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死神は草原に散り、少年は少女と共に復讐を誓う
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荒涼な険しい山間に、元魔王ヒマルヤの居城は在った。サウザンドは不在の主君の代わりに国政の処理に当たっていた。 他国に潜伏していた密偵から報告を受けたのは、そんな時だった。
「トレルギア国の首都が陥落した?」
驚くサウザンドに密偵の報告は続いた。首都を落とした盗賊団は、休む間も無く軍を北進させていると言う。 サウザンドの部下がテーブルの上に地図を広げる。その進路は真っ直ぐこの城を目指しているように思われた。 その進路の途中には、他国の城や砦が行く手を阻んできたが、それらを次々と落として進軍していると言う 。
「······サウザンド様。こ奴らの目的は?」
サウザンドの部下が、汗をかきながら地図を凝視している。
「我が国。それもこの城が奴らの目的だろう。そうでなければ、この戦略を無視した行軍進路の説明がつかない」
他国の領内を突破してその先にあるまた他の国に攻め入るなど、軍事学上あり得ない行動だった。 そもそもそんな行軍で補給路の確保が出来る筈も無かった。
この盗賊団の首領ゴドレアなる者は、どうやって兵を食わせているのか。 サウザンドの元へこのゴドレアから書簡が届いたのはその三日後だった。
その文面に目を通したサウザンドは、長く考える事も無く部下達に指示を与え始めた。 全ての準備を終えたサウザンドは、ヒマルヤが居る辺境の街に趣いた。
一晩をそこで過ごすと、彼は城に戻ること無くある場所へ向かった。 そこは、自国と隣国の国境線にある草原だった。 ゴドレアはトレルギア国の首都を落としてから、暫くは戦後処理の為に王都に留まるつもりだった。
その方針が変わったのは、部下からサウザンドの話を聞いたからだった。サウザンドの名は魔族の国々で広く知れ渡り、魔族最強の戦士と言われていた。
ゴドレアは魔族の国の中で最強の軍事力を誇るこの国を落とした。後は最強の戦士を葬れば名実ともに魔族の最高位に立つ。 ゴドレアはすぐさま軍を出発させた。
部下が補給路の目処が立たないと悲鳴を上げたが無視した。
「糧食は行軍途中にある城や砦から奪えばいい」
部下は開いた口が塞がらなかった。自分が負ける事など一切考えていない。そうとしか思えない行動だった。 領民から略奪しろと言わなかった所がまだ救いか。
落としたばかりのこの王都をゴドレアが離れれば暴動が必ず起きる。 部下はそう説得したが、ゴドレアは王都に布告を出させた。それは、一度反抗すれば降伏を認めないという内容だった。 その布告を見た者達は戦慄した。ゴドレアに反逆すれば皆殺しにあうと警告されたからだ。
かくしてゴドレアは軍を出発させた。宣言通り行軍進路にある他国の城を落とし、糧食を補給して行った。 アルバに案内された山に居た盗賊団を配下に収めてからゴドレアの兵力は増え続けた。五つの盗賊団を潰し、その勢力をまとめトレルギア国の王都を攻め落とした。
コドレアは出発前にサウザンドに書簡を送った。それは、一騎打ちを望む挑戦状だった。サウザンドから出向いて来れば、ゴドレアがわざわざ遠征する必要がなくなる。 だが、今時一騎打ちを鵜呑みにする者も居ないだろうとゴドレアはさして期待していなかった。
だが、ゴドレアの予想はいい意味で裏切られた。国境線らしい草原地帯にその男は静かに佇んでいた。 コドレアは軍を静止させ、自分の馬をその男に近づける。
「お主は何者だ? 只の旅人だったら道を開けろ。そこは我が軍の通り道だ」
