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水奈は、一年と正月に神社で会って以来、濁っていた、彼と従姉の関係がやけに気になって、はっきりさせたくて仕方がなかった。
彼らは本当に見合いをしたのだろうか?それとも、単なる知人同士なのだろうか?
はたまた、過去何かしら、二人の間にあったのだろうか?
もしや、二人は以前、男女の中にあったのかもしれない!
だとしたら、焼け木杭には火が付き易い・・・なんて事態になりかねないとも言えない!
したがって、水奈は久方ぶりに、志筑親子の営む温泉旅館へ、足を実際に運んだ。
恋は人を行動的にするのだと、彼女は改めてしみじみと思い浸った。
「あら、水奈ちゃん」
玄関前の庭先で、寒椿を剪定していた女将が、やって来た姪に気が付いた。
「こんにちは、実さん(「叔母さん」と言うと、彼女の機嫌が決まって悪くなった)。お札を持ってきました」
本懐を家の用事で上手く擬態した水奈は、愛想の良い明るい笑顔を、美人だが、一見気難しそうな叔母(事実、気難しかった)へ見せた。
「あら、ありがとう。気が利くのね」
「香はいますか?」
「ああ、あの子は今、買い出しに行ってるのよ。さっき出て行ったばかりだから、しばらくは帰ってこないわね」
「・・・そうですか」
「ごめんなさいね?だから代わりと言っちゃ何だけど、あの子の東京土産でも持って行って頂戴」
「東京土産?香、東京へ行ったんですか?」
「そうなのよ。パーティーだか何だか知らないけど、明日葉さんのお父さんへ挨拶してくるって」
女主人は、夕貴を伴った香が、神社で水奈と鉢合わせた話を、娘から事前に聞いていたため、事実を平易に明かした。
「ふあ~、東京でパーティーって、明日葉さん、実は凄い人だったんですか?」
驚いた水奈は目を丸くした。
「そうねぇ・・・。あの明日葉ホテルグループの御曹司なら、凄いわよねぇ・・・」
どうして自分の娘が、夕貴のような高貴な紳士を捕まえることができたのか、未だ懐疑的な香の母は、感慨深げに同意した。
御曹司!
魂消た水奈の目が一段と見張った。
香はそのような美丈夫と付き合っていたのか!
確か、彼女が先日会った時は、ホテルのバーで働いているとか何とか言っていたが、彼は彼女の面目のために、あえて否定しなかったのか・・・!
夕貴の、女性に対する思慮深さと、理想的な身分が合わさって、二重の衝撃に包まれた水奈は、しばし呆然と我を失った。
「水奈ちゃん?」
「あっ、すみません・・・!つい、びっくりしちゃって・・・!あの、じゃあ、お見合いとかは、しなかったですよね・・・?」
「ああ、香から聞いたの?したわよ、お見合い。と言っても、おばさん、明日葉さんがそこまで偉い人だなんて知らなかったから、無理やりさせたんだけどね」
早合点した自分を自分で揶揄う様に、女将は言葉の下でコロコロと笑った。
「・・・相手はどんな人でした?」
「ああ、えーとね、確か・・・、市役所にお勤めで・・・。あら、水奈ちゃんと一緒ね!・・・海、海瀬・・・?やだ、思い出せない!おばさんも年なのねー。いやんなっちゃう。水奈ちゃん知ってる?」
もちろん、水奈は十分名前に聞き覚えがあったが、発作的に嘘をついた。
「い、いえ!あ、実さん!わたし用事を思い出したので、これで失礼します!」
次いで、水奈はカバンから、商売繫盛や魔除けを祈願した札の入った、白い包み紙を取り出すと、叔母へ差し出した。
「あら、ありがとう。一寸待ってて、東京のお土産持ってくるから」
そして、女主人が背をくるりと向けて、入り口へ小走りに向かっていくのを、水奈は目で追いながら、微妙な気持ちと面持ちで、彼女の帰還を待ったのだった。
「えー、今日は、○○小学校の生徒さんたちが、社会見学に来られます」
月曜日、課の長である三島が朝礼時に、課の職員へ告げた。
「まぁ、いつも通り、落ち着いて仕事してくれれば良いそうなので、えー、手本となるような大人を目指しましょう!」
幾人かが、彼の言葉尻に放ったおどけた台詞に反応して、軽く笑った。
