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第四章 伝説のはじまり
18 二番艦就役
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トゥーレのふとした思いつきからおこなわれた争奪戦の翌日、トゥーレの姿はジャンヌ・ダルクの艦上にあった。
結果的に大盛り上がりのまま幕を閉じた大将争奪戦は、兵らの訓練熱を高めるという効果をもたらした。
また争奪戦を真似たのか、其処彼処で小規模な競技会が開かれるようになり、訓練場に熱気の篭もった声が響いていた。
熱気は訓練場だけではなかった。隣接する馬場でも真剣な表情で競争に励む姿が見られ、熱くなった男たちの言い争う声も響いていた。
そんな熱くなった彼らを宥めるユーリらは大変だろうが、戦力アップに努めるのが彼らの仕事だ。
恨みがましい目でこちらを睨んでいたユーリからは後で文句は言われるだろうが、そんな彼らの姿を尻目にトゥーレはピエタリと共に港へと向かったのだった。
「いいんですかい?」
「気にするな、いつものことさ」
ユーリの様子を気にしたピエタリからの問い掛けにも、トゥーレは軽く肩を竦めて受け流す。
一々ユーリに付き合っていたら何もできなくなってしまう。尤もユーリの方も本気で嫌がっているのではない。
争奪戦でクラウスに匹敵する実力を披露したユーリの評価は、たった一日で青天井の如く急騰していたのだ。
クラウスと激闘を演じた事により、イグナーツを討ち取った実力を証明してみせたユーリには、今や彼に教えを請おうとする者たちが列を成していたのだ。
その中にはこれまで裏でユーリを蔑んでいたような者まで含まれていた。見事な手のひら返しだった。
その急激な変化に戸惑いながらも必死に対応する姿を尻目に、彼を見出したトゥーレも何処か誇らしげに見える。
「最初に比べればもう別物だな」
船上のトゥーレが思わず呟く。
かつての寒村だった頃を知るトゥーレは、まるで工業都市かと見紛う程の変貌を遂げたサトルトの姿に素直に感嘆した。
この町の特長となっている高炉は今や五基並び立っていて、最大のものになると高さ三十メートル近くまでそびえ立っていた。
その高炉に寄り添うように立ち並ぶ街並みは、殆どが鍛冶職人たちの工房とその関係者の住居だ。彼らの働きが文字通りサトルトの工業生産を支えていた。
湖に面した港では今も大小多くの船で賑わい、多くの人足たちが働いている。
彼らの多くは塩坑から出た余剰の抗夫たちで、働き口のなかった彼らの受け入れ先のひとつとして機能していた。
その町からやや西よりの所に巨大なドックが建造されていて、トゥーレが乗船しているジャンヌ・ダルクもここの一号ドックで建造されたものだ。
「ご無沙汰しておりますトゥーレ様」
港に停泊したジャンヌ・ダルクから降り立ったトゥーレをオレク夫妻が出迎えた。
オレクはオリヴェルから引き継いで、今ではサトルトの総監督として辣腕を振るっていた。彼の傍には妻のコンチャが寄り添うように付き従っている。
「なかなかこちらにまで足を運べず申し訳ない。コンチャもこちらの生活には慣れたか?」
「はい、まだ戸惑う事もありますけれど、オレクもいますし問題はないです」
そう言ってコンチャが柔らかい笑顔を浮かべる。
ルオの手伝いから解放されると、オレクが任されているサトルトへすぐに彼女は移ってきたのだった。
サトルトは長い間オリヴェルとオレクの二人で運営していた。
最初はオリヴェルが総監督でオレクが補佐という立場だった。しかしここ数年は実質的に采配を振るっていたのはオレクの方だった。