ゴドレアは威圧的な口調で男に命令する。男は空を見ていた。今日の空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
「我が名はサウザンド。貴公の挑戦を受け一騎打ちに参った」
サウザンドの口調は、友人に天気の具合を語るかのような穏やかさだった。
「······本当に出向いて来るとは思わなかったぞ。お主、今時珍しい男だな」
ゴドレアの口調には、相手を称賛する成分が含まれていた。
「ゴドレアよ。そなたの書簡の内容を今一度確認する。そなたの目的は私と戦う事。我が国には一切興味が無いのだな?」
声の中に真剣と深刻さが等分されたサウザントの問いに、流血王は大きく頷く。
「二言は無い。お主の国、北の果てなどに用は無い。俺は魔族最強の戦士と戦いたいだけだ」
「了解した」
サウザンドがそう言い終えた瞬間、死神の細い両目が大きく見開き、その眼光は殺意の色に変わっていく。 それを見たゴドレアは笑みを浮かべ、馬から降り地に足を着けた。左腕に比べ異常に太い右腕が更に太くなって行く。
魔族最強の戦士。その称号を賭けた両者の戦いが始まった。 サウザンドは距離を取りながら、触れると爆発する光の玉をコドレアに放つ。ゴドレアは大剣を抜きその光の玉を叩き落とす。
光の玉が剣に触れた瞬間、爆発が起きた。他の玉も次々と誘爆を起こす。コドレアの軍から動揺の声が上がる。 土埃が舞い、大きな煙の中から何かが飛び出してきた。それは太く長い鞭のように見えた。
黒い光の鞭がサウザンドを襲う。死神は後方に下り、漆黒の鞭の間合いを測ろうとした。 鞭が地面に叩きつけられる度に爆発音と共に地面の形が変わった。
サウザンドはこの鞭の間合いを測る事を断念した。鞭が余りに高速な為だ。 サウザンドは魔法石の杖を握り、漆黒の鞭を発動させる。
ゴドレアの太い鞭に比べ、死神の鞭は極細だった。 その極細の鞭は、コドレアの上を行く速さで伸びていく。土埃が散った頃、両者は互いに鞭を目で追えない速さで激突させていた。
サウザンドはゴドレアの太い鞭を自身の鞭で弾き、ゴドレアの首めがけて鞭を放つ。先程の爆発でゴドレアの身体は血だらけになっていた。 その傷の影響など無かったかのように、ゴドレアは俊敏にサウザンドの鞭をかわす。両者の鞭が地に当たる度に草原が削られ、地形が変化して行く。
サウザンドの額に汗が滲む。この漆黒の鞭は使い手の体力と魔力を膨大に貪っていく。まだこの鞭を会得してから日が浅いサウザンドは、想像異常の負担を身体に強いていた。 一方のゴドレアは、時間遡及治癒の呪文で全盛期の身体を取り戻している。その身体は正に疲れ知れずと言わんばかりに躍動していた。
サウザンドは賭けに出る事を決断した。このまま消耗戦を続ければ、体力が尽きるのは自分が先なのは明らかだったからだ。 サウザンドは光の矢の呪文を唱えた。高速の光の矢がゴドレアの眉間を襲う。
ゴドレアは鞭でその矢を弾く。 次の瞬間、二つ目の矢がゴドレアの眼前に迫る。ゴドレアは首を捻り回避を図った。矢はゴドレアの頬を削り後方に消え去った。
頬から溢れる血を舌で舐め、コドレアはこの命のやり取りに興奮を抑えられなかった。彼をここまで追い詰めたのは、かつてのネグリット以外に存在しなかった。
ゴドレアは雄叫びを上げ、サウザンドに向かって突進を始めた。そのゴドレアの足元から何かが飛び出してくる。 それは、サウザンドが地中に忍ばせていた漆黒の鞭だった。死神は黒い巨体を倒した時の戦法をなぞらえた。 鞭がゴドレアの左足に巻き付く。黒い光の鞭は途端に足に食い込み、ゴドレアの左足は切断されるかと思われた。
「これしきの攻撃が何だ!!」
