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第5話 恋雪は今日もごまかした
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出張は何事もなく終わり、また会社での仕事に戻ってきた二人。士郎は恋雪が出張先での曖昧な物言いを引きずっていた。
(先輩って、やっぱり俺のことそう思ってんのかな……)
本人には聞かない。というよりは聞けないのだ。先輩と後輩という立場上、仕事に支障をきたすようなことをしてはならないし、相手にもさせてはならない。
だから踏みとどまっている。踏みとどめている。もどかしい気持ちが心にありながら、それを解決する手段を封じられていることは、どうにもじれったく苦しく感じられるだろう。
士郎は恋雪の方をチラチラと確認しながら、隙を見てじっくり観察する。
(察してほしいわけじゃないのに、なんでだろう……)
一つため息をつき、タイピングに戻った。
士郎は優しく押しつつも、あくまで先輩後輩の距離を保っている。いつかもっと近くにいたいと思うくらいの静かな尊重を残している。優しい青年は今日も仕事に励んでいる。
雨の日の帰り。会社の近辺に駅がある。構内には小さなベンチが置かれており、二人が並んで座っていた。ザーザーと強く降っていて、雨宿り中のことだった。
二人で仕事を終え、帰路につく頃、急な雨が降ってきた。折り畳み傘は一本。結局、ベンチで並んで座って雨が弱まるのを待っている。
「折りたたみ、一本だけで申し訳なかったです。濡れずにすんでよかったですけど……」
「……ううん。結城さんの肩……ちょっと濡れてましたよ……。……私のほうが、守られてた」
「それは、当然ですよ。先輩、髪乾かすの大変そうですし」
「……ほんと……ずるい……。いつも、そうやって……何気なく優しくして……」
「え、僕そんなにずるいですか?」
「……うん。ずるい。……私、たまに、勘違いしそうになるんですから」
ぽつりと言ったあと、はっとしたように、恋雪は言葉を止めてしまう。
「……勘違いって、どんな……?」
「……なんでも、ないです……。……そういうの、口に出したら、終わっちゃいそうで……」
士郎がなにかを言いかけて、でも止める。沈黙が流れる。
「……ねえ、結城さん。……私のこと、ほんとにただの先輩として見てます?」
「……そんなこと、ないですよ」
「……じゃあ、どういう……?」
「東雲先輩は、僕の特別な先輩なんです。言葉にすると軽くなりそうで、まだ言えてませんけど」
「……そういうの……言わないでください……。期待、したくないのに……」
「したっていいと思いますよ。少なくとも、僕は、裏切るようなことは、しませんから」
恋雪が唇を噛むようにうつむき、ぼそりとつぶやく。
「……じゃあ、そばにいてくださいね。……たとえ私が、怖くなって逃げたとしても……」
「もちろんです。逃げるなら、ちゃんと僕の前からで逃げてください。追いつきますから」
「……もうほんと……そういうの……やめて……。本気になっちゃう……」
そして、言ったあとすぐ自分でかぶせる。
「……って、うそ……です。いまの、忘れて……ください」
恋雪は今日もごまかした。
◇◇◇◇
士郎と恋雪と別の部署である同僚(女性)たち二人が、同じく駅の構内でうわさ話をしている。オフィスには複数の部署があり、士郎と恋雪とは離れた位置に、異なる部署の同僚たちが仕事をしているデスクがある。
仕事が終わり、帰るために駅に来ているのだろう。そして二人を見つけたところだ。並んで座るベンチ、誰も触れられない時間を過ごす二人。
「……あのふたり、もう完全に両想いでしょ……」
「でもなんか、先輩のほうが自分は好かれないって思い込んでる感あるよね……」
「見てるこっちがじれったいんだけど……」
「あー、なんか月9のドラマ見てるみたいな感じするわー。ひゃーロマンチックねー」
「チュクチューンって音楽流したいな~」
面白がっている同僚たちだった。
(先輩って、やっぱり俺のことそう思ってんのかな……)
本人には聞かない。というよりは聞けないのだ。先輩と後輩という立場上、仕事に支障をきたすようなことをしてはならないし、相手にもさせてはならない。
だから踏みとどまっている。踏みとどめている。もどかしい気持ちが心にありながら、それを解決する手段を封じられていることは、どうにもじれったく苦しく感じられるだろう。
士郎は恋雪の方をチラチラと確認しながら、隙を見てじっくり観察する。
(察してほしいわけじゃないのに、なんでだろう……)
一つため息をつき、タイピングに戻った。
士郎は優しく押しつつも、あくまで先輩後輩の距離を保っている。いつかもっと近くにいたいと思うくらいの静かな尊重を残している。優しい青年は今日も仕事に励んでいる。
雨の日の帰り。会社の近辺に駅がある。構内には小さなベンチが置かれており、二人が並んで座っていた。ザーザーと強く降っていて、雨宿り中のことだった。
二人で仕事を終え、帰路につく頃、急な雨が降ってきた。折り畳み傘は一本。結局、ベンチで並んで座って雨が弱まるのを待っている。
「折りたたみ、一本だけで申し訳なかったです。濡れずにすんでよかったですけど……」
「……ううん。結城さんの肩……ちょっと濡れてましたよ……。……私のほうが、守られてた」
「それは、当然ですよ。先輩、髪乾かすの大変そうですし」
「……ほんと……ずるい……。いつも、そうやって……何気なく優しくして……」
「え、僕そんなにずるいですか?」
「……うん。ずるい。……私、たまに、勘違いしそうになるんですから」
ぽつりと言ったあと、はっとしたように、恋雪は言葉を止めてしまう。
「……勘違いって、どんな……?」
「……なんでも、ないです……。……そういうの、口に出したら、終わっちゃいそうで……」
士郎がなにかを言いかけて、でも止める。沈黙が流れる。
「……ねえ、結城さん。……私のこと、ほんとにただの先輩として見てます?」
「……そんなこと、ないですよ」
「……じゃあ、どういう……?」
「東雲先輩は、僕の特別な先輩なんです。言葉にすると軽くなりそうで、まだ言えてませんけど」
「……そういうの……言わないでください……。期待、したくないのに……」
「したっていいと思いますよ。少なくとも、僕は、裏切るようなことは、しませんから」
恋雪が唇を噛むようにうつむき、ぼそりとつぶやく。
「……じゃあ、そばにいてくださいね。……たとえ私が、怖くなって逃げたとしても……」
「もちろんです。逃げるなら、ちゃんと僕の前からで逃げてください。追いつきますから」
「……もうほんと……そういうの……やめて……。本気になっちゃう……」
そして、言ったあとすぐ自分でかぶせる。
「……って、うそ……です。いまの、忘れて……ください」
恋雪は今日もごまかした。
◇◇◇◇
士郎と恋雪と別の部署である同僚(女性)たち二人が、同じく駅の構内でうわさ話をしている。オフィスには複数の部署があり、士郎と恋雪とは離れた位置に、異なる部署の同僚たちが仕事をしているデスクがある。
仕事が終わり、帰るために駅に来ているのだろう。そして二人を見つけたところだ。並んで座るベンチ、誰も触れられない時間を過ごす二人。
「……あのふたり、もう完全に両想いでしょ……」
「でもなんか、先輩のほうが自分は好かれないって思い込んでる感あるよね……」
「見てるこっちがじれったいんだけど……」
「あー、なんか月9のドラマ見てるみたいな感じするわー。ひゃーロマンチックねー」
「チュクチューンって音楽流したいな~」
面白がっている同僚たちだった。
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