鳳凰の爪1 《雲巌寺の変》

まろうど

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昭和60年 夏 
栃木県の旧黒羽町雲巌寺の境内から、この物語は始まる

はじめに、前置きをしておきたい

この『鳳凰の爪』は、『Rabbit bride 2085』の登場人物である『課長』の青年時代の物語である

そしてこの物語は、作者である『まろうど』の実体験を元にしている

この物語には、正真正銘の国家機密がダダ漏れで語られる

心して読んでいただきたい

...........

糞っ、糞っ、糞っ、糞っ、糞っ!

おれは怒りでぶち切れそうだった

タイマン勝負が聞いて呆れる

あの卑怯者は何処だ?

なにがタイマンで秒殺だ

デカい口を叩きながら、あいつは仲間を陰から動かしやがった

糞っ!

おれの思考が混沌とした怒りに呑み込まれていく

悔しさにおれの魂が軋む
ギリギリと奥歯が唸る

確かにあいつの蹴りは凄まじい威力だ
予備動作もなく、おれを後方に吹き飛ばしたからな

だが運良く、おれは壁に背中を打ち付けることで、倒れることは免れた

ここで倒れたら、男の恥だ

身体に受けた痛みよりも、おれは怒りに震えていた

タイマン勝負と言っておきながら3対1とは笑わせる

糞っ!

おれは、あいつの言うタイマン勝負を受けて立った

おれが入ってはいけない場所に入り、会ってはならない人に会ってしまったから、口封じに殺すと言われた

国の特別な機関だからと言って、その程度の事で殺人が許されては法治国家とは言えないだろう

で、特別な機関ってなんだ

会ってはならない人って誰だ

入ってはいけない場所って...
ここは雲巌寺だぞ

ただの寺に入ったら殺されるってなんだ

だが、あいつの殺気は本物だった

そう、あいつの殺意は本物だった

間合いを詰められた事に気付いた時、おれは視界の外から左の側頭部と左の二の腕に同時に打撃をくらった

あいつはタイマン勝負と言っておきながら、左側に配置した別の者に不意打ちをさせたんだ

そして生じた隙に、あいつの強烈な蹴りを正面から左胸に喰らってしまった

不覚!

だが、不意打ちとは卑怯なり

タイマンならいい勝負ができると思ったのに

呼吸をする度、胸に痛みが走る
肋骨が折れている?

痛みで、浅い呼吸が精一杯だ

格闘家として、おれの甘さが胸に刺さる

糞っ!

側頭部と二の腕も、痛みで痺れてダメージが判らない

でも、まだやれる!

あいつは何処にいる?

絶対、ぶっ飛ばしてやる

そして
あの爺いは誰なんだ?
あの連中は何なんだ?
見たらダメなのか?
見たら殺されるのか?

思考が渦を巻いて意識の海に沈んでいく

今日は、わからないことばっかりだ

糞っ!

どこだ?
あいつはどこにいる?

考えるのは、あいつをぶっ飛ばした後でいい

おれは青い世界の中で、憎いあいつを探した

青?

何故...
この世界が青いんだ?

いつの間にか、おれの視界のすべてが真っ青に染められていた

他の色味は一切無い
混じり気のない、心が吸い込まれそうな美しい青だ

おかしい.....?
おれは何処にいるんだ

さっきまで、おれは雲巌寺の境内であいつと対峙していたはずだ

それが何故、突然青い世界に放り込まれたのだろう

どんなトリックがあるんだ?

おや
....誰かの気配がある

だが右を見ても、左を見ても、真っ青な空間しか見えない

誰もいない

....背中が痛い?

デコボコした壁に背中を強く押し当てているようだ

雲巌寺の境内に、そんな壁があっただろうか?

おれは今、何処にいるんだ?

この青い世界のどこかに、あいつもいるのだろうか?

おれの感覚が混乱しているのか

それでも...
あいつを探しに行かなくては...

だが、踏み出す足が固い地面を蹴ることはできなかった

この真っ青な世界には地面がないのか?

「気がついたようだな」

足元の方から、あいつの声が聞こえた

それは、おれに掛けた言葉か?

何故足元にいる?

首を巡らせて...見る

「なに?」

思わず声が漏れた

なんてこった

青い世界なんて、どこにもなかった

おれが寄り掛かっている壁もなかった

糞っ!

