鳳凰の爪1 《雲巌寺の変》

まろうど

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時間を少し巻き戻そう

「班長」と呼ばれる男とリベンジマッチを始める数十分前にも、おれは一人で雲巌寺に来ていた

夏の日差しに屋根瓦が焼かれている

青空に突き刺さるほどに、とうもろこしの背も伸びていた
もうすぐ甘いとうもろこしが食べられそうだ
今は、そんな季節だった

そして境内には、本堂を見ながら首を傾げているおれがいた

「なんで取り替えたんだ?」

前回、ここに来たのはひと月くらい前だったろうか

その時まではあれが付いていたことを、おれは間違いなく覚えていた

それが、今日は無くなっていた

大問題だ!

「なんで天皇家の菊の御門が無くなったんだ?」

正確には「菊花紋章(十六葉八重表菊)」と言い、天皇または皇室を表す紋章である

それが、この雲巌寺の建物に付いていたのだ

何故付いていたかは知らないが、おれはそれを見るのが好きだった

だからよく、雲巌寺には足を運んでいた

「なんで菊の御門が付いていたんだ?

なんで菊の御門を取り外して、あんなダサいのと交換したんだ?

この寺は天皇とどんな関係があるんだ?

で、おまえは誰なんだ?」

おれは、歩いている坊主を捕まえて疑問に思うことを全部聞いてみるが、坊主は何も答えず逃げて行ってしまった

「分からないならしゃーねぇ...
とりあえず帰るか」

妙に手入れの行き届いた境内を後にして、おれはRX7で帰路に着いた

マツダ サバンナRX7
SA22Cの形式は、12Aロータリーエンジンを搭載する最初のモデルだ

昭和58年式のターボGTと言う、LSDが組まれている走り屋向けのグレードに、おれは乗っていた

おれは、時速130キロくらいで田舎道を快適にクルージングしていた

緩やかに曲がる田舎道でも、このくらいの速度で走ると緊張感があっていい

雲巌寺から、旧黒羽町の前田方面に向かっていた

何故おれは130キロで走ってるいるのかって?
それは、おれの法定速度だからだ(チガウ)

まぁ、当時の走り屋なんてこんなものさ

RX7のウインドウ越しに見る青空が綺麗だった

途中、2台の白バイとすれ違った

何やら無線で報告しているようだ

「ってことは、後続にパトカーがいるな」

白バイがUターンしても、おれのRX7には絶対に追いつけない

だから、後続のパトカーに捕まえさせるつもりだろう

減速して捕まって、切符切られるのは御免被る

「ようし!
ここは一気に加速して、逃げの一手と行きますか」

おれはギアを3速に落として、12Aロータリーエンジンの回転数を上げていく

2速で120、3速で180までが守備範囲だ

なので、この速度からの加速はそれほど強烈ではない

「この速度なら止められないだろう」

スピードメーターが160に達しようとする時、センターラインを跨いで走るパトカーが見えた

何故かパトカーも加速しているようだ

しかも2台いる

「あと1台いたら、ジェットストリームアタックを決められたのに
惜しいな」

おれはギリギリ端に寄るが減速はしない

パトカーもセンターライン上から動かない

奴らは、おれを弾き飛ばす覚悟のようだ

普段のパトカーならこんな判断はしない

ってことは、その後方に本命がいるはずだ

誰だ?

まさか皇族か?

空気が弾ける音がして、RX7と2台のパトカーがすれ違う

さすがに減速するか...

ゆるやかに曲がる田舎道は、それほど遠くが見えるわけではない

出会い頭に衝突しても洒落にならない

何が来るんだろう

突然、黒い巨体が道を塞いでいた

いや
黒塗りのセンチュリーがセンターラインを跨いで走って来るんだ

さすがに悪いと思い、RX7を減速させて路肩に寄せて徐行した

が、ビカビカに光る菊の御門をおれは見逃さなかった

「やはり皇族か」

後続のパトカーや白バイが、おれを威嚇しながら通って行った

なんか見覚えのある顔だった

さらにその後方から、黒いワゴン車が追走していた

1代目と2台目のワゴン車から、おれに対して殺気が向けられる

特に1台目のセカンドシートからは、かなりの強さの殺気が放たれた

強いだけの殺気ではなく、殺気を放つ方向もコントロールしているようだ

かなり気の扱いが上手な人なんだろうな

ワゴン車に乗っている彼らは、きっと皇族の護衛だろう

少し遅れて3台目のワゴン車が通過した時、おれは強い違和感を感じた

「....ヤバいんじゃないか?」

3台目のワゴン車から、絶対にあってはならない殺気を感じていた

殺気....いや、殺意だろうか?

ほんの一瞬だが、とてもあからさまな殺意を感じることができた

しかし、その殺意はおれに向けられている訳ではなく、前方の誰かに向けられているものだった

誰に向けた殺意だろう

護衛が殺意を向けるってどういうことだ

もしかすると、誰かを暗殺するつもりなのか?

護衛のふりをした暗殺者が、皇族の誰かに近づく計画なのか?

だから殺意を気取られないように、先行するワゴン車よりも遅れて走っていたのか

3台目に乗っていたのは、気配から見て、おそらく4人

素手の対決ならば、4対1でもおれが勝てる自信はある

当時のおれは、現金を賭けてストリートファイトで稼いでいたからだ

土曜の夜の宇都宮市内で、ガタイのいい男に声を掛けて、路上で殴り合いをしていた

お互いに現金を賭ける
周囲で見ている者たちも現金を賭ける

ちょっとしたイベントだった

一晩で72万を稼いだのが最高記録だ

そしてその金で、旨い酒を飲んだ

素手なら絶対に負けない自信がある

だが奴らは素手ではないだろう

音のしない武器
一撃で殺すことが出来る武器
小さくて手のひらに隠れる武器

そんなモノを持ってるはずだ

それは、毒を塗ったナイフってところだろうか

誰かが暗殺に気づく可能性はあるか?

あの警察では、暗殺者に気がつくことはないだろう

万が一気がついたとしても、警察官では対処できる相手ではないだろう

先行した2台のワゴン車に乗っている護衛も味方とは限らない

味方であったとしても、おれの取った行動で、あの殺意を感じ取ることが出来なかったと思う

それに、仲間を警戒しているとは思えない

そして
あの殺意に気がついたのは、おれだけである可能性が高い

つまり
あの殺意を止められるのはおれしかいない

で、どうする...

このままでは、おれのせいで暗殺が成功してしまう

責任を取るならば、早い方がいいに決まってる

ある程度接近すれば、暗殺者を気配で見分けることが出来ると思う

もし現場に潜り込めれば、暗殺を防げるかもしれない

でも一歩間違えば、簡単に射殺されるだろう

もう、逡巡している時間はない

おれはRX7をスピンターンさせて、今来た道を戻って行った

黒塗りのセンチュリーの後席には、女性の気配があった

保護対象は、女性で間違いないだろう

彼らの行き先は、おそらく雲巌寺だ

正面から乗り込む訳にはいかないぞ

敵も味方も分断する必要がある

個別に撃破して境内に侵入する

さて、どこから侵入するか...
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