石橋を叩いて渡れ、冒険者人生

tosa

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手を繋いだ災難と災厄は、時として仲違いを始める

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 金髪の長髪をなびかせ、白いローブを纏った男は街の周囲を一瞥する。町娘がその顔を見たら十人中九人は振り返る器量だった。

 だが表情には倹があり、初見の者には冷たい印象を与える雰囲気があった。年齢は二十歳前後に見える。
 
「アルバ同志。奴らは現れるでしょうか?」
 
 金髪の男は手首に着けた魔力探知機を注意深く見る。この小さな街なら街全体を探知できるが、特別な魔力は感知出来ない。事前にアルバから聞いていた二つの魔力を除いて。
 
「その確率は高い。だが、既に立ち去った可能性もある。どちらにせよロシアド。君には勇者の金の卵を見て置いて貰う」
   
 金髪の若者をロシアドと呼んだアルバは、一ヶ月ぶりに訪れるこの街を何故か懐かしく感じた。アルバとロシアドは、青と魔の賢人の中央裁行部の命を受けてこの小さな街に探索に訪れた。
 
 青と魔の賢人の組織は、本拠地に常駐する中央裁行部とアルバやロシアドのように世界各地を周り勇者や魔王の卵を捜索する部に分かれていた。

 その探索メンバーも、一月に一度本拠地に定例報告の為に集結する。
 
 三日前の定例報告会議で、驚くべき報告が上がった。青と魔の賢人のメンバーが二名殺害された。

 その二名は当然勇者や魔王と同じ力を持つ者達だった。死体の傍には〘青と魔の賢人達に死と苦痛を〙と血文字が刻まれていた。
 
 殺害された二名は半月程それぞれの場所に滞在していた。賢人達の組織を知る何者かが、どこからか情報を得て複数の人数で犯行に及んだ。賢人達はそう結論を出した。
 
 一月前、この小さな街で勇者と魔王軍序列一位の魔族が衝突した。その場アルバも居合わせた。大きな騒ぎの中、アルバが周囲から目撃された可能性が高い。その目撃情報を得てその小さな街に組織の二名を殺害した者達が姿を現すと思われた。
 
 アルバとロシアドは組織の命を受けて、この小さな街に調査に来た。調査と言っても相手を見つけ次第拘束するのが目的だ。

 事実上、謎の集団を討伐に来たのだ。アルバは自分が信頼する部下以外に、勇者の金の卵について組織に報告をしていなかった。
 
 アルバの目的は父や母の復讐だけでは満足出来なかった。かつて自分の両親を殺害した王族は皆殺しにしたが、アルバの心は晴れなかった。

 何かが根本的に違うとアルバは感じていた。それはこの世界の形だった。人間と魔族が永遠に争いを続けているこの世界。

 この二つの種族はもう救いようが無い。その救いようが無い連中を管理している青と魔の賢人達も同列だとアルバは考えていた。

 人間。魔族。賢人。アルバにとっては、全て不要なものだった。全てこの地上から消し去る。

 それがアルバの野望だった。選ばれた少数の英雄がこの世界で生きて行けばいい。そうすれば愚かな争いも起こらない。何もかもが増えすぎた。それがアルバの到達した結論だった。
 