それから数時間後、引率の先生に引き連れられてやって来た、集団の子供たちが、市役所の中を自由に歩き回り、公務員の働きぶりを、まるで達観した上司のように監督する姿が、ちらほらと見かけられるようになった。
中には、ひたすら黙って、仕事をする職員をジーッと覗き込む子たちもいて、監視されているようで、どうにも仕事がやりにくい傍ら、何やってるんですか?と、さながら記者の如く、真面目に質問する子もいた。
それは実に微笑ましい光景であると同時に、殺伐としたオフィスを、小さい人間がちょろちょろと動き回る様は、何だか和やかで、へんてこな感じがした。
特に、神経が過敏な一年は、身体がムズムズとむず痒いような気がして、落ち着いて作業へ当たることが難しかった。
よって、気を新たに入れ直そうと、席から立ち上がった一年は、自動販売機の並ぶ、無人の小部屋へ足を向かわせた。
すると、小空間の手前で、二人の小学生たちが目に自然と入って、その上、そのうちの一人が、自分の甥であることを学ぶと、少年が訪れているのを知らなかった一年は、ギョッと目を軽く剥いて、びっくりした。
(真以斗の学年が社会見学をしていたのか・・・)
偶然とはいえ、このような所で、加えて、仕事中の自分を甥に見て取られるのは、一年は何となく気恥ずかしかった。
しかしながら、当の少年は叔父の存在に露ほども気が付かず、彼は何やらもう一人の少女と言い争っているようだった。
「ちょっと~、返してよーっ!」
髪をお下げにした可愛らしい少女は、真以斗の手中にあった、鍔が付いた彼女の黄色い帽子を求めた。
「へへーんだ。やーだねっ!」
対する真以斗は、真紅の布を掲げた闘牛士のように、右へ左へ帽子を動かした。
「何こいつ、超ムカつくんですけどぉ~!」
立腹した少女は悔しそうに地団駄を踏んだ。
「・・・おい、真―――」
遂に見かねた叔父は、意地悪な甥へ声をかけて、やめさせようとしたが、ふとした瞬間、どういう訳だか、彼の表情が生き生きと輝いており、悪意ではなく、どうやら単に少女を困らせて、楽しんでいる実態を把握すると、困惑した一年は、どうするべきか分からず、そのまま黙り込んでしまった。
すると、二対の蝶の如く少年少女は、向こうへひらひらと行ってしまい、一年の前から去っていってしまった。
「真以斗くん、来てたんですね」
出し抜けに、横から後輩の声がして、一年は、書類を抱えた水奈の方を振り向いた。
「・・・ああ、うん。みたいだね」
次いで、当初の目的を思い出した一年は、ほぼ眼前の、無人の小部屋へ入った。
「真以斗くん、あの女の子のこと好きなんですね」
フフッと機嫌良く微笑んだ水奈は、自動販売機から飲み物を買う、先輩の側面に向かって話しかけた。
「さあ・・・、どうなんだろう・・・」
「あれぐらいの年の子って、まだそういうのが恥ずかしくって、わざと好きな子に意地悪なこと言って、ついちょっかい掛けちゃうんですよね。・・・でもそれって、『好き』の裏返しですよね」
一年は後輩の一人語りを聴きながら、自分にも、思い当たる節があるようなないような、不思議な感覚を覚えた。
「・・・海瀬さんは、香のこと、『好き』ですか・・・?」
ちょうどその時、押したボタンによって閊えが自動的に外れ、落下した缶コーヒーが、ガコン、という衝撃音を上げて、取り出し口へ着地した。
「!?」
後輩は突然何を言い出すのかと、動転した一年は、目当てのものには目もくれず、彼女を素早く見た。
「・・・お見合い・・・。明日葉さんがいたから、だめになっちゃったって聞きましたけど・・・。香のこと、今も好きなんじゃないんですか・・・?」
「わ、渡邉さん・・・!?」
声色もそうだったが、一年の顔色は動揺と混乱が色濃く滲んでいた。
「・・・わたしには分かります。・・・だってわたしも、海瀬さんのことが好きだから・・・」
そして、水奈は言うだけ言うと、ただ唖然と驚いた表情を向ける先輩から、背をくるりと向けて、彼もすぐ後で戻るだろう、自分の課へ足早に戻っていったのだった。
彼らは本当に見合いをしたのだろうか?それとも、単なる知人同士なのだろうか?
