男吉原のJK用心棒

犬神まつり

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気が付いたらタイムスリップしてました

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 ここはどこだ。

 いや、冒頭一発目でそんな事を言われても。と思われるかもしれないが、それを承知でもう一回言いたい。

「…ここどこだよ」

 眼前に広がる朱色に染まった見慣れぬ街並みの光景に、愚痴るように口を零した。

 可笑しい。何が可笑しいって、もう全体的に可笑しい所しかない。

 確か私は自分の通う学校から自宅への帰路を急いで居た筈だった。筈だったのに。
 辺りを見渡せば赤い提灯が空気諸共紅く染め上げ、道行く人々はみな綺麗な着物を身に纏った女性達、それを呼び止めるような威勢の良い男の声も聞こえる。
 そして、そんな往来のど真ん中に、何故か私は呆然と突っ立っているのだ。

 知らないうちに神隠しにでも遭ってしまったのだろうか?
いやいや、ないない。それは絶対ない。

「ちょいと、そこの可愛いお嬢ちゃん」

「え、私!?」

 いきなり道の端から男が現れて私の服の裾をピンと引いた。男は私が振り向くと愛想のいい笑みを浮かべる。


「いい男娼が揃ってる見世に連れて行ってあげるよ。どうだい?」

「見世…?男娼…?」

 聞き慣れない言葉に更に混乱し始める私の頭。
 本当にここは何処だというのだろうか…。
 首を傾けながら固まる私を見て、男は愛想笑いをやめた。

「なんだい、嬢ちゃん。……まさか、遊郭を知らないってこたぁないだろう?」

「遊郭…」

 いや、聞いた事くらいならある。
 確か、女の人達がお客をとって商売するお店だったと思う。
 でもやっぱり私には現実味のない話で、はっきりとした反応が返せず男は私が遊郭を知らないものだと勘違いしたのか、目を大きく見開いた。

「こりゃ驚いた。このご時世に男娼を買わない、ましてや遊郭すら知らない女子がいるなんて」

「あははっ……」

 男の言葉に愛想笑いを浮かべつつ、裏では思考を巡らせていた。
 遊郭なんていつの時代の話だ。歴史の勉強を熱心にしてこなかった所為でよくわからないが少なくともここが現代でない事だけは確かだと思う。
これは世に言うタイムスリップというやつでは。


「言われてみりゃぁお嬢ちゃん、 奇妙な着物を着てるしなぁ。 もしかして、あんた異人かい?」

「ま、まぁそんな感じです」

 私は生粋の日本人なんだが、それを言うと話がややこしくなりそうなので男の言葉に頷いておく。

「……よし、なら口で言うより見た方が早い。お嬢ちゃん、ついてきな」

「え、ちょっと!?」

 男は有無を言わせず手を取ると私の制止も聞かずに強引に歩き出した。半ば引きずられるように歩き出したが、行く当てもなければ帰り方もわからない私は仕方なく男について行くことに。

 男と共に歩き出して十数分、段々と人気の少ない道に進んでいるような気がする。
先程までの喧騒は遠く、なんだか妖しい空気で辺りが満ちているような。

 これ騙されたのでは……?
 よく考えて見たら道でへらへら話し掛けてきた男について行くなんて今時、幼稚園の子だってしない。
 自らの軽率な行動を反省しつつ、内心焦り始めている。
 だ、大丈夫。もし、変な事されそうになったら何処とは言わないけど思いっきり蹴り上げてやろう……。

「ほら、見えてきた」

「へっ?」

 男の言葉に顔を上げるとそこには息を呑むような光景が広がっていた。先程の通りにはなかったような華やかな装飾 を施された全面朱色の巨大な建物。
 こんなの現代にだって中々無い。

「ほれ、彼処に人集りが出来てるだろう?あれが張見世だ」

 なるほど、確かに紅色の格子の近くに人が集まっているようだ。みんな真剣な眼差しで何かを凝視している。

「見た所、殆ど女の人みたいだけど…」

 誰に言うでもなく呟いた言葉に、男は笑いを堪える様に説明してくれた。

「当たり前だよ。ここは男遊郭。あそこに並んでるのはみんな美丈夫ばかりだ」

「え!?男の人!?」

「あぁ。そんなに気になるなら覗いてみるといい。なに、観るだけならタダだからなぁ」

 別に気になるわけでは…。
と思いつつも、人集りに近付いてみることにした。
なかなか人がいて格子の様子が見えない。

「っ!あっ……」

 頑張って背伸びをしていたが、前の女性が急に移動したせいでバランスを崩し、そのまま最前列へと倒れ……る前になんとか踏みとどまった。

「あぁ、ヒヤヒヤした……」

 こんな人の多い所で倒れたら大怪我だけじゃ済まないかもしれない。安堵のため息をつきながらも格好の方に視線を戻す。


「うわぁ……」


 思わず感嘆が漏れる。
 女性にも全く引けを取らないそれはそれは見目麗しい男達が格子の中でこれまた美しい着物を纏って座っている。
さっき男が男娼を買わない女性はいない。みたいな事を言っていたけど、これは頷けるかもしれない。

「!」

 その中の一人とバッチリ目が合ってしまった。
彼はふわりと微笑むと、手にしていた煙草の様な物を置いて…ど、どうしよ!?こっちに来るんだけど!?

