3 / 10
第3話 恋雪は今日も気付いていない
しおりを挟む
恋雪はいつものように自席に座っているが、顔にはわずかな赤みが残っている。昨夜の『カッコいい』発言のことを思い出して、明らかに意識していた。
そこへ士郎がやってくる。
士郎はオフィスに来て第一声は朝の挨拶であると決まっている。今日まで欠かしたことはなく、入社初日から続けていることだった。
しかし今日は誰かに対する挨拶ではない。部長や課長、係長に対してのものでもなかった。
一人の女性。一人の先輩の女性。自分の隣に席を構える恋雪に反応してもらいたくて、今日の挨拶をしたのだった。
「東雲先輩、おはようございます。昨日はちゃんと眠れましたか?」
「……あ……うん。眠れた……ような、眠れなかったような……」
「やっぱり昨日の疲れが長引いちゃってるんですか?」
「……違うの。なんか……変な夢、見た気がして……」
「悪い夢ですか? 何かあったら、聞きますよ?」
恥ずかしそうに恋雪が言う。それは普段であれば到底口にできないような内容のはずだった。
しかし朝で始業直後、昨日に続いて頭が回らなくなっているのか、ぼそりと一言を士郎に告げる
「……夢の中で……結城さんと、手、つないでた……」
言って気がついた恋雪。頬は途端に染め上がっていく。
「えっ……?」
「……っ! あ、違っ……忘れてください……ただの夢ですから……!」
士郎も耳にして一度困惑した。恋雪に何かしらの不調でもあったのかと心配が先行した。しかし彼女が手を大きく振りながら、否定しているものであるため、素の状態での発言であったと分かったのはその直後だった。
頬を染め上げる恋雪を見て、鏡のように自分も顔面表皮の温度が急激に上昇してきているのに気づいた士郎。どうにかコントロールをして赤面だけは避けようとしていた。
運良く熱が下がっていく。恋雪の愛おしい姿がたびたびその反射を邪魔しようとしてきていたが、士郎は鋼の意思で無効化した。
「……それ、個人的には良い夢だなって思います。現実になればいいなぁって思いますけどね……」
士郎は思ったことを口にした。かわいい、といえ直接的なものだと恋雪を困らせてしまう。そのため回りくどい言い方で、あくまで自分を主体とした話題にした。
恋雪は半開きのまぶたで下を見る。泳いでいるのを隠していた。
「……そ、そういうこと……さらっと言わないでください……顔、熱いんですから……」
士郎はすかさず恋雪の言葉に反応する。今の発言はもっと不利な状況を生むぞ、と少し口角を上げながら心の中で思った士郎。
恋雪の表情の変化と顔色を伺いながら、得意そうに彼は言った。
「じゃあ、現実で手、つないだら……もっと熱くなりますか?」
「……もう……っ、ほんと……そういうところ、ほんとに、ほんとに……」
恋雪は手元をぐっと握りしめながら、小さく息を吐いた。それは自分を落ち着かせようとする一種の逃避行動なのだろう。現実で起きる自分への危機を回避するための、自分を自分で保つためのものだ。
手に力を入れても、心拍数は上がるのみ。収まるところを知らなかった。
「……私、たぶん……こうやって、毎日毎日優しくされたら……結城さんに対して、本気になっちゃいますよ……?」
「……じゃあ、僕も毎日、もっと優しくしますね。……先輩が本気になるまで」
「……なっ……っ、うそ……もう……しらない……」
恋雪は俯いて、顔を隠すように髪をいじった。耳まで真っ赤だった。
今日も恋雪は気付いていない。
◇◇◇◇
お昼休みのこと。社員が給湯室にて会話をしていた。
「ねえ、恋雪先輩……めっちゃ顔赤くなってなかった?」
「てかあの空気、完全に付き合ってるよね……」
「えっ、でもあの人、『自分に自信ないので』とか言ってなかったっけ?」
「いやもう、あの顔は……完全に乙女の顔でしょ……」
マグカップを口に付けて黒の飲料を少量含んだ。
「あれ、これブラックよね?」
「そのはずよ。なんか甘いわね、これ」
「でも私は大好物」
「私も」
社員たちは気付いていた。
そこへ士郎がやってくる。
士郎はオフィスに来て第一声は朝の挨拶であると決まっている。今日まで欠かしたことはなく、入社初日から続けていることだった。
しかし今日は誰かに対する挨拶ではない。部長や課長、係長に対してのものでもなかった。
一人の女性。一人の先輩の女性。自分の隣に席を構える恋雪に反応してもらいたくて、今日の挨拶をしたのだった。
「東雲先輩、おはようございます。昨日はちゃんと眠れましたか?」
「……あ……うん。眠れた……ような、眠れなかったような……」
「やっぱり昨日の疲れが長引いちゃってるんですか?」
「……違うの。なんか……変な夢、見た気がして……」
「悪い夢ですか? 何かあったら、聞きますよ?」
恥ずかしそうに恋雪が言う。それは普段であれば到底口にできないような内容のはずだった。
しかし朝で始業直後、昨日に続いて頭が回らなくなっているのか、ぼそりと一言を士郎に告げる
「……夢の中で……結城さんと、手、つないでた……」
言って気がついた恋雪。頬は途端に染め上がっていく。
「えっ……?」
「……っ! あ、違っ……忘れてください……ただの夢ですから……!」
士郎も耳にして一度困惑した。恋雪に何かしらの不調でもあったのかと心配が先行した。しかし彼女が手を大きく振りながら、否定しているものであるため、素の状態での発言であったと分かったのはその直後だった。
頬を染め上げる恋雪を見て、鏡のように自分も顔面表皮の温度が急激に上昇してきているのに気づいた士郎。どうにかコントロールをして赤面だけは避けようとしていた。
運良く熱が下がっていく。恋雪の愛おしい姿がたびたびその反射を邪魔しようとしてきていたが、士郎は鋼の意思で無効化した。
「……それ、個人的には良い夢だなって思います。現実になればいいなぁって思いますけどね……」
士郎は思ったことを口にした。かわいい、といえ直接的なものだと恋雪を困らせてしまう。そのため回りくどい言い方で、あくまで自分を主体とした話題にした。
恋雪は半開きのまぶたで下を見る。泳いでいるのを隠していた。
「……そ、そういうこと……さらっと言わないでください……顔、熱いんですから……」
士郎はすかさず恋雪の言葉に反応する。今の発言はもっと不利な状況を生むぞ、と少し口角を上げながら心の中で思った士郎。
恋雪の表情の変化と顔色を伺いながら、得意そうに彼は言った。
「じゃあ、現実で手、つないだら……もっと熱くなりますか?」
「……もう……っ、ほんと……そういうところ、ほんとに、ほんとに……」
恋雪は手元をぐっと握りしめながら、小さく息を吐いた。それは自分を落ち着かせようとする一種の逃避行動なのだろう。現実で起きる自分への危機を回避するための、自分を自分で保つためのものだ。
手に力を入れても、心拍数は上がるのみ。収まるところを知らなかった。
「……私、たぶん……こうやって、毎日毎日優しくされたら……結城さんに対して、本気になっちゃいますよ……?」
「……じゃあ、僕も毎日、もっと優しくしますね。……先輩が本気になるまで」
「……なっ……っ、うそ……もう……しらない……」
恋雪は俯いて、顔を隠すように髪をいじった。耳まで真っ赤だった。
今日も恋雪は気付いていない。
◇◇◇◇
お昼休みのこと。社員が給湯室にて会話をしていた。
「ねえ、恋雪先輩……めっちゃ顔赤くなってなかった?」
「てかあの空気、完全に付き合ってるよね……」
「えっ、でもあの人、『自分に自信ないので』とか言ってなかったっけ?」
「いやもう、あの顔は……完全に乙女の顔でしょ……」
マグカップを口に付けて黒の飲料を少量含んだ。
「あれ、これブラックよね?」
「そのはずよ。なんか甘いわね、これ」
「でも私は大好物」
「私も」
社員たちは気付いていた。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる