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第3章 ~ジロー、学校へ行く?~

始めての授業。 前編

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 緊張するなぁ。

 これはあれだ。あれに似てるな。
 学校を転校して最初にする挨拶みたいだ。
 助手という立場だけどすでに出来上がった人間関係の中に飛び込んでいくんだ、緊張して当然だよね?

 そう例え学生達の目の前で平気な顔を必死で作ってはいるけど腋汗びっしょりな訳ではないよ?

 「おい。誰だよあれ。」
 「先生の知り合いじゃない?臨時の講師の人とか。」
 「あんな若いのが?冗談だろ。おれ達と同じぐらいにしか見えねぇじゃん。」
 「じゃあ新しい学生とか?ではないか、制服じゃないもんね。ていうかあの服見たことないデザイン。」
 「王都から来たのかな。それとも外国とか。」
 「もしかしたら凄い魔法使いなのかも。」
 「それはないだろ、あの顔は。どう見てもその他大勢じゃん。」

 学生達……ひそひそ話は本人に聞こえないところでやってくれ!
 特にそこの目付き悪いやつ!
 お前の顔覚えたからな!
 格好の話もやめてくれ!
 未だにこの世界の人がどんな服着てるのかわかんないんだもん!

 あー、今すぐ逃げ出してしまいたい。
 アシナに抱きついてもふもふしたい。
 ユキを撫でながら癒されたい。

 そもそもさ、おれ森からほぼ出てないんだよ?
 コミュニケーション障害とは言わないまでも純粋にコミュニケーション不足なんだよ!

 そんなやつに学生の相手をさせようだなんて、了承したおれもおれだけどあんたも鬼だな!アリスさん!

 そう呟きながらじとっとした視線をアリスに向ける。それをどう受け取ったのかは分からないがアリスが話し掛けてきた。

 「どうした、緊張しておるのか。」
 「そりゃするよ。同年代の人にこれだけ見られるのなんて始めてだから。おれはあんまり目立つの好きじゃないんだ。」
 「それは我慢するのじゃ。これからこういうことは多くなるぞ。」
 「むしろ家に引きこもりたい。」
 「バカなことを言うておらんで。ほれ、学生達もほぼ集まったようじゃ。時間じゃし始めるぞ。」
 「ちょっと待って!もう少し時間を!おれに空気を吸い込む時間を!」

 そんなおれを無視してアリスは学生の方に顔を向ける。訴え空しく授業は開始された。

 「揃ったようじゃし授業を始める。これからの授業に関してじゃが、今までお主達はわしの元で基本を学んできた。そろそろ応用、実戦に移ろうと思う。」

 アリスのその言葉で学生達に衝撃が走ったようだ。途端にざわめきだした。

 「あれが基本?実戦じゃなかったの?」
 「う、嘘だろ?」
 「死ぬ。絶対死んじゃう。」
 「やばいやつ。これやばいやつ。」

 アリス今までどんな授業してきたんだと思ってしまうぐらいに学生達の目が虚ろになり始めた。本当にどんな授業したんだ?

 「静まるのじゃ。実戦に移るということで、これからはわし一人では見本を見せるのが厳しくなることもある。そこで今回から一人、助手についてもらうことになった。ジロー、前へ。」

 その言葉で一歩前へ出る。すると学生達の目が一斉におれに向くのがわかる。
 やめてくれ!おれを見ないでくれ!

 「今回から助手として手伝ってもらうジローじゃ。皆よりも実力は上じゃから喧嘩とか売らんようにの。ジロー、何か一言。」
 「ジロー・オオガミです。今回から助手をさせていただくことになりました。自分もまだ勉強中の身ですけど精一杯やらせてもらいます。」

 挨拶するとまばらにだけど拍手があった。本当にまばらだったけど……。
 一人やたら大きく手を叩いてる女の子がいた。どっかで会ったかな?あんまり知り合いとかいないはずなんだけど。

 「ジローは郊外で師匠となるものに魔法だけを叩き込まれておった。じゃから本人も言っておるが魔法以外はからっきしじゃ。そこで校長先生の計らいでジローも助手として参加する魔法の授業以外で勉強させてもらえることになっておる。お主達とも一緒になることもあるじゃろうからよろしく頼む。」

 そうなのだ。あの試験の後に校長に空いた時間に他の授業を聴講したいとお願いしていたのだ。学生ではないので無理かとも思っていたがアリスが事前にその話も通してくれていたらしく思ったよりも早く許可が出た。
 
  ただし、それぞれの授業を担当する講師、先生の許可が出ればとの条件付きだったけど。
 この学校はクラス分けはあれど基本的に授業は選択制だ。それは同じ授業を受けていては同じような魔法使いしか育たないのではないか、それでは常に流動的な戦場では戦術的にも戦略的にもよろしくないということから来ている。本人達的にも自分の向き不向きというものもあるのでその方がいいのだろう。
 選択制の授業には2種類あり、軍から派遣された者が行うものと軍には属していない講師が行うものとの2つに別れる。
 大きな違いがあるとすれば、やる気があるかないかということだろうか。というのは軍に属する者はどれだけ受講する生徒が多かろうが少なかろうが給料は軍人であるがためにあまり増減することがない。そのためやる気がないと言えば聞こえが悪いが減給されない程度の最低限の授業をする者が多いのだ。
 それに対して軍に属していない者は、受講する生徒が多ければ多いほどに給料が上がる。その分基本給は低く設定されているので受講する生徒がいなければ雀の涙ほどの給料しかもらうことが出来ない。
 そのために授業内容を充実させたりして受講する生徒を増やす努力をしているのだ。

 こういう理由で軍に属していない講師の授業の方が生徒達に人気があるものが多い。
 
 だからこそ参加してもお金にならないおれは講師側からすれば別に面倒を見る必要のない存在なのだ。だからこそ校長も講師の許可があればという条件を出したのだ。

 すでに薬草学や歴史学の先生からは受講の許可をもらうことが出来た。まだ会うことは出来ていないがエルフの人が行う授業もおそらく大丈夫だろうという話だった。

 しかし、問題としてこの学校には語学の授業ほとんどなかった。この学校にいるほとんどは入学する前に共通語を習得しているものがほとんどであり、わざわざこの学校に来てまで共通語を学ぶ者はいないらしいのだ。語学の授業もあるにはあるがそれは他種族の言葉、日本で言えば外国語を教えるものらしいのだ。

 言葉を学ぶことも出来ると聞いてこの学校に来たのに……そうアリスに詰め寄ると、

 「盲点だったのじゃ。」

 何が盲点だ!

 「それについては教えてくれる者をわしが探しておくのじゃ。」ってアリスは言っていたけど本当に探してくれているのだろうか。

 こんな風に生徒に教えている姿を見ると忘れそうになるけどアリスは基本抜けているのだ。

 「では早速じゃがこれからわしが教えるのは身体強化の魔法じゃ。魔法使いに身体強化などいるのかと思うかもしれぬが、わしは戦いの幅や生存率を上げる意味でも大事じゃと思っておる。
 まずは百聞は一見に如かずじゃな。さっそく見本を見せるとするか。ジロー、構えるがよい。」

 そうアリスが声を掛けてくる。
 
 いよいよおれの助手としてのデビュー戦だ。
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