだ」
「流石にネアンを攻めるにはこの人数では足りませんね。こんなことならジャンヌ・ダルクに乗っておくべきでした」
ネアンの防御態勢を一目見ただけでユーリは肩を竦め、早々に攻める選択肢を排除するのだった。ルーベルトもまた、新兵器が搭載された旗艦への搭乗を願う始末だった。
二人の戦意が低いのもその筈、総数約三〇〇〇〇名が籠もるネアンに対してトルスター軍は全部合わせてもおよそ十分の一の三〇〇〇名しかいないからだ。
拠点攻撃の法則としては、攻める方は三倍の兵が必要だと言われている。
その法則に素直に当てはめると、トルスター軍にとってネアンは難攻不落ということになってしまう。
実際の戦いでは三倍の兵力差がなくても、攻撃側が勝利する事例もあって必ずしも必要という訳ではない。だが数がものを言う戦場においては、相手よりも多くの兵力を集めることは基本でもあった。
そういう観点からネアン奪還は絶望的と言ってよい状況だが、ユーリからもルーベルトからも悲壮感は感じられない。南門を既に攻略したとの連絡を受けていた事もあるだろう。
「ところで昨夜は眠れたか?」
「あんまり眠れませんでしたね。ユーリは逆に爆睡してたじゃないですか? でかいイビキが聞こえてましたよ」
そう言って隈のできた顔でユーリを軽く睨む。
戦いの間ではあれほど休みたいと口にしていたルーベルトだったが、いざ休もうとすると高揚感から中々休めず、朝方まで悶々と寝返りを繰り返したのだ。
反対にユーリはイグナーツとの戦いで精も根も尽き果て、兵に担がれてカントに戻る途中から既に寝落ちしていた。そのまま大きなイビキを立てながら今朝までぐっすりと眠っていたのだ。
実際に早朝から軍勢を率いて移動してきたルーベルトと違って、ユーリは何をしても起きなかったため途中まで担架のまま運ばれていたくらいだ。
「眠れるときに眠っておかないと最後まで保たないぞ」
スッキリとした表情で少年のような笑顔を浮かべたユーリのその言葉に、『努力します』とうんざりした様子でルーベルトが応えるのだった。
「何だお前たちは!?」
広場で住民が蜂起してストール軍と衝突してからそれほど時間を経ずに、東門でも鋤や鍬などの農具や棒を手にした住民たちが殺到してきた。
「門を開けろ!」
誰何する兵に血走った目を向ける住民たちは、口々に叫ぶと守備兵と一触即発の睨み合いとなった。
住民たちの剣幕に気圧されて守備兵はじりじりと後退りする。
門の外側にはトルスター軍、門の内側では住民たちの蜂起と前後を挟まれた恰好だ。しかもこの場を任された指揮官は、ジアンやヒュダの命令がなくてどうしていいか分からず、まともな指示を出せなかった。また兵たちも恐怖から、手っ取り早く恫喝して黙らせようとしてしまった。
「うるさい黙れ!」
「何だと、もう一度言ってみろ!」
「黙れと言った! 戒厳令が出ている筈だ。今すぐ解散して家で大人しくしていろ! さもなくば引っ捕らえて広場に晒すぞ!」
「やれるもんならやってみろ!」
そう言って住民は一斉に石を投げ始めた。
「おのれ! ゆるさんぞ!」
兵たちも槍を前面に押し立てて住民へと突撃していく。
売り言葉に買い言葉で頭に血が上った者同士、会話で解決できずここでも衝突が始まってしまった。
住民を守る筈の兵が住民に刃を向け、住民たちも思い思いの得物を手に兵に襲いかかる。今やネアン市街で地獄絵図が展開されていた。
親とはぐれた幼子が泣き叫び、暴徒と化した民衆は兵や商人を見るなり問答無用に襲いかかり、貧民たちは略奪行為をおこないさらに火災を広げていく。
ギルドの施設が中心だった火災も、今や市街全域の至る処で炎が上がり黒煙が立ち上っていた。
そのような状況で守備兵はトルスター軍と戦える訳もない。
「馬鹿な!? 住民と戦ってどうする。我らの敵は街の外のトルスター軍だぞ!」
城壁を守る兵たちは市街で繰り広げられる戦いを呆然と見下ろしていた。
その兵らの足下でも門扉を巡って激しい争いが繰り広げられていた。
「門を守れぇ!」
「門を開けろ!」
相反する叫び声が木霊する。
門を固く閉ざす巨大な扉に五人、六人と住民が群がってはすぐに兵に排除され、排除されても再び住民が襲いかかり、そして扉に取り付いて閂を抜こうとする。
門の前には多くの兵や住民の死体が折り重なり、流れた血が血溜まりとなって広間を赤く染めていた。
やがて兵を押しのけた住民が門扉に群がり、鉈や斧で閂を打ち壊し始めた。
「止めろ!」
残った兵が必死の形相で阻止しようとするが住民の勢いを止めることができず、逆に群がる人々に殴り倒されてしまった。
「押すぞ! せぇのっ!」
兵を排除することに成功した住民たちは、タイミングを合わせて扉を一斉に押し始めた。
「ちっ、ここはもう駄目だ!」
回廊から一部始終を見ていた守備兵は、門扉が開き始めると東門の守備を放棄して我先にと公館へと逃げて行った。
この結果、ユーリたちは労せずして東門からネアンへの入城を果たすのだった。