シルベストルの副官であるオリヴェルはサザンの業務と兼任していて、当初からオレクへの権限移行を視野にしていたためだ。そのため当初は主導権を握っていたオリヴェルだったが、一年を待たずにオレクへと権限を委譲し始め、ここ数年は余程の事がない限りサトルトに来る事もなくなっていた。
そしてコンチャが戻ってきたタイミングで完全にサトルトの経営から身を引いたため、今では名実共にオレクがサトルトの責任者となっていた。
「今日はルーベルトは来ていないのですね?」
トゥーレのサトルト行きには必ずと言っていい程付き従い、トゥーレの護衛そっちのけで工房に入り浸る問題児。
彼の姿が見えない事に若干ホッとした様子で尋ねると、トゥーレとピエタリが顔を見合わせて揃って苦笑を浮かべた。
「あいつは今日はどうしても外せない用事ができたからな」
「えっ!?」
思ってもみなかったピエタリの言葉に、流石のオレクも驚いた様子を浮かべた。
彼がトゥーレの側近だった頃、何よりもサトルト行きを最優先にしてきたルーベルトの姿を知ってるだけに尚更だろう。
「奴は今日クラウスに捕まっているぞ」
トゥーレはそう言うと昨日の争奪戦の様子をオレクに語った。
極端な鉄砲への傾倒のため『残念な子』としてトゥーレ周辺で認知されているルーベルトだが、カントの戦いの後ユーリから引き継いで停戦交渉をおこなった事からも分かるように無能という訳ではない。
父の代からの重臣であるクラウスの息子だとはいえ、トゥーレはそもそも家柄や身分で側近を取り立てたりはしない。そうでなければオレクやユーリなどは引き立てられてはいなかった筈だ。
かつて許嫁がいながらもそれよりも鉄砲を選択するなど、優先順位の最上位が鉄砲になってるため勘違いをされるが、ルーベルトはああ見えて剣術も馬術も人並み以上にこなす事ができるのだ。
昨日の争奪戦の出場を辞退したため評価を下げてしまったが、もし出場していれば優勝は無理でも二番隊隊長という面目は保っていたに違いなかった筈である。
「なるほど、確かにそれは自業自得ですね」
説明を受けたオレクは苦笑しながらそう言った。
息子の奇行のせいか近頃頭髪が気になりだしているクラウスが、『一から鍛え直す』と朝から息巻いていたのだ。簡単に解放されるとは思えない。
「それでちょっとでも自重すればいいのですが」
「まぁ変わらんだろうな」
これまでも何度も矯正しようとしたが悉く失敗してきたのだ。
しかもその度により残念度が上がるというオマケまでついてきた。
今回こそはと期待する一方で、嫌な予感も拭えないトゥーレたちだった。
「順調そうだが、五号炉は調子はどうだ?」
「予定通りの性能が出てます。お陰で鍛冶職人たちの生産が安定しました」
トゥーレは歩きながらオレクに尋ねる。
五号炉とはサトルト最大三十メートルの高さを誇る高炉で、これまでの高炉に比べて圧倒的な生産量でサトルトの鍛治町を支えていた。
完成したのはストール軍との戦い直前だった。
それまでは戦時増産体制だったが鉄の供給が全く追いつかず、オレクやオリヴェルをやきもきさせていたが、五号炉の完成によってようやくそれが解消されたのである。
とはいえ完成が戦いの直前だった事もあり、殆ど先の戦いには間に合わなかった。そのため、あと半年、いや数ヶ月完成が早ければカントの戦いは圧勝だったのではとトゥーレに言わしめた程だ。
「今は武具以外に農具などの生産も始めています。港の船の半分は鉄鉱石やコークスを運んできた船ですが、それ以外は鉄を買い付けにきた商人たちの船です」
先の戦いまではサトルトの出入りを厳重に管理していたが、その後は武具以外の製品の販売を一部の商人にも開放していた。そのため多くの商人が船団を率いて買い付けに来ていたのだ。