獣のような咆哮を発し、ゴドレアはサウザンドの鞭を右手で掴み、大口を開き鞭に噛み付いた。 コドレアの常識外れの顎と右手の力によって、サウザンドの鞭は引きちぎられた。
ゴドレアの口と右手から、大量出血が起こる。 サウザンドは驚愕した。漆黒の鞭を生身の口と手で切るなどあり得ない事だった。その代償に、ゴドレアは満身創痍になった。 死神は全ての魔力を込め、光の矢を唱えようとする。
その標的の姿を見据えた時、サウザンドは異変を感じた。 ゴドレアの右手から、魔法石の杖が消えている。サウザンドの鞭を掴んでいたのも右手だった。ゴドレアの杖は何処に消えたのか。 ゴドレアが左腕を天に掲げている。その左手には、魔法石の杖が握られていた。
サウザンドの背中に鈍い衝撃が走った。その衝撃は左肩から肺を貫き、内臓まで達した。 サウザンドの口から血が溢れる。ゴドレアは杖を左手に持ち替え、鞭を空高く伸ばしていた。その鞭は落下し、サウザンドの死角の頭上を襲った。
サウザンドの右手から魔法石の杖が滑り落ちる。サウザンドは震える両足を奮い立たせる。倒れてはならない。死に瀕した死神は、なぜかそう思った。
サウザンドは全身が鉛のように重くなるのを感じた。それでも僅かな余力を振り絞り、顔を空に向ける。 見上げた空は青かった。暖かい季節に比べ、太陽の位置が低くなっている。空を一つ見上げるだけで、季節の移ろいを感じる事ができた。
死神の生涯で、そんな事を感じる事は初めてだった。サウザンドは改めて人間の深みを知る。人間達は魔族と違い、変化する季節を丁寧に過ごしている。 春は花を愛で。夏は川の涼みを感じ、蛍を肴に酒盃を傾ける。秋は天の恵みに感謝し。冬は雪の静寂と共に静かに過ごす。 自分は人間の文化に興味があったのではない。人間そのものに憧れていたのかもしれない。
「······このような時、人間なら何と言うかな」
死神は最早、痛覚すらも薄れていく最中必死で言葉を探っていた。だが、口から溢れた言葉は思考とは無関係な物だった。
「······義理を果たすか······良い言葉だ」
元魔王軍。序列一位。魔族の世界でその名を轟かせた死神の、最期の言葉がそれだった。 コドレアは自分が仕留めた敵の前に、ゆっくり歩んできた。両目を覆う黒い布から見た敵は立ったまま息絶えていた。 コドレアは自分のマントを外し、サウザンドに被せた。
その死体の前に、甲冑を身に着けた魔族が近寄ってきた。その魔族はサウザンドの前に膝まづき嗚咽を漏らした。
「······サウザンド様。見事な戦いぶりでした」
「お主はそのサウザンドの部下か?」
泣き腫らした魔族の男は立ち上がり、怯む事無くゴドレアを睨みつけた。
「······我が名はネーグル。サウザンド様の戦いを見届けに来た者だ」
コドレアはもう一度だけサウザンドの顔を見た。安らかな。そして満足そうな表情をしていた。
「見事な男だった。丁重に葬ってやるが良い。その男との約束通り、お主らの国には手は出さん」
コドレアはそう言い残し、軍と共に去って行った。ネーグルはサウザンドに禁じられながらも、密かに死神の後を追って来ていたのだった。 国境線の草原は、二人の魔族の戦いによってその形を大きく変えていた。
······夕暮れ時の小さな街で、ネーグルは自分が目撃した事を全て主君に話した。その主君は暫く呆然とした後、突然風の呪文を唱え始めた。
「待てヒマルヤ! 何処へ行く気だ!?」
タクボがヒマルヤに詰め寄る。元魔王の少年は両目から涙を流していた。
「知れた事を聞くな! 今から私がサウザンドの仇を討つ!!」
「落ち着けヒマルヤ。サウザンドすら敵わなかった相手だ。お前一人でどうにかなる相手ではないぞ」
タクボは動揺している自分を棚に置いて、他者に落ち着けと説得していた。自分でも矛盾していると分かっていた。