「やぁ、可愛らしいお嬢さん」
「か、かわっ…!?」

さっきの男にも可愛いと言われたのに、なんでこうイケメンが言うと違うんだろう。目が合っただけでもドキドキしてるのに、声なんてかけられたらもう心臓が持たない。

「お嬢さん、すっごく俺の好みなんだ。よかったら、お話がしたいな。……もちろん二人っきりで、ね?」


「え、ええっと……その……」

 いや、もちろん向こうは商売だし、嘘なんて事も重々承知なんだけども。嘘偽りだとしても、こんなイケメンに好みなんて言われたらそりゃ顔だって赤くなるわけで。
 ニヤつく口元を手で隠しながら、なんとか返答しようと口を開いたその時だった。


「きゃぁぁぁぁ!」

「っ!?」


 ふわふわとした思考を切り裂く様に響いた甲高い声に、一瞬肩を跳ねさせた。


「その男を捕まえて!泥棒よ!」

「ど、泥棒!?」

 女性の叫び声に只事ではない事を察して顔を上げれば、中身の詰まった花柄の風呂敷を片手に人の群れの間を縫うようにして男が此方に向かって来ているではないか。周りにいる客達は殆どが女性だからか、その場から動けないようだ。


「このままだと逃げられる……捕まえなきゃ」


 流石にこちらに向かってきている泥棒を見過ごす訳にもいかないだろう。
 幸い、相手の男性は小柄な体型、足でも引っかければ簡単に転びそうだ。
 そう考えた私は男の進路に立ち塞がる。あとは男がここを通るのを待つだけ。

 ……と思った次の瞬間だった。


「どけぇ!」

 男は懐から短い刀を取り出し、刃先を此方に向けたまま突進してくるではないか。
 相手が刃物を持っている可能性なんて一ミリも考えていなかった私は眼前に迫った男を交わすもままならず、男の手にした刃物は私の腹部を的確に捉えていた。


 あ、これやばい、死ぬ。

 ここがどこかもわからないまま、顔も名前も知らない男に殺されるなんて絶対に嫌だ。こんな事になるんなら、格闘技でも習っておけば良かった。
 せめて、蹴りの1発でも当てられれば……っ!

最期の悪足掻きぐらいのつもりで左足を軸にして渾身の力で右足をぐるんと後ろに回した。

「あぎゃぁぁぁぁ!」
「えっ!?」

 右踵が何かに当たった感触、続けて男の痛々しい断末魔と金属の落ちる音が聞こえる。
 振り返るとすぐ後ろで男が両手で股を押さえながら悶絶していて、その近くには短刀が落ちている。

 当たった…?

 少しの間状況がわからずに立ち尽くしていたが、すぐにハッとして短刀を遠くに蹴飛ばした。
 適当に放った私の回し蹴りはどうやら男の急所を直撃したらしい。痛みで悶絶にながらのたうち回る男に少しだけ罪悪感を覚えたが、元はと言えば先に短刀を出してきた向こうが悪いと思う。

 あの様子だとしばらくは動けないだろうし、転がる男は後でお巡りさんに引き渡すとして。道に投げ出された花柄の風呂敷を持ち上げて、持ち主の女性の元へと届ける。
 手元に戻ってきた風呂敷を大事そうに抱える女性。

 怖かったけど、頑張った甲斐があったなぁ。
そう素直に思えた。

「ありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいか…」
「気にしないでください! それよりお怪我はありませんでしたか?」
「はい。……本当にありがとうございました」

 最後の最後まで丁寧に頭を下げて去っていく彼女の背中を見送っていると、背後から誰かに肩を叩かれる。振り返るとそれはここまで案内してくれたあの男だった。

「すげぇな、お嬢ちゃん。お手柄だったじゃねぇか!あいつはここらで有名な金泥棒だよ。こうして男娼を買おうと集まる女どもの金を狙って泥棒を繰り返してやがってなぁ…って」

 大層機嫌が良さそうに肩をバシバシと叩いて笑う男だったが私の背後を見て表情が途端に固まる。
不審に思った私が背後を振り返るとすぐ背後に少し…いや、かなり厳つい顔をした熊の如き男性が立っていたのだ。

「……」

 しかも無言で。
 なぜ私の背後に立っていたのか聞きたいけど、怖すぎて言葉が出ないし、恐怖で膝が大爆笑している。
もしかしてあの男の仲間で、敵討ちに来たとか…?
 私、今度こそ殺される……。

「なんだい、天屋の親父さんじゃねぇかい」

「…佐助か?久しいな」

 どうやら私をここまで案内してくれた人の知り合いだったようだ。そしてその人の名前が佐助さんだって事も同時に判明した。
 助かった、とりあえず殺されずには済みそうだ。

「どうしたんだい、親父さんが外に出てくるなんて珍しいじゃねぇの」

「表が騒がしかったんでな、様子を見に来たんだが…」

 そこまで言いかけた親父さんとバッチリ目が合う。
 いや、身長にかなりの差があるので完全に見下ろされてるんだけどね。
 やけに威圧感のある視線に居た堪れない気持ちになってくる。そんな私の気持ちに気が付いているのかいないのか、彼はほんの少しだけ口元を緩める。


「いやなに、面白いものを見た。…お嬢ちゃん、折り入って願いがあるんだが」
「は、はい!?なんでしょうか!?」


  折り入って願いが。なんて言われると、つい背筋が伸びてしまう。何をお願いされるのか若干の不安と恐怖を覚えながらも次の言葉を待つ。
 そして、彼が口にしたお願いは私の予想の遥か上を飛び越えていくものだった。


「お嬢ちゃん、うちの用心棒をしちゃくれねぇかい?」



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