30 / 33
人生は、望まない選択を迫られる時がある
しおりを挟む
金髪の美青年は、母親に捨てられ過酷な少年時代を送った。少年は生きる為にどんな仕事でもした。十二歳の時、少年は傭兵団で雑用の仕事をしていた。
傭兵達が昼の休憩時間を取っていた時、ロシアドは馬に飼料をやっていた。傭兵達は余興でロシアドに剣を持たせた。相手はロシアドの倍の身長がある古参の傭兵だ。
勝負は一撃でついた。ロシアドは古参の傭兵の剣を弾き落とした。傭兵達は驚愕した。それを見ていた傭兵団の長は、その日からロシアドに剣を教えた。
ロシアドは恐るべき速度で強くなって行った。独学で魔法も覚え、十六歳になる頃にはロシアドの名は傭兵の世界で知らぬ者は居ない程の存在になった。
ロシアドが十七歳の時、所属する傭兵団が ある二カ国間の戦争に参加した。だが、敵となる相手国の兵力はこちらの三倍。負ける事が分かっていた戦いだった。
だが大方の予想を覆し、敵国の軍隊を破った。ロシアドが相手国の将軍を討ち取ったのだ。あり得ない勝利の代償は大きかった。
両国はその後、泥沼の戦争を続ける事となったのだ。ロシアドは考えた。あのまま順当に自軍が負けていたら、不平等とは言え何かしら条約が締結され、戦争は終わっていたのでは無いかと。
自分の行為が戦争を長引かせてしまった。ロシアドはこの時初めて自分の力は危険だと感じた。 真紅の髪の青年がロシアドの前に現れたのはそんな頃だった。アルバ名乗った男は、ロシアド自身が考えていた事と同様の事を言った。
「君の力は強大過ぎる。人間の歴史を変えてしまう程に」
ロシアドはアルバに導かれるように青と魔の賢人の組織に入った。アルバはロシアドに語った。我々で新しい世界を創ろうと。
アルバの語る新しい世界は、戦争が決して起きない世界だった。傭兵として戦争の悲惨さを目の当たりにして来たロシアドは、アルバの語る世界に希望を見出した。
ロシアドは希望の世界の為に組織に忠誠を誓い、どんな仕事でもこなした。時には要人を暗殺し。時には有望な人材を誘拐し。時には涙を流し命乞いをする無力な者を口封じの為に斬った。
生真面目な性分に、それらの汚れた仕事は堪えた。だがロシアドは耐えた。全ては戦争が起こらない平和な世界の為に。それは遠い未来の話では無い。 自分が信じた同志。アルバは確かにそう言った。
「······細菌を使って、世界を滅ぼすだと?」
ロシアドの形のいい口が歪んだ。満席で賑わう店内の喧騒は、金髪の若者の耳から一時消え失せた。 ネグリットはアルバにとって政敵だった。
しかし殺害までするとは。そして、その方法として使われた細菌。 モンブラと名乗る少年の話はアルバの部下であるロシアドには、にわかに信じられる内容では無かった。
長テーブルに座る面々は、黒い甲冑を纏った魔族の男以外、一様に驚きの表情を見せている。
「······細菌? 人から人に感染する? そんな代物を造る事が可能なのか?」
ウェンデルが誰に質問するでも無く呟いた。アルバの行為とその殺人兵器は、紅茶色の髪の青年の理解を超えていた。
「古代書を使ったな。それも禁書指定の中でも最悪の部類の物を」
ボネットが冷静な口調でウェンデルの疑問に答える。青と魔の賢人の城には、世界中からありとあらゆる分野の古代書が集めれていた。
その中には、あまりに危険な知識が存在しており、組織の先人達が禁書とし城の地下深くに封印していた。 ボネットの説明にモンブラも驚愕していた。
少年はネグリットに信頼され、全ての書庫の管理を任されていた。 そんな彼でも、古代禁書の存在などつい先程まで知らなかったのだ。ボネットは冷淡な声色で続ける。
「······だが、禁書が手に入ったとしても、そんな細菌を造れる訳でもない。そのアルバとやらは、知識の量と魔法精製の技術が飛び抜けている奴のようだ」
「ボネットさんは、青と魔の賢人の組織の人なんですか?」
