深夜のコンビニバイト始めたけど魔王とか河童とか変な人来すぎて正直続けていける自信がない

ガイア

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深夜のコンビニバイト二十九日目 着り割きジャック来店

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いかにも胸筋で固そうな胸を押さえて乙女の顔をする金ちゃんこと金太郎さん。

休憩室からたまたまこっちの様子を見に来た店長。

マスクをしていない綾女さんは、くるりと顔を見せないように店長に背を向けた。
俺と、死神さんは頭を抱えていた。

「一般人がいたのか...どう説明したらいいんだ...」

「店長にこの状況どうやって説明しよう」

さらっと店長の外見見て一般人って判断する死神さんガスマスクって視界が悪いのかな。

「格好いい...素敵。ムキムキの体、たくましい腕、がっちりとした体格」

うっとりと店長を見つめる金太郎さん。
いやあなたもそう対して変わらない図体してますからね。

くねくねと動きながら、店長の元に歩いて行き、店長の腕に自分の腕を絡め、投げキッスまでした金太郎さんは、

「ねぇ...あたしと今晩どう?」

「夜は仕事です」

やめろ店長を汚すな。真面目に答える店長に安心して胸をなでおろす。即答なのがちょっと面白かった。
俺の心配をよそに、服がクイっと引っ張られた。

「マスク...ここ売ってる?」

両手で口を押さえながら綾女さんが視線で店内を指す。

「売ってますよ、ちょっとまっててください」

綾女さんは、他人に顔を見られたくないのだろうか。
マスクを持ってきて、ピッといつもポケットに入ってる小銭でお会計して綾女さんに持っていく。

「綾女さん、買ってきましたよ。お金はいらないですから」

「いいわ、払うわ」

「いいんですよ、俺の為に保護されていたところから来てくれたんですよね。払いますよ」

「.....そう、ありがとう。初めてもらったハルからのプレゼント、付けるのが勿体ないわね」

俺がコンビニで奢ってきた人達で今までこんなに可愛い笑顔でそんな嬉しい事を言ってくれる人がいただろうか。
綾女さんはやっぱり最高だ。

「村松君.....タスケテ」

店長の声がして、勢いよく振り返ると店長が金太郎さんに壁ドンされていた。

「どういう状況!?」

「ぐふふ、可愛い...見た目の割にウブな反応するじゃな~い♡さては、女の子と付き合った事もなかったりするのかしら~?」

「は、はい。そうです」

壁にべたりと張り付いて震えている店長。店長!!!

「店長!!今助けますからね!」

「あら~何?助けるってどういう事よぉ」

ヒッ、ぐりんとこっちを見る金太郎さん。
いやガチムチのオカマに壁ドンされるってシチュエーションの時点で助けなきゃ!だよ。

「いやぁ、すいません。助けてっていうのは、その、俺は女性が苦手でしてねぇ....お恥ずかしながら、こうして距離が近いというのがどうしても慣れてなくて緊張してしま....あれ。そういえば、俺、今よく考えてみたら全然ドキドキもしてない。緊張もしてない。目を見て話せる...何でだってんだ...?」

照れたように頭をかきながら、金太郎さんを見つめる店長。
それは金太郎さんが女じゃなく...。

「いや、女性って...オカマに壁ドンなんて、普通なら"店頭で転倒"モノのトラウマだよ...ふふ」

腕を組んでまたクソつまんないギャグを飛ばす死神さん。いや貴方それが言いたかっただけだろ。
ギギギ...と首だけ振り返ると、金太郎さんはドスの効いた声で、

「金ちゃんは、オカマじゃなくて可憐でか弱い乙女なオネエ、"か弱いオネエさん"って呼びなさいって前にも言ったでしょう...ガスマスクごと頭蓋骨握りつぶすよ」

いやか弱いお姉さんは、頭蓋骨握りつぶしたりしないから。
ぼきぼきと手をならす金太郎さんに、死神さんはヒッと小さく声を漏らした。

「女性なのに、あれ、いつもなら俺...緊張で目も合わせられないし、こんな距離で話す事も出来ないのに...」

混乱する店長の肩にポンと手を添えて、金太郎さんはグッと親指を立てた。

「それが恋よ」

おい、混乱する店長にいい声で変なこと言うのやめろ。

ピロリロピロリロ。

シンプルな白いシャツに、黒いズボン。白い髪を後ろに撫で付けた、一目見て分かる一般のお客様が来店してきた。
どうしよう、このカオスな状況。
やばい、終わった。

オネエにガスマスクの死神に、このカオスな状況...どうすればいい?
どうやって誤魔化す?