 目的を成就する為には優秀な同志が必要だった。アルバは既に組織の半数を取り込んでいた。

 あの銀髪の少女。勇者の金の卵を意のままに操れれば、残りの半数をねじ伏せられる。真紅の髪の色をした男は、自分の大願が叶うまでそう遠くないと感じていた。
 
 アルバとロシアドの魔力を感知し、二人を民家の屋根の上から観察している者が居た。黒いローブを羽織った隻腕の男だ。

 長兄のザンドラから、四人揃うまで単独では仕掛けるなと言われていた。だが、白いローブを見た瞬間、モグルフは溢れ出る殺意を抑えきれなかった。
 
 白いローブの二人は、街の中央広場を歩いていた。その大きな身体に似合わない子供のような声でモグルフは絶叫した。
 
「青と魔の賢人に死と苦痛を!!」
 
 街の中央広場に地割れが起きた。住民が悲鳴を上げて広場から逃げだす。アルバとロシアドの周囲の石畳が次々と崩れて行く。


 それは、モグルフが唱えた地下振動の呪文だった。アルバは巧みに跳躍しバランスを保った。

「アルバ同志! 後ろです!」
 
 金髪の貴公子ロシアドが叫ぶ。アルバの後背には、人の大きさ程の石畳が振動で崩れた拍子でそり立っていた。石畳の中央から剣先が突き出て来くる。
 
 アルバが振り返った瞬間、石畳は二つに割れ石畳の中から隻腕の大柄な男が長剣と共に現れた。アルバは他の崩れていた石を蹴り、モグルフの鋭い突きをかわした。
   
 他の住民には目もくれず、問答無用でアルバ達を襲ってきた。青と魔の賢人に仇なす者に相違なかった。
 
 「何者か?」などとアルバは問わなかった。真紅の髪の賢人は、剣を抜くと同時に黒いローブの男に火炎の呪文を唱える。

 アルバの左手から、大きな火球かモグルフめがけて飛んで行く。モグルフは足元にあった石畳の瓦礫を蹴り上げ盾にする。瓦礫に火球が当たり炎が四散した。

 その時、アルバはモグルフの後背に回り込んでいた。モグルフの背中に、アルバの剣が振り下ろされる。

 モグルフは信じられない速さで身体をひねり、かわそうとする。だがそれは間に合わずモグルフの右腕を斬れる。アルバはそう確信した。
 
 アルバの一振りはモグルフのローブの一部を切り裂いた。だが切り落とす筈だった右手が無い。

 自分が斬った男は隻腕なのか。身体がローブに隠れて分からなかったが、アルバにはそうとしか考えられなかった。
 
「覚悟しろ! 賊!」
 
 ロシアドが剣を抜き放ちモグルフに突進する。モグルフが前後挟み撃ちになる形になった。その瞬間、アルバとロシアドはひび割れた地面に倒れ込んだ。二人の賢人は目に見えない巨人の手で抑え込まれたかのようだった。
 
『地下重力呪文! それもかなりの使い手か』
 
 アルバは内心で叫びながら舌打ちをした。アルバとロシアドは強力な重力呪文をかけられ、立ち上がる事さえ出来なかった。
 
 モグルフの側にもう一人の黒いローブを羽織った男が現れた。眼鏡をかけたその男が歩く度右足から金属音が聞こえた。
 
「助かったぜ。ラフト」
 
 モグルフは窮地を救ってくれた弟に感謝の言葉をかける。
 
「モグルフ兄さん。皆が揃うまで待てと言われたでしょう。全く」
 
 ラフトと呼ばれた眼鏡の男が、地下重力呪文の使い手だった。その細い両目と顎。アルバは昔タクボと共に在席した洗脳施設を思い出し不愉快になる。施設の教官に似た面構えだったからだ。
 
「そのままコイツ等を押さえてろラフト。今止めを差す」
 
 モグルフが賢人達に止めをさすべく剣を構える。アルバはロシアドと目を合わせ、二人同時に魔法障壁の呪文を発動させた。ラフトがそれを察し、モグルフを促しアルバとロシアドから距離を取った。
 