チロルは大きな瞳で、短髪の魔族の顔を真っ直ぐに見る。
「······二十年も前の話だ。お嬢ちゃん。組織って奴は俺の肌に合わなくてな。師であるネグリットと大喧嘩して城を飛び出しちまった」
ボネットは両目を細め嘆息した。その両目は、過去を振り返っていたようにヨハスには見えた。ボネットは再び開いた両目をモンブラに向ける。
「坊主。ネグリットの思惑は知らんが、俺にそんな事を打ち明けても無意味だ。俺にはどうする事も出来ん」
炎上するネグリットの執務室から脱出し。盗賊や山賊に襲われ。ついには魔族の軍隊に拘束されるも奇跡的に逃れる事が出来た。
その苦難の道の結果は、ボネットの取り付くしまが無い態度で報われた。だがモンブラは絶望しなかった。このボネットの返答は想定内だったのだ。 ネグリットから、ボネットの性格は聞いていた。
『どんな遺言であれ、奴はそんな事は知るかと答えるだろう』
ネグリットはそう予想していた。 モンブラは席を立ち上がり、自分の考えと思いを言葉にする。
「ボネット様。ネグリット先生は自分の後継者となる候補が幾人かいました。ネグリット先生を殺害したアルバ賢人も、かつてはその候補の一人でした」
モンブラはひと呼吸置いた。自分の考えを整理する為だ。ペンダントをつけた黒髪の女性が用意してくれた果実水を一口飲む。
「それでも、ネグリット先生は自分の手首を届ける相手を貴方に選びました。その事をよくお考え下さい」
無力な人間の少年は、ボネットを怯まず見据える。一見、生意気に見えるその行為はボネットにとって不快では無かった。
「······坊主。お前はなかなか骨がある奴のようだ。だが過分に期待はするな。俺は世界の秩序より、自己の自由を選んだ男だ」
ボネットは自嘲気味に短い笑みを浮かべた。
「それよりも、モンブラが言う各国の軍隊の方が目先の問題だよ。この街の近くでそんな戦争が起きたら、ここはただじゃ済まない」
エルドはそう言いながら、以前アルバから感じた形容し難い恐ろしさを思い出していた。人間と魔族を皆殺しにする。あの真紅の悪魔は、ここまでの事を考えていたのかと。
エルドの問題提起に対し全員が考え込む。一体そんな大軍勢が戦う相手とはどこの勢力なのか。
「相手はバタフシャーン一族だ」
長テーブルに座る十人全員が、声のする方向を見た。そこには、血の気が失せた表情のタクボが立っていた。
「どう言う事なの? タクボ」
マルタナがタクボの様子が普通では無い事に気づきながら質問する。
「今しがたターラから話を聞いた。バタフシャーン一族と各国の軍隊が戦う。その後に、青と魔の賢人達が参戦するらしい」
ヨハスとボネット以外の全員が、金髪の美青年に注目する。ロシアドは額に汗を浮かべ、自分に注がれる視線に固まる。
「······その戦争の事も。細菌の話も私は聞いていない」
ロシアドは両の手を握り、震えた拳をテーブルに置いたまま俯いた。
「開戦は一週間後だ。チロル。ヒマルヤ。急いでこの街を出るぞ」
タクボはチロルの腕を掴んだが、少女は席を立とうとしなかった。
「分かっている。野良猫達も一緒に連れて行く。さあ荷物をまとめに行くぞ」
タクボはチロルの掴んだ手に力を入れた。それでも少女は動かない。チロルは大きな瞳で我が師を見つめる。
「師匠。この街の人達はどうなりますか?」
「町長にでも伝えて避難勧告でも出してもらえばいい。私を困らせるなチロル」
少女は師の言葉に頭を振った。そして悲しそうな笑みをタクボに向ける。
「······駄目です師匠。この街は、師匠と出逢えた大切な場所です。見捨てられません」
少女の純真さが鏡となり、その鏡に映る自分はあまりに薄汚れていた。タクボはその自分への苛立ちが募り声を荒げる。
「チロル! 今度起こる戦争は我々がどうこう出来る規模の話ではないんだ。私はお前とヒマルヤの保護者として二人を守る義務がある!」