「サウザンドは私にとって師。いや、親のような存在だった。その者が殺されて黙っておれるか!」
「馬鹿者!」
気づいた時、タクボはヒマルヤを殴っていた。非力な人間の魔法使いが、元魔王の少年を殴り倒したのだ。 集めた風が四散し、ヒマルヤは地面に倒れ込んだ。少年は仰向けのまま両腕で目を隠し泣き叫んだ。
その様子を見兼ねて、ネーグルは二通の手紙を懐中から取り出した。 それは、サウザンドから預かっていた物だった。一通はヒマルヤに。もう一通はタクボに渡された。
ヒマルヤは震える手で手紙の封を開ける。そこには、ヒマルヤは国を離れ市井の中で生きて行って欲しいと書かれていた。 少年は手紙を握り、再び涙を流した。タクボも封を開ける。手紙には人間の字体で一言だけ書かれていた。
その書き慣れていない歪んだ文字は、タクボの涙腺を刺激した。 立ちすくんでいた銀髪の少女は、ヒマルヤに歩み寄った。涙に濡れる少年の両頬に、小さな手のひらを当てる。
「······ヒマルヤさん。サウザンドさんは、私にとっても大事な人でした。私も戦います。二人で一緒に仇を取りましょう」
チロルの潤んだ両目は、真っ直ぐヒマルヤの目を見つめる。タクボが二人の前に立ち、ヒマルヤに声をかける。
「······ヒマルヤ。今日からお前は、チロルと同様に私の弟子になってもらう。サウザンドの遺言だ。嫌でも従ってもらうぞ」
夕暮れは暗闇を引き連れ、足元にあった影を消して行く。子供達が目の前に居なかったら、タクボは大声で叫びたい所だった。 ヒマルヤ様を頼む。タクボに宛の手紙には、そう一言だけ書かれていた。
『······何が頼むだ! 厄介事を人に押し付け、自分はとっととあの世に行くとは、なんて身勝手極まりない奴だ!!』
そう叫びたい衝動を抑えきれなかったが、タクボの口から洩れた言葉は、異なるものだった。
「······大馬鹿者が」
夜の闇に覆われつつある街の中でタクボは立ち尽くし、言いしれない喪失感に苛まれていた。
「トレルギア国の首都が陥落した?」
驚くサウザンドに密偵の報告は続いた。首都を落とした盗賊団は、休む間も無く軍を北進させていると言う。 サウザンドの部下がテーブルの上に地図を広げる。その進路は真っ直ぐこの城を目指しているように思われた。 その進路の途中には、他国の城や砦が行く手を阻んできたが、それらを次々と落として進軍していると言う 。
「······サウザンド様。こ奴らの目的は?」
サウザンドの部下が、汗をかきながら地図を凝視している。
「我が国。それもこの城が奴らの目的だろう。そうでなければ、この戦略を無視した行軍進路の説明がつかない」
他国の領内を突破してその先にあるまた他の国に攻め入るなど、軍事学上あり得ない行動だった。 そもそもそんな行軍で補給路の確保が出来る筈も無かった。
この盗賊団の首領ゴドレアなる者は、どうやって兵を食わせているのか。 サウザンドの元へこのゴドレアから書簡が届いたのはその三日後だった。
その文面に目を通したサウザンドは、長く考える事も無く部下達に指示を与え始めた。 全ての準備を終えたサウザンドは、ヒマルヤが居る辺境の街に趣いた。
一晩をそこで過ごすと、彼は城に戻ること無くある場所へ向かった。 そこは、自国と隣国の国境線にある草原だった。 ゴドレアはトレルギア国の首都を落としてから、暫くは戦後処理の為に王都に留まるつもりだった。
その方針が変わったのは、部下からサウザンドの話を聞いたからだった。サウザンドの名は魔族の国々で広く知れ渡り、魔族最強の戦士と言われていた。
ゴドレアは魔族の国の中で最強の軍事力を誇るこの国を落とした。後は最強の戦士を葬れば名実ともに魔族の最高位に立つ。 ゴドレアはすぐさま軍を出発させた。
