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第6話 恋雪は今日も拗ねていた
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士郎が別の部署の女性社員に話しかけられている。
何気ない会話だが、笑い声と『結城さんって、ほんと仕事できるよねー』というセリフが恋雪の耳に入ってきている。
十秒ほど意識が削がれた。
「……そっか。……結城さん、やっぱり誰にでも優しいし、好かれるんだ……」
士郎の姿を見つめ、俯いてからまたパソコンの画面へと視線を移した。
(眺めているだけの自分が、いやに情けなく思える)
会話が終わったのか、デスクに戻る士郎。いつものように恋雪に話しかけてくる。
「東雲先輩、午後の会議の資料、僕まとめておきました。確認していただけますか?」
「……はい。ありがとうございます」
声色がやけに暗く、目を合わせてくれない点を士郎は怪しんだ。
(表情が少し硬い)
他の社員からは、恋雪の表情の変化を読み取るのは難しいが、士郎は違う。デスクが隣で、仕事も一緒にすることが多い彼ならば、恋雪が浮かない顔をしているのは分かる。
横顔で分かるほどだった。士郎は恋雪が仕事に集中しているのだと思っていたが、彼女のパソコンの画面を見るに、タイピングはめちゃくちゃで何か調子が悪いのだとすぐに察する。
「……先輩、なんだか元気ないですね。体調、悪いんですか?」
「……別に。ただの疲れです。……心配いりませんから」
言い方がいつもよりそっけない、と思い、士郎は若干傷心になりながらも彼女を気遣う。
「……何か、僕……怒らせるようなことしましたか?」
「怒ってなんか、いません。……ただ、私なんかが、いちいちかまってもらう必要、ないと思って……」
「先輩なんかじゃないですよ。僕にとっては、誰より……」
「……やめてください。……そういうの、今日の私は聞きたくないです……」
そっぽを向いたまま、黙り込む恋雪は一人で不機嫌を隠すことなく、士郎を突っぱねた。
やがて定時が来る。
士郎が先に帰ろうとしたところだった。
「……あの」
背後から恋雪は声をかける。
「はい?」
「……さっきは、ごめんなさい。……私、勝手に……ちょっとだけ、寂しかっただけなんです」
「寂しかった……ですか?」
「……うまく言えません。……ただ、結城さんが他の人と楽しくおしゃべりしてて、嬉しそうに笑ってるの、見てたら……」
ぎゅっと拳を握った恋雪は、自分自身にがっかりするように、士郎に目を合わさずに言う。
「……なんでだろ……私、そういうの見て、嬉しくなれなかった。……私、最低ですね」
「違います。むしろ、そんなふうに思ってもらえるなんて、僕は」
「……もう、言わないでください……。そうやって優しくされると……本気になりそうで……」
呟いたあと、顔を赤くした恋雪。
「……って……い、今の、違います……。そういう意味じゃ、ないです……」
「じゃあ、どんな意味ですか?」
士郎の容赦のない追撃を躱すどころか、受け止めて流していく。その問いに対応していると、本当に効果のある致命的な展開になりかねない。そう踏んだ恋雪は士郎を振り切ってデスクを立つ。
「……ああもう……帰ります……! じゃあ、おつかれさまでした……」
カバンを持ってそそくさと去っていった。士郎は元気になってくれた恋雪の姿を見られて、それだけで良いとすら思っている。
(かまってほしかったとか……。かわいすぎか……?)