はたまた、過去何かしら、二人の間にあったのだろうか?
もしや、二人は以前、男女の中にあったのかもしれない!
だとしたら、焼け木杭には火が付き易い・・・なんて事態になりかねないとも言えない!
したがって、水奈は久方ぶりに、志筑親子の営む温泉旅館へ、足を実際に運んだ。
恋は人を行動的にするのだと、彼女は改めてしみじみと思い浸った。
「あら、水奈ちゃん」
玄関前の庭先で、寒椿を剪定していた女将が、やって来た姪に気が付いた。
「こんにちは、実さん(「叔母さん」と言うと、彼女の機嫌が決まって悪くなった)。お札を持ってきました」
本懐を家の用事で上手く擬態した水奈は、愛想の良い明るい笑顔を、美人だが、一見気難しそうな叔母(事実、気難しかった)へ見せた。
「あら、ありがとう。気が利くのね」
「香はいますか?」
「ああ、あの子は今、買い出しに行ってるのよ。さっき出て行ったばかりだから、しばらくは帰ってこないわね」
「・・・そうですか」
「ごめんなさいね?だから代わりと言っちゃ何だけど、あの子の東京土産でも持って行って頂戴」
「東京土産?香、東京へ行ったんですか?」
「そうなのよ。パーティーだか何だか知らないけど、明日葉さんのお父さんへ挨拶してくるって」
女主人は、夕貴を伴った香が、神社で水奈と鉢合わせた話を、娘から事前に聞いていたため、事実を平易に明かした。
「ふあ~、東京でパーティーって、明日葉さん、実は凄い人だったんですか?」
驚いた水奈は目を丸くした。
「そうねぇ・・・。あの明日葉ホテルグループの御曹司なら、凄いわよねぇ・・・」
どうして自分の娘が、夕貴のような高貴な紳士を捕まえることができたのか、未だ懐疑的な香の母は、感慨深げに同意した。
御曹司!
魂消た水奈の目が一段と見張った。
香はそのような美丈夫と付き合っていたのか!
確か、彼女が先日会った時は、ホテルのバーで働いているとか何とか言っていたが、彼は彼女の面目のために、あえて否定しなかったのか・・・!
夕貴の、女性に対する思慮深さと、理想的な身分が合わさって、二重の衝撃に包まれた水奈は、しばし呆然と我を失った。
「水奈ちゃん?」
「あっ、すみません・・・!つい、びっくりしちゃって・・・!あの、じゃあ、お見合いとかは、しなかったですよね・・・?」
「ああ、香から聞いたの?したわよ、お見合い。と言っても、おばさん、明日葉さんがそこまで偉い人だなんて知らなかったから、無理やりさせたんだけどね」
早合点した自分を自分で揶揄う様に、女将は言葉の下でコロコロと笑った。
「・・・相手はどんな人でした?」
「ああ、えーとね、確か・・・、市役所にお勤めで・・・。あら、水奈ちゃんと一緒ね!・・・海、海瀬・・・?やだ、思い出せない!おばさんも年なのねー。いやんなっちゃう。水奈ちゃん知ってる?」
もちろん、水奈は十分名前に聞き覚えがあったが、発作的に嘘をついた。
「い、いえ!あ、実さん!わたし用事を思い出したので、これで失礼します!」
次いで、水奈はカバンから、商売繫盛や魔除けを祈願した札の入った、白い包み紙を取り出すと、叔母へ差し出した。
「あら、ありがとう。一寸待ってて、東京のお土産持ってくるから」
そして、女主人が背をくるりと向けて、入り口へ小走りに向かっていくのを、水奈は目で追いながら、微妙な気持ちと面持ちで、彼女の帰還を待ったのだった。
「えー、今日は、○○小学校の生徒さんたちが、社会見学に来られます」
月曜日、課の長である三島が朝礼時に、課の職員へ告げた。
「まぁ、いつも通り、落ち着いて仕事してくれれば良いそうなので、えー、手本となるような大人を目指しましょう!」
幾人かが、彼の言葉尻に放ったおどけた台詞に反応して、軽く笑った。
それから数時間後、引率の先生に引き連れられてやって来た、集団の子供たちが、市役所の中を自由に歩き回り、公務員の働きぶりを、まるで達観した上司のように監督する姿が、ちらほらと見かけられるようになった。
