紳士は若女将がお好き

LUKA

文字の大きさ
25 / 31

24

しおりを挟む
 愉快なメキシコ料理店から最も近くにあったホテルは、ラブホテルだった。

タクシーの運転手が、暗闇の中、ライトアップされた施設へ横付けした時、絵莉花は目を疑い、ここが一番近いホテルなのかと、思わず彼へ二度訊きした。

しかし、残念なことに、何度確かめても、周囲にホテルはここしかないと告げられ、結局、運転手の助けもあって、絵莉花は足取りのおぼつかない夕貴を連れて、ラブホテルの中へ入った。

幾ら奥手で初心な彼女と言えども、主に大人向けの宿泊施設が存在することは知っており、利用したことがあるかどうかは、まるきり別の話だったが、絵莉花は部屋を適当に選ぶと、慈悲深い男性職員の手を借りて、エレベーターで移動した後、何とか、テキーラに酔わされてしまった紳士を、客室のベッドまで運ぶことができた。

「ふぅっ・・・!」

仕事をやり終え、一汗かいた絵莉花は手を腰に当てて、達成のため息をついた。

何せ背の低い小柄な彼女が、意識のぼんやりと定かでない、長身の憧れの君を運ぶのは、結構な重労働だった。

緊急事態とはいえ、彼女は彼をラブホテルへ連れて良かったのだろうか?

何分絶対的な紳士だった推しは、たとえ半酩酊だろうと、手に入れたい女性以外の女を、自ずからこういった場所へ連れ込んで、彼女の品位を貶めることなど確実にありえなかっただろうし、まず何よりも、彼は、精神的だろうと肉体的だろうと、大切な恋人を裏切るような行為は、何を賭しても避けただろう。

絵莉花はもう一度、ため息をついた。

奇しくも、彼女はずっと想ってきた男と密室で二人きりだというのに、胸は全くと言っていいほど、一寸もときめかなかった。

彼女は粋な伊達男の失態を初めて見て、幻滅してしまったのだろうか?

それとも、ホテルへ来るまでの経緯がさほどロマンチックでなく、彼女の中で、愛を確かめ合う期待が消沈してしまったのだろうか?

どちらにせよ、このまま、酔った夕貴と一夜を共にする胆力のなかった絵莉花は、ベッドの脇へちょこっと腰かけ、御曹司の見苦しくない、美麗な寝顔を覗き込むと、帰ろうと、腰を浮かせた。

「!?」

すると瞬間、大いに仰天したことに、絵莉花は腕をいきなり取られて、引っ張られると、夕貴が寝そべったベッドへ同じく横たわり、小柄な彼女は、彼の腕の中へすっぽりと収まる羽目になってしまった。

「・・・!!」

直ちに、身に有り余るほど甚だしい喜びが彼女を襲い、絵莉花は叫び出したい衝動を懸命に堪え、心の中で静かに絶叫した。

(きゃあああ―――ッッ!!おっ、お、明日葉さん推しが・・・!こっ、こんな、間近に・・・!いる・・・ッ!!って、て、ていうか、抱き、抱き、抱きしめ・・・うわああ――!!)

瞬く間に、絵莉花の心臓はドクンドクンと拍を忙しく刻み始め、血がよく回ったために、頬が見る見るうちに赤く染まった。

それから、ベッドの上で、絵莉花は推しに抱き留められたまま、頭を少しもたげて、文字通り目の前で眠る、貴公子の凛々しくも、上品で整った顔を見た。

(何て綺麗で、美しい顔をしているの・・・!?神様、わたしもう死んでもいい・・・!!)

「・・・・・・好き」

永遠に醒めることのない、至極甘美な夢を見惚れているかの如く、絵莉花は無意識に手を夕貴の横顔へ伸ばし、これまた無自覚に、心の内をぽつりと明かした。

すると、意識のない寝惚けた彼は、大きな手を、頬に当てられた小さな手へ被せ、きゅっと軽く握った。

「・・・俺も・・・」

目蓋を下ろし、瞳を閉じたまま、眠り姫ならぬ眠り王子は、快く呟いた。

たちまち、ドックン、ドックン、と、絵莉花の小ぶりな心臓が大変大きく脈打った。

しかしながら、次の瞬間、彼女の夢見た甘い期待は破られ、活気づいた心臓は、活動を停止するかと思われた。

「・・・愛しています・・・。香さん・・・」

「―――!」

残酷な真実が不意に明るみに出て、絵莉花は切ないやら悲しいやら、何とも複雑な気分を味わい、打ちのめされた。

認めたくはなかったが、始めから、彼は眠っている時でさえも、その真っ直ぐで純粋な、曇りない温かな眼差しには、志筑香ただ一人しか、映っていなかったのだ。

「・・・」

落胆を隠し切れない絵莉花は、手を横顔から引き、緩んだ抱擁から離れると、今度こそ家へ帰ろうと、決意を新たにした。

しかし、折しもちょうどその時、横目に、何か小さな黒い箱のようなものが、上等なスーツを着た夕貴の懐から転がり落ち、傍らのマットレスへ着地するのが入ると、どことなく気になった絵莉花は、手をそっと伸ばして、それを取った。

「・・・?」

人の私物を無断で調べる行いは、あまり褒められた振る舞いではないと、育ちの良い彼女には、十分すぎるほど分かってはいたが、結局逸る好奇心には勝てず、絵莉花は濃紺の小箱を、丁寧にそうっと開けた。

(わあ・・・!綺麗・・・!)

箱の中には、貴重で透明な宝石の付いた銀の指輪が、白い光を眩しく放ちながら、淑やかな淑女のように、暗い台座の上で嫋やかに立っていた。

さすがに、持ち主が強い酒で眠りこけているとはいえ、黙って自分の指へ嵌めてみる図々しさはなかった(それに、彼の話から察するに、これは恐らく婚約指輪エンゲージリングだろう)絵莉花は、胸が侘しさにキュッと縮む現象を感じながら、蓋を無言で閉じると、スヤスヤと、安らかに眠りこけている紳士の眼前へ、黒い小箱をそっと置いた後、部屋から静かに立ち去っていったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~

椿蛍
恋愛
念願のデザイナーとして働き始めた私に、『家のためにお見合いしろ』と言い出した父と継母。 断りたかったけれど、病弱な妹を守るため、好きでもない相手と結婚することになってしまった……。 夢だったデザイナーの仕事を諦められない私――そんな私の前に現れたのは、有名な美女モデル、【リセ】だった。 パリで出会ったその美人モデル。 女性だと思っていたら――まさかの男!? 酔った勢いで一夜を共にしてしまう……。 けれど、彼の本当の姿はモデルではなく―― (モデル)御曹司×駆け出しデザイナー 【サクセスシンデレラストーリー!】 清中琉永(きよなかるな)新人デザイナー 麻王理世(あさおりせ)麻王グループ御曹司(モデル) 初出2021.11.26 改稿2023.10

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

処理中です...