青天の霹靂は、村娘の一言から

tosa

文字の大きさ
16 / 52

一人ぼっちで寂しくなかったの?

しおりを挟む
 翌日に延期された私の講義は、またもや延期になった。タイラントが熱を出し寝込んだからだ。

 三月の噴水の溜池は、金髪の魔族を寝込ませる程冷たかった。や、やっぱり私のせいよね。流石に後ろめたかったので、アイツにハチミツ入りの牛乳でも持って行こう。

 私はハチミツと牛乳を分けて貰おうと食堂の厨房に入った。まだ夕食の時間には早かったせいか、厨房内は無人だった。

 ど、どうしよう。勝手に食材庫を覗いたりしたら駄目よね。私が右往左往していると、厨房内にある個室から大声が聞こえた。

「誰かそこにいるのか? 鶏ガラスープの鍋を持ってこい!」

 私はその声に飛び上がるように驚いた。あ、あの部屋は。確か料理長の個室厨房? ど、どうしよう? 私は釜戸に置いてある鍋を見て回った。

 その中の一つに、澄んだ色をしたスープが入った鍋があった。こ、これかな? 非力な私は大量のスープが入った大鍋を必死に両手で抱え、なんとか個室厨房まで運んだ。

 個室厨房の中央に小さい窓が開いていたので、そこに鍋を置いた。すると、窓の中から私を睨む人影があった。

「誰だお前は? 新入りか?」

 個室厨房の中は薄暗く料理長の顔は鮮明に見えなかったが、かなり背が高そうな人だ。

「ち、違います。私はタイラントの客人でリリーカと申します。タイラントが風邪を引いたので、ハチミツ入り牛乳を持って行きたいのですが、分けて貰えますか?」

 返答は無かった。その変わりに、料理長が釜戸にある鍋を指差した。あ、あの鍋も持って来いって事かしら?

 私は釜戸に戻り、また重い大鍋を息を切らし運んだ。それを三回繰り返した後、窓には一つのグラスが置かれていた。

 その湯気の香りは、ハチミツ入り牛乳だった。私がそれを受け取ると窓は閉められた。

「あ、ありがとうございました! 料理長さん」

 目的の物を手に入れ、私はタイラントの部屋に向かった。すると部屋の扉の前で、黒髪メイドのカラミィが落ち着かない様子で立っていた。

「どうしたのカラミィ? なんで部屋に入らないの?」

「······メイドの私が、軽々しく国王の部屋に入れる訳がないでしょう。これだから世間知らずの人間は」

 私の質問にカラミィは素っ気なく答える。そんな彼女の表情は何処か悔しそうに見えた。

「お見舞いにメイドも国王も関係ないでしょう。一緒に行きましょう」

「ちょ、ちょっと。何をするのよ!」

 私はカラミィの手を掴み、扉をノックし部屋に入った。タイラントの部屋は広かったが、国王の部屋とは思えない程質素だった。

 照明器具は特段高価そうに見えず。壁に絵画を飾る事も無く。床には絨毯も敷かれていなかった。

 味気ない部屋。私はそう感じた。部屋の中央に普通のベッドが置かれており、部屋の主はそこで横になっていた。

「タイラント。部屋の外でカラミィが心配そうに立っていたわよ」

「よ、余計な事を言わないで!」

 私達に気づいたのか、タイラントは半身を起こした。そして眠そうな紅い目でこちらを見る。

「タ、タイラント様。お休みの所お騒がせして申し訳ございません。な、何か必要な物はございますか?」

「うむ。今は大丈夫だカラミィ。後で構わんから着替えを持ってきてくれるか?」

「は、はい! 承知致しました」

 カラミィは頬を赤らめ、それは幸せそうに部屋を出て行った。本当にこの金髪魔族の事が好きなのね。

「······娘。その手に持ったグラスは何だ?」

「お見舞いの品よ」

 私はベッドの脇にあった椅子に腰掛け、ハチミツ入り牛乳をタイラントに渡した。タイラントは黙ってグラスに口をつける。

「どう? 美味しい?」

「······滋養はありそうだ」

 相変わらずタイラントは無表情だった。でも、あの時何でコイツは苛立っていたのかしら?

「······ごめんね。タイラント。私のせいで風邪ひかせて」

「謝罪は不要だ。あの程度の事で体調を崩す私が軟弱なのだ」

 ん? これって一応私を気遣っているのかな?

「こんな広い部屋で一人で寝てて寂しくならない?」

「どう言う意味だそれは?」

「風邪や病気の時って心細くなるから。誰かが側に居て欲しいって思うものよ」

「それは子供の話だろう。私は大人だ。心細くなど思わん」

 言い終えると、タイラントはグラスに残ったハチミツ入り牛乳を飲み干した。

「······タイラントは、子供の頃から一人ぼっちで寂しく無かったの?」

「寂しく思う暇など無い。私は一日も早く国王になる為に、日々を過ごして来た」

「じゃあ、もし後継ぎじゃなかったら? 市井の子供だったら違った?」

「やめろ」

 ······まただ。またタイラントは苛立っているように見える。

「そんな仮定の話は無意味だ。私はこの国の王になる以外の道など教えられていない」

 ······私の目に、一人の少年が立っている姿が映っていた。その少年は、国と言う名の宝箱を両手で抱きしめて離そうとしない。

 まるでその宝箱が、自分の存在意義の全てと言わんばかりに。少年は俯き、泣くことも寂しいと言う事も出来ないでいる。

《 遠い 遠い昔 片割れを探していた僕

 僕を探していた君 求める姿は月夜に隠れ

 太陽の光は      その姿を陽炎に変える 》
 
 ······気付いた時、私はか細い声で歌っていた。私が子供の頃、母さんが枕元で口ずさんでくれた歌だ。

 悲しい歌なのに、子供の私は何故かこの歌がお気に入りで何度も母さんに歌ってとせがんだ。

《 月日はあまりに永く流れ 僕は土に還る

 月日は君を雲にして 空に浮かべる

 僕は土から 君は空から 

 届かない手を伸ばし続ける    》

 ······母の歌が終る頃、子供の私はいつも眠りに落ちていた。でも、紅い目の少年は歌が終わっても眠りにつこうとしない。

 少年は分かっているからだ。眠りから目を覚ましても。何度それを繰り返しても。自分は一人だと。

 私の意識は突然空想から現実に舞い戻った。タイラントの抱える孤独の一端に触れた気がしたからだ。

 それはとても冷たく、私の心臓を冷やしていく。私は急に怖くなり、それから逃れるように椅子から立ち上がった。

 扉に向かって歩き出そうとした時、私の手首をタイラントが掴んだ。それは、昨日教室で私の手を掴んだ時と違い、痛みは伴わなかった。

 タイラントは私と目を合わさず、無言だった。これも愛情の実験? 私はそう問い質そうとした。

 でも、私は自分が思った事と別の行動をしてしまった。私も無言のまま、どうしてだか再び椅子に座ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...