おれは、あいつの蹴りを受けて意識を失い、地面の上に仰向けに転がっていたんだ

真っ青な空を見上げて、おれは砂利の敷かれた地面に寝ているだけだった

あいつの蹴りの凄まじい衝撃に、おれは上下の感覚も失っていたようだ

「糞っ!」

意識と感覚が戻ってきた

冷静になれ

時間はある

おれにとどめを刺していないという事は、すぐに殺すつもりはないはずだ

右腕は?
動く

左腕は?
痛いが動く

右脚は?
動く

左脚は?
動く

まずは全身のダメージを確認する
怒りに任せてすぐに動いてはダメだ

首と頭は?
頭がガンガンするが大丈夫
首も問題ない

だが、肋骨がダメだ
呼吸するだけで痛みが突き刺さる
折れた肋骨が筋肉を傷付けているのだろう

体内の気を探る

もう大きな気は残っていない

少しでもいい
折れた肋骨に気を集める

右手の指を肋骨の隙間に刺し込む
指先で折れた肋骨を掴んで、力任せに元に戻す

「くっ...」

思わず声が漏れる

だがこれで動ける

あと2本の肋骨にひびが入っているが、今はそのままでいい

今度は気を手のひらに集めて、折れた肋骨に手を当てる

これで数分後には、痛みは半減するだろう

ゆっくりと立ち上がる

周りを見回す
状況を確認したい
そして、時間を稼ぎたい

数メートル先に、あいつが腕を組んで立っている

あいつの身長は、おれと同じくらいだろうか?
176センチ、75キロってところか

黒いスラックスにストライプの入った白いワイシャツを着ている

流行の赤く細いネクタイを締めている

あれだけの動きができる革靴は特注品なのか

均整の取れた体型は、おれの思う以上のスピードとパワーを持っているようだ

年齢は20代中盤に見えるが、その佇まいはずっと歳上のものだ

他の者たちも距離をとって、黙っておれを見ている

ヤツらは何故か静観している

理由はわからないが、ありがたい
その間に体力を回復させよう

だがさっきは、おれのことを殺すと言っていた
油断をするな

おれの正面にあいつが1人
左側にその仲間が4人

それ以外にも、階段を上がって来る者が2人いるようだ

全員を相手にすることはできない

確実に敗北する

生き残る道を探せ
それが無理なら、一矢報いて死のう

おれの腹は決まっている

「自分で折れた骨を入れて立ち上がるのか?

おまえ、たいしたものだよ」

あいつが上から目線でもの言う

気に食わないが、会話をするチャンスはあるようだ

「負けっぱなしで帰るわけにはいかないからな」

牙を剥いて精一杯の強がりを見せる

周囲の者達が笑い声を上げる

「おまえが班長に敵うものか」

「指一本触れることもできないだろう」

あいつが班長
こいつらは部下ってことか

「俺に勝てると思っているのか?」

あいつがおれを見下す

「いや
勝てるとは思っていない

だが次は、おれがあんたに1発入れるから、それで引き分けってことにしないか?」

おれは拳を突き出して交渉を初めてみるが、あいつはその提案が不服らしい

あいつの殺気が膨れ上がる

「1発でも入れられると思っているのか?」

一言一言を区切るように、殺気を乗せて言葉が溢れる

普通の人なら小便を漏らしてへたり込むほどの、強烈な殺気が叩き付けられる

強い殺気は、人の心を萎えさせる物理的な力を持っている

ここで気押されたら負けだ

だが問題はない

おれは呼吸と共に気を吸い上げる

深い呼吸を繰り返すことで、体内に気が満ちる

気が満ちるほど、肋骨の痛みが薄くなる

そして、同量の殺気でおれが応戦する

2人の殺気がぶつかる空間は、薄いガラスの膜を挟んで押し合いをしているような不安定感がある

「これほどの殺気を放てるのか?」

2人の殺気に周囲の者達の顔色が変わった

そしておれが、あいつの問いに答える

「ぶっ飛ばせると思ってるよ」

それが可能である事を、殺気が証明しているかのようだ

あいつの目が吊り上がる

お互いが殺気で空間を制圧しようとする

ガラスの膜が擦れ合う音が聞こえるようだ

タイマンを邪魔されるのは、もう御免だ
おれを取り囲んでいる者達に殺気を叩き付けると、彼らは気押されて後退りを始める

「下がるな」

あいつの声で一旦は留まるが、おれとあいつの殺気に押されて下がってしまう

おれは両の手のひらに気を集める

そして拳を握り、胸の前で合わせる

瞬間的に気を高める事で、眉間のチャクラを無理矢理回す

行けるか?

回った!

眉間のチャクラ が回った事で、小周天で気を練り上げることができる

身体中の細胞がどんどん活性化していく

さっきと比べて、おれはもう一段高みに上がる
これで、だいぶマシな戦いができるだろう

「その殺気、交渉成立って意味でいいな」

おれの言葉に、あいつが怒りを露わにするのが面白い

「なんだと」
「いいですよ」

階段を上がって来た眼鏡の男が、あいつの言葉を遮った

眼鏡の方があいつの....班長の上司なのだろうか?

「1発入れたら引き分け
分かりやすくていいじゃないですか

でもそれが無理な時は、君は死にますよ

いいですね」

眼鏡が怖い事をさらりと言う

でもこれで、ヤツらの意図は確認できた

タイマン勝負で引き分けたとしても、おれを生かして返す気はないって事だ

それでもいい

1番強いヤツをタイマンで潰せないのなら、勝てる見込みなんてありはしない

次は秒殺してやる

そしてダッシュで逃げる

おれの生きる道が開けた
それからのことはそれから考える

眼鏡の言葉に、誰も声を出さない

そうだよな
決めるのはおれだ

「じゃあ、リベンジ開始だ」

勝つ自信をかき集める
心を奮い立たせる
ブラフは投げた
作戦はある

上手く行けば瞬殺だ

呼吸を整え、拳に気を溜める
これもブラフだ

「手加減はしないぞ」

あいつのその言葉が脅しではない事を、おれは理解している
あいつは、おれを本気で殺しに来るだろう

それでいい
そうでなくては、おれにチャンスは訪れない

「おれは加減してやるよ」

陳腐なおれの挑発に、あいつの殺気が消えた

どんどん攻めてこい!

あいつの打撃に予備動作はない

突然、拳がぶち当たるだろう

だがその前に、空間が歪むような気配がある

それを察知すれ...

来る!!

透明な殺気がおれの身体に突き刺さる

想定以上の速さだ

これでは、相討ちにすら持ち込めない

糞っ!

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