部下が補給路の目処が立たないと悲鳴を上げたが無視した。
「糧食は行軍途中にある城や砦から奪えばいい」
部下は開いた口が塞がらなかった。自分が負ける事など一切考えていない。そうとしか思えない行動だった。 領民から略奪しろと言わなかった所がまだ救いか。
落としたばかりのこの王都をゴドレアが離れれば暴動が必ず起きる。 部下はそう説得したが、ゴドレアは王都に布告を出させた。それは、一度反抗すれば降伏を認めないという内容だった。 その布告を見た者達は戦慄した。ゴドレアに反逆すれば皆殺しにあうと警告されたからだ。
かくしてゴドレアは軍を出発させた。宣言通り行軍進路にある他国の城を落とし、糧食を補給して行った。 アルバに案内された山に居た盗賊団を配下に収めてからゴドレアの兵力は増え続けた。五つの盗賊団を潰し、その勢力をまとめトレルギア国の王都を攻め落とした。
コドレアは出発前にサウザンドに書簡を送った。それは、一騎打ちを望む挑戦状だった。サウザンドから出向いて来れば、ゴドレアがわざわざ遠征する必要がなくなる。 だが、今時一騎打ちを鵜呑みにする者も居ないだろうとゴドレアはさして期待していなかった。
だが、ゴドレアの予想はいい意味で裏切られた。国境線らしい草原地帯にその男は静かに佇んでいた。 コドレアは軍を静止させ、自分の馬をその男に近づける。
「お主は何者だ? 只の旅人だったら道を開けろ。そこは我が軍の通り道だ」
ゴドレアは威圧的な口調で男に命令する。男は空を見ていた。今日の空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
「我が名はサウザンド。貴公の挑戦を受け一騎打ちに参った」
サウザンドの口調は、友人に天気の具合を語るかのような穏やかさだった。
「······本当に出向いて来るとは思わなかったぞ。お主、今時珍しい男だな」
ゴドレアの口調には、相手を称賛する成分が含まれていた。
「ゴドレアよ。そなたの書簡の内容を今一度確認する。そなたの目的は私と戦う事。我が国には一切興味が無いのだな?」
声の中に真剣と深刻さが等分されたサウザントの問いに、流血王は大きく頷く。
「二言は無い。お主の国、北の果てなどに用は無い。俺は魔族最強の戦士と戦いたいだけだ」
「了解した」
サウザンドがそう言い終えた瞬間、死神の細い両目が大きく見開き、その眼光は殺意の色に変わっていく。 それを見たゴドレアは笑みを浮かべ、馬から降り地に足を着けた。左腕に比べ異常に太い右腕が更に太くなって行く。
魔族最強の戦士。その称号を賭けた両者の戦いが始まった。 サウザンドは距離を取りながら、触れると爆発する光の玉をコドレアに放つ。ゴドレアは大剣を抜きその光の玉を叩き落とす。
光の玉が剣に触れた瞬間、爆発が起きた。他の玉も次々と誘爆を起こす。コドレアの軍から動揺の声が上がる。 土埃が舞い、大きな煙の中から何かが飛び出してきた。それは太く長い鞭のように見えた。
黒い光の鞭がサウザンドを襲う。死神は後方に下り、漆黒の鞭の間合いを測ろうとした。 鞭が地面に叩きつけられる度に爆発音と共に地面の形が変わった。
サウザンドはこの鞭の間合いを測る事を断念した。鞭が余りに高速な為だ。 サウザンドは魔法石の杖を握り、漆黒の鞭を発動させる。
ゴドレアの太い鞭に比べ、死神の鞭は極細だった。 その極細の鞭は、コドレアの上を行く速さで伸びていく。土埃が散った頃、両者は互いに鞭を目で追えない速さで激突させていた。