街中が騒然とする中、城壁で守られたネアン公館は閑散としていた。
実質ストール軍の首領となったクスターがいるはずだが、歩哨の数も少なく人の動きも殆どなかった。
そのような状況の中で、辺りを警戒しながら公館の中を進む一団がいた。
先頭を行くのは痩せた初老の男ボリスだ。
彼はカントで負った怪我を押してこの作戦に参加していた。
もちろんトゥーレからは療養を勧められていたが、療養が必要なほど重傷ではないこと、またカントで死んでいった部下たちの弔いのためにも、老骨に鞭打ってこの作戦への参加を志願していた。
今回彼らにはある重要な任務が課せられていた。
「こちらです」
案内役の若い男が先導していく公館内を、ボリスたちは黙って従ってついていく。
一行は馬場へと出ると人目を避けるため、馬場の縁に沿って大きく迂回するようにして、馬場の傍に建てられている小さな屋敷へと辿り着いた。
屋敷を確認すると一度城壁際まで移動して、身を隠しながら辺りの様子を伺う。
「あそこか?」
「はい、離れの地下におられます」
屋敷は人気もなく特に見張りもいなかった。
暫く待ったものの屋内から人の気配らしきものはなく、食事以外はほぼ放置されているという情報は偽りないようだった。
人目につかない裏手に回った彼らは窓のひとつを破壊して建物内への進入を果たした。
「確かにこの離れには見張りはおらんようだ」
無造作にガラスを割って侵入したが、その音を聞きつけて駆け付ける者もいない。暫く耳を澄ますが人の動く気配がない事を確認すると、ボリスは漸く緊張を緩めた。
「やはり報告通り使われてはいないようだな」
案内役の男についていく中、ボリスはうっすらと埃の積もった邸内を見回しながら呟いた。
この屋敷は元々オイヴァの住まいとして使われていた建物で、男によると当初はドーグラス遠征の際に仮座所とする予定だったらしい。しかし彼らが想定していたよりも建物が小さかったため、ドーグラスの格に合わないという理由で放置されたままとなっていた。
「この下です」
男が地下へと続く階段を示し、逸る気持ちを抑えきれないといった様子で、暗い階段を下りていった。顔を見合わせたボリスたちも、戸惑いながらもランプを手に後に続いていく。
カビ臭い澱んだ空気の中、通路の奥まった先にある扉の前に辿り着いた。
意外にも鍵は掛かってなく扉を静かに押し開ける。すると途端に糞尿と食物の腐った饐えた臭いが入り交じったような悪臭が漂ってきた。
「オイヴァ様!」
余りの臭いにボリスらが思わず顔を顰める中、案内の男は暗い部屋の中にその姿を見つけると一気に扉を開いて飛び込んで行った。
「・・・・ハンヌか?」
「助けに来ました。遅くなって申し訳ありません」
かすれた弱々しい声で来訪者の名を呼んだのは、頬がこけ髪も髭も伸び放題となったオイヴァその人だった。
彼は壁に打ち付けられた鎖に両手を縛られて宙吊りとなっていた。両足は床に届いていたが、足下の糞尿の中で力なく膝をついている。
オイヴァは拘束された当初こそ丁重に扱われていたが、再三に渡るストール軍への協力を拒み続けたため、離れにある暗い地下倉庫の一室に監禁されていたのだった。
ハンヌと呼ばれた男は、子供の頃よりオイヴァに見出されて側勤めを勤めていた男だ。
オイヴァが拘束された後も主人の身を案じて、公館に下働きとして勤務し続けて救出する機会をずっと伺っていたのだ。
ストール軍が占領する中では救出するのは難しかったが、ドーグラスが倒れた事で漸くその機会が訪れた。
彼は密かにオイヴァの生存をトゥーレに報告し彼の救出を願った。トゥーレはその願いを受け入れてボリスを派遣し、ハンヌは彼らの潜入を手引きしたのだった。
「うぅぅ・・・・」
衰弱していることもあって、鎖が外されるとその場に力なく崩れ落ちる。
長く吊られていた影響か、両肩が脱臼して腕は力なくだらりと下がり、全く動かすことすらできないようだった。
ハンヌが糞尿まみれのオイヴァを素早く毛布で包み、水差しを差し出した。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「オイヴァ様!」
身体は乾いた砂のように水分を欲していたが、すぐには受け付けずに激しく咳き込む。何度も咽せながらゆっくりと水を飲み干していった。
「其方らは?」
「初めてお目に掛かります。我らはトゥーレ様直属の梟隊の者です。ハンヌ様に協力し、オイヴァ様を救出するよう命を受けております」
オイヴァの前に跪きボリスが応えた。
梟隊という名は、ドーグラス発見の功を称えてトゥーレ自ら名付けた諜報部隊の名であった。
「そうか、ストール公を討ったか」
オイヴァは長い監禁生活によって、足腰が萎えて自力で歩くことができず、隊員に担がれながら一階へと移動した。そこで現在の戦況を聞くと感慨深そうに髭面の顔に皺を刻んだ。
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