「昔を思い出します。鯨が捕れた時も王都からこうやって商人たちが買い付けに来ていました」
「港に活気が溢れ賑わうのはわくわくするな。おっ見えてきたな。あれがそうか?」
前方に視線を向けると造船所の一号ドックの奥にすぐに別のドックが目に入った。
ドックを囲む外壁から帆柱が二本飛び出しているのが見える。
「建造は知っていましたが、私も近くで見るのは初めてです」
同行するオレクも興奮したように声を上げる。
船は関係者以外厳重に管理され、サトルトの住人であっても簡単には近付く事すらできなかった。
かつてサトルトの前に広がっていた砂利浜は、開拓時に掘り下げられて港を整備していた。元々小さな集落でしかなかったサトルトではドックを造るスペースがなかったため、造船所は町からやや外れた場所に造られていた。
機密漏洩を防ぐために今ではヴァイダ工房を含む魔法石を加工できる工房は、全て造船所寄りに移転させている。
「ええ、あれがそうです。何とか間に合わせる事ができました」
ドックを囲っている外壁に空いた通用口をくぐると、暗灰色に塗られ艤装が終わったばかりの真新しい船体が姿を現した。
「二番艦ブブリナ・ラスカリナです」
一見すると暗青色のジャンヌ・ダルクとは色違いなだけの同型に見えるが、これがジャンヌ・ダルクと同様、異国の戦女神の名を冠されたキャラベル船の二番艦だ。
ほぼ同じに見える見た目だが、よく見ると船尾に三本目の小さな帆柱があり、全長も三十メートルとジャンヌ・ダルクよりも僅かに大型化している。その中でも一番の大きな違いは装備されている武装となるだろう。
艦首に一門、両舷に三門ずつ大砲が装備されているが、七門全てが大砲仕様の魔砲、つまり大魔砲が装備されていた。
それ以外にも甲板の両舷に多数の旋回砲が装備されている。
旋回砲は固定砲よりも口径が小さいものの砲身を上下左右に動かす事ができる。魔砲仕様ではなかったが威力が高いものの狙いの付けづらい固定砲の副砲の役割を期待されていた。
ジャンヌ・ダルクと同様、船体に比べると大砲の数が少ないが、キャラベル船の特長として浅瀬でも迅速に活動できるとともに高い操舵性が魅力だ。その反面キャラック船と比べると小型で積載量も少ないため重武装には向いていない。
機動力という強みを活かそうと思えば船体は軽い方がいい。そのため重量増となる原因である固定武装を極力減らしたのだ。
どのみち高機動中の船から狙いなど付けられる訳もなく、撃ったとしても当たらない。
ピエタリに率いられた水軍の戦い方は、今のところ機動力を活かした攪乱が主な任務だ。それならば重量増を招き、機動力の足枷となる火器兵器は必ずしも必要ではなかったのである。
ただしトゥーレが座乗する旗艦となる可能性が高く、また単艦で運用をする場合を考えるとある程度の火力はあった方がよいという意見もあって、最終的に現在の砲門数となったのだ。
「こうして見るとジャンヌよりも大きく見えるな」
「実際全長は五メートルほど長くなってます。ですが三本マストにした分機動力は確実に上がってますぜ!」
それ以外にもジャンヌ・ダルクの運用で得たデータを元に細かい部分に改良を加えているという。
もちろんジャンヌ・ダルクも就役以来、度重なる改良に加えて水兵の練度が上がった事で見違える程戦闘力は上がり、ブブリナ・ラスカリナと同様に今では旋回砲も装備していた。それでも基本設計が五年近く新しいブブリナ・ラスカリナの方が潜在的な戦闘力は上になるだろう。
「兵員輸送の護衛はこれで完全とは流石に言えませんが、ジャンヌの負担も軽減できる筈でさぁ」
「正直言えばあと二、三隻欲しい所だが・・・・」
「馬鹿言わないでください!
