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第9話 さよならの夕べ 最終話
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朝ごはんをたくさん食べて、にぼしは満足そうに顔を洗っている。
何事もない、普段通りの朝だった。
普段通りに仕事を片付けて、普段通りに夕方になった。
家の前で、話し声が聞こえた。
にぼしの本当の飼い主の吉田さんと、娘の藍菜ちゃんの声だ。
どうやら、みずきさんと立ち話をしているようだ。
にぼしは、エプロンのポケットで眠っていた。
いつも、夕方には寝てしまう。
寝ている隙に実家へ帰す作戦だ。
にぼし用の荷物を持って、おれは玄関を出た。
高校生の藍菜ちゃんと、お父さんの吉田さんは、穏やかな顔をしていた。
にぼしの事を吉田さんに話したみずきさんは、申し訳なさそうな顔をしていた。
おれは笑顔で、みんなと挨拶をした。
吉田さんに荷物を渡して、藍菜ちゃんにエプロンごとにぼしを渡した。
「お返しします」というおれの言葉に、藍菜ちゃんは優しく「はい」と答えた。
「おれはこの子を“にぼし”って呼んでいたけれど、本当の名前はなんて言うの?」
「この子は“こがね”です。
にぼしって呼んでたんですか?」
「ああ、小魚の模様があるからね。
食いっぱぐれのないように、食べ物の名前を付けていたんだ」
「面白い名前ですね。
この子のお母さんは“キャメル”です。
一緒に生まれたお兄ちゃんは“まっちゃ”、お姉ちゃんは“あゆ”です」
「みんな可愛い名前だね」
そんな会話をしている時に、エプロンのポケットが動いた。
にぼしがポケットから顔を出した。
にぼしが動揺している。
鳴き出した。
捨てられてしまうと思ったのか、にぼしが悲しそうな声で鳴き出した。
エプロンを這い上がり、おれを見て鳴いた。
藍菜ちゃんが優しく撫でると、にぼしはおとなしくなった。
「じゃあ、今のうちに...」
みんながそっと歩き出した瞬間!
にぼしが飛んだ。
手足を広げて、精一杯飛んだ!
おれは、咄嗟ににぼしを受けとめた。
爪を立ててにぼしが服の上を這い上がってくる。
全身を震わせながら鳴いている。
「玄さん」
みんなが言葉に詰まっている時に、吉田さんが語りかけた。
「その子が居たいのは玄さんのところらしい。
もし良ければ、このまま育ててくれないか?」
「うん、そうだね。
時々、うちの猫が遊びに行くかもしれないけどね」
藍菜ちゃんも了承してくれた。
「にぼしくん、良かったね」
と、みずきさん。
頭を撫でると、にぼしはだんだんと落ち着いてきた。
エプロンを掛けて、にぼしをポケットに入れた。
ずっと上を見ているにぼし。
「ありがとう。
大切に育てます」
嬉しい!
嬉しいぞ、にぼし。
一緒に居られるぞ。
今日は旨いものいっぱい食べような。
刺身って、あげてもいいんだっけ?
おれはお礼を言って、みんな家路に着いた。
翌日のこと...
早朝から騒がしい。
何が騒いでいるんだ?
リビングに行ったおれは、開いた口が塞がらなかった。
猫がいる。
猫が4匹いる。
にぼしの家族全員じゃないか!
猫用の出入り口を作ったばっかりに、おれの家が猫に占領されている。
おれの顔を見たにぼしは、ご飯のお皿の前で一鳴きする。
「餌をくれってか?」
4匹並んで待っている。
これ以降、この猫一家はおれの家と吉田さんの家を自由に行き来するようになった。
週に1、2度、家が占領されるのには慣れてきた。
でも、とても困ったことがある。
猫の名前が覚えられない!
もう....泣きそうだ。
おしまい
何事もない、普段通りの朝だった。
普段通りに仕事を片付けて、普段通りに夕方になった。
家の前で、話し声が聞こえた。
にぼしの本当の飼い主の吉田さんと、娘の藍菜ちゃんの声だ。
どうやら、みずきさんと立ち話をしているようだ。
にぼしは、エプロンのポケットで眠っていた。
いつも、夕方には寝てしまう。
寝ている隙に実家へ帰す作戦だ。
にぼし用の荷物を持って、おれは玄関を出た。
高校生の藍菜ちゃんと、お父さんの吉田さんは、穏やかな顔をしていた。
にぼしの事を吉田さんに話したみずきさんは、申し訳なさそうな顔をしていた。
おれは笑顔で、みんなと挨拶をした。
吉田さんに荷物を渡して、藍菜ちゃんにエプロンごとにぼしを渡した。
「お返しします」というおれの言葉に、藍菜ちゃんは優しく「はい」と答えた。
「おれはこの子を“にぼし”って呼んでいたけれど、本当の名前はなんて言うの?」
「この子は“こがね”です。
にぼしって呼んでたんですか?」
「ああ、小魚の模様があるからね。
食いっぱぐれのないように、食べ物の名前を付けていたんだ」
「面白い名前ですね。
この子のお母さんは“キャメル”です。
一緒に生まれたお兄ちゃんは“まっちゃ”、お姉ちゃんは“あゆ”です」
「みんな可愛い名前だね」
そんな会話をしている時に、エプロンのポケットが動いた。
にぼしがポケットから顔を出した。
にぼしが動揺している。
鳴き出した。
捨てられてしまうと思ったのか、にぼしが悲しそうな声で鳴き出した。
エプロンを這い上がり、おれを見て鳴いた。
藍菜ちゃんが優しく撫でると、にぼしはおとなしくなった。
「じゃあ、今のうちに...」
みんながそっと歩き出した瞬間!
にぼしが飛んだ。
手足を広げて、精一杯飛んだ!
おれは、咄嗟ににぼしを受けとめた。
爪を立ててにぼしが服の上を這い上がってくる。
全身を震わせながら鳴いている。
「玄さん」
みんなが言葉に詰まっている時に、吉田さんが語りかけた。
「その子が居たいのは玄さんのところらしい。
もし良ければ、このまま育ててくれないか?」
「うん、そうだね。
時々、うちの猫が遊びに行くかもしれないけどね」
藍菜ちゃんも了承してくれた。
「にぼしくん、良かったね」
と、みずきさん。
頭を撫でると、にぼしはだんだんと落ち着いてきた。
エプロンを掛けて、にぼしをポケットに入れた。
ずっと上を見ているにぼし。
「ありがとう。
大切に育てます」
嬉しい!
嬉しいぞ、にぼし。
一緒に居られるぞ。
今日は旨いものいっぱい食べような。
刺身って、あげてもいいんだっけ?
おれはお礼を言って、みんな家路に着いた。
翌日のこと...
早朝から騒がしい。
何が騒いでいるんだ?
リビングに行ったおれは、開いた口が塞がらなかった。
猫がいる。
猫が4匹いる。
にぼしの家族全員じゃないか!
猫用の出入り口を作ったばっかりに、おれの家が猫に占領されている。
おれの顔を見たにぼしは、ご飯のお皿の前で一鳴きする。
「餌をくれってか?」
4匹並んで待っている。
これ以降、この猫一家はおれの家と吉田さんの家を自由に行き来するようになった。
週に1、2度、家が占領されるのには慣れてきた。
でも、とても困ったことがある。
猫の名前が覚えられない!
もう....泣きそうだ。
おしまい
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