一歩も引かないタクボとチロルの交錯する視線は、モンブラの言葉で中断された。
「避難した方がいいです。軍隊は人間だけではありません。ゴドレアと言う魔族が率いる軍も近くに潜んでいます」
「コドレアだと!? モンブラとやら。今、ゴドレアと言ったか!?」
ヒマルヤが席を立ち、掴みかかりそうな勢いでモンブラの前に駆け寄った。モンブラが見たチロルの顔は穏やかや表情から一変し殺気立っていた。
「······ごめんなさい。師匠。この街を離れられない理由がもう一つ出来ました」
「······ヒマルヤ。お前もチロルと同じ考えか?」
聞くまでもない質問を、タクボは承知しながらもする。
「当然だ! サウザンドの仇を討つ機会を逃すものか!!」
タクボはチロルの腕を離した。そして苦々しく言葉を絞り出す。
「······なら。二人共勝手にしろ」
そう一言だけ言い残し、タクボは踵を返し店の出口に向かって歩いて行った。マルタナがそれを追い、二人の姿は店の外に消えた。
「······大司教に計られたかもしれん」
ヨハスが静かに口を開く。各国に出兵命令を下す事が出来る組織は、青と魔の賢人以外あり得ない。当然、カリフェースにも出兵命令は下っていた筈だ。
それは丁度、ヨハス達聖騎士団がカリフェースを出立した時期と、時を同じくしていたと推測される。 大司教はヨハス達を利用した。
ヨハス達の目的地は、偶然にも出兵先と同一だったのだ。 ヨハス達がそこに向かえば、命令を履行した事になる。戦争でヨハス達騎士団が倒されれば、大司教には重畳極まりないと言った所だろう。
「あの肥満した大司教の笑う姿が目に浮かぶな」
ボネットは吐き捨てるように大司教を罵る。ヨハスとボネットの会話は、シリスにとって教団内の闇を匂わせ彼女を不安にさせた。
自分が信じていた教団に、今何が起こっているのか。シリスの頭の中はその事で一杯だった。
「······どうする? ウェンデル」
エルドの問いかけに、紅茶色の髪の青年は両腕を組み考え込む。
「肝心のタクボがあの様子ではな。とにかくタクボの言う通り、町長に避難勧告を出してもらおう。それが最優先だ」
明日朝一番で町長を訪問する。この場で決められる事はそれが精一杯だった。張り詰めていた緊張感が少し和らいだ時、マルタナが戻って来た。
マルタナは浮かない顔で首を振り、タクボを止められなかった事を無言で報告した。マルタナの目に沈んだ表情のチロルが映った。
長テーブルに座る十人は、各々黙って考え込み、店内の喧騒は彼らを置き去りにしたように響いていた。 翌朝、タクボは朝一番で銀行に行き十年以上に渡って貯蓄していた引退後の資金を全て手元に戻した。
初老の受付が、何の為に使うのかと余計な質問をしてきたので、タクボは老後の為だと答えた。 宿屋の部屋に戻ると、隣のベットで寝ていたチロルの姿は無かった。
タクボはチロルのベットの上に全資金の三分のニを置いた。ヒマルヤと二人で使うよう書き置きも残す。 使い古した革の鎧を身に着け、麻の袋に荷物をまとめ宿を出る。
タクボの鬱屈とした気分とは裏腹に、空は秋晴れで暖かい日差しが地上に降り注いでいた。宿屋の前にはウェンデル。エルド。マルタナが立っていた。
「最後まで暇な奴らだ」
タクボはそう呟き、三人を無視し歩を進める。タクボはもううんざりしていた。 平穏な生活。タクボが望むのはたったそれだけだった。
だが、彼の希望とはあまりにもかけ離れた事が続き過ぎた。 原因は分かっていた。余計な事に首を突っ込み、他者と深く関わったからだ。
もう沢山だ。タクボは心の中でそう叫んだ。 他人と関わらなければ、自分の望む生活が手に入る。タクボはそう信じ歩みを速めた。
「師匠!」
タクボの背中から、聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、銀髪の少女が腕の中に猫を三匹抱え立っていた。
「師匠。質素。平穏。安寧は私が責任を持って世話します。安心して下さい」