「地下重力呪文。大した威力だ。驚いたぞ」
 
 アルバは敵の能力を称賛しながらロシアドと共に立ち上がり、モグルフとラフトに向き合う。
 
「障壁で跳ね返されたのは初めてです。こちらも驚きましたよ」
 
 ラフトは施設の教官連中と喋り方まで似ていた。あの上からの物言い。アルバは学者風のこの眼鏡の男を好きになれそうも無かった。
 
「我々組織を狙う理由はなんだ!?」
 
 ロシアドが鋭い声で黒いローブの男達に問い正す。
 
「これは妙な事を聞く。貴方達は恨みを買う理由に事欠かない筈だ」
 
 ラフトが冷笑しながら答える。仕掛けようとするロシアドを左手で制しアルバは口を開く。
 
「確かにな。だが知りたいのだ。私達はこれから君達に倒されるかもしれない。自分を殺す相手の事を知りたい。せめて何者かをな」
 
「我々両親と我々自身の復讐だ! 賢人共!」

 モグルフが大きい口を開き絶叫する。真紅の髪の賢人は子供のような声を出す大男を見据える。

 今まで幾度となく聞いてきた台詞に、アルバは面白くも無さそうにため息をついた時だった。
 
「勇者と魔王の逃避行」
 
 眼鏡を直しながら呟いたラフトのその一言に、アルバの表情が凍りついた。
  
 
 ······それは二十五年近く前に遡った。当時の勇者と魔王が共に手を取合い逃亡した。女勇者と男の魔王は、七度生死を賭けた戦いの後、恋に落ちた。

 青と魔の賢人を作り上げた初代の勇者と魔王に似た話だったが、初代とは決定的に違ったのは二人が文字通り逃げたのだ。

 女勇者と男の魔王は、宿命も責任も世界の平和も覇権も全て捨て去った。
 
 青と魔の賢人達は驚愕した。組織の世界管理の歴史上、あり得ない事が起きたのだ。女勇者と男の魔王には何の野心も無かった。

 二人で静かに生きて行きたい。只それだけだった。
 
 だが、組織はそう考え無かった。女勇者と男の魔王は、二人で新たな組織を作り上げると危惧したのだ。

 斯くして組織の総力を上げての追跡が始まった。組織の配下がいる人間と魔族の国々にも命令を下した。逃避行を続ける二人は、全世界から指名手配されたのだ。
 
 女勇者と男の魔王は、慎重かつ巧妙に逃げ続けた。その逃走の日々の中、四人の子宝に恵まれた。

 たが長男が十五歳になる頃、遂に家族は追手に補足された。その場には、組織のメンバーが七人居た。いずれも勇者、魔王クラスの手練だ。

 女勇者と男の魔王が抗える人数では無かった。二人はその身を犠牲にして四人の子供達を逃した。四人の子供にとって、それは絶望的な逃避行の始まりだった。
 
 四人の子供達は逃げ切った。基礎訓練を両親から厳しく教えられたのが大きく寄与した。支援者も現れた。逃走の日々で己を鍛え。助け合い。将来の復讐を堅く誓った。
 
 だが四兄弟達も無傷では無かった。執拗な追撃の中で長男は左目を。次男は右腕を。次男は右足を。末の妹は声を失った。
 
 四兄弟にとっての人生は逃走の人生だった。だが、怯えながら生きて行く事は終わりを告げた。

 これからは狩られる側から狩る側になる。その力量は備わった。後は実行するだけだった。
 
 
 ······アルバはまだ組織に入って間も無い頃の任務を思い出していた。役目を放棄した勇者と魔王の粛清。

 アルバは四兄弟の両親を殺した七人の内の一人だった。
 
「その真紅の髪の色。どこかで見た覚えがありますね」
 
 ラフトは眼鏡をかけ直しながら何かを思案する表情になった。アルバはラフトから抑えようが無い殺気をアルバは感じた。

 隻腕の男と学者風の男は気づいていた。アルバが両親を殺した七人の一人だと。
 
「ロシアド。一旦引くぞ。奴等の仲間が何処かに潜んでいる」
 
 突然のアルバの撤退命令にロシアドはいきり立つ。

「アルバ同志! その必要はありません。直ちにこの二人を始末し残りの者も同じ運命を辿らせればいいだけの話です!」
 
 能力は優秀だが直情的な所が欠点。アルバは部下の視野の狭さを嘆いた。アルバ達は周囲を警戒する。姿を見せていない残りの二人から既に包囲されているかもしれなかったからだ。
 
