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たまにはキモい中年でもいかがです?
49 パープル・レイン③
しおりを挟む「さぁ~こっちだよぉ~おいでおいで~」
あまりの苦しさに、私は地面を這って移動します。
必死に両腕に力を込めながら、ゆっくりと自分が割ったガラスの扉を目指します。
ガラスの破片を引きづっているせいで、腕に切り傷ができているのがわかります。
「んふふふ。いい子だねぇ。ほら、こっちにきなさい。おじさんがハグしてあげよう…お・い・で♪お・い・で♪」
男はしゃがんで両腕を開いて待っています。
叫びたいほど不快でしたが、ノドはもうボロボロです。
痛みはノドを通過して肺のあたりにまで達しています。
ガンッ!
「ッ!げほッげほッ!」
扉の門にぶつかってバランスを崩す私を、男が触ろうとします。
「はぁ~い。よくできましたぁ~」
バンッ!
私は男を勢いよく突き飛ばします。
感情的になるのが苦手な私ですが、生理的な不快感と理性を壊すこわすほどの怒りを覚えます。
「んふ。いたいなぁ」
「はぁッ…!げほッげほッ!」
ボーリング場の中へ戻ると、またジメジメとした空気に身体中がべとべとするのがわかります。
ノドの痛みは大分やわらいだ気がしますが…
「ノドはもう使いものにならないね?」
「げほッ」
「さっき君が何か言ったとき、身体がダストの光で包まれたのをみたよ…。特定の言葉を発することで発動するタイプの能力でしょ?かなちゃん。」
「…」
「どんな能力をつかってガラスを割ったのかはわからなかったけど…声が出ないんじゃもう能力も使えないんじゃない?んふ。」
ジメジメした空気はそれだけでも息苦しいのに…その息を吸い込むたびに痛い。
まともに呼吸出来ていないせいか、視界がゆらゆらと揺れています。
「んふ。今度はどんな抵抗をしてくれるのかな?」
「ごほッ!ごほッ…!」
男は舐めまわすように私を見ています。
「かなちゃん…美人局(つつもたせ)ってわかる?」
「…」
「おじさん、女子高生と…んふ。援助交際っていうのをやっててさぁ…ずっとバレずに済んだんだけど…」
最低。
「ある日女の子と待ち合わせしていたら…そこに若い兄ちゃんがやってきて、脅すわけよ。『バレたくなかったら金払え』って…」
「…げほッ!げほッ!」
「仕方ないから金を払ってさぁ…なんとかその場はすんだんだけど、次の日会社に行ったら全部バレてて…クビになっちゃったんだよねぇ…」
自分の犯した罪。
当然の報いというやつです。
「その時、おじさんはロストマンになったんだ…仕事、信頼、金、家族…多くのモノを失ったよ。こんな能力なんかとは割に合わないような…価値のあるものばかりさ…」
「な”に”…がッ…いい”たいんで…すが?」
自分の声に少し驚きます。
声とも呼べないほどざらついた、カビに侵された音。
「あの時おじさんはね…この世で一番嫌いなモノを見つけたんだ…それはね…」
「…」
「若い女だよ…」
ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴッ!
「ッ!げほッ!げほッ!」
突然、先ほどまでニヤついていた男の形相が変わります。
執拗に私を何回も蹴ります。
「ふざけやがってぇッ!テメーもあの時のクソガキもッ!大人をなんだと思っていやがるッ!」
「…」
「俺たちはテメーらの何倍もの金を稼いでんだよッ!頭もいいんだッ!若いだけで調子に乗りやがってッ!なんか言ってみろクソガキがッ!」
まるで別人のように、私に罵声を浴びせます。
完全に情緒不安定。感情の扱い方を完全に忘れています。
「失慰イノが来るまで大人しくしてろ…。二度と言わねぇからな。お前とイノをここに呼び出せば…金が手に入るんだ…」
目的は…お金…
黒の使途にお金で雇われているのか…
「こんな…今にも崩れだしそうな廃墟で…俺はいったい何してんだ…はぁはぁ…一流の食品会社にいたんだぞッ!俺はッ!」
男は近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばします。
湿気が多いせいで、音は響きません。
「あ…あ…あ…」
気持ちがすっきりしたのか、振り返った男の顔には、さっきのニヤニヤとした笑みが戻っていました。
「ごめんッ!ごめんねぇ!かなちゃん…何度もけっちゃって…痛かっただろ?んふ」
まるで二重人格。この人、ヤバい。
「げほッ!げほッ!」
この人には…勝てない…私じゃ…
言葉を発さずに発動できる…
インナちゃんみたいな能力じゃないと…
インナちゃんみたいな…
「…」
インナちゃんみたいな能力…?
