都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
173 / 205
第三章 カモフ攻防戦

76 ネアン解放(3)

しおりを挟む
 小さく燃え始めた炎は徐々に勢いを増しながら、より大きくより激しく燃えさかっていく。

「何、離れから出火だと!?」

 離れを放置していたストール軍がその事を知った時、既に初期消火が手遅れとなっていた。
 何とか消火しようと兵は躍起になったが、最早火の手の勢いを抑える事はできず、ジアンへと報告してきた時には既に公館へと飛び火していた。

「馬鹿者! 何故すぐに報告しなかった!」

 ジアンが烈火の如く叱りつけるものの後の祭りだ。
 ドーグラスが討たれてから全体の歯車が狂ってしまったことが、改めて突きつけられているように感じた。
 つい先程までは兵力が充分だからと、このまま侵攻を続けるのか撤退するのかはっきりと決める事ができなかったが、この事態に直面すれば最早ひとつしか残されていなかった。

「閣下。既にこの戦いは我らに分はありません。ここは速やかにトノイへと撤退する事が肝要かと存じます」

 クスターに向き合ったジアンは、感情を抑えて淡々とした調子で語った。

「そうか」

 それを聞いたクスターもどこか達観した様子でひと言だけ発した。

「閣下にはすぐにでもネアンを脱出していただきたく・・・・」

「貴様はどうするのだ?」

「私は殿しんがりとなって閣下の脱出の時間を稼ぎます」

「・・・・死ぬ気か?」

「・・・・」

 クスターの問いにジアンはすぐに答えることができなかった。

「父上が討たれ、イグナーツも逝った。ラドスラフは私を捨て、ヒュダもまた住民に撲殺された。デモルバも未だ帰らず、多くの将兵が父に殉じるように我が元を去っていった。そして今、貴様も父上の下へくというのか?」

 黙ったままのジアンに、クスターらしからぬ強い口調で叱責するように語る。彼の目付きもどこかドーグラスを彷彿とさせるような鋭いものに変わっていた。
 ジアンは思わず頭を下げていた。

「お許しいただきたく存・・・・」

「ならぬ!」

 思いがけない強い口調にジアンは思わず顔を上げた。
 彼の視線の先では口惜しそうなクスターがジアンを睨み付けていた。

数多あまたの将兵が父上と運命を共にした今、我には貴様以外誰も残っておらぬ。その貴様が我を捨て父の下へと逝けば、生き残ったとて我は最早何の力もないただの凡将だ。たった一人でトノイへ戻った所で猛獣の前に差し出された兎に等しいだろう。父上にじゅんじたいと願う貴様の気持ちは理解するが、どうか我の事を見捨てないでくれないか?」

「そんなことは・・・・」

「本当にないと言い切れるか?」

「・・・・」

 ドーグラスに似た鋭い視線に射すくめられ、ジアンは何も言えずうつむいた。
 クスターは更に畳み掛けるように言葉を重ねる。

「ないのならば何故死のうとするのだ。我を逃がすための時間を稼ぐ?
 確かに撤退するための時間稼ぎは必要だろう。だが彼我ひがの戦力差はまだ十分にある筈だ。貴様ならば最小限の被害で切り抜ける事も可能だろう。そんな状況で殿をするという貴様の言葉は死ぬためのただの口実ではないのか?
 父上の供はイグナーツやヒュダがいれば充分ではないか。頼むジアン、せめて貴様だけは我の下に残ってくれまいか?
 我を一人にしないでくれ」

 最後にクスターは、ジアンにすがり付くようにしながら懇願していた。
 出陣の日、トノイ住民から盛大に送り出され、意気揚々とネアン入りしたばかりの数日前には、自らが指揮を執ってサザンを落とす事を夢想し、高揚する気持ちを抑える事に苦労していたくらいだ。
 それが前哨戦と呼べる小さな砦ひとつをまともに落とす事ができず、父からの侮蔑ぶべつの篭もった目で見つめられた時は心胆が凍り付くような恐怖を感じた。
 そして今、父を始め多くの将兵が彼の目の前からいなくなり、それどころか頼りとしていたジアンまでもが去ろうとしてた。
 クスターの表情には、戦場にひとり取り残される不安と心細さが滲み出ていた。

「・・・・承知いたしました」

 長い沈黙の後、ジアンは静かに了承を示した。
 ジアンにとっても長くドーグラスに仕えてきた自負がある。また引き立てられてきた恩もあった。できればヴァルハラでもドーグラスに引き続き仕えたいという思いもあった。
 しかしそれ以上に幼い頃から知っているクスターをひとり残す事の罪悪感がそれを上回ったのだ。
 クスター自身が語ったように、今のままネアンを脱出しトノイへ帰還を果たしても、この戦いで主力がごっそりと消え弱体化した軍勢ではクスターの後ろ盾とはなれず、いち早く帰還したラドスラフを止められる者もいない。またクスターの傍には有力な側近がいるものの、老獪な幕僚たちとやり合うには力不足なのは明らかだった。
 経験のないクスターでは、遅かれ早かれ表舞台から消え去ることになるだろう。
 クスターの行く末を案じたジアンは、覚悟を決めた表情で顔を上げた。

