チョコの気持ち

さくらぎ ひさ

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春・秘密

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珍しく出張のS、研修でクタクタの身体を引きづりながらホテルに到着。と思いきや、ホテルが燃えてる。
「ウソ。。。」

北国、さすがに春先でも冷える。
火事で泊まれなくなったホテル横では、他のホテルを案内してくれた。でも長い列。仕方なく並ぶが、降ってる雨が時間とともに霙に変わってきた。どんどん手足が冷たくなっていく。
と、Sの3人前で打切り!
「申し訳ございません。これ以上ご案内ができません。本当に申し訳ありません。」
「そんなぁ~。」途方に暮れてると、紳士風の男性が声を掛けてきた。
「君、宿決まってないんでしょ~。僕ぅ、ダブルの部屋なんだけどぉ、一緒にどお~。」と鼻の下を伸ばして近寄ってきた。
「けっ、結構です。」(気持ちワル!)
「こんな雪なのに野宿なんて出来ないよぉ~。」
「結構ですから!」と、目の前の信号を駆け足で渡った。が、当ては無い。

ふと、E先生も研修でここに来てる事を思い出した。藁にもすがる思いで電話をかけた。
「先生、助けて下さい。」
「どした。」
「私の泊まるはずのホテルが火事で、宿無しになってしまって。あの、あのもしも、もし良かったら、先生の部屋の廊下で良いので泊めてもらえませんかっ。お願いします!」 
「あぁいいよ。確か火事の煙は駅の反対側に見えたから…とりあえず駅に向かえ。その間にホテルの住所をメールしておくよ。後はそれ見て歩け。」
「はっはい。ありがとうございます。」あっさりの返事に肩すかし食らった気もするが、ホッとして力が抜けた。
(先生と同室で一夜…。何か起こる?でも先生だからいい、どうなっても!願ってもないことだゾ。)そんなことを考えながら小雪降る道を急いだ。

「E、2軒目行くぞぉ。」
「わりぃ、今日は帰るわ。」学生時代の友達とは別れ、ホテルへ帰った。

「はぁ~着いた。」
ロビーに入ると、E先生が待ってくれていた。柱にもたれてカッコつけてる。(やっぱりカッコいい。)
「急なお願いをすみません。ありがとうございます。」
「おぅ。」
E先生は黙ってエレベーターへ乗り込んだ。Sも慌てて追いかけた。数人で乗ったエレベーター内は静か。E先生が下りると、うつむきながらSも続いた。
鍵を開けながらE先生が言う。
「心配するな、この部屋はツインだ。一人でゆっくり寝れる。」
部屋に入り、鍵を置きながら、ちらっと見て
「濡れネズミだな。早く風呂で温まって、寝ろ。」
「いえ、そんな。先生がお先に入って下さい。」
「俺はやることがある。いつ寝るかも分からない。
    そっちは明日も早いんだろ。俺は帰るだけだ。先に休めるようにしろ。」
「すっすみません、ありがとうございます。」
部屋は温かく、ふかふかベッドにすぐ飛び込みたいくらいだったから嬉しかった。

Sは心身も落ち着き、でも少しドキドキしながら浴室から出た。E先生はパソコンに向かい仕事中。その姿が美しく、そぉっと机淵に顔を付け、その横顔に見惚れていた。
「なんだ。」パソコンから目線を反らさず、察して言う。
「いや、横顔が素敵なので。」
「お陰さまで、容姿よろしく生まれたよ。」
自分でよく言うよ、と思いつつも、Sはうっとりしてた。
「食べるか。」とチョコを軽く差し出した。
「わぁ~いいんですか。」
チョコに目のないSは箱から一つ取り出して、口に入れた。
「ん~~~、おいひぃ~。」
その様子を横目で見ながら、
「全部食べていいぞ。」
「イイんですか。じゃあ、も一つだけ。流石、医師ともなるとイイ物食べてますね~。」
「貰い物だ。」
「へぇ~。って、もしかしてバレンタインの?」
「あぁ。」
「そんな!駄目じゃないですか。せっかく先生を想って考えて贈ってるのに、他の人に食べさせちゃ。その人泣いちゃいますよ。」
「貰ったら俺のものだ。」
「そ、そ~ですけどぉ。」
「それに、一つでも食べたら同じだろ。」Sは頷くしかなかった。
「用意できたなら、早く寝ろ。」優しい声だった。

翌朝、Sはそぉっと用意をした。
E先生は服のまま、隣りのベッドで眠っていた。
(寝顔もステキ。こんな姿、普段は絶対に見れない。)これはチャンス、とスマホでこっそり寝顔を撮ってみた。カシャ、カメラ音が響き、ベッドの下に身を屈めた。E先生は目覚めなかったようだ。
仕事中のパソコン横に一筆を残して、部屋を出た。
[宿泊代です。足らないようでしたら、後日にお支払いします。]

午前中で研修は終わった。
マナーモードにしてたスマホを見て驚いた。E先生からの着信とメールが幾つもあった。
急いで上着を着て、カバンを肩に掛けながらビル研修所を出た。
「あっ先生。お疲れ様です。今、終わりました。何かありましたか?」
「今、駅ビル2階の中華料理屋にいる。来い。」
「は、はい。」
先生、朝のうちに帰らなかったのかな、と思いながら急ぎ足で駅に向かった。

中華料理屋の前に並ぶ人達に会釈しながら、店内に入った。
「お疲れ様です。」
「お疲れ。」
小さめのテーブルを挟んで、向い側にSは座った。
「昼はまだだろ。注文どうする。ここは焼売が有名だ。」
「えっあっ、はい。先生と同じもので。」焦って何も考えられず、そう答えた。
注文が終ると、E先生はお札を勢いよくテーブルに出した。今朝、Sがパソコン横に置いていったものだ。
「宿泊費は経費だ。これは返す。」
「あ、そっかぁ。スミマセン…。」
少し落ち込む様子をみて、Eは気遣いをみせた。
「この店は老舗で人気なんだ。特に焼売はここでしか味わえない旨さだ。」
「へぇ~。」店内を見回しながら、壁のメニューを眺めた。
「研修は勉強になったか。」
「はい。」と、研修内容を話した。二人だけで、こんなに話出来るなんて、Sは嬉しかった。

午後一の帰りの新幹線も、隣りの席に座れた。
「あの~先生、私の宿泊費はどう請求したら良いですか?」
「さぁ。知合いん家に泊めてもらったとでも言えば。くれぐれも俺と同室だったとは言うなよ。」
「もちろんです。」と口元に笑みをこらえながら答えた。
二人だけの秘密・・・関係が深まった気がした。
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