サウザンドはゴドレアの太い鞭を自身の鞭で弾き、ゴドレアの首めがけて鞭を放つ。先程の爆発でゴドレアの身体は血だらけになっていた。 その傷の影響など無かったかのように、ゴドレアは俊敏にサウザンドの鞭をかわす。両者の鞭が地に当たる度に草原が削られ、地形が変化して行く。
サウザンドの額に汗が滲む。この漆黒の鞭は使い手の体力と魔力を膨大に貪っていく。まだこの鞭を会得してから日が浅いサウザンドは、想像異常の負担を身体に強いていた。 一方のゴドレアは、時間遡及治癒の呪文で全盛期の身体を取り戻している。その身体は正に疲れ知れずと言わんばかりに躍動していた。
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ゴドレアは鞭でその矢を弾く。 次の瞬間、二つ目の矢がゴドレアの眼前に迫る。ゴドレアは首を捻り回避を図った。矢はゴドレアの頬を削り後方に消え去った。
頬から溢れる血を舌で舐め、コドレアはこの命のやり取りに興奮を抑えられなかった。彼をここまで追い詰めたのは、かつてのネグリット以外に存在しなかった。
ゴドレアは雄叫びを上げ、サウザンドに向かって突進を始めた。そのゴドレアの足元から何かが飛び出してくる。 それは、サウザンドが地中に忍ばせていた漆黒の鞭だった。死神は黒い巨体を倒した時の戦法をなぞらえた。 鞭がゴドレアの左足に巻き付く。黒い光の鞭は途端に足に食い込み、ゴドレアの左足は切断されるかと思われた。
「これしきの攻撃が何だ!!」
獣のような咆哮を発し、ゴドレアはサウザンドの鞭を右手で掴み、大口を開き鞭に噛み付いた。 コドレアの常識外れの顎と右手の力によって、サウザンドの鞭は引きちぎられた。
ゴドレアの口と右手から、大量出血が起こる。 サウザンドは驚愕した。漆黒の鞭を生身の口と手で切るなどあり得ない事だった。その代償に、ゴドレアは満身創痍になった。 死神は全ての魔力を込め、光の矢を唱えようとする。
その標的の姿を見据えた時、サウザンドは異変を感じた。 ゴドレアの右手から、魔法石の杖が消えている。サウザンドの鞭を掴んでいたのも右手だった。ゴドレアの杖は何処に消えたのか。 ゴドレアが左腕を天に掲げている。その左手には、魔法石の杖が握られていた。
サウザンドの背中に鈍い衝撃が走った。その衝撃は左肩から肺を貫き、内臓まで達した。 サウザンドの口から血が溢れる。ゴドレアは杖を左手に持ち替え、鞭を空高く伸ばしていた。その鞭は落下し、サウザンドの死角の頭上を襲った。
サウザンドの右手から魔法石の杖が滑り落ちる。サウザンドは震える両足を奮い立たせる。倒れてはならない。死に瀕した死神は、なぜかそう思った。
サウザンドは全身が鉛のように重くなるのを感じた。それでも僅かな余力を振り絞り、顔を空に向ける。 見上げた空は青かった。暖かい季節に比べ、太陽の位置が低くなっている。空を一つ見上げるだけで、季節の移ろいを感じる事ができた。
死神の生涯で、そんな事を感じる事は初めてだった。サウザンドは改めて人間の深みを知る。人間達は魔族と違い、変化する季節を丁寧に過ごしている。 春は花を愛で。夏は川の涼みを感じ、蛍を肴に酒盃を傾ける。秋は天の恵みに感謝し。冬は雪の静寂と共に静かに過ごす。 自分は人間の文化に興味があったのではない。人間そのものに憧れていたのかもしれない。
「······このような時、人間なら何と言うかな」
死神は最早、痛覚すらも薄れていく最中必死で言葉を探っていた。だが、口から溢れた言葉は思考とは無関係な物だった。
「······義理を果たすか······良い言葉だ」
元魔王軍。序列一位。魔族の世界でその名を轟かせた死神の、最期の言葉がそれだった。 コドレアは自分が仕留めた敵の前に、ゆっくり歩んできた。両目を覆う黒い布から見た敵は立ったまま息絶えていた。 コドレアは自分のマントを外し、サウザンドに被せた。