 アルバは魔力を練り始めた。風の呪文で撤退する為だ。発動までの時間稼ぎが必要だった。
 
「我々の魔力探知機に君等の魔力は感知出来なかった。一体どのような手品を使ったのだ?」
 
 アルバはさも深刻な声で質問する。
  
「この黒いローブですよ。これは魔力探知を無効にする代物です」
 
 アルバの気に入らない顔をした学者風の男が答える。

『コイツは声も不愉快だ』

 アルバは苛立った。その黒いローブは何処の誰が造ったのか。
  
「製作者はバタフシャーン一族です」
 
 アルバの心を読んだかのように、学者風の男が上からの物言いで答えるとアルバは絶句した。
 
 バタフシャーン一族。魔族の中でも彼等は特殊な一族だった。魔物は貨幣を触媒に生み出されている。

 その魔物生産が唯一可能なのがバタフシャーン一族だった。一族で無い者に魔物を生み出す事は不可能だった。

 一族は魔族の国々から依頼を受け、魔物を生み出し売り渡す。魔族の国々はその買い取った魔物を自国の勢力下に徘徊させる。
 
 魔王が勇者に打倒されると魔物の数が激減する。生産の注文が減るからだ。逆に魔王が優勢の時は、魔物も増える。

 人間と魔族の戦いの歴史にバタフシャーン一族は常に暗躍してきた。彼等は死と闇の商人だった。
 
 彼等一族は、特殊な技術で魔物以外にも様々な武器や道具を造り出した。だか、それらが世に流通する事は無かった。

 彼等が売るのは魔物だけ。それ以外の武器や道具は一族で独占された。一族で無い者にそれを手にする事は叶わなかった。
 
「お前達四兄弟の父はバタフシャーン一族出身か」
 
 アルバは叫んだ。幼い兄弟達が何故追手から逃げ延びたか。支援者が居たと考えるべきだった。

 寄りによってその支援者がバタフシャーン一族だった。彼等一族は同族しか手を差し伸べる事は無い。四兄弟の父魔王はバタフシャーン一族の者だったのだ。
 
 アルバは賢人達組織を内心蔑んだ。何故魔王に選んだ時に綿密に調査しなかったのか。

 青と魔の組織でも手を焼いている厄介な一族の出の者を選ぶとは。なんと愚かな事をしたのかと。
    
「魔力を練るのは上手く行きそうですか?」
 
 風の呪文で逃げる事などお見透しと言わんばかりに、ラフトは唇の端を吊り上げ異様な笑みを浮かべた。
 
「ああ。たった今終わった所だ」
  
 そう言い終えると、アルバは風の呪文を発動させようとした。一刻も早くここから立ち去るべきだった。
 
「急ぐと飛んだ時に天井に頭を打ちますよ。気をつけて下さい」
 
 ラフトの笑みは異様さを増した。アルバはこの学者風の男から感じる印象が変わった。不愉快から気味悪さに。
 
 風の呪文を発動させる正にその瞬間、ロシアドの大声がアルバの耳に入る。
  
「アルバ同志! 呪文の発動を止めて下さい!」
 
 アルバは上を見上げた。そこにはある筈の青い空と太陽が消え失せ、灼熱の炎が視界一面に広がっていた。
 
 

 ·····両替商を営んでいるコルクは、朝から営業している茶店「朝焼けの雫」で朝食を摂るのが日課だった。

 コルクのお気に入りは朝食メニューの全粒粉パンと温かいハチミツミルクだ。乱暴な冒険者の客が多いが、いざという時は店主が静めてくれる。

 頼りになる店主に一刻も伝える事があり、コルクは店の中に駆け込んだ。
 
「店主! すぐに逃げろ。中央広場でとんでもない奴らが暴れているぞ。一ヶ月前と同じだ!!」
   
 怒声に近い来客の大声が耳に入った時、タクボ達は朝食後のお茶を飲んでいる最中だった。それは、モグルフがアルバとロシアドに地下振動呪文を仕掛けた時だった。
 
「師匠。ターラさんが居ません」
 
 チロルの声に、タクボはターラが座っていた隣の席を見た。つい先程までその席に座っていた筈の灰色の髪の美女の姿が、忽然と消えていた。
 
 
 
 
 



 


 
 
 
 
 


 
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