船大工不足でブブリナでさえジャンヌの改修に人を取られて間に合わせるのが大変だったんですよ。流石にここの施設と人数じゃこれ以上は厳しいですぜ!」
広く職人を集めたサトルトだったが、内陸なのが災いして船大工の集まりは悪かった。また辺境という場所柄ゆえ、これ以上の人員増加は難しくここのところ鍛冶職人も増えていなかった。
「兵員の輸送はやはり商人からの徴発になるか」
「人や物資の輸送はやはりキャラック船が向いてますからね。今まで通り借りる方が手っ取り早いでしょう」
「それに関してはルオが色々と動いてくれているようです」
トゥーレとしては自前の艦隊を編成したい考えがあったが、設備や人員の問題から現時点では不可能だった。
そこで商船を徴発して兵員や物資を輸送する事になるが、流石に一度に全て輸送できるほど用意はできず、何度かに分けてピストン輸送する事になる。しかし一度に輸送できる数が少ないと全軍が揃うまで時間がかかり、その間先に上陸した部隊が危険に晒され続けるのだ。
「ガレオン船があれば違うだろうがな」
ガレオン船とはキャラック船を更に巨大にしたような船だ。大型な分積載量も増え、一度に輸送できる人員も増える。
「あれはお勧めしませんぜ。巨大な船体ですがああ見えて意外と喫水が浅いんでさぁ。外洋ならともかく流れのある河川だと転覆する恐れがあります」
多くの積載を見込めるガレオン船だが巨体故に機動力に欠ける。またピエタリが指摘したように大きな船体の割りに喫水線が浅く、強風の中操舵を誤ると簡単に転覆する恐れがあった。
また就役したばかりのブブリナ・ラスカリナの全長が三十メートルに対し、ガレオン船は五十から六十メートルとほぼ倍の大きさとなり、現在のサトルトの施設では建造できなかった。
将来的にガレオン船の運用も視野に入れていたトゥーレだったが、現時点では建造することすら現実的でなかったのである。
「わかっているさ。言ってみただけだ」
トゥーレはそう言うと苦笑いを浮かべて肩を竦めるのだった。
結果的に大盛り上がりのまま幕を閉じた大将争奪戦は、兵らの訓練熱を高めるという効果をもたらした。
また争奪戦を真似たのか、其処彼処で小規模な競技会が開かれるようになり、訓練場に熱気の篭もった声が響いていた。
熱気は訓練場だけではなかった。隣接する馬場でも真剣な表情で競争に励む姿が見られ、熱くなった男たちの言い争う声も響いていた。
そんな熱くなった彼らを宥めるユーリらは大変だろうが、戦力アップに努めるのが彼らの仕事だ。
恨みがましい目でこちらを睨んでいたユーリからは後で文句は言われるだろうが、そんな彼らの姿を尻目にトゥーレはピエタリと共に港へと向かったのだった。
「いいんですかい?」
「気にするな、いつものことさ」
ユーリの様子を気にしたピエタリからの問い掛けにも、トゥーレは軽く肩を竦めて受け流す。
一々ユーリに付き合っていたら何もできなくなってしまう。尤もユーリの方も本気で嫌がっているのではない。
争奪戦でクラウスに匹敵する実力を披露したユーリの評価は、たった一日で青天井の如く急騰していたのだ。
クラウスと激闘を演じた事により、イグナーツを討ち取った実力を証明してみせたユーリには、今や彼に教えを請おうとする者たちが列を成していたのだ。
その中にはこれまで裏でユーリを蔑んでいたような者まで含まれていた。見事な手のひら返しだった。
その急激な変化に戸惑いながらも必死に対応する姿を尻目に、彼を見出したトゥーレも何処か誇らしげに見える。
「最初に比べればもう別物だな」
船上のトゥーレが思わず呟く。
かつての寒村だった頃を知るトゥーレは、まるで工業都市かと見紛う程の変貌を遂げたサトルトの姿に素直に感嘆した。
この町の特長となっている高炉は今や五基並び立っていて、最大のものになると高さ三十メートル近くまでそびえ立っていた。