中には、ひたすら黙って、仕事をする職員をジーッと覗き込む子たちもいて、監視されているようで、どうにも仕事がやりにくい傍ら、何やってるんですか?と、さながら記者の如く、真面目に質問する子もいた。
それは実に微笑ましい光景であると同時に、殺伐としたオフィスを、小さい人間がちょろちょろと動き回る様は、何だか和やかで、へんてこな感じがした。
特に、神経が過敏な一年は、身体がムズムズとむず痒いような気がして、落ち着いて作業へ当たることが難しかった。
よって、気を新たに入れ直そうと、席から立ち上がった一年は、自動販売機の並ぶ、無人の小部屋へ足を向かわせた。
すると、小空間の手前で、二人の小学生たちが目に自然と入って、その上、そのうちの一人が、自分の甥であることを学ぶと、少年が訪れているのを知らなかった一年は、ギョッと目を軽く剥いて、びっくりした。
(真以斗の学年が社会見学をしていたのか・・・)
偶然とはいえ、このような所で、加えて、仕事中の自分を甥に見て取られるのは、一年は何となく気恥ずかしかった。
しかしながら、当の少年は叔父の存在に露ほども気が付かず、彼は何やらもう一人の少女と言い争っているようだった。
「ちょっと~、返してよーっ!」
髪をお下げにした可愛らしい少女は、真以斗の手中にあった、鍔が付いた彼女の黄色い帽子を求めた。
「へへーんだ。やーだねっ!」
対する真以斗は、真紅の布を掲げた闘牛士のように、右へ左へ帽子を動かした。
「何こいつ、超ムカつくんですけどぉ~!」
立腹した少女は悔しそうに地団駄を踏んだ。
「・・・おい、真―――」
遂に見かねた叔父は、意地悪な甥へ声をかけて、やめさせようとしたが、ふとした瞬間、どういう訳だか、彼の表情が生き生きと輝いており、悪意ではなく、どうやら単に少女を困らせて、楽しんでいる実態を把握すると、困惑した一年は、どうするべきか分からず、そのまま黙り込んでしまった。
すると、二対の蝶の如く少年少女は、向こうへひらひらと行ってしまい、一年の前から去っていってしまった。
「真以斗くん、来てたんですね」
出し抜けに、横から後輩の声がして、一年は、書類を抱えた水奈の方を振り向いた。
「・・・ああ、うん。みたいだね」
次いで、当初の目的を思い出した一年は、ほぼ眼前の、無人の小部屋へ入った。
「真以斗くん、あの女の子のこと好きなんですね」
フフッと機嫌良く微笑んだ水奈は、自動販売機から飲み物を買う、先輩の側面に向かって話しかけた。
「さあ・・・、どうなんだろう・・・」
「あれぐらいの年の子って、まだそういうのが恥ずかしくって、わざと好きな子に意地悪なこと言って、ついちょっかい掛けちゃうんですよね。・・・でもそれって、『好き』の裏返しですよね」
一年は後輩の一人語りを聴きながら、自分にも、思い当たる節があるようなないような、不思議な感覚を覚えた。
「・・・海瀬さんは、香のこと、『好き』ですか・・・?」
ちょうどその時、押したボタンによって閊えが自動的に外れ、落下した缶コーヒーが、ガコン、という衝撃音を上げて、取り出し口へ着地した。
「!?」
後輩は突然何を言い出すのかと、動転した一年は、目当てのものには目もくれず、彼女を素早く見た。
「・・・お見合い・・・。明日葉さんがいたから、だめになっちゃったって聞きましたけど・・・。香のこと、今も好きなんじゃないんですか・・・?」
「わ、渡邉さん・・・!?」
声色もそうだったが、一年の顔色は動揺と混乱が色濃く滲んでいた。
「・・・わたしには分かります。・・・だってわたしも、海瀬さんのことが好きだから・・・」
そして、水奈は言うだけ言うと、ただ唖然と驚いた表情を向ける先輩から、背をくるりと向けて、彼もすぐ後で戻るだろう、自分の課へ足早に戻っていったのだった。
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