チロルは笑顔でタクボに宣言した。
「······ああ」
タクボはそう一言だけ答え、再び歩き出す。
「師匠! 師匠はお酒に酔うとお腹を出して寝る癖があります。寝冷えには気をつけて下さい」
「ああ······」
タクボは歩みを止めない。
「師匠! 師匠は歳のせいか、加齢臭が出始めてます。入浴を丹念にしないと、お嫁さんが来てくれません」
「······」
タクボは西門に向かって歩き続ける。
「······師匠!」
震えた声が、タクボの耳に届いた。
「······私を、一人にしないで下さい······」
少女の口から溢れたか細く小さい声は、心細そうにしている足元に落ちた。それに引きずられるように少女の膝は崩れ落ちる。
俯く少女の顔を、胸に抱いた三匹の猫達が不思議そうに見上げている。その時少女は、自分の頭の上に何かが触れてきたの事を感じた。
チロルは顔を上げる。目の前にはタクボがいた。タクボの手の平が、チロルの頭に添えられている。
「······口の減らない弟子だな。歳のせいは余計だ」
タクボはチロルを抱きしめた。それは、自分の手で捨てようとした他者との繋がりを引き戻した瞬間だった。チロルはタクボの肩に額を預けながら、大きな瞳から涙を流した。
「全く。あの守銭奴は人を心配ばかりさせるわね」
「首尾一貫しない男だが、案外それがタクボの魅力かもしれんな」
「とにかく良かったよ。チロルの悲しむ顔は 見たくないしね」
マルタナ。ウェンデル。エルドが不器用な師弟を思い思いに見つめていた。 チロルの胸の中から、三匹の猫が餌を要求する大きな鳴き声を上げた。
驚いたタクボとチロルは、猫を見た後に互いの顔を見る。 タクボとチロルは同時に吹き出した。師弟の笑い声は大きく、秋晴れの空に響いていく。
猫達の欲求を満たすために、タクボとチロルは餌を取りに行く事を決めた。 タクボとチロルは手を繋ぎながら、慣れ親しんだいつもの宿屋に戻る為に二人で駆け出した。
傭兵達が昼の休憩時間を取っていた時、ロシアドは馬に飼料をやっていた。傭兵達は余興でロシアドに剣を持たせた。相手はロシアドの倍の身長がある古参の傭兵だ。
勝負は一撃でついた。ロシアドは古参の傭兵の剣を弾き落とした。傭兵達は驚愕した。それを見ていた傭兵団の長は、その日からロシアドに剣を教えた。
ロシアドは恐るべき速度で強くなって行った。独学で魔法も覚え、十六歳になる頃にはロシアドの名は傭兵の世界で知らぬ者は居ない程の存在になった。
ロシアドが十七歳の時、所属する傭兵団が ある二カ国間の戦争に参加した。だが、敵となる相手国の兵力はこちらの三倍。負ける事が分かっていた戦いだった。
だが大方の予想を覆し、敵国の軍隊を破った。ロシアドが相手国の将軍を討ち取ったのだ。あり得ない勝利の代償は大きかった。
両国はその後、泥沼の戦争を続ける事となったのだ。ロシアドは考えた。あのまま順当に自軍が負けていたら、不平等とは言え何かしら条約が締結され、戦争は終わっていたのでは無いかと。
自分の行為が戦争を長引かせてしまった。ロシアドはこの時初めて自分の力は危険だと感じた。 真紅の髪の青年がロシアドの前に現れたのはそんな頃だった。アルバ名乗った男は、ロシアド自身が考えていた事と同様の事を言った。
「君の力は強大過ぎる。人間の歴史を変えてしまう程に」
ロシアドはアルバに導かれるように青と魔の賢人の組織に入った。アルバはロシアドに語った。我々で新しい世界を創ろうと。
アルバの語る新しい世界は、戦争が決して起きない世界だった。傭兵として戦争の悲惨さを目の当たりにして来たロシアドは、アルバの語る世界に希望を見出した。
ロシアドは希望の世界の為に組織に忠誠を誓い、どんな仕事でもこなした。時には要人を暗殺し。時には有望な人材を誘拐し。時には涙を流し命乞いをする無力な者を口封じの為に斬った。