その高炉に寄り添うように立ち並ぶ街並みは、殆どが鍛冶職人たちの工房とその関係者の住居だ。彼らの働きが文字通りサトルトの工業生産を支えていた。
湖に面した港では今も大小多くの船で賑わい、多くの人足たちが働いている。
彼らの多くは塩坑から出た余剰の抗夫たちで、働き口のなかった彼らの受け入れ先のひとつとして機能していた。
その町からやや西よりの所に巨大なドックが建造されていて、トゥーレが乗船しているジャンヌ・ダルクもここの一号ドックで建造されたものだ。
「ご無沙汰しておりますトゥーレ様」
港に停泊したジャンヌ・ダルクから降り立ったトゥーレをオレク夫妻が出迎えた。
オレクはオリヴェルから引き継いで、今ではサトルトの総監督として辣腕を振るっていた。彼の傍には妻のコンチャが寄り添うように付き従っている。
「なかなかこちらにまで足を運べず申し訳ない。コンチャもこちらの生活には慣れたか?」
「はい、まだ戸惑う事もありますけれど、オレクもいますし問題はないです」
そう言ってコンチャが柔らかい笑顔を浮かべる。
ルオの手伝いから解放されると、オレクが任されているサトルトへすぐに彼女は移ってきたのだった。
サトルトは長い間オリヴェルとオレクの二人で運営していた。
最初はオリヴェルが総監督でオレクが補佐という立場だった。しかしここ数年は実質的に采配を振るっていたのはオレクの方だった。
シルベストルの副官であるオリヴェルはサザンの業務と兼任していて、当初からオレクへの権限移行を視野にしていたためだ。そのため当初は主導権を握っていたオリヴェルだったが、一年を待たずにオレクへと権限を委譲し始め、ここ数年は余程の事がない限りサトルトに来る事もなくなっていた。
そしてコンチャが戻ってきたタイミングで完全にサトルトの経営から身を引いたため、今では名実共にオレクがサトルトの責任者となっていた。
「今日はルーベルトは来ていないのですね?」
トゥーレのサトルト行きには必ずと言っていい程付き従い、トゥーレの護衛そっちのけで工房に入り浸る問題児。
彼の姿が見えない事に若干ホッとした様子で尋ねると、トゥーレとピエタリが顔を見合わせて揃って苦笑を浮かべた。
「あいつは今日はどうしても外せない用事ができたからな」
「えっ!?」
思ってもみなかったピエタリの言葉に、流石のオレクも驚いた様子を浮かべた。
彼がトゥーレの側近だった頃、何よりもサトルト行きを最優先にしてきたルーベルトの姿を知ってるだけに尚更だろう。
「奴は今日クラウスに捕まっているぞ」
トゥーレはそう言うと昨日の争奪戦の様子をオレクに語った。
極端な鉄砲への傾倒のため『残念な子』としてトゥーレ周辺で認知されているルーベルトだが、カントの戦いの後ユーリから引き継いで停戦交渉をおこなった事からも分かるように無能という訳ではない。
父の代からの重臣であるクラウスの息子だとはいえ、トゥーレはそもそも家柄や身分で側近を取り立てたりはしない。そうでなければオレクやユーリなどは引き立てられてはいなかった筈だ。
かつて許嫁がいながらもそれよりも鉄砲を選択するなど、優先順位の最上位が鉄砲になってるため勘違いをされるが、ルーベルトはああ見えて剣術も馬術も人並み以上にこなす事ができるのだ。
昨日の争奪戦の出場を辞退したため評価を下げてしまったが、もし出場していれば優勝は無理でも二番隊隊長という面目は保っていたに違いなかった筈である。
「なるほど、確かにそれは自業自得ですね」
説明を受けたオレクは苦笑しながらそう言った。
息子の奇行のせいか近頃頭髪が気になりだしているクラウスが、『一から鍛え直す』と朝から息巻いていたのだ。簡単に解放されるとは思えない。
「それでちょっとでも自重すればいいのですが」