「共にトノイへ戻りましょう! 及ばずながらこれからは私が閣下の剣となり盾となります」

「ジアン! ・・・・父に比べると頼りないがよろしく頼む」

 クスターはジアンのその言葉に父の訃報を耳にして以来、初めて笑顔を見せるのだった。
 その後、炎が燃え広がっていく公館の中で、慌ただしく脱出の準備を整えたクスターは、公館を出て暴徒と化した住民から姿を隠すようにしながら北門へと向かった。
 兵の影に隠れるようにしながらチラリと覗き見たネアンの街は、炎が猛威を振るう炎熱地獄となっていた。
 今やネアンの街全体が炎に包まれ、その中を暴徒が商店を襲って略奪に走っていた。いや、暴徒だけではない。ストール軍の兵もいつの間にか略奪する方に回っていて市街は混沌と化していた。
 それらを阻止しようとしているのが突入してきたトルスター軍というクスターらにとって笑えない事態となっていたのだ。

「くっ、あれほどの偉容を誇った軍団が何という醜態しゅうたいを晒しているのか!」

 信じがたい光景を目の当たりにしたジアンは口惜しそうに天を仰いだ。

「この隙に脱出するしかあるまい」

 最早統制が取れておらず場合によってはクスターの首を手土産にトルスター軍に寝返ろうとする輩が現れるかも知れない。ジアンはすぐに兵を取り纏める事を諦め、街に残る三〇〇〇〇名近くいる将兵の大半を切り捨てる決断を下すのだった。

 クスターに従っていた兵はジアンの手勢を中心とした僅か一〇〇〇名余り。
 その人数で炎と人目を避けるようにしながら北門を目指していた。
 ジアンが懸念した通りクスターの姿を認めると襲いかかってくる兵が現れるが、それらは全て怒りの形相を浮かべたジアンの手によってことごとく討ち取られていく。
 人目を避けて何とか辿り着いた北門には、暴徒や兵の姿もなくまだ火も広がっていなかった。
 報告では北門にはトルスター軍の姿はないという。トルスター軍の兵力の問題もあって街を包囲できないのもあるが、ストール軍を追い出すためにわざと兵を配置していない箇所を設けているのだろう。
 ジアンの説明をクスターはよく理解できなかったが、現在の自軍の状況を考えればそれは有り難かった。
 北門を抜けて暫く進めば山道となりエン砦まで険しい登りが続く。だがエンを越えることが出来ればその先はストール領だった。そこから領都のトノイまでは一ヵ月程かかるが、とりあえずエンに辿り着きさえすれば安心できるだろう。

「開門!」

 号令の下開いた門の先には報告通りにトルスター軍の姿はなく、無人の荒野が広がるだけだった。

「よし、トノイへ帰ろう!」

 その言葉と同時にこれまで張り詰めていた気が緩み、緊張感が全身から一気に抜けた。父を失った痛みは依然としてあるものの、漸く帰ることができるというホッとした気持ちの方が大きかった。
 
――しかしこのトノイへの旅は艱難辛苦かんなんしんくを極めた行軍となった。

 道中武装蜂起した住民の奇襲や襲撃に悩まされ続けることになり、肉体的にも精神的にも徐々に磨り減らされていく。
 余りの苦難に夜の内に逃げ出す兵も後を絶たず、朝を迎えた時には多くの兵が去っていた事もあった。
 そんな中でもジアンはクスターを支え続けていたが、襲撃を避け山中を彷徨さまよう最中に賊に襲われて重傷を負ってしまう。

「私を捨てて行きなされ」

 力なくそう言ったジアンだったが、クスターは決して見捨てる事なく自ら背負って歩き続けた。
 日中は賊の襲撃に怯えながら眠り、暗くなってから山中の道なき道を進んだ。食料が尽きた後は木の皮までも口に入れて飢えを凌いだ。

 クスターがトノイへと帰還を果たしたのは、ネアン脱出からおよそ三ヶ月後のことだった。
 脱出時に一〇〇〇名を数えた兵力だったが、僅か十数名の兵と共にトノイの街へと辿り着いたクスターの姿はやせ衰え、装備もボロボロでまるで幽鬼と見紛みまがうばかりの姿だったという。
 出立時のきらびやかな姿を覚えていた住民は、その変わり果てた姿に驚愕するのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...