生真面目な性分に、それらの汚れた仕事は堪えた。だがロシアドは耐えた。全ては戦争が起こらない平和な世界の為に。それは遠い未来の話では無い。 自分が信じた同志。アルバは確かにそう言った。
「······細菌を使って、世界を滅ぼすだと?」
ロシアドの形のいい口が歪んだ。満席で賑わう店内の喧騒は、金髪の若者の耳から一時消え失せた。 ネグリットはアルバにとって政敵だった。
しかし殺害までするとは。そして、その方法として使われた細菌。 モンブラと名乗る少年の話はアルバの部下であるロシアドには、にわかに信じられる内容では無かった。
長テーブルに座る面々は、黒い甲冑を纏った魔族の男以外、一様に驚きの表情を見せている。
「······細菌? 人から人に感染する? そんな代物を造る事が可能なのか?」
ウェンデルが誰に質問するでも無く呟いた。アルバの行為とその殺人兵器は、紅茶色の髪の青年の理解を超えていた。
「古代書を使ったな。それも禁書指定の中でも最悪の部類の物を」
ボネットが冷静な口調でウェンデルの疑問に答える。青と魔の賢人の城には、世界中からありとあらゆる分野の古代書が集めれていた。
その中には、あまりに危険な知識が存在しており、組織の先人達が禁書とし城の地下深くに封印していた。 ボネットの説明にモンブラも驚愕していた。
少年はネグリットに信頼され、全ての書庫の管理を任されていた。 そんな彼でも、古代禁書の存在などつい先程まで知らなかったのだ。ボネットは冷淡な声色で続ける。
「······だが、禁書が手に入ったとしても、そんな細菌を造れる訳でもない。そのアルバとやらは、知識の量と魔法精製の技術が飛び抜けている奴のようだ」
「ボネットさんは、青と魔の賢人の組織の人なんですか?」
チロルは大きな瞳で、短髪の魔族の顔を真っ直ぐに見る。
「······二十年も前の話だ。お嬢ちゃん。組織って奴は俺の肌に合わなくてな。師であるネグリットと大喧嘩して城を飛び出しちまった」
ボネットは両目を細め嘆息した。その両目は、過去を振り返っていたようにヨハスには見えた。ボネットは再び開いた両目をモンブラに向ける。
「坊主。ネグリットの思惑は知らんが、俺にそんな事を打ち明けても無意味だ。俺にはどうする事も出来ん」
炎上するネグリットの執務室から脱出し。盗賊や山賊に襲われ。ついには魔族の軍隊に拘束されるも奇跡的に逃れる事が出来た。
その苦難の道の結果は、ボネットの取り付くしまが無い態度で報われた。だがモンブラは絶望しなかった。このボネットの返答は想定内だったのだ。 ネグリットから、ボネットの性格は聞いていた。
『どんな遺言であれ、奴はそんな事は知るかと答えるだろう』
ネグリットはそう予想していた。 モンブラは席を立ち上がり、自分の考えと思いを言葉にする。
「ボネット様。ネグリット先生は自分の後継者となる候補が幾人かいました。ネグリット先生を殺害したアルバ賢人も、かつてはその候補の一人でした」
モンブラはひと呼吸置いた。自分の考えを整理する為だ。ペンダントをつけた黒髪の女性が用意してくれた果実水を一口飲む。
「それでも、ネグリット先生は自分の手首を届ける相手を貴方に選びました。その事をよくお考え下さい」
無力な人間の少年は、ボネットを怯まず見据える。一見、生意気に見えるその行為はボネットにとって不快では無かった。
「······坊主。お前はなかなか骨がある奴のようだ。だが過分に期待はするな。俺は世界の秩序より、自己の自由を選んだ男だ」
ボネットは自嘲気味に短い笑みを浮かべた。
「それよりも、モンブラが言う各国の軍隊の方が目先の問題だよ。この街の近くでそんな戦争が起きたら、ここはただじゃ済まない」
エルドはそう言いながら、以前アルバから感じた形容し難い恐ろしさを思い出していた。人間と魔族を皆殺しにする。あの真紅の悪魔は、ここまでの事を考えていたのかと。