「まぁ変わらんだろうな」
これまでも何度も矯正しようとしたが悉く失敗してきたのだ。
しかもその度により残念度が上がるというオマケまでついてきた。
今回こそはと期待する一方で、嫌な予感も拭えないトゥーレたちだった。
「順調そうだが、五号炉は調子はどうだ?」
「予定通りの性能が出てます。お陰で鍛冶職人たちの生産が安定しました」
トゥーレは歩きながらオレクに尋ねる。
五号炉とはサトルト最大三十メートルの高さを誇る高炉で、これまでの高炉に比べて圧倒的な生産量でサトルトの鍛治町を支えていた。
完成したのはストール軍との戦い直前だった。
それまでは戦時増産体制だったが鉄の供給が全く追いつかず、オレクやオリヴェルをやきもきさせていたが、五号炉の完成によってようやくそれが解消されたのである。
とはいえ完成が戦いの直前だった事もあり、殆ど先の戦いには間に合わなかった。そのため、あと半年、いや数ヶ月完成が早ければカントの戦いは圧勝だったのではとトゥーレに言わしめた程だ。
「今は武具以外に農具などの生産も始めています。港の船の半分は鉄鉱石やコークスを運んできた船ですが、それ以外は鉄を買い付けにきた商人たちの船です」
先の戦いまではサトルトの出入りを厳重に管理していたが、その後は武具以外の製品の販売を一部の商人にも開放していた。そのため多くの商人が船団を率いて買い付けに来ていたのだ。
「昔を思い出します。鯨が捕れた時も王都からこうやって商人たちが買い付けに来ていました」
「港に活気が溢れ賑わうのはわくわくするな。おっ見えてきたな。あれがそうか?」
前方に視線を向けると造船所の一号ドックの奥にすぐに別のドックが目に入った。
ドックを囲む外壁から帆柱が二本飛び出しているのが見える。
「建造は知っていましたが、私も近くで見るのは初めてです」
同行するオレクも興奮したように声を上げる。
船は関係者以外厳重に管理され、サトルトの住人であっても簡単には近付く事すらできなかった。
かつてサトルトの前に広がっていた砂利浜は、開拓時に掘り下げられて港を整備していた。元々小さな集落でしかなかったサトルトではドックを造るスペースがなかったため、造船所は町からやや外れた場所に造られていた。
機密漏洩を防ぐために今ではヴァイダ工房を含む魔法石を加工できる工房は、全て造船所寄りに移転させている。
「ええ、あれがそうです。何とか間に合わせる事ができました」
ドックを囲っている外壁に空いた通用口をくぐると、暗灰色に塗られ艤装が終わったばかりの真新しい船体が姿を現した。
「二番艦ブブリナ・ラスカリナです」
一見すると暗青色のジャンヌ・ダルクとは色違いなだけの同型に見えるが、これがジャンヌ・ダルクと同様、異国の戦女神の名を冠されたキャラベル船の二番艦だ。
ほぼ同じに見える見た目だが、よく見ると船尾に三本目の小さな帆柱があり、全長も三十メートルとジャンヌ・ダルクよりも僅かに大型化している。その中でも一番の大きな違いは装備されている武装となるだろう。
艦首に一門、両舷に三門ずつ大砲が装備されているが、七門全てが大砲仕様の魔砲、つまり大魔砲が装備されていた。
それ以外にも甲板の両舷に多数の旋回砲が装備されている。
旋回砲は固定砲よりも口径が小さいものの砲身を上下左右に動かす事ができる。魔砲仕様ではなかったが威力が高いものの狙いの付けづらい固定砲の副砲の役割を期待されていた。
ジャンヌ・ダルクと同様、船体に比べると大砲の数が少ないが、キャラベル船の特長として浅瀬でも迅速に活動できるとともに高い操舵性が魅力だ。その反面キャラック船と比べると小型で積載量も少ないため重武装には向いていない。
機動力という強みを活かそうと思えば船体は軽い方がいい。そのため重量増となる原因である固定武装を極力減らしたのだ。