「ん?どうしたの?かなちゃん?まだ痛いのかな?んふ」
私はポケットから携帯を取り出します。
メモ帳を開き、文字を売って男に見せます。
【わたしをころすの?】
「んふ。死ぬのが怖いのかな…?さぁ…おじさんは連れてこいとだけしか言われてないからねぇ…」
私は、インナちゃんの男を惑わすような表情で男を見つめます。
そしてもう一度携帯のメモを男に見せます。
【わたし ○女なの】
「…え…?突然…何を言い出すんだい?かなちゃん…」
【わたし ○女のままで しにたくない】
ここで、男の目つきが変わります。
ニヤついてもなく、怒ってもいない。
「んふ。んふふふ…それはつまり…そういうこと?」
私は、コクリとうなづきます。
「…んふ」
男はキョロキョロと周りをうかがいます。
「ここじゃ…あれだから…上の階にいこうか。たしかソファが置いてある休憩室があるんだ。」
私は大分落ち着いた痛みを我慢して、ゆっくり立ち上がります。
「んふ。」
…
ミシ…ミシ…
老朽化した階段をゆっくりと二人で上ります。
湿気のせいで木製の床は黒く変色してきています。
3階は、2階と同じように大きなホールになっています。
半分はボーリングのレーンが並んでいて、もう半分は男が言っていた通り休憩ができるスペースになっています。
「げほッ!げほッ!」
できるだけ可愛らしく…男を惑わすように…
あの時の…インナちゃんのように…
ほこり臭いソファーに座ると、男はスーツを脱いで椅子に置きます。
ふらふらとする意識の中で、私はただ屈辱に目をつむります。
今から起こることは…
私のためだ…イノさんのためだ…
仕方のない事なんだ…
「んふ…かなちゃん…」
「…」
バンッ
男は、私を強引にソファへ押し倒します。
私のシャツのボタンを上からひとつひとつ脱がしていきます…
「…」
そのとき…
男は胸元まで開いた私の身体を見て、少し沈黙します。
「…はぁ…はぁ…」
私の身体には、手の平についていた黒いカビが繁殖し首元まで来ていました。
ノドの白いカビと一緒で、ショッピングモールへ出ようとしたとき急激に広がった…黒いカビ。
「…」
「…げほ…」
男は、私の身体を見て、少し顔をゆがめます。
カビに侵されて、何の魅力もない身体。
援助交際をするほど…若い女が好きな男。
何度も蹴りつづけるほど…若い女が嫌いな男。
今のこの人は…きっと前者。
「終わるまで…カビを取ってあげよう…」
「…」
男の身体が、ふわりと光ります。
すると空気中にキラキラと充満していたダストの光が、ふっと途絶えます。
空気中の湿気が、どんどん無くなっていきます。
身体のカビが乾燥していくのがわかります。
「んふ…こうやって段階を踏んで湿度を下げていけば…さっきみたいなことにはならないからね…」
身体のカビが、ぽろぽろと身体からはがれていきます。
ノドのカビが、ざらざらとノドからはがれていきます。
「あ…。でた。」
「んふ?なにがだい?かなちゃん…」
私がインナちゃんのまねをして演じた…可愛らしい女の子というメッキも、はがれていきます。
「…声」
私から『可愛い女の子』がはがれた今。
残されたのは、ただの怒りです。
バンッ!
「いッ!」
男を突き飛ばした私は、1ミリたりとも思っていないことを口に出します。
『可愛い女の子』が絶対に言わない捨てセリフと共に。
「ずっと『ここにいてください』…クソ野郎…」
バキバキッ!!
ミシミシミシミシミシミシミシッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
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