エルドの問題提起に対し全員が考え込む。一体そんな大軍勢が戦う相手とはどこの勢力なのか。
「相手はバタフシャーン一族だ」
長テーブルに座る十人全員が、声のする方向を見た。そこには、血の気が失せた表情のタクボが立っていた。
「どう言う事なの? タクボ」
マルタナがタクボの様子が普通では無い事に気づきながら質問する。
「今しがたターラから話を聞いた。バタフシャーン一族と各国の軍隊が戦う。その後に、青と魔の賢人達が参戦するらしい」
ヨハスとボネット以外の全員が、金髪の美青年に注目する。ロシアドは額に汗を浮かべ、自分に注がれる視線に固まる。
「······その戦争の事も。細菌の話も私は聞いていない」
ロシアドは両の手を握り、震えた拳をテーブルに置いたまま俯いた。
「開戦は一週間後だ。チロル。ヒマルヤ。急いでこの街を出るぞ」
タクボはチロルの腕を掴んだが、少女は席を立とうとしなかった。
「分かっている。野良猫達も一緒に連れて行く。さあ荷物をまとめに行くぞ」
タクボはチロルの掴んだ手に力を入れた。それでも少女は動かない。チロルは大きな瞳で我が師を見つめる。
「師匠。この街の人達はどうなりますか?」
「町長にでも伝えて避難勧告でも出してもらえばいい。私を困らせるなチロル」
少女は師の言葉に頭を振った。そして悲しそうな笑みをタクボに向ける。
「······駄目です師匠。この街は、師匠と出逢えた大切な場所です。見捨てられません」
少女の純真さが鏡となり、その鏡に映る自分はあまりに薄汚れていた。タクボはその自分への苛立ちが募り声を荒げる。
「チロル! 今度起こる戦争は我々がどうこう出来る規模の話ではないんだ。私はお前とヒマルヤの保護者として二人を守る義務がある!」
一歩も引かないタクボとチロルの交錯する視線は、モンブラの言葉で中断された。
「避難した方がいいです。軍隊は人間だけではありません。ゴドレアと言う魔族が率いる軍も近くに潜んでいます」
「コドレアだと!? モンブラとやら。今、ゴドレアと言ったか!?」
ヒマルヤが席を立ち、掴みかかりそうな勢いでモンブラの前に駆け寄った。モンブラが見たチロルの顔は穏やかや表情から一変し殺気立っていた。
「······ごめんなさい。師匠。この街を離れられない理由がもう一つ出来ました」
「······ヒマルヤ。お前もチロルと同じ考えか?」
聞くまでもない質問を、タクボは承知しながらもする。
「当然だ! サウザンドの仇を討つ機会を逃すものか!!」
タクボはチロルの腕を離した。そして苦々しく言葉を絞り出す。
「······なら。二人共勝手にしろ」
そう一言だけ言い残し、タクボは踵を返し店の出口に向かって歩いて行った。マルタナがそれを追い、二人の姿は店の外に消えた。
「······大司教に計られたかもしれん」
ヨハスが静かに口を開く。各国に出兵命令を下す事が出来る組織は、青と魔の賢人以外あり得ない。当然、カリフェースにも出兵命令は下っていた筈だ。
それは丁度、ヨハス達聖騎士団がカリフェースを出立した時期と、時を同じくしていたと推測される。 大司教はヨハス達を利用した。
ヨハス達の目的地は、偶然にも出兵先と同一だったのだ。 ヨハス達がそこに向かえば、命令を履行した事になる。戦争でヨハス達騎士団が倒されれば、大司教には重畳極まりないと言った所だろう。
「あの肥満した大司教の笑う姿が目に浮かぶな」
ボネットは吐き捨てるように大司教を罵る。ヨハスとボネットの会話は、シリスにとって教団内の闇を匂わせ彼女を不安にさせた。
自分が信じていた教団に、今何が起こっているのか。シリスの頭の中はその事で一杯だった。
「······どうする? ウェンデル」
エルドの問いかけに、紅茶色の髪の青年は両腕を組み考え込む。
「肝心のタクボがあの様子ではな。とにかくタクボの言う通り、町長に避難勧告を出してもらおう。それが最優先だ」