その死体の前に、甲冑を身に着けた魔族が近寄ってきた。その魔族はサウザンドの前に膝まづき嗚咽を漏らした。
「······サウザンド様。見事な戦いぶりでした」
「お主はそのサウザンドの部下か?」
泣き腫らした魔族の男は立ち上がり、怯む事無くゴドレアを睨みつけた。
「······我が名はネーグル。サウザンド様の戦いを見届けに来た者だ」
コドレアはもう一度だけサウザンドの顔を見た。安らかな。そして満足そうな表情をしていた。
「見事な男だった。丁重に葬ってやるが良い。その男との約束通り、お主らの国には手は出さん」
コドレアはそう言い残し、軍と共に去って行った。ネーグルはサウザンドに禁じられながらも、密かに死神の後を追って来ていたのだった。 国境線の草原は、二人の魔族の戦いによってその形を大きく変えていた。
······夕暮れ時の小さな街で、ネーグルは自分が目撃した事を全て主君に話した。その主君は暫く呆然とした後、突然風の呪文を唱え始めた。
「待てヒマルヤ! 何処へ行く気だ!?」
タクボがヒマルヤに詰め寄る。元魔王の少年は両目から涙を流していた。
「知れた事を聞くな! 今から私がサウザンドの仇を討つ!!」
「落ち着けヒマルヤ。サウザンドすら敵わなかった相手だ。お前一人でどうにかなる相手ではないぞ」
タクボは動揺している自分を棚に置いて、他者に落ち着けと説得していた。自分でも矛盾していると分かっていた。
「サウザンドは私にとって師。いや、親のような存在だった。その者が殺されて黙っておれるか!」
「馬鹿者!」
気づいた時、タクボはヒマルヤを殴っていた。非力な人間の魔法使いが、元魔王の少年を殴り倒したのだ。 集めた風が四散し、ヒマルヤは地面に倒れ込んだ。少年は仰向けのまま両腕で目を隠し泣き叫んだ。
その様子を見兼ねて、ネーグルは二通の手紙を懐中から取り出した。 それは、サウザンドから預かっていた物だった。一通はヒマルヤに。もう一通はタクボに渡された。
ヒマルヤは震える手で手紙の封を開ける。そこには、ヒマルヤは国を離れ市井の中で生きて行って欲しいと書かれていた。 少年は手紙を握り、再び涙を流した。タクボも封を開ける。手紙には人間の字体で一言だけ書かれていた。
その書き慣れていない歪んだ文字は、タクボの涙腺を刺激した。 立ちすくんでいた銀髪の少女は、ヒマルヤに歩み寄った。涙に濡れる少年の両頬に、小さな手のひらを当てる。
「······ヒマルヤさん。サウザンドさんは、私にとっても大事な人でした。私も戦います。二人で一緒に仇を取りましょう」
チロルの潤んだ両目は、真っ直ぐヒマルヤの目を見つめる。タクボが二人の前に立ち、ヒマルヤに声をかける。
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夕暮れは暗闇を引き連れ、足元にあった影を消して行く。子供達が目の前に居なかったら、タクボは大声で叫びたい所だった。 ヒマルヤ様を頼む。タクボに宛の手紙には、そう一言だけ書かれていた。
『······何が頼むだ! 厄介事を人に押し付け、自分はとっととあの世に行くとは、なんて身勝手極まりない奴だ!!』
そう叫びたい衝動を抑えきれなかったが、タクボの口から洩れた言葉は、異なるものだった。
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あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
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