徐々に夕日が差し込んでくる。暖かく、優しい色だった。恋雪の頬とほぼ同じ模様。
恋雪は今日も拗ねていた。
◇◇◇◇
その夜、スマホ画面に士郎の連絡先から通知が来る。恋雪はすかさず確認して、メールの内容を凝視した。
結城士郎
『先輩、ちゃんと帰れましたか?』
『明日は先輩ともっとおしゃべりしたいですから。安心してください』
画面を見つめて、ため息をつく恋雪。
「……ほんと、ばか……。そういうの……期待しちゃうのに……」
一人でベッドの上に寝転がっている。明日も頑張ろうと思えた恋雪だった。
何気ない会話だが、笑い声と『結城さんって、ほんと仕事できるよねー』というセリフが恋雪の耳に入ってきている。
十秒ほど意識が削がれた。
「……そっか。……結城さん、やっぱり誰にでも優しいし、好かれるんだ……」
士郎の姿を見つめ、俯いてからまたパソコンの画面へと視線を移した。
(眺めているだけの自分が、いやに情けなく思える)
会話が終わったのか、デスクに戻る士郎。いつものように恋雪に話しかけてくる。
「東雲先輩、午後の会議の資料、僕まとめておきました。確認していただけますか?」
「……はい。ありがとうございます」
声色がやけに暗く、目を合わせてくれない点を士郎は怪しんだ。
(表情が少し硬い)
他の社員からは、恋雪の表情の変化を読み取るのは難しいが、士郎は違う。デスクが隣で、仕事も一緒にすることが多い彼ならば、恋雪が浮かない顔をしているのは分かる。
横顔で分かるほどだった。士郎は恋雪が仕事に集中しているのだと思っていたが、彼女のパソコンの画面を見るに、タイピングはめちゃくちゃで何か調子が悪いのだとすぐに察する。
「……先輩、なんだか元気ないですね。体調、悪いんですか?」
「……別に。ただの疲れです。……心配いりませんから」
言い方がいつもよりそっけない、と思い、士郎は若干傷心になりながらも彼女を気遣う。
「……何か、僕……怒らせるようなことしましたか?」
「怒ってなんか、いません。……ただ、私なんかが、いちいちかまってもらう必要、ないと思って……」
「先輩なんかじゃないですよ。僕にとっては、誰より……」
「……やめてください。……そういうの、今日の私は聞きたくないです……」
そっぽを向いたまま、黙り込む恋雪は一人で不機嫌を隠すことなく、士郎を突っぱねた。
やがて定時が来る。
士郎が先に帰ろうとしたところだった。
「……あの」
背後から恋雪は声をかける。
「はい?」
「……さっきは、ごめんなさい。……私、勝手に……ちょっとだけ、寂しかっただけなんです」
「寂しかった……ですか?」
「……うまく言えません。……ただ、結城さんが他の人と楽しくおしゃべりしてて、嬉しそうに笑ってるの、見てたら……」
ぎゅっと拳を握った恋雪は、自分自身にがっかりするように、士郎に目を合わさずに言う。
「……なんでだろ……私、そういうの見て、嬉しくなれなかった。……私、最低ですね」
「違います。むしろ、そんなふうに思ってもらえるなんて、僕は」
「……もう、言わないでください……。そうやって優しくされると……本気になりそうで……」
呟いたあと、顔を赤くした恋雪。
「……って……い、今の、違います……。そういう意味じゃ、ないです……」
「じゃあ、どんな意味ですか?」
士郎の容赦のない追撃を躱すどころか、受け止めて流していく。その問いに対応していると、本当に効果のある致命的な展開になりかねない。そう踏んだ恋雪は士郎を振り切ってデスクを立つ。
「……ああもう……帰ります……! じゃあ、おつかれさまでした……」
カバンを持ってそそくさと去っていった。士郎は元気になってくれた恋雪の姿を見られて、それだけで良いとすら思っている。
(かまってほしかったとか……。かわいすぎか……?)
徐々に夕日が差し込んでくる。暖かく、優しい色だった。恋雪の頬とほぼ同じ模様。
恋雪は今日も拗ねていた。
◇◇◇◇
その夜、スマホ画面に士郎の連絡先から通知が来る。恋雪はすかさず確認して、メールの内容を凝視した。
結城士郎
『先輩、ちゃんと帰れましたか?』
『明日は先輩ともっとおしゃべりしたいですから。安心してください』
画面を見つめて、ため息をつく恋雪。
「……ほんと、ばか……。そういうの……期待しちゃうのに……」
一人でベッドの上に寝転がっている。明日も頑張ろうと思えた恋雪だった。
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