明日朝一番で町長を訪問する。この場で決められる事はそれが精一杯だった。張り詰めていた緊張感が少し和らいだ時、マルタナが戻って来た。
マルタナは浮かない顔で首を振り、タクボを止められなかった事を無言で報告した。マルタナの目に沈んだ表情のチロルが映った。
長テーブルに座る十人は、各々黙って考え込み、店内の喧騒は彼らを置き去りにしたように響いていた。 翌朝、タクボは朝一番で銀行に行き十年以上に渡って貯蓄していた引退後の資金を全て手元に戻した。
初老の受付が、何の為に使うのかと余計な質問をしてきたので、タクボは老後の為だと答えた。 宿屋の部屋に戻ると、隣のベットで寝ていたチロルの姿は無かった。
タクボはチロルのベットの上に全資金の三分のニを置いた。ヒマルヤと二人で使うよう書き置きも残す。 使い古した革の鎧を身に着け、麻の袋に荷物をまとめ宿を出る。
タクボの鬱屈とした気分とは裏腹に、空は秋晴れで暖かい日差しが地上に降り注いでいた。宿屋の前にはウェンデル。エルド。マルタナが立っていた。
「最後まで暇な奴らだ」
タクボはそう呟き、三人を無視し歩を進める。タクボはもううんざりしていた。 平穏な生活。タクボが望むのはたったそれだけだった。
だが、彼の希望とはあまりにもかけ離れた事が続き過ぎた。 原因は分かっていた。余計な事に首を突っ込み、他者と深く関わったからだ。
もう沢山だ。タクボは心の中でそう叫んだ。 他人と関わらなければ、自分の望む生活が手に入る。タクボはそう信じ歩みを速めた。
「師匠!」
タクボの背中から、聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、銀髪の少女が腕の中に猫を三匹抱え立っていた。
「師匠。質素。平穏。安寧は私が責任を持って世話します。安心して下さい」
チロルは笑顔でタクボに宣言した。
「······ああ」
タクボはそう一言だけ答え、再び歩き出す。
「師匠! 師匠はお酒に酔うとお腹を出して寝る癖があります。寝冷えには気をつけて下さい」
「ああ······」
タクボは歩みを止めない。
「師匠! 師匠は歳のせいか、加齢臭が出始めてます。入浴を丹念にしないと、お嫁さんが来てくれません」
「······」
タクボは西門に向かって歩き続ける。
「······師匠!」
震えた声が、タクボの耳に届いた。
「······私を、一人にしないで下さい······」
少女の口から溢れたか細く小さい声は、心細そうにしている足元に落ちた。それに引きずられるように少女の膝は崩れ落ちる。
俯く少女の顔を、胸に抱いた三匹の猫達が不思議そうに見上げている。その時少女は、自分の頭の上に何かが触れてきたの事を感じた。
チロルは顔を上げる。目の前にはタクボがいた。タクボの手の平が、チロルの頭に添えられている。
「······口の減らない弟子だな。歳のせいは余計だ」
タクボはチロルを抱きしめた。それは、自分の手で捨てようとした他者との繋がりを引き戻した瞬間だった。チロルはタクボの肩に額を預けながら、大きな瞳から涙を流した。
「全く。あの守銭奴は人を心配ばかりさせるわね」
「首尾一貫しない男だが、案外それがタクボの魅力かもしれんな」
「とにかく良かったよ。チロルの悲しむ顔は 見たくないしね」
マルタナ。ウェンデル。エルドが不器用な師弟を思い思いに見つめていた。 チロルの胸の中から、三匹の猫が餌を要求する大きな鳴き声を上げた。
驚いたタクボとチロルは、猫を見た後に互いの顔を見る。 タクボとチロルは同時に吹き出した。師弟の笑い声は大きく、秋晴れの空に響いていく。
猫達の欲求を満たすために、タクボとチロルは餌を取りに行く事を決めた。 タクボとチロルは手を繋ぎながら、慣れ親しんだいつもの宿屋に戻る為に二人で駆け出した。
0
あなたにおすすめの小説
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる