都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第四章 伝説のはじまり

19 元凶?

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――そわそわ

「姫様、動かないでくださいと言っているでしょう!」

「ご、ごめんなさい」

 明るいオレンジ色のエステルの頭髪をセットしているイロナが苦笑しながら溜息を吐く。
 集中力が続かず、静かに座っている事が苦手なエステルのセットに苦労するのはいつもの事だが、今日は特に落ち着きがなかった。
 今日はいつもの動きやすい服と違って鮮やかなオレンジ色のドレス姿だった。
 肩口付近の濃いめの色からスカートへかけて彼女の頭髪のような明るい色へとグラデーションとなっている。ウエストからスカート部分に大きめの花の飾りがアクセントとしてあしらわれ、シンプルな上半身も肩口から二の腕にかけてスリットが入っていて可愛らしくも華やかなドレスとなっていた。

「姫様できました」

 アップにしていつもより丁寧に複雑に編み込まれた頭髪はイロナの力作だ。後は頭にマリアベールを留めるだけとなっていた。
 丁度準備が終わったタイミングでテオドーラの来訪が告げられる。

「まあ素敵! まるで姿絵から飛び出してきたお姫様のようです!」

「ありがとう存じます、お母様。お母様もよくお似合いです。綺麗なドレスです」

 部屋に通されたテオドーラはエステルを一目見るなり感嘆の声を上げた。
 その彼女の姿も今日はシンプルで淡い色合いだがエステルと同様ドレス姿だ。

「お褒めに預かり光栄です姫様」

 そう言ってスカートの裾を軽く持ち上げてカーテシーをおこなった。

「うふふ、娘の待ちに待った晴れの舞台ですもの。わたくしも気合いが入ります」

 そして若干照れたようにはにかむ。
 既にユーリと共に暮らしていたが、今日は二人が正式に結婚式を挙げる日だった。
 エステルの希望により式はサザンでおこなわれ、亡きザオラルに代わってテオドーラが彼女をエスコートすることになっていた。
 エステルから依頼のあった当初は気のない返事をしていたテオドーラだったが、結局娘のドレスに合わせたような衣装をしっかり用意するなど準備万端に整えていた。

「ネアンでの生活には慣れましたか?」

「まだ少し荷解きが残っていますけれど、皆が頑張ってくれたお陰で快適に過ごす事ができています」

 物が片付けられ殺風景となったかつてのエステルの部屋を見渡しながらテオドーラが問い掛けると、エステルは自慢げに胸を張る。

「そう、あまり我が儘を言ってユーリを困らせてはいけませんよ。それと皆の意見にもちゃんと耳を貸してしっかりユーリを支えるのですよ。それから・・・・」

「んもう、お母様ったら同じ事を何度も言われなくても分かっておりますわ」

「そう言いながら何度も同じ失敗を繰り返してきたんですもの、貴女がちゃんとできているかどうかわたくしは心配なのです」

「お母様・・・・」

――ぶわっ

 久しぶりのテオドーラとの会話に耐えきれなくなったのか、エステルの目から涙が零れ落ちそうになる。

「いけません。泣いたら折角のお化粧が崩れますよ」

「ぐすっ、だってお母様がそんな事を言うからです」

 テオドーラが慌ててエステルの顔にハンカチを押し当てるが、目からは止めどなく涙が溢れ出てくる。
 イロナが素早く胸元に布を掛けて衣装が濡れるのを防ぐとエステルを椅子に座らせた。

――チーン

「もう大丈夫です」

 鼻をかんだエステルが落ち着いた口調でそう言うと、イロナたちが彼女を取り囲み、素早く化粧を整え始めた。
 いつもなら小言を零すイロナたちだったが、エステルの気持ちを汲んで何も言わずに黙々と化粧を直していく。

「お母様。一緒にお母様もネアンに来ませんか?」

 エステルは今にも泣き出しそうな顔で、ネアンに来てはどうかと提案する。
 その言葉に暫く目を閉じて沈黙していたテオドーラは目を開くと静かに首を振った。

「・・・・どうして?」

「貴女の気持ちは凄く嬉しいです。わたくしもできる事なら貴女やトゥーレの傍で暮らしたいと考えた事もあります。
 でもこの街にはザオラル様との思い出もたくさん詰まっています。今でも目を瞑ればザオラル様と初めて会った城門や一緒に買い食いした屋台など昨日の事のように思い出せます。もちろんこのお屋敷で貴女たちと暮らした日々もそうです。
 そんな思い出の残る街をわたくしは離れる事はできません」

「お母様・・・・」

「わたくしはここでザオラル様や貴女たちとの思い出をシルベストル相手に語り合います。ですのでこちらの事は気にせず貴女たちは先を見据えていきなさいな」

 テオドーラの言葉に再び涙腺が決壊しそうになったエステルだったが、今度はギリギリの所で何とか踏みとどまった。

「・・・・わかりました。でも寂しくなったらいつでもネアンにいらしてください。お兄様は恥ずかしがるかも知れませんが、わたくしたちは何時でも歓迎いたしますわ」

「ぜひ招待してくださいな。その時はリーディアも呼んでまた三人でお茶会をしましょう」

「ええ、楽しみにしていますね」

 しんみりした雰囲気から最後は和やかに笑顔を見せて語り合うようになった二人。そこから時間までの間、エステルの小さい頃の思い出話に花が咲いた。
 十分ほど談笑していただろうか。
 側勤めがトゥーレの来訪を告げた。

「あらトゥーレ、母が恋しくなったのですが?」

「冗談は止めてください。準備が整ったのでそろそろ控え室にいらしてください。それにこの部屋はエステルの控え室でしょう? 母上が恋しくなったのなら母上の部屋に行きますよ」

 部屋に入るなりテオドーラが茶化すが、トゥーレは真面目な表情を崩さずに塩対応で事務的に準備が整ったと告げた。
 トゥーレは光沢があるが落ち着いた臙脂色のモーニング姿だ。
 上着は丈の長いモーニングコートで膝の裏ぐらいまで丈があり、彼の動きに合わせて裾が優雅に揺れている。中に着用している艶のない黒のベストが締まった印象を与えていた。
 左の袖口からさりげなく覗くバングルは、リーディアとの婚約式で彼女から贈られた品だ。胸元にはエステルが贈ったペンダントも揺れていた。

「久しぶりに会ったのにつれない事言わないの。さぁ、いつものように母の胸に飛び込んでらっしゃい!」

「なっ! いつものようにってそれは俺が幼い頃の話でしょう? それよりもユーリが緊張で失神しそうなので早く始めてしまいましょう」

 テオドーラが両手を広げてトゥーレに催促するが、一瞬いつものように取り乱しそうになるもののギリギリで堪えた。

「つまんないですね。久しぶりなんですからもっと甘えてくれてもいいじゃない!」

「エステルの晴れ舞台を台無しにする気ですか!?」

「お兄様さえよろしければわたくしは構いませんよ。ユーリもきっとその方がいいでしょう?」

「ユーリはよくても多くの招待客はどうするんだ。それに余りにも遅いとシルベストルの雷が落ちるぞ!」

「それは大変。お客様をお待たせする訳にはいきませんね」

「そうですねお母様、そろそろ参りましょう」

 調子に乗る母娘だったが、トゥーレがシルベストルの名を出すと二人はそそくさと着衣などの乱れを整え始めた。
 この親子はシルベストルから雷を落とされた回数の多さでは三指に入る。
 だがサザンでシルベストルを態々わざわざ怒らせて遊ぶのはこの親子以外にいる訳もないため、実質彼らだけのランキングだ。
 もちろんトップは断トツでトゥーレだが、テオドーラとエステルの二人も負けていない。どちらも同じように怒られていたが、どちらかと言えば意外にもテオドーラの方が雷を落とされていた。
 理由としては彼女が少女時代からの長い付き合いだという事があるだろう。
 堅物で面白みのなかった当時のシルベストルを困らせてみようと、ちょっとした悪戯心からテオドーラが悪戯を思い付いた事がきっかけである。彼の反応が面白くて調子に乗って叱られるという一連の流れは、割と早い時期には確立されていた。
 そしてトゥーレやエステルがシルベストルを玩具にする原因となったのは、幼少期に遊び相手が少なかった二人が、テオドーラを真似るようになった事が理由だったのだ。

「待たせた」

 会場となる広間に戻ってきたトゥーレは、ユーリの傍に戻ると短く声をかけた。
 今日のトゥーレはユーリの後見役である。ジャハの乱によって天涯孤独となったユーリには家族や親族がいない。そのためトゥーレは親族枠として参列するのだ。彼の傍には同じく親族枠で緊張しているリーディアも若葉色の可憐なドレス姿で控えていた。
 そして本日の主役の一人であるユーリは、緊張から青を通り越して白い顔を浮かべていた。
 服装は青い色が鮮やかなモーニングコートで、臙脂色のトゥーレのデザインと対になっていた。中に着込んでいるベストも同じデザインだがこちらは艶のある濃紺だ。
 二メートルを超える彼が着用すれば体格の良さもあって非常に見栄えがよかった。

「お待たせいたしました。新婦エステル・トルスター様のご入場となります。入場口をご覧下さい」

 司会を務めるオレクの声に参列者の視線が一斉に扉へと注がれた。
 会場の一角を占めた奏者たちの演奏がはじまる。
 軽やかな曲が奏でられる中、両開きの扉がゆっくりと開かれた。

――わぁ

 華やかな衣装のエステルが姿を現すと女性たちから感嘆の声が漏れた。
 複雑な模様を施されたマリアベールを被ったエステルが、テオドーラにエスコートされながらゆっくりと会場を進む。
 緊張で今にも倒れてしまいそうなユーリと違って、エステルは満面に笑みを浮かべ、参列者に軽く手を振りながら歩いて行く。
 彼女の進む先には遠目にも分かる程に緊張したユーリの姿と普段と変わらぬ様子の兄の姿、そして司祭役には先程話題に上っていたシルベストルの姿があった。
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