どのみち高機動中の船から狙いなど付けられる訳もなく、撃ったとしても当たらない。
ピエタリに率いられた水軍の戦い方は、今のところ機動力を活かした攪乱が主な任務だ。それならば重量増を招き、機動力の足枷となる火器兵器は必ずしも必要ではなかったのである。
ただしトゥーレが座乗する旗艦となる可能性が高く、また単艦で運用をする場合を考えるとある程度の火力はあった方がよいという意見もあって、最終的に現在の砲門数となったのだ。
「こうして見るとジャンヌよりも大きく見えるな」
「実際全長は五メートルほど長くなってます。ですが三本マストにした分機動力は確実に上がってますぜ!」
それ以外にもジャンヌ・ダルクの運用で得たデータを元に細かい部分に改良を加えているという。
もちろんジャンヌ・ダルクも就役以来、度重なる改良に加えて水兵の練度が上がった事で見違える程戦闘力は上がり、ブブリナ・ラスカリナと同様に今では旋回砲も装備していた。それでも基本設計が五年近く新しいブブリナ・ラスカリナの方が潜在的な戦闘力は上になるだろう。
「兵員輸送の護衛はこれで完全とは流石に言えませんが、ジャンヌの負担も軽減できる筈でさぁ」
「正直言えばあと二、三隻欲しい所だが・・・・」
「馬鹿言わないでください!
船大工不足でブブリナでさえジャンヌの改修に人を取られて間に合わせるのが大変だったんですよ。流石にここの施設と人数じゃこれ以上は厳しいですぜ!」
広く職人を集めたサトルトだったが、内陸なのが災いして船大工の集まりは悪かった。また辺境という場所柄ゆえ、これ以上の人員増加は難しくここのところ鍛冶職人も増えていなかった。
「兵員の輸送はやはり商人からの徴発になるか」
「人や物資の輸送はやはりキャラック船が向いてますからね。今まで通り借りる方が手っ取り早いでしょう」
「それに関してはルオが色々と動いてくれているようです」
トゥーレとしては自前の艦隊を編成したい考えがあったが、設備や人員の問題から現時点では不可能だった。
そこで商船を徴発して兵員や物資を輸送する事になるが、流石に一度に全て輸送できるほど用意はできず、何度かに分けてピストン輸送する事になる。しかし一度に輸送できる数が少ないと全軍が揃うまで時間がかかり、その間先に上陸した部隊が危険に晒され続けるのだ。
「ガレオン船があれば違うだろうがな」
ガレオン船とはキャラック船を更に巨大にしたような船だ。大型な分積載量も増え、一度に輸送できる人員も増える。
「あれはお勧めしませんぜ。巨大な船体ですがああ見えて意外と喫水が浅いんでさぁ。外洋ならともかく流れのある河川だと転覆する恐れがあります」
多くの積載を見込めるガレオン船だが巨体故に機動力に欠ける。またピエタリが指摘したように大きな船体の割りに喫水線が浅く、強風の中操舵を誤ると簡単に転覆する恐れがあった。
また就役したばかりのブブリナ・ラスカリナの全長が三十メートルに対し、ガレオン船は五十から六十メートルとほぼ倍の大きさとなり、現在のサトルトの施設では建造できなかった。
将来的にガレオン船の運用も視野に入れていたトゥーレだったが、現時点では建造することすら現実的でなかったのである。
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トゥーレはそう言うと苦笑いを浮かべて肩を竦めるのだった。
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独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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