綾女さんがガタリと椅子を立った。

「.....あんた」

お客様は、ふらりとよろめいたかと思うと、口と両手にナイフを構え、

「会いにきましたよ僕の愛しのマドモアゼル。次は必ず仕留め損ねない」

手刀を振り落とし鎌を構えた綾女さんの手から鎌を落とした刹那、すぐにナイフで綾女さんに襲いかかった。
あまりの一瞬の出来事に俺は反応できなかった。

「綾女さん!!」

店長の近くにいた俺は、襲われる綾女さんに間に合わなかった。
だが、代わりに俺の横を大きな風が横切っていた。

「女の子にこんな物騒なモン振り上げるなんてぇ...関心できないわよねぇ...」

金太郎さんが、綾女さんに振り上げられたナイフを持つ両手を塞いでいた。

「凄い馬鹿力だ.....バケモノですか」

「あら~?あたしは強い女性よ?襲ってくれていいんだから、ね!」

「ぐっ!!!!」

金太郎さんは、思いっきり相手に頭突きを食らわせた。
絶対痛い。

「は、はは、俺にも趣味ってものがありますからねぇ。強くて"美しい"女性が好みなんですよ」

頭から血を流してふらふらとよろめく男に、後ろから死神さんが飛びかかった。

「ぐはっ!!」

「捕獲!」

後ろ手に手錠をはめて、念の為かロープまで持ってきて男をぐるぐる巻きにした死神さんは、

「汚い男だ」

吐き捨てるように言った。

「綾女さん!大丈夫でしたか!?」

俺は急いで綾女さんに駆け寄った。

「大丈夫よ、ハル。ありがとう」

手刀を食らったところが痛いのか右手を押さえながら弱々しく笑う綾女さんに、

「ごめんなさい...俺何もできなくて」

「いいのよ、ハル。私、ハルが危ない目にあっていた方が怖かったら。あえて離れた所にいたのよ」

「綾女さん...ごめんなさい」

「美しいなぁ、いいなぁ、そんなに美しい彼女の好意を受けているなんて、君は羨ましいなぁ」

ロープで縛られながら尚も綾女さんを熱い視線で見つめる男。

「俺は巷で噂の切り裂きジャックさ。綾女さんっていうのかい?ふふ、素敵な名前だねぇ、ふふ、いいねぇ」

るんるんと横に揺れる着り割きジャック。
俺は、綾女さんを隠すように前に出た。

「何で...強い女性ばかり」

「俺さ、か弱い女性が泣いたり、悔しがったり、恥ずかしがったりするより、強くて気高い女性が泣いたり、悔しがったり、恥ずかしがったりする方が断然興奮するんだよね。服を真っ二つに割いた時にさ、普段は強くて決して涙を見せないような女性が僕の手によって体を隠しながら涙を浮かべて顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿なんて、最高だと思わないか?」

「そんな事はどうでもいいが、兄ちゃんはお姉さんにまず謝る事があるんじゃねぇか?」

店長が、物凄く怖い顔をしてずし、ずし、と着り割きジャックに近づいてきた。

「これは俺の性癖だ、綾女さんに謝る事はないね」

「お前....」

俺は頭に血が上りすぎて奴にズカズカと近寄った。だがそんな俺を制し、店長がずいっと奴の前にしゃがみこむ。

「あのお姉ちゃんもそうだが、まずはこっちのお姉さんにだろう」

親指で指したのは、綾女さんではなく金太郎さんの方だった。

「女性にバケモノ呼ばわりするなってのは、母ちゃんに教えてもらえなかったのか?」

「な....店長さん...いいのよ、金ちゃんはいつも、そうなの。バケモノ呼ばわりには、慣れてるから」

急にしおらしくなった金太郎さんに、

「いいや、良くないですよ。綺麗なあなたに、バケモノなんて」

「綺麗!?」

死神さんが、素っ頓狂な声をあげて、こっちにススス、と近づいてきて俺に耳打ちした。

「あの人、視力0.01以下だったり?」

「しませんよ。健康診断もバッチリで、視力も2.0のはずです」

「大丈夫なのか?」

「俺も正直心配です」

「綺麗だなんて.....いいのよ、お世辞言わなくって...」

まんざらでもない金太郎さんに、

「お世辞じゃあないですよ。いいかい、兄ちゃん、女性は皆綺麗なもんなんだ。バケモノや、美しくない人なんて、いねえんだぜ...」

言い聞かせるように、店長は言った。
着り割きジャックは、怪訝な顔で金太郎さんと店長を交互に見て、小さく呟いた。

「解せない」

***

「ご協力ありがとうございました」

ビシッと敬礼をキメて、死神さんは着り割きジャックを連れて行った......金太郎さんは?

「あたしの事、綺麗だって言ったでしょう....?今晩、これからどう?」

「仕事です」

振り返るとまたか弱いオネエさんに壁ドンされていた。

「ハル、今日はありがとう」

「いつもより長い夜でしたね、今日は」

「えぇ、でもハルとこうしてコンビニの中で長く二人で過ごせたのは久しぶりだから少し嬉しいわ」

にっこり笑う綾女さんを、俺は改めて素直に綺麗だと思った。
本当に、綾女さんが無事でよかった。

「金太郎さん、綾女さんを助けて下さりありがとうございました」

深々と頭を下げると、首だけこちらを見て、

「いいのよん♡可愛い彼女をこれからもビシッと守ってあげるのよ?また何か困った事があったらいつでも金ちゃんを呼びなさい!熊が来ても投げ飛ばしてあげるわ!」

金太郎さん、本当にいい人だ。
か弱いオネエさんは熊を投げ飛ばしたりしないんじゃ...というツッコミを飲み込んで、俺